アストレア姉妹編⑭ キャパオーバー



 アストラシーを起こしていた美空は大星と美月に彼女の部屋まで運ばれた。テスト勉強がかなり必要な人間がまさかの脱落という事態に俺は若干焦っていたが、美空が抜けても勉強会はつつがなく進んでいった。


 三時を過ぎると気絶していた美空が部屋から出てきて、丁度時間も良いということで間食に俺が持ってきたケーキ屋『サザンクロス』のケーキとスピカとムギが作ったクッキーを食べることにした。

 クッキーは美空達が用意した皿の上に並べ、俺はケーキの箱を開ける。人数分は用意してあるが、好みが被って取り合いが発生することもあるだろう。しかし前世でネブスペ2をプレイしていた俺は、登場人物達の好みを大体把握している。


 「大星は抹茶ケーキで良い?」

 「あ、それ俺の。美空はフルーツケーキ、晴はショートケーキ、美月はティラミスだな」

 「では私は紅茶のシフォンケーキを」

 「スピカー、チーズケーキとってー」


 そして俺は最後に残ったモンブランをいただく、と。うむ、完璧な配分だ。

 まぁそんなことで満足していても仕方ないのだが、間食のついでに小休憩をとろうと俺とスピカ、ムギ、そして晴と美月は裏手にあるテラスで新鮮な空気を吸う。外はまだ雨模様だが、テラスから見える犬飼家の庭園も中々のものだった。


 「見てください、このアジサイさん。とても綺麗に咲いてくれたんです」


 雨とアジサイという梅雨の時期らしい景色を見ながら、美月は嬉々として俺達に庭園を紹介してくれていた。

 大星達が住んでいる家を囲う花壇にはカラフルなアジサイが咲き誇っていた。雨粒が滴るアジサイはまるで絵画のような美しさで、絵を描く事が趣味のムギも興味深そうに見ていた。


 「これも以前スピカお姉さんが丁寧に教えてくださったおかげです」

 「いえ、こんなに綺麗な花壇を作り上げたのは美月さんですよ。本当にお綺麗ですね」


 美空の妹である美月、そして母親の美雪さんはスピカ程ではないがガーデニングが好きで、専門家程の知識を併せ持つスピカに助言してもらいながら花壇を作っているらしい。

 この師弟関係良いなぁ。スピカと美月ってどことなく雰囲気が似てるからそっちも姉妹っぽく見えるし。


 「ちなみに烏夜さんは、アジサイの花言葉をご存知ですか?」

 「色によって違うね。確かあの青いアジサイは『辛抱強い感情』だね」

 「朧の粘着質なところに似てるわね」

 「そして白いアジサイは『一途な感情』」

 「朧には程遠いわね」

 「他にも『移り気』とか『浮気』とかもあるね」

 「まさに朧って感じね」


 うん。晴の包み隠さず発せられる言葉の一つ一つがグサリグサリと俺の胸に深く突き刺さっている。まぁ日頃の行いがそれを表しているからしょうがない。


 「フフ、朧さんにお似合いのお花さんですね」


 そう言って美月は口元に手を当てて笑っていた。

 あれ? やっぱり俺、この天使のような美月にでさえ嫌われてるのかな? お花の一つ一つをさん付けで呼んでいるような女の子に嫌われてるって、一体俺は今までに何をしでかしたんだ?


 

 「美月さん、また今度一緒にお花を買いに行きましょう。ここはお客さんも見に来てくださるでしょうから」


 スピカは屈託のない笑顔で美月に言う。ムギと一緒だと彼女に結構してやられるイメージしかないが、スピカもやはりお姉さんなのだ。


 「そうですね……お姉ちゃんや大星お兄さんも喜ぶと思います」


 美月は笑っていたが、その表情はどこか暗く見えた。それを見た俺は美月が何か悩んでいるのかと思って声をかけようとしたが──美月の肩をポン、と誰かが優しく叩いた。


 「どうやらお悩みのようだね」


 なんと真っ先に美月の相談に乗ろうとしたのはムギだった。ムギはあまりそういう一面を見せたことがないが……もしやスピカのお姉さんっぷりに感化された、というかそれに対抗しているのか?


 「美月、悩みがあるならこのムギお姉さんが相談に乗ってあげるよ。ほら、正直に言ってごらん?」

 

 なんか妙に圧が強いが、まぁムギなりに年下の子の相談に乗ってあげようとしているのだろう。俺達はテラスに置かれていたテーブルを囲って座り、その相談を見守ることにした。


 「その……私のお姉ちゃんと大星お兄さんがお付き合いを始めたことはご存知ですよね?」


 そういえば二人は正式に付き合い始めたみたいな報告を俺達にしていない。まぁあの天体観測の夜に俺やスピカ達は大星と美空が上手くいくようセッティングしていたわけだし周知の事実である。

 しかし──。

 

 「え、そ、そうなの……!?」


 ここに知らなかった人間が一人。戸惑うムギの反応を見たスピカ達まで困惑している始末だ。


 「えっと……ムギ? 冗談よね?」

 「大星と美空って付き合ってるの? 今?」

 「この前の天体観測の夜、空気を呼んで展望台に二人きりにしただろう?」

 「いや、スピカのトイレがやけに長いなぁってことぐらいしか」

 「あ、あれは時間を稼ぐためだったんだから!」


 あの状況で何も事情を把握していなかった、と。じゃあ今までの彼らのイチャイチャっぷりは何だと思ってたんだよ。

 しかしここで話を止めてもしょうがないので、呆然とするムギを放って美月に話を続けてもらう。


 「それで、やはり私達は同じ家で暮らしているので、結構二人の会話が聞こえちゃうこともあるんです。

  この前は、進路の話なんかもしていて……」


 美空は月学を卒業後、確か都心の方にある料理の専門学校を目指していたはずだ。いずれは両親が経営するこのペンションで働きたいのだろうが、自慢の料理の腕をさらに磨いてくるつもりらしい。


 「お姉ちゃんは前から都心にある料理の専門学校に行きたいと言っていたんですけど、大星お兄さんはずっと悩んでいらっしゃったんです」


 そしてそんな美空と付き合っている大星は、これといった夢を持ち合わせていない。今は犬飼家に居候させてもらっている立場であるし、まぁ美空と付き合っているのだからほぼ必然的にこのペンションを受け継ぐ運命にある。


 「大星お兄さん自身は月学を卒業した後もこのペンションでお手伝いをするおつもりらしいんですけど、私のお父さんとお母さんは、もしお姉ちゃんがここを離れて都心で暮らすようになったら、お姉ちゃんのことが不安だから一緒に都心に住まわせたいみたいで……」


 大星と美空は月ノ宮生まれ月ノ宮育ち。こんな片田舎にずっといるのではなく、一度ぐらいは都会暮らしというものを経験させておきたいのかもしれない。俺達はこの月ノ宮で美しい海や山、そして綺麗な星空を毎日のように楽しむことが出来るが、そのありがたさを本当に感じるのはここを離れてからだろう。

 

 「そうなったら、私達……離れ離れになっちゃうのかな、って」


 美月は途中で言葉を詰まらせてうつむいてしまった。

 幸いにも月ノ宮から都心までは特急を使って一時間かかるが通勤圏内ではある。しかし社会経験として一度家を離れる、という可能性もなくはない。美空が目指している専門学校がどれぐらい離れているかにもよるのだ。美月達はその可能性が頭にあるのだろう。

 

 今まで一緒にいたことが当たり前だった姉と、家族同然だった大星と離れる決心が美月はまだ出来ていないのだろう。まだ一年以上先の話だが……おそらく大星より美空と離れることが嫌なのだ、美月は。しかし姉の夢の邪魔をしたくもない気持ちもあるはずで、色々な感情が交錯して辛いはずだ。

 美月が黙り込んでしまった後、隣に座る晴が口を開く。


 「私は、お兄ちゃんに出て行ってほしくない」


 いつもはツンツンしている晴が、目をウルウルとさせながら素直に言う。


 「私は、お兄ちゃんがいたから今まで生きてこれたのに……」


 大星と晴の兄妹の絆は俺達が簡単に理解できるものではないはずだ。八年前のビッグバン事件で突如として両親を失い、そして晴自身も爆発によって飛来した破片が当たって大怪我を負っている。一刻を争う中で大星は晴を助けるために奔走し、そして今もずっと晴を守り続けている。

 確か大星視点だと、晴の体には傷跡なんかも残っているとかいう話もあったはずだ。まだ、晴の中には八年前のトラウマが残り続けている、とも……。


 「私達は二人を応援したいのに、でも……それを受け入れられなくて、辛くて……どうすればいいのか、わからなくときがあるの」


 とうとう涙を堪えられなくなった晴がボロボロと泣き始め、隣に座るスピカが彼女の背中を優しく擦っていた。そして美月が顔を上げて口を開く。


 「私達は、どうすればお姉ちゃんと大星お兄さんを……心の底から喜んで送り出すことが出来るんでしょう……?」


 大星はきっと、霧人さんと美雪さんに背中を押されたら美空と一緒に都心の方に出て大学なり専門学校なり、はたまた就職でもするかもしれない。

 しかしそこで晴と美月が彼らと離れたくないと伝えたら……大星と美空はどうするだろうか。


 晴と美月の正面に座るムギ。ついさっきまで美月の相談に乗ってあげようと意気揚々としていた彼女だったが──。



 「おぅふ……」


 相談の内容が予想外の重さだったのか、ムギは完全に動揺しているようで目が踊りに踊りまくっていた。

 

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