アストレア姉妹編⑨ エロゲ特有の年齢不詳母親



 六月十三日、土曜日。気分的には空梅雨なのかと思っていたのだが、今日は朝からずっと雨が降っていてジメジメした始まりだった。

 第一部、帚木大星編では最終日である七夕に雨が降っているとバッドエンド確定という演出のため、若干俺はこの世界で迎える雨の日が怖い。別に七夕の日に限らずネブスペ2は平気でおまけのようなおふざけバッドエンドなんかもあるから関係ないが。


 さて、今日は主人公である大星の家……いや、美空の家と言うべきか。彼らが住むペンションで勉強会を開催する予定だ。昨日の内に朝の十時から集まろうと大星が言っていたため、俺は早速支度をして大星達の家へと向かう。

 しかし長居するのに手ぶらで行くのもなんなので、俺は手土産にと思って駅前にあるケーキ屋へと先に向かった。


 何気に俺が転生してから彼らの家に行くのは初めてだ。俺が転生する前は朧が何回か訪れたこともあるのだが少し緊張する。なんせ彼らの家に行くということは、あの妹達とも顔を合わせるということだからだ。

 俺がこの世界においてエレオノラ・シャルロワと同じくらいあまり会いたくないと思っているキャラ──。


 「あら、こんなところで奇遇ね」

 「へ?」


 ケーキ屋へと到着し、中に入ろうとした俺は突然声をかけられた。見ると、そこには──陰鬱とした雨の中でも神々しく輝く銀髪を持つネブスペ2のラスボス、エレオノラ・シャルロワがケーキ屋の袋を片手に佇んでいた。今日も黒のサスペンダースカートというクラロリファッションである。


 「あ、こんにちは会長」


 ……なんか会長に傘を差してる専属の執事みたいな人がいるんですが。


 「久しいわね、レギーの腰巾着」

 「酷い言われようですね。僕の名前は烏夜朧です」

 「貴方の名前になんて興味ないわ。今日はこれから泥遊びへ向かうところ?」

 「いえ、友人の家で勉強会をする予定でして。会長もいかがですか?」

 「私は他人から勉強を教わる趣味も、他人に勉強を教える趣味もないわね」


 ……なんだか今日の会長、やけに俺への対応が冷たい気がする。まぁ前世の俺の会長への第一印象はこんな感じだったけども。

 でも俺視点だと意外にも優しいなぁという印象だったんだが……なんて思っていると、俺を嘲笑するような笑顔を向けていた会長の顔が突然キリッと、やや緊張を持った表情へと変わった。


 「何かあったのか、エレオノラ」


 やけに低く渋い男の声が聞こえたかと思えば、そこには白髪で長い立派な顎髭を携えた、まるで戦国武将か軍人かってぐらいの威圧感を放つスーツ姿の男が杖をついて立っていた。会長と同じように、やはり傘を差している専属の執事が後ろで控えていた。


 「いえ、同じ学校に通う生徒と偶然出会ったものですから」


 すると白髪の男は俺の方を見る。なんだかヘビに睨まれたカエルのような気分だったが、そこまで俺に興味を抱かなかったのが、男はすぐに会長の方を向いた。


 「何をしている、早く車を出すぞ。儂は暇ではない」

 「はい、


 白髪の男が踵を返すと、会長は俺の方を見てフッと笑い──その俺を舐め腐ったような笑顔がどういう感情だったのかはわかりたくもないが、白髪の男の後をついて執事達と共にどこかへ去ってしまった。


 あの白髪の男の名はティルザ・シャルロワ。エレオノラの父親であり、ここら一帯を影で支配しているというネブラ人の実業家だ。彼の周囲にはきな臭い噂も多く存在するが、それを口にしてしまった者は存在を消されてしまうという。


 ティルザ様、か。実の父親を呼ぶ呼称じゃないよな、あれは……ま、あのティルザ爺さんが見た目ほど怖くないジジイだってことを俺は知ってるけどな! 確かメチャクチャ甘党だから今日も普通にケーキを買ってたんだろう。


 会いたくねぇなぁ~とか思ってたら何故かネブスペ2のラスボスである会長とその父親に出くわしてしまったが、俺はそのままケーキ屋へと入って人数分のケーキを注文し、紙袋を下げて大星の家へと向かった。



 観光業で栄えている月ノ宮にはホテルや民宿などの宿泊施設が多く所在しており、特に大海原を望める上に月ノ宮宇宙研究所や水族館などの施設が近い月ノ宮海岸沿いに多く連なっている。


 その一つ、ペンション『それい湯』は木々に囲まれた小高い丘の上に建っている洋館風の小さな宿泊施設で、ネブスペ2のヒロインの一人である犬飼美空の両親が経営している。家族経営のためそれほど部屋数は多くないが、魔女の家とも呼ばれるアストレア邸とは打って変わって真っ白な壁に青い屋根という海を想起させる明るい雰囲気の洋館は人気で、『若くて可愛い看板娘がたくさんいる』と評判である。


 小さな駐車場を抜けて立派な門をくぐって、俺はペンション『それい湯』のエントランスへと入った。イルカやクジラなど、可愛らしい海の生き物のぬいぐるみが棚の上に並べられた明るい雰囲気の受付で、丁度看板娘の一人が帳簿とにらめっこをしていたところだった。

 黄色いエプロンを着けて、青いショートボブの頭に黄色いバンダナを巻いたうら若い雰囲気の女性は俺の存在に気づくと、途端にパァッと明るい笑顔で俺を出迎えてくれた。


 「あ、朧君だ! 久しぶりー!」


 彼女の名は犬飼美雪みゆき。一見すると俺達と同年代ぐらいに見えるが……驚くことなかれ、彼女は二児の母である。


 「お久しぶりです美雪さん。今日もまるで太陽に照らされた満開のヒマワリのように美しいですね」

 「……今日、雨降ってるよ?」

 「そ、そうですね……」


 俺の渾身の口説き文句はサラッと受け流されてしまう。

 美雪さんは美空の母親で、旦那さんと一緒にこのペンションを経営している、若々しい……いや若く見えすぎるお方だ。美空の実の母親のはずだから若く見積もってもそれなりの年齢のはずなんだが、やっぱり美空と血が繋がっている設定が間違ってるんじゃないかと、美雪さんを直に目にした俺は疑問に思う。


 「今日はウチで勉強会をやるんでしょ? 良いなぁ~そういうのも青春の一ページだよね~」

 「いえ、美雪さんも一緒にいかがですか? 美雪さんもまだまだ青春の真っ只中でしょう」

 「も~朧君ったら嬉しいこと言ってくれちゃって~」


 えへへ~と美雪さんは頬を手で押さえながら満更でもなさそうに笑っていた。

 この反応は結構美空と似てるような気がするんだよなぁ。美空の場合は何故か手を出してくるけども。


 「最近また一段と老けちゃってさ~。もう年を取るのはやだな~」


 美雪さんはそう言いながら帳簿で口元を押さえてハァとため息をついていた。いや、貴方一体どこが老けてらっしゃってるんですか?


 エロゲ世界は不思議と母親キャラはべらぼうに若く見える。月ノ宮学園の学園祭である星河祭では朧の叔母である望さん、アストレア姉妹の母親であるテミスさん、そして美空の母親である美雪さんが制服姿でやって来るというイベントがある。身内からすれば正気の沙汰じゃないが、全然イケる。


 そんな美雪さんと談笑していると、受付の奥にある厨房から暖簾をくぐってガタイの良い毛むくじゃらの男が顔をのぞかせてきた。


 「おう、望ちゃんとこのせがれじゃないか!」


 受付の脇を抜けて俺の方へズカズカと突き進んでくる男に圧倒され、俺は愛想笑いしながら一歩、二歩と後ろに下がっていた。

 いざ目の前にすると、その威圧感で自分がネズミのように小さくなってしまったように感じてしまう。


 「久しぶりだなぁ! ゆっくりしていけよ!」

 

 そう言って俺は頭をバンバンと威勢よく叩かれた。首の骨が折れそうな程の衝撃だ。

 身長は二メートルを超えているだろうか。まるで格ゲーに出てきそうなムキムキボディと、服の下からその存在感を隠しきれていない剛毛、そして立派な茶髪と口髭……この方の名前は犬飼霧人きりひと。とても信じられないが、美雪さんの旦那さんであり美空の父親である。一体美空のどこに彼の遺伝子があるのだろう?


 「お久しぶりです、霧人さん。今日もお昼ごはんいただいちゃっても大丈夫ですか?」

 「おうおう、腹いっぱい食べていきな!

  それよりも……朧君よ。今、ウチの嫁さんを口説こうとしてなかったか?」


 霧人さんはズイッと俺に一気に顔を近づけてきた。

 あ、ダメだこれ。お調子者キャラが調子に乗りすぎてしばかれる展開だ。多分霧人さんに軽く掴まれただけで俺の首は簡単にねじ切られてしまいそうだ。

 そう恐れおののいていると、霧人さんは俺の肩を力強くガシィッと掴んでから言った。


 「やっぱりウチの嫁さんは可愛いよなぁ! わかるぞ朧君、とぉっても青春じゃないか、とても良い!」


 そう言って霧人さんはまるで杭を打ち込むかのような勢いと強さで俺の背中をバンバンと叩いていた。

 うん、確かに美空は霧人さんのフィジカルを受け継いでるわ。ってか自分の嫁さんを口説かれてこの態度って、どういう器の広さだよ。

 


 とまぁ美空のご両親、霧人さんと美雪さんはなんでかわからんがなんでも許容してしまう心が広い人達だ。そりゃ大事な娘をエロゲ主人公とひとつ屋根の下で生活させるわ。


 「朧君、ウチの美空と大星を頼んだぞ。赤点でもとって補習になってしまえば、夏休みにウチを手伝ってもらえなくなるからな!」

 「いつもありがとね~朧君。望ちゃんにもよろしく言っといてね♪」

 「いえいえ、これぐらいなんのそのですよ」


 ちなみにこの二人は、第二部第三部で空腹で倒れかけていたヒロインにタダでご馳走を食べさせてやったり、訳あって家出してきたヒロインを命がけで匿ってやったり、娘である美空ではなくレギー先輩やアストレア姉妹を攻略している大星の相談に快くのってやったりと、ストーリ上で中々に重要な役柄である。ネブスペ2に登場する数少ない親という立場ながらただただ良い人達だ。

 

 何かあったら頼りたい。が、下手に近づきすぎるとこの人達まで死の危険にさらされる可能性もある。邪な考えだが少しでも好感度を上げておこう、後々助かるはずだ。


 

 「あ、もう来てたのかよ朧」


 するとペンションの裏口の方から大星がやって来た。相変わらずよくわからない趣味のヴィジュアル系バンドのど派手なTシャツを着ている。


 「やぁ大星。僕に助けを求めている子猫ちゃん達がお待ちかな?」

 「生憎俺は子猫じゃないが、もう美空はダメみたいだからどうにかしてやってくれ」


 ダメになってるとはどういうことか状況を理解できなかったが、俺は美雪さんと霧人さんに見送られて大星と共に彼らの家へと向かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る