アストレア姉妹編⑪ 天文学的数字



 大星は国語と歴史が得意で、英語と数学が苦手。美空は英語と数学が得意で、国語と歴史が苦手だ。何故かお互いに得意科目と苦手科目が対照的で、何ならお互いの苦手科目をフォローし合うことだって出来るはずだ。まぁそれでも不安だからと保険的な意味合いで、学年トップの成績を誇る俺……が転生した烏夜朧が呼ばれるというわけだ。


 「あぁ……やっと意味がわかったぁ……もう漢字見たくない……」


 俺達がやって来るより前から一足先に美空は勉強を始めていたようだが、漢文の書き下しにかなり苦戦していた。まぁ書き下しが終わってもまだ問題は解けていないが。


 「よく頑張ったね美空ちゃん。あとは孔子の言葉を噛み締めながら問題を解くんだよ」

 「孔子って、何か色々名言を残した昔の中国の凄い女の人?」

 「子ってついてるけど女の人ではないよ」

 「えぇっ、そうだったのぉ!? 孫子とか孟子とか老子って姉妹だと思ってた!」


 嫌だな諸子百家姉妹とか。いくら擬人化コンテンツが溢れに溢れてる現代日本でも諸子百家がテーマのゲームなんて存在しないだろう。『人の性は悪にして、その善なるものは偽なり』が口癖のキャラとか嫌だよ。



 「なぁ朧。この最後の『Nice boat』ってどういう意味なんだ?」

 「良い船だねぇってことじゃない?」

 「いや、恋愛がテーマの英文でそんな一文あるか? 向こうのスラングっぽいが……」


 それの意味がわからないなんて、大星もまだまだ青いなぁ! あらゆるエロゲを嗜んできた紳士……っていうか原作を知らなくてもある程度ネット文化に触れてきたらどこかで目にする謎の英文だろう。


 「ダメだ……検索しても船の画像しか出てこねぇ。朧、お前でもわからないか?」

 「大星……その言葉にはね、色んな愛憎の交錯と倫理的な配慮が込められているんだよ」

 「どういうことなんだ……?」


 てゆーか誰だよ英語の長文問題の最後にそれを付け加えた奴。まさか俺と同じく転生者か?

 まぁ開発側のお遊びだったのか、作中でもチラッと出てきたような気もする。



 「朧、この字一色大四喜四槓子四暗刻単騎を嶺上牌で和了れる確率ってどう計算するの?」

 「それも天体物理学の問題?」

 「ううん、これは家庭科の問題」

 「どこに家庭科の要素が!?」


 しかもそれ六倍役満じゃん。前世で少しだけ脱衣麻雀系のエロゲってどんなのだろうと思って嗜んだけど見たことないぞそんなの。


 「あとこっちの譜面なんだけど、これってどこの競馬場のファンファーレ?」

 「あぁこれは盛岡競馬場のダートグレード競走のだね……ってこれも家庭科!?」

 「ううん、これは音楽」


 だとしても競馬のファンファーレが音楽のテストで出るかよ。大体なんでムギだけテスト勉強がギャンブル要素たっぷりなの。しかも俺もよくわかったな。


 

 「烏夜さん。現国の問題なのですが、昔訳あって交際関係が自然消滅したけどよりを戻した同級生の彼女と、彼女がいることを知りながらも自分のことを慕ってくれている年下の女の子との二股がやめられない主人公の心情を、五百文字程度で述べろとあるのですが……これはどう答えるのが正解でしょう?」

 「本文中から筆者の意図を汲み取るしかないかなぁ。スピカちゃんはどう思う?」

 「試験時間中に考えがまとまるかわかりません……」


 ちょっと現国の問題の癖が強すぎるだろ。なんでそんな濃度の濃い恋愛模様について感想を書かないといけないんだ。


 「例えばだけど、その二人の女の子をスピカちゃんとムギちゃんに入れ替えてみるとどう?」

 「なるほど……ムギと取り合いはしたくないですね」

 「うん、それが普通だよ」

 「でも少し見てみたいです」

 「スピカちゃん!?」


 なんだかスピカのムギに対する若干の邪な感情が垣間見えたが、聞かなかったことにしよう。ネブスペ2のおまけエンドでアストレア姉妹の百合エンドってのもあるし……。


 

 「朧さん朧さんっ。ここの角度ってこれで合ってますか?」

 「おっ、合ってるよ。流石は美月ちゃんだね」

 「やったっ」


 小さくガッツポーズをして喜ぶ姿がなんとも可愛らしい美月。こんなに可愛いのにネブスペ2では乙女達と同様に攻略不可能ヒロインである。

 大星やスピカ達は変な問題ばかり解かされていたが、あれは月学の教師陣やたまたま購入した参考書がおかしいだけで、美月はちゃんと普通の問題を解いている。期末テストの勉強のはずなのに日本トップクラスの難関校の過去問を解いているが。


 「……おい、朧」


 美月の隣で彼女の健気な姿を微笑ましく思って癒やされていると、隣から肩を乱暴にガシッと掴まれた。


 「この問題の解き方教えて」


 うわぁすげぇ嫌そうな顔。どんだけ俺と、っていうか烏夜朧と関わるのが屈辱的なの。一応歳上なのに一ミリも敬意を感じられないし、多分烏夜朧が一番好かれていないキャラだな、晴は。

 まぁそんな姿も可愛らしく思いながら俺は晴が解いている問題を見た。


 「あ、晴ちゃん。その問題はね、yじゃなくてxに……」

 「え、えっくす!?」

 「いやxはxだよ。xにさっき解を求めた6を……」

 「し、しっくす!?」

 「いやロクって言ったけど。で、代入して……」

 「だだだ、代入!? さっきから何、え、エッチなことばかり言ってんの!?」

 「言ってないよ。で、yに9を……」

 「69!?」

 「ダメだ、もう僕には手が負えないよ」


 何故だかわからないが、晴は俺が言った言葉を勝手に卑猥な単語に変換していく耳年増なのだ。晴が俺の発言から何を連想しているのかわからなくもないが、これで俺がドスケベお兄さんって呼ばれるのは冤罪が過ぎるだろう。


 「69が何なの?」

 「シックス……ナ◯ン……なるほどですね」

 「やめるんだ美空ちゃん、美月ちゃん」


 その単語を言ってしまうだけで結構危ないからやめてくれ。特にちょっと悪い笑顔を浮かべてる美月、君は意味を知ってて言ってるだろ。


 「晴さん……わかりますよ、その気持ち。数学の問題ってとても官能的ですよね……」

 「スピカは何を言ってるの?」


 ダメだ、スピカのセンサーが反応して下ネタ大好きモードになってる。いつもはあんなおしとやかなお嬢様なのに、どうして数学の問題なんかに欲情してるんだよ。いくら非凡な才能を持つ人間でも数式に対してそんな感情は抱かないだろ。


 「大星、兄として妹をどうにかしてくれないかな?」

 「残念だがもう手遅れだ」


 ダメだ、もう兄がさじを投げてしまってるじゃないか。



 と、俺は自分の勉強をしつつ彼らシックスナ……ダメだ、頭がおかしくなってきた。彼ら六人の勉強を見ていた。

 まぁ勉強を見てやらないといけないのは大星と美空、そして晴ぐらいで残りは各々に任せていても安心だ。自分の勉強の方が不安なぐらいである。


 しかしまぁ、割と俺が放置してる大星と美空が上手くやっているようでよかった。本人達が俺達に正式に交際を始めたことを伝えるのはもう少し後のことだが、まぁ今や周知の事実である。むしろなんで今まで付き合ってなかったんだってレベルだ。

 そして美空ルートに残る大きな関門は……晴と美月という彼らの妹達である。


 「朧さん?」

 「ぬおっ。どうしたんだい美月ちゃん」

 「いえ……何か、思い詰めたような表情をされていたので。朧さんでも解けない問題があるんですか?」


 美月が心配そうに俺を見つめる。なんかこんな美少女を間近で見ることが出来るから、死ぬ運命にあるとはいえこの世界に転生できてよかったと思える。

 俺に問題は山積みだがな! しかし美月達を不安にさせるわけにはいかず、俺は笑顔で答える。


 「いや、中々解けない難問があってね。どうやったら晴ちゃんの成績を伸ばすことが出来るかなぁって」

 「は? 誰の身長を伸ばしたいですって?」

 「言ってない言ってない」

 「誰の胸が小さいですって?」

 「卑屈が過ぎるよ晴ちゃん」


 なんとなく言ったセリフが何故か晴に曲解されてしまった。まぁ晴は確かに小柄だけども、別に際立って何もかもが小さいわけじゃない。まぁ同い年でスタイル抜群の美月と共同生活しているからどうしても比べてしまっているのだろう。

 晴は何かと卑屈でかなりコンプレックスを抱いているのだが、今後に期待、というところだ。そんなことを作中で朧がよく口にしてしまっていたから朧は晴に嫌われてるんだと思う。


 「やっぱり朧さんから教えてもらうとわかりやすいですね。あっという間に終わっちゃいます」


 パパッと宿題を終えて難関校の過去問を解いていた美月が笑顔で言う。

 いや、俺が美月に何か手助けしたかね? 多分俺から美月に教えられることは全くない、皆無だ。俺が教えるのも恐れ多いってぐらい。


 「私はこいつさえいなければ少しは楽しいんだけど」


 晴はそんなに成績が良くないわけではないが、何しろ月ノ宮学園では天文学や天体物理学を学ぶためのカリキュラムなんかも存在する。大学ほど専門的に学ぶわけでもないが、その入口として頭に入れておくというぐらいだ。

 しかし月学の進学先には国公立や私立問わず名門大学が名を連ねていたり、OBやOGに著名な学者や宇宙飛行士もいたりと、自然とレベルが高くなっている。

 晴の成績で月学に受かるのは、正直に言うと現段階では厳しいというところだ。


 「でもなんだかんだ晴ちゃん、実は僕に勉強を見てもらえるのが嬉しいんじゃないの?」

 「きっしょ」


 うーん、美空やスピカあたりなら俺がこんなことを言っても愛想笑いをしてくれるところなんだけども。

 

 「こら、晴ちゃん。せっかく朧さんに勉強教えてもらってるんだからそんなこと言っちゃメッ、だよ」

 「私は頼んでもないの」

 「でも月学に受からないかもしれないよ」

 「ひうぅっ」


 だからそのリアクション何なの。


 晴の俺への当たりは結構キツイが、まぁ親友達の妹だと思えば可愛いものだ。二人共どうして攻略できないのか前世の俺は頭を抱えていたが、この二人は美空ルートにおけるキーマンなのである。

 同時に、俺は晴と美月の機嫌を損ねてはいけない。

 何故なら──晴も美月も、とあるバッドエンドで烏夜朧を殺害するからである。


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