アストレア姉妹編⑫ 侮れない妹達



 お昼頃、昼食を摂るため俺達はぞろぞろとペンション『それい湯』へと移動する。それい湯のエントランスには食事を摂るためのスペースがあり、大人数が囲める大きなテーブルも置かれている。

 昼間だから宿泊客がいないとはいえ美雪さんと霧人さんは掃除だったり準備に忙しいはずなのだが、それでも快く俺達の昼食を用意してくれていた。


 「肉も魚も野菜もたくさんあるぞぉ! 腹いっぱい食べていきな!」


 霧人さんが腕を組んでガハハと笑っている。テーブルには白米や味噌汁、ハンバーグに唐揚げにサラダに……目を引くのは、テーブルの中心に置かれたどでかいステーキだろう。まるで漫画に出てくる海賊や山賊の宴会の席に並んでそうなサイズだ。


 「なぁ大星……これ、食べきれるかな?」

 

 俺は半端ないサイズのステーキを挟んで向かいの席に座る大星に問いかける。


 「覚悟決めるぞ、朧」


 大星は覚悟を決めたような目で言う。んなアホな。

 いくらなんでもおもてなしが過ぎるだろ、こんなに豪勢な食事は……。


 

 アストレア邸でいただいたステーキとは桁違いの大きさにビビりまくっていたが、ステーキを次々と切り崩していったのは俺でもなく大星でもなく美空であった。

 そういや美空はネブスペ2屈指の大食いキャラだった。だから犬飼家の食卓はボリュームが狂ってるのだろうか。


 「このネブラきのこ、とてもたまらない大きさですね……」

 「……何を言ってるの、スピカ」


 食卓に提供されたネブラキノコをまじまじと見つめながら恍惚の表情を浮かべるスピカと、それを見て呆れた様子のムギ。もう風物詩みたいだな。


 「晴ちゃん、ほっぺたにご飯粒ついてるよ。ほら」

 「あぁっ、もう自分で取れるってば」


 俺がステーキを相手に格闘している中で、和やかに昼食の時間は過ぎてゆく。俺の隣でキャッキャしてる美月と晴……美空ルート終盤の鍵を握る二人の妹キャラを見ながら、俺は考える。

 

 犬飼美月は明朗快活な姉の美空と違っておしとやかでまるで大和撫子のような女の子でスピカと似ている部分もあるのだが、ケーキやスイーツで凄くテンションが上がるところなんかはまだまだ年相応という感じだ。

 しかし美月のその雰囲気からは信じられないほどに、彼女はかなり狡猾な部分がある。その芯の強さはまさに大和撫子と言っても差し支えないだろう。


 「あ、大星のほっぺたにもご飯粒ついてる~」

 

 美空は大星の頬にまるでキスをするようにして、彼の頬についたご飯粒を取った。


 「ねぇスピカ。今の見た? 普通客人の前であんなのする?」

 「お母様からはそういう風には習ってませんね……」

 「おいたわしやおいたわしや……」

 「おいそこの姉妹、井戸端会議みたいに茶化すんじゃない」


 もう人前でもイチャイチャっぷりに歯止めがかからない大星と美空を面白がってアストレア姉妹は茶化しているが、そんな彼らを見て目が笑っていない人物がいる。


 「本当に、お姉ちゃん嬉しそう……」


 犬飼美月は美空ルートで大星と美空の恋路を妨害するために様々な謀略を駆使するのだ。

 なぜ美月が大星と姉の美空の恋路を妨害するのか? 答えは簡単である、美月は姉のことが大好きなのだ。美月は姉の美空の幸せを確かに望んでいるが、美空を幸せにできるのは自分だと信じてやまないのである。


 『大星お兄さんなんかじゃお姉ちゃんを幸せに出来ないよ!』

 『結局お姉ちゃんなんていらなかったくせに!』

 『家にいても、ずっとお姉ちゃんを無視してたくせに……!』


 表向きは笑顔で大星と美空の恋路を応援しているが、何かと大星を罠に陥れようとしたり、他の女の子に浮気させようとしたり、終いには自分で大星を誘惑して籠絡しようとしたりする。終盤のイベントで大星と美空と和解するまで二人の恋を妨害し続けるのだ。


 「朧さん、私をそんな真剣な眼差しで見て、どうかされましたか?」

 「いや、美月ちゃんの美しさに見惚れてただけだよ」

 「……私の大好きなトマトはあげませんよ?」


 ちなみに美月は攻略可能なヒロインではなくあくまでモブの扱いだが、なぜか美空ルートから分岐するバッドエンド扱いの『謀殺』エンドが用意されている。

 美空ルートで面白半分で選択肢を選んでいると割と簡単に回収できるエンディングで、なんと自分から姉の美空を奪った大星を嫉妬のあまり崖から突き落として、事故死に見せかけて殺害してしまうのだ。

 

 そのイベントCGはかなりショッキングだが、俺が好きなエンディングの一つである。大星を崖から突き落とす時の、憤怒と嫉妬と悲哀と狂気が入り混じった美月の笑顔がたまらない。

 ちなみにこのエンディングでも、大星の事故死の真相を美月に追及しようとした朧も殺される。俺ってばなんて友人思いなんだろう。



 「ねぇ大星、朧っち。そのステーキ、とっても美味しそうだね」


 美空は俺と大星の皿に切り分けられた巨大な肉塊を、口からヨダレを垂らしながら物欲しそうな表情で見ている。


 「おい待て、美空。お前もう半分以上食ってるだろ」

 「まだまだ食べられるよ?」

 「美空ちゃんの胃袋はブラックホールなのかい……?」


 とはいえこれ以上圧倒的なサイズのステーキと戦う気力もなく、俺と大星は喜んで美空にステーキを献上した。


 「ねぇ美月、私と一緒にステーキ食べよ」

 「いや、もう私もお腹いっぱいなんだけど」

 「えー」


 一方で妹の美月は少食だ。少食なのにその豊満なものを維持出来ているのか……と、俺は何故か美月の向こうに座る大星の妹、晴の方を見た。


 「……あ? 何見てんのよ変態」


 俺が今、どうして晴の方を見たのかはわからない。ただ美月よりかは結構食べてるなぁという印象だ。


 「わかったわ。美月は全然食べてないけどあんなに胸が大きいのに、たくさん食べてる私の胸が小さいのはどうしてだろうって考えてるツラね」

 「いや違う、違うんだ晴ちゃん。そういうわけじゃない」

 「じゃあ何? この栄養が胸でもなく頭でもなくどこに行ってんだろうって考えてるの?」

 「卑屈が過ぎる」


 反射的に晴の方を見てしまったのは本当に申し訳なく思っている。それは人として失礼な行為だった。


 「……美空お姉さんとは違うのよ」


 帚木晴は梟雄キャラの美月と違い、単純なツンデレ系妹キャラだ。兄の大星と喧嘩ばっかりしているが、いざ彼が美空と正式に付き合い始めると大星に甘えて気を引こうとしてくる。

 やはり八年前のビッグバン事件で幼い頃に両親を失ったこともあってか兄の大星の存在は特別で、終盤で大星と美空と大喧嘩してギャン泣きするイベントは俺のお薦めだ。


 『お兄ちゃんは、ここからいなくなるの?』

 『父さんと母さんみたいに、どこかに行っちゃうの?』

 『私から、お兄ちゃんを奪わないでよぉ……!』


 なお、晴も美月と同様に攻略可能なヒロインではないが、こちらも何故かバッドエンド扱いの『神隠し』エンドが用意されている。兄の大星と離れ離れになってしまうかもしれないとの恐れから、兄と二人きりになるために月見山の洞窟へと誘って消えてしまうというものだ。

 二人がどうなってしまったか直接描写はされないが、このエンディングでも朧は月見山の麓で凄惨な状態の遺体で発見されてしまうのだ。多分真相に気づいて彼らが潜む洞窟へと向かったのだが誰かに殺されちゃったのかもなぁ。俺ってばなんて友人思いなんだろう。


 というわけで両妹ともに自分の兄と姉を奪われることを恐れて豹変してしまうのだが、乙女と同じく攻略不可能ヒロインながら中々の人気キャラで、ネブスペ2の発売直後にファンサイトで実施された人気投票ではメインヒロインの美空より上位に食い込んでいた。まぁ美空ルートってネブスペ2のチュートリアルって呼ばれてるし、シナリオも終盤は殆ど晴と美月に持っていかれてしまうからなぁ、ぶっちゃけ美空の存在感が殆どない。

 

 エロゲもものによっては肉親に平気で手を出す主人公もいるが、大星の肉親である晴はおそらく攻略ヒロインに昇格することはないだろう。アペンドとかスピンオフで美月は昇格しそうな気配はあったが、下手にこの世界でしゃしゃり出てこられると俺が困っちゃうからな。

 是非とも、二人には変なイベントを起こさないでほしい……。


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