アストレア姉妹編⑧ この植物園、どこかおかしい



 アストレア邸でのイベントから数日が経ち、俺はこの世界で二回目の金曜日を迎えた。本格的に梅雨を迎えたのか雨の日が増え、今日も陰鬱とした曇り空である。

 まるで俺に迫りくる未来を暗示しているようだ……。


 大星と美空は相変わらず上手くいっているようで、そのバカップルぶりを毎日のように俺達に見せつけている。彼らが自分達で頑張ってくれないと俺もスピカとムギのイベントに集中できないから、そっちは勝手に進んでいてほしいのだ。

 

 大星と美空を放置して俺はこれからスピカとムギのイベントを回収しなければならない運命にあることはわかっているのだが、気がかりなのはこの前のテミスさんの占いだ。

 今更俺が今年中に死ぬ運命にあるというのはそこまで驚かない。テミスさんは回避できないこともないとフォローしてくれていたが、俺が気になったのは……これ以上朽野乙女に関わるな、と告げられたことだ。


 俺は八年前に起きたビッグバン事件の真相を知っている。何ならその関係者も、だ。彼らが乙女の居場所を知っているとは思えないが、犯人として疑われる秀畝さんがどこにいるかは知っているはずだ。

 まぁそれを直接聞きに行ったら、本当に冗談じゃなく俺は死んでしまいそうだが。



 「見てください烏夜さん。このお花の香り、とても良いと思いませんか?」


 しかし俺は目の前のことを片付けていかなければならない。今日、俺は放課後にスピカと月見山の麓にある植物園に来ている。

 スピカに誘われた時は『スピカとデートだふぉおおおおおおっ!』とテンションが上がっていたのだが……。


 「この独特な香り……殿方から溢れ出る熱いエネルギーのようです」

 「そ、そうだね」


 スピカが言っていることをまぁまぁ直接的に表現すると、要はイカの臭いがするってことだ。普通にイカの臭いって言えばいいだろうに、何故にそっちで例えられる男が持つ特有の体液の方をスピカは言っているのかわからない。

 彼らなりに頑張って生きているイカには申し訳ないが、最初にイカの臭いに例えた奴を恨め。


 「こちらのネブラポピーはいかがですか? 私達ネブラ人にとって女性の美しさの象徴として、成人を迎えた女の子に贈る習慣があるんです」

 「へぇーそうなんだ~」


 ネブラポピーか。ポピーの花ってこんな……アワビ(比喩表現)みたいな見た目してたっけ。確かネブスペ2の作中でもスピカが大星に植物園を案内していた時、諸般の事情からかここのイベントCGに映っている殆どの花にモザイクがかかってたからな。モザイクに囲まれた笑顔のスピカのイベントCGはメチャクチャ面白かった。

 もう俺もあまり詳細は説明できないから浅い感想しか言えないよ。


 「ちなみに成人した男性には、こちらのネブラミズクサを贈るんですよ」

 「お、おう……」


 隣のエリアにはミズクサが展示されていて、その先についている穂……多分ガマという植物がモデルなんだろうが、完全に竿(比喩表現)が生えてる。

 いや、隣同士でアワビ(比喩表現)と竿(比喩表現)が大量に並んでる光景、夢に出てきたら恐怖で飛び起きるわこんなもん。エロゲ世界だからって自由過ぎるだろ。


 

 ようやくアイオーン星系原産の宇宙植物エリアを抜け、地球原産の普通の植物が展示されているエリアへとやって来た。もうチューリップとか見てるだけで心が癒やされるようだ。

 

 「その……烏夜さん」


 様々な色のアジサイが咲いているエリアの前でスピカは立ち止まって、俺の方を向いた。


 「あまりお花を見るのは、好きではないですか?」


 スピカは困ったような笑顔を浮かべて俺にそう言った。


 「いや、人並みには植物は好きなつもりだよ」


 大好きか、と聞かれたらそうでもない。大昔に学校で花壇をいじっていたぐらいでガーデニングの知識なんて殆どないが、花を綺麗だと思う感性は残っているつもりだ。

 俺は俺なりに正直に答えたつもりだったが、スピカはアジサイの方に向き直して言う。


 「最近の烏夜さんは、以前と比べてまるで人が変わってしまったように元気がないように見えたので……少しでも力になれたらと思ったのですが、やっぱり難しいですね」


 スピカ……! わざわざ俺を元気づけようとしてくれていたのか……!?

 

 「いや、スピカちゃんのその気遣いだけでとっても嬉しいよ……うぅっ」

 「か、烏夜さん!? どうして泣いてるんですか!?」

 「嬉しくてね、つい……」


 ダメだ。年を取ってくるとちょっとしたことで感動して涙腺が緩くなってしまう。いや朧はまだ若いはずだが。

 スピカは突然泣き始めた俺の側へとやって来て優しく背中を撫でてくれていた。


 「あまり無理はなさらないでくださいね?」

 「うん……ありがとうスピカちゃん」


 その優しさが身に染みる。俺はスピカとデートできるってだけで昇天しそうなぐらい嬉しいが、ぶっちゃけあんなアダルティなものを見せられてもあまり嬉しくないんだ。

 それに某恋愛シミュレーションゲームだったら様子見としてとりあえずデート先に選ぶ場所でもあったんだ、植物園って。選択肢選ぶの簡単そうだなって浅はかな思いで。俺は結構外してたけど。



 一通り園内を散策した後で俺とスピカは植物園を出る。俺も最初はデート気分で浮かれていたが、今の雰囲気はとてもカップルだとか青春だとか言ってられない気まずさがあった。

 

 「今も、烏夜さんは乙女さんを探していらっしゃるんですか?」


 本気で俺の身を案じてくれているのか、スピカは気遣わしげな表情で俺を見ていた。

 まぁそれも半分、レギー先輩やスピカ達の手で殺されるんじゃないかという心配も半分というところだ。


 「うん。あまり時間は割けてないんだけど、全然手がかりは見つからないね」


 ネブスペ2の作中で乙女が戻ってくることはないし、大団円ルートであるトゥルーエンドではそもそも乙女が転校するイベント自体が存在せず、乙女が物語から退場することもない。

 乙女が転校したという学校は、都内にあって寮があるということぐらいしか情報がないのだ。


 「ならば、私も乙女さん探しに協力しましょうか?」


 ムギも前にビッグバン事件の真犯人を探したいと言っていたが、スピカも乗り気だったか。

 スピカが手伝ってくれるのはとても嬉しいが、それは絶対にあってはならないのだ。


 「いや、スピカちゃんの手を煩わせたくはないよ」

 「でも、私だって乙女さんのことが心配なんですっ」


 スピカは俺の前へズイッと身を乗り出して真剣な表情で言う。

 俺だってわかる。わかるのだが……それだとスピカを危険な目に遭わせることになってしまう。


 だがスピカが乙女を探してはいけない理由がさっぱり思い浮かばない。いっそのことビッグバン事件の真相を少しだけ話してしまおうか。

 どうやってスピカを説得しようか悩みながら、植物園の敷地を覆う花壇の側を通りがかると──突然花壇に生えていた星型の葉を持つつる性植物が動き出した!


 「ひゃああっ!?」


 その植物はつるをまるで腕のように巧みに動かし、前を通りがかったスピカのスカートを捲った!


 「す、スピカちゃん!? 大丈夫かい!?」


 スピカは慌ててスカートを両手で押さえた。そして顔を真っ赤にしながら口を開く。


 「み、見ました?」


 俺には見える、画面に映し出される『見た』と『見てない』という二択が! クイックセーブでもいいから両方のパターンを見ておきたいが、ここは正直に答えよう。


 「いや、みみみ見てないよ」

 「……黒かったですよね?」

 「え? 白じゃなかった?」

 「やっぱり見てるじゃないですかー!」

 「どわーい!?」


 スピカは俺の頭にチョップを入れた。美空やレギー先輩に比べればその威力は愛らしいものだ。

 だが俺は本当に見ていない。前世で画面越しにイベントCGで見たことがあるってだけだ。


 「急に動くなんて……もしかして宇宙植物なのかな?」


 と、俺は星型の葉を持つつる性植物が生えた花壇の立て札を見る。


 ふむ、名前はスカートめくり草。原産はアイオーン星系。特徴は星型の葉っぱと、スカートを目の敵にしてるってところか。つまりは開発側の意図でスカートをめくらせるために生み出された存在ということだな。


 「もう……困った子ですね。でも可愛らしいいたずらで良かったです」


 これを可愛らしいいたずらの一言で済ませるスピカも大概だが、確かに普段宇宙生物に襲われてる時の方が悲惨な目に遭ってるからなぁ。いや、エロゲ世界に生きてるからって逞しすぎるだろ。



 スカートめくり草なんていうふざけた植物の邪魔もあったが、俺はスピカと分かれて家路についた。やがて雨も降り始めたため、俺は傘を差して雨の街を歩いていた。


 何はともあれ、スピカとの乙女探しは有耶無耶になったが今後に多少の不安が生まれた。大星視点だとスピカに対して『俺が代わりに皆を繋ぐ』だなんてことを言うのだが、俺にはとてもそんなことは言えない。

 未だに、乙女の存在を忘れられずにいるからな……。

 

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