アストレア姉妹編⑦ 月ノ宮の魔女の本気
テミス・アストレアはネブスペ2において、全体を通して登場人物達をその占いで助ける立場にある。とはいっても彼女の占いの内容は『とりあえずセッ◯スね』だとか『赤ちゃんプレイが効果抜群よ』とかぶっ飛んだもので……とても役に立つとは思えないのだが、彼女ほどの凄腕魔女、じゃなくて占い師がそう言うのだからとりあえずやってみるか、と倫理観をどこかに置き去りにしてしまった主人公達は行為に至ってしまうのである。
改めて思うが、この世界は正気じゃない。いや、大抵のエロゲが正気な訳がない。
だから今回もテミスさんは変なアドバイスをしてくるのだろうと俺は考えていたのだ。
しかし、俺はテミスさんの占い師としての本気を目の当たりにすることとなる。
「貴方、本当のボロー君じゃないわね?」
全てを見透かしたかのような笑顔でテミスさんは俺の顔を覗き込んできた。
「ど、どういう意味ですか?」
だが俺はテミスさんがどこまで見抜いているのか伺うために、すぐには明かさずにいた。
するとテミスさんは俺の目をジッと見つめながら言う。
「丁度トメーちゃんが転校した日の前後に、ボロー君の中に新たな人格が芽生えた……あるいは、前世の記憶を思い出した、というところかしら。
別に私は今のボロー君を悪人に仕立てようとしてるわけじゃないわ。私が貴方を罰することなんて出来ないし。ただ貴方が何を考えて行動しているのかを聞きたいの」
うーん、大当たりもいいところだ。あんなへんてこな質問で何で見抜けたの。
俺の出方を伺うテミスさんの笑みは不気味だが、テミスさんは悪人ではない……はずだ。俺の敵になるわけではない。
ここまでバレてしまっては仕方ないだろう、と俺は諦めた。
「……流石はテミスさんですね。その通り、僕……いや、俺は烏夜朧じゃありません」
俺はこの世界に転生したことを初めて誰かに告げることになった。俺が過去とか異世界から転生してきた、とかなら良かったんだが……俺が転生した経緯を話すと流石のテミスさんでも混乱してしまいそうだ。
テミスさんは俺の答えを聞くと、ようやく俺から身を引いて椅子に座り直していた。
「じゃあ私が知っているボロー君は死んじゃったということ?」
「いえ……俺は烏夜朧の記憶を引き継いでますし、彼の性格も知っています。もしかしたら今まで烏夜朧の中で眠っていた別の人格が表に出てきただけかもしれません。
今の俺は周囲を混乱させないように、烏夜朧のように振る舞っているだけです」
「貴方が完全に乗っ取った、というわけではないのね」
まぁ俺の意識で体は動いてるから殆ど俺が乗っ取ったようなものだけども。だが俺の行動は俺の頭に引き継がれた烏夜朧の行動に基づいているところもある。前世の俺にはない、朽野乙女という幼馴染との想い出がメチャクチャ残っているからな……。
「ちなみに貴方は前世で何をしていたの?」
「難しい質問ですね」
「どこかの国の英雄?」
「そんな偉人じゃないですよ」
「聖剣を引き抜いたことがある?」
「どこの勇者ですか」
「聖杯を破壊しろと命じられたことがある?」
「俺にそんなマスターはいません」
なんで今も他のエロゲのメタな話をしてきてるんだこの人は。そんなアキネ◯ターみたいに聞かれたら実はブリテンの英雄でしたって答えてしまいそうだ。
「俺の前世は……この世界となんら代わりのない平行世界みたいなものです」
流石に現実世界から来たみたいな意味の分からないことを言うわけにいかない。だってテミスさん達にとってはこの世界が現実世界なのだ。ここがネブスペ2というエロゲの中の世界なんですって言ってもちんぷんかんぷんだろう。
「その時も貴方は学生だったの?」
「いえ、俺は……」
自分の前世の記憶を思い出そうとしたところで、俺はあることに気がついた。
俺は確かに前世でネブスペ2というエロゲをプレイした記憶はあるのだが……俺が前世で何をしていたか、年齢どころか名前すら覚えていないのだ。
そこだけ、思い出せない……?
「……あまり正確には覚えてないですけど、何の特徴もない人間だったはずです」
「ふぅん。それで、前世の記憶を手に入れたボロー君は一体何をしようとしてるの?」
何をしようとしているか、か。そう聞かれると難しい。前世から貴方達のことを知っていました、なんて言ったら話がややこしくなりそうだ。
「俺は、前世で烏夜朧の周囲と似たような人間関係を見たことがあるんです。だからもし俺が知っている通り彼らの関係が進んでしまうなら……俺がなんとかしないと、と思ったんです。
烏夜朧の幼馴染である、朽野乙女のことも含めて」
烏夜朧の皮を被った俺の存在がバレたのがテミスさんだったのは幸運だ。占い師という職業なら誰かの前世なんかも占うことだってあるだろう。だから烏夜朧の中に前世の人間の人格が出てきた、という出来事に際してもテミスさんはこの通り何も動じていない。
「じゃあ、今日スピーちゃんとムギーちゃんに近づいたのも、何か理由がある?」
テミスさんは相変わらず不気味な笑顔で俺に問いかける。二人の母として彼女達に近づく不審な人間を見定めようとしているのだろう。
今日のことに関しては、偶然道端でネブラタコに襲われているスピカを見かけたのがきっかけだ。確かに俺は前世の記憶を生かしてヒロイン達を助けようとしているが、それ以上に何か、大いなる力がこのネブスペ2の世界を動かしているように思える。
まるで、俺に何か行動させるために。
「もしかしたら、何か良くないことが起きるかもしれないとは思っています」
それは占い師であるテミスさんもわかっているのでは、と聞こうとしたが先にテミスさんが口を開いた。
「私もね、そんな気がしているの。スピーちゃんとムギーちゃんが何か良くないことに巻き込まれそう、というのは占いで見えていたから」
「……どんなことが起こるのかも?」
「いいえ、そんな詳しいことまでは私の占いじゃ見えないわ。私は未来予知みたいな能力を持っているわけじゃないもの」
まぁテミスさんの元を訪れるお客さんは開運を目的にしているだろう。テミスさんの目の前には水晶玉が置かれているが、確か占卜だとか手相とか占星術なんかにも詳しいはずだ。水晶玉の中に宇宙を飼ってるみたいな意味の分からない話を作中で言っていたからな。
「私はただ、占いで見えたものから色々と推理して、誰かの悪い運命を変えたいだけだから」
それが当たってるんだから凄いよなぁ。俺は前世の知識でスピカとムギの身に起きる出来事を知っているが、それをテミスさんに話すわけにはいかないだろう。もしもの時はテミスさんを頼ることになるだろうが、スピカはまだしもムギのイベントはテミスさんでも解決できない可能性がある。
「でも、これは私のワガママになっちゃうけど……ボロー君の迷惑でなければ、もしスピーちゃんとムギーちゃんが助けを求めていたら、助けてあげてほしいの」
さっきまで俺の目の前にいたアダルティ魔女っ子占い師は、スピカとムギの母親として俺に頭を下げてきた。
「いやいや、そんな頼まれなくても俺は二人を助けます」
レギー先輩ルートの山場を無事切り抜けた俺に怖いものなんてない。ない……はずだよな?
「ありがとう、ボロー君。貴方の前世が悪い人じゃなくてよかったわ。随分と誠実な人なのね」
「いえ……俺も、自分の死が近いことは知っていたんです。少しでも善行を多く積んでおけば助かるかも、って自分本位で考えてるだけですから」
「そう。かつてのボロー君とは全然違うわね」
俺は一応烏夜朧っぽく振る舞ってるつもりなんだが、やっぱりもっと普段から女性を口説き回らないとダメか。でも中身の俺がナンパを苦手にしていること云々以前に、そもそもそんな暇があったら誰かのイベントを見逃さないように、そして乙女の行方を追うための手がかりを探している。
俺のネブスペ2における最推しは朽野乙女だが、第一部で最初に攻略したのはレギー先輩だったし、美空やスピカ、ムギだって大好きだ。第二部や第三部のヒロイン達も、そして大星を始めとした主人公三人やテミスさんや望さん達モブキャラも好きだ。あのラスボス、エレオノラ・シャルロワのことも……。
「じゃあ、ボロー君に一つだけ忠告してあげるわ」
するとテミスさんは急に真面目な表情に──さっき俺に余命宣告した時はそうでもなかったのに、本当に医者が患者に余命宣告をする時のように重苦しい雰囲気で言った。
「もうこれ以上、朽野乙女に関わるのはやめなさい」
……え?
「ど、どういう意味ですか?」
突然乙女の名前を出され、そして関わるなと忠告され俺は呼吸を忘れてしまうほど驚いていた。
テミスさんは俺から目を逸らして、なおも重苦しい雰囲気で言う。
「……あの子の件はね、貴方が解決できることじゃない。悪いことは言わないわ、トメーちゃんのこと、いえ……あの子のお父さん、朽野秀畝について、そして八年前のビッグバン事故について探るのはやめておいた方がいいわ。
ボロー君の死期が早まることになる」
……なるほど。
あのビッグバン事件の背景にきな臭いことが関係していることはテミスさんも知っているのか。確か作中ではテミスさんも真相までは知らなかったはずだ。
乙女のこと、秀畝さんのこと、ビッグバン事件のこと。それらの真相を明かそうとすると俺の死期が早まる理由は知っている。
「確かにトメーちゃんは月ノ宮に戻ってくるわ。でも、彼女と関わっても良いことなんて無いわ」
何なら俺はビッグバン事件の真相を知っているのだ。材料さえ用意できれば秀畝さんの無実を証明出来るし、そして真犯人が誰かを究明することが出来る。
だがそれでも俺がこの世界に転生してもビッグバン事件の真相を明かそうとしないのは、俺がどれだけ警察に真実を話そうが解決できることではないからだ。それに……実際にあのビッグバン事件の爆発を起こしてしまった真犯人を咎める気はない。
全てを解決するには、俺だけの力ではどうしようもない。でも、俺は誰に助けを求めれば良いんだ?
「理由はなんとなくわかります」
だが、俺は諦めるわけにはいかない。
「でも、俺は乙女のことを諦めるわけにはいきません」
乙女は前世の俺の最推しであると同時に、烏夜朧にとって大切な人だった。
「乙女が不幸な境遇にあるままで、俺が死ぬわけにはいかないんです」
現状、俺は十二月二十四日、あと半年ぐらいで死ぬ可能性が高い。それがタイムリミットになるか、いやそれがタイムリミットにならないようにしなければらない。各ヒロイン達に起こる悲劇的なイベントをも乗り越えて。
……俺、やること多いな。
「ボロー君自身もそうだけど、貴方も相当諦めが悪い人間なのね」
テミスさんはハァとため息をつきながら言った。まぁ半年で死ぬってわかってるから、それまでにやることはやっておきたい。後悔がないように。
「もしボロー君がスピーちゃんやムギーちゃんのことが欲しくてしょうがないなら、あの子達の母親である私も認めるわ。貴方になら託しても問題なさそうだもの」
「いや、それは本人達がどう思ってるかわからないですし……」
「ということは二人共もらってくれるってことね?」
何か急にテミスさんの圧が強くなった。そういえばこの人、娘であるスピカとムギのことが大好きであると同時に一刻も早く孫の顔が見たいんだよな。
俺はテミスさんに気圧されてのけぞりながら答える。
「さ、流石に二人共ってのはどうなんですかね?」
「あら、知らない? ネブラ人の世界では一夫多妻なんて珍しいことじゃないわ。一人の殿方が何人もの伴侶を、一人の奥方が何人もの伴侶を持つことは結構多いのよ?」
やめろそのギャルゲーにあるまじき一夫多妻&多夫一妻制度。浮気をテーマにしたエロゲなんかもあるのに、そんな制度が公然と存在していたら何でもありになっちゃうだろ。
実際、私達の国なら一夫多妻全然OKだから~って理由で主人公が他ヒロインルートに進んでも平気そうなヒロインとかいるからな。姉の方を攻略していたと思ったらいつの間にか妹がセットでついてくることだってある、その逆も然り。エロゲとは不思議な世界だ。
「楽しみだわぁ、スピーちゃんとムギーちゃんの子どもを見れる日が近いと思うと……」
なんだかテミスさんが一人で暴走を始めそうだったため、俺はテミスさんに占ってもらったお礼を言いそそくさと部屋を出た。スピカとムギにラブコールを受けたらもう大歓迎だが、だとしても今じゃない。
俺はリビングでテレビを見ていたスピカとムギに別れを告げてアストレア邸を後にした。
唐突にアストレア姉妹ルートは始まってしまったが、月ノ宮の魔女、いや月の女王と呼ばれる占い師テミスさんのおかげで意外な収穫があった。
乙女は月ノ宮に戻ってくる、と。
しかし乙女に関わると死期が早まる、と。
つくづく死にゲーだなと思い知らされたが、俺は心の中に芽生えた僅かな希望が現実となるよう夢見て、今後起きるであろうスピカとムギのイベントへの対処法を考えるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます