アストレア姉妹編➉ 帚木晴と犬飼美月



 美雪さんと霧人さんが経営するペンション『それい湯』の敷地の隅に、宿泊棟と似たような造りの二階建ての洋館が二棟連なっている。手前側が美雪さんと霧人さんが住んでいるお宅で、その脇を通って奥側の方が美空と大星、そして彼らの妹達が住んでいる建物だ。


 ヒロインが住んでいるとはいえ、大星の親友である朧も何度か上がり込んだことがあるし、大星の部屋も入った記憶がある。流石に美空達の部屋は前世で画面越しでしか見たことがないが。

 元々はペンションの客室として使用されていたのもあってか、キッチンやトイレなど一軒家として一通りの設備があるから、十分ここだけでも生活が出来る。

 そして居間では、床に座ってテーブルに突っ伏している白い薄手の部屋着姿の美空が項垂れていた。


 「もうダメだぁ……」


 なんで俺が来る前にもう彼女はダウンしてしまっているのだろう。


 「もう先に勉強してたんだが、ずっと漢文を解けずにいるんだ」

 「なるほどね……やっほー美空ちゃん。実は美空ちゃんが好きな『サザンクロス』のケーキを持ってきたんだけど、どうかな?」

 「えぇっ!? サザンクロス!? 食べる食べる!」


 意気消沈していた美空は俺が持ってきていたケーキ箱を見て目を輝かせていたが、すかさず大星が止める。


 「待て、まだ昼前だろうが。三時までお前がテスト勉強を頑張ったら許可する」

 「えぇー!? そんなの酷いよ~。朧っち、食べちゃダメ?」

 「いや、大星の言う通りだね。このケーキをご褒美として心待ちにしながら勉強を頑張りなよ」

 「そんなぁ……」


 美空のお気に入りでもあるケーキ屋『サザンクロス』は月ノ宮随一の人気店で、ネブスペ2のとあるヒロインの実家でもある。九時から開店してるから助かるぜ……そういえばあのヒロインとは会えなかったなぁ。


 「ケーキ!? 今、誰かケーキとおっしゃいましたか!?」

 「ケーキだああああああああああ!」


 そしてどこからかケーキの気配を感じて二階からドタドタとやって来た二人の少女。


 「あ、こんにちは朧さん。うちの姉がいつもお世話になってます」


 そう挨拶してペコリと頭を下げた、長い青髪に黄色のリボンを着け、黄色いスウェット姿の女の子は犬飼美月みづき。美空の二つ下の妹で、妹ながら身長は姉の美空と同じかそれを越しそうなぐらいで……姉よりナイスバディだ。思わずその部分に目を引かれてしまうが俺は平静を装う。


 「……こんちは、ドスケベお兄さん。ウチの兄がうんたらかんたらってことでよろしく」


 一方で俺を見るやいなやご機嫌斜めになってしまった、黒髪のおさげを赤いリボンを留めた女の子は帚木はる。美空のお下がりである桃色のTシャツとデニムのショートパンツを着ている。

 晴は大星の妹で美月と同い年なのだが、彼女は美月に対して大きなコンプレックスを抱いている。主に身長と体の一部分を巡って。


 「こんにちは二人共。二人も勉強会を?」

 「はい。もうすぐ私達の学校でもテストがあるので混ざっていいですか?」

 「ちょっと!? なんで私もカウントされてるの!?」


 美月の方は心底嬉しそうに笑ってくれていたが、一方で晴は虫の居所が悪そうだ。うん、こんなに嫌われてると思うと結構精神的にくる。

 勉強会への参加を渋る晴に対し、ご褒美を目の前にぶら下げられて意欲を取り戻した美空が言う。


 「でも晴っち。このままだと月学に入れないかもしれないよ?」

 「うぐっ」

 「そうです。晴ちゃんだけ大星お兄さんと一緒の学校に通えないかもしれないんだよ?」

 「へうっ」


 そのリアクション何?


 「ま、晴ちゃんと違って私は安全圏だけどねっ。私はお姉ちゃんと大星お兄さん達がいるから寂しくないけど、晴ちゃんは私達がいない学校に通って大丈夫なのかな~私はとても心配だよ~」


 と、頭脳明晰だから月学の受験も余裕な美月が畳み掛けるように晴の不安を煽ると、彼女は唇を噛み締めながら心底嫌そうな顔で口を開いた。


 「……仕方ないわね。ねぇ朧。もし私達に変なことしたら、すぐにおじさんを呼ぶから。おじさんに頼んで貴方の身長を縮めてもらうから」

 「おい晴、人の身長を縮める前にまずお前が伸びろ」

 「ムキーッ!」

 「まぁまぁ。僕は可愛い女の子を等しく愛するだけだから」

 「俺の妹には手を出すなよ」

 「美月もダメだからねー」

 「んなバカな」


 大星と美空、そして晴と美月という彼らの妹も交えて話していると、家のインターホンが鳴った。玄関の方へ向かうとスピカとムギもやって来たようで、傘を閉じて中へと入ってきた。


 「皆さんこんにちは。遅くなってすみません」

 「いや、まだ時間前だろ。それに雨も降ってるし急ぐことはない」

 「そんな大星の心の中には、スピカに振られたショックで今も大雨が降り続いているのであった……」

 「おいムギ。変なナレーションを付け加えるな」

 「それに、私は大星さんを振ってもいないですし告白もしてません!」


 なんかいきなりコメディめいた話をしているが、そんなアストレア姉妹の元に晴と美月が駆けてゆく。


 「こんにちはスピカお姉さん、ムギお姉さん」

 「お久しぶりですね、晴さんに美月さん。今日はクッキーを焼いてきたんです、後で皆で食べましょう」

 「私も朝からクッキー作りを手伝ったよ。オーブンをずっと眺める仕事」

 「手伝ったの、それ……?」


 俺が来た時と打って変わって晴が嬉しそうな表情をしているのを見て、自分との対応への違いに俺は少し悲しくなっていた。良いよなぁ、兄とか姉の友達がすっごいイケメンとか美少女だったり、何かしら凄い人だったらテンション上がるよ。


 「スピカお姉さん、今日もたくさん勉強教えて下さいね」

 「うん、お姉さんに任せて!」


 スピカが誇らしげに胸をトン、と叩いた。なんか姉っぽく振る舞おうと頑張ってて可愛い。いつもムギにいじられてばっかりだからね。

 しかしそれが気に食わなかったのか、隣のムギはスピカの方を向いて言う。


 「ねぇスピカ。私と勝負しよ。どっちが晴と美月に上手く勉強を教えられるか」

 「ど、どういう基準で?」

 「勉強会終わりに二人に感想を聞く。勝った方が今後は姉ってことで」


 アストレア姉妹は血が繋がっていないものの、生まれが早いという理由でスピカの方が姉と扱われている。しかしムギは自分が妹扱いされるのが癪なので度々スピカに勝負を仕掛けるのだが、大体負ける。


 「じゃあスピカお姉ちゃん、ムギお姉ちゃん。僕にも勉強教えてよ!」


 と、俺がふざけるとスピカとムギは俺に冷たい視線を向けて口を開いた。


 「知らないお子さんですね……」

 「はいはい、あんよがじょーずあんよがじょーず」


 何かこの冷たさに快感を覚えてきたあたり、俺も大分感覚がおかしくなってきてるなぁ。


 かくして期末考査を目前に控えた大星と美空、彼らの妹である晴と美月、スピカとムギ、そして俺を加えた七人で勉強会が始まることとなった。


 

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