アストレア姉妹編⑥ 烏夜朧の正体



 階段を上がって二階にあるテミスさんの部屋へと向かう。二階にもやはり絵画や壺などの高級そうな美術品が飾られていた。


 「この家にムギちゃんの絵って飾られてるんですか?」

 「いいえ、あの子は恥ずかしがり屋だからあまり飾ろうとしないの」


 そして、さっき俺がお邪魔したムギのアトリエより手前にあるテミスさんの部屋の中へ通された。


 入った途端になんだこの空間は、と俺は驚嘆する。壁も天井も真っ黒な布に覆われており、部屋の中心には水晶玉が置かれたテーブル、そしてそれを囲うようにぎっしりと棚が並んでいた。棚には占い、というかまるで魔術でも載っているのかと思える装丁の書籍が並んでおり、さらにはアダルトグッズ……じゃないか。前にテミスさんの買い物に付き合った時に見かけた、アダルティな玩具にしか見えない占いの道具が並べられていた。


 「さぁそこに座って」


 俺は水晶玉が置かれたテーブルの前に座った。その奥にテミスさんは腰掛けて、再び黒いローブを羽織ってフードを深く被った。


 「さて、ボロー君。どうして私が貴方をこの部屋に呼んだかわかる?」

 「……占うためですか?」

 「そう、正解よ」


 テミスさんは全国から様々な人が、しかも有名人までが殺到する超人気占い師だ。そんな人がわざわざ俺なんかを、と驚いているとテミスさんは口元に手を当ててフフフ、と微笑みながら言う。


 「実はね、ボロー君。貴方には良いニュースと悪いニュースがあるの。どっちを先に聞きたい?」


 うわ、映画とかドラマとかでよく見るやつだ。これ悪いニュースが本当に悪いやつじゃん。


 「良いニュースからでお願いします」


 定番通り俺は良い方から聞くことにした。するとテミスさんはテーブルの上に置かれた水晶玉を優しく撫でながら言った。


 「良いニュースはね……貴方が今、とぉっても大事に想っている人は助かる、という話よ。それが誰かまでは言わないけど、思い当たる節はあるんじゃない?」


 俺が今、とぉっても大事に想っている人。それはきっと……俺が今、一番探している人物と同じだろう。

 助かる……助かるっていうのはどういうことだろう。この月ノ宮に戻ってこれるということだろうか。


 「ちなみに、悪いニュースは?」


 俺がそう聞くと、テミスさんは水晶玉を撫でるのをやめて頬杖をつき、フードの奥から赤い瞳を煌めかせながら口を開いた。


 「どんなことでも受け入れられる?」

 「覚悟は出来てます」

 「そう、良い子ね」


 もうじき死ぬわだなんて言われない限り俺は大丈夫だ。


 

 「ボロー君は近いうちに死ぬわ」



 ごめん大丈夫じゃなかったわ。


 「えっと、近いうちっていうのはどのくらい……?」

 「遅くても年内ってところね」


 なるほど。第三部の共通シナリオで朧が強制的に死んでしまうのが十二月二十四日のはずだから、まさにシナリオ通りじゃないか。

 すげぇ、テミスさんの占いって本当に当たるんだな。いや、そんな呑気なことを言っている場合ではない。

 俺の若干の焦りが表情に出てしまっていたのか、テミスさんは俺に優しく微笑みながら言う。


 「でも、これはあくまで占い。ボロー君が今年中に絶対に死ぬ、っていう運命が決まっているわけじゃないの」

 「じゃあ、回避することも出来るということですか?」

 「そうね。だから時間をくれないからしら? これからちゃんとボロー君を占いたいから」


 死を回避するための方法があるならぜひとも力を貸して欲しい。だって年内に俺が死ぬ可能性が高いっていうのはほぼ事実だ。前世でネブスペ2をプレイしてその結末を知っている俺はともかく、ゲーム内のキャラであるテミスさんはそれを知っているわけがない。ってかこのままだと死ぬのは確定していたのかよ。


 「でもテミスさん。それって占い料を払わないといけないんじゃ……?」

 「いいえ、これは私の趣味みたいなものだから。まぁどうしても払いたいってなら出世払いで良いわよ」

 

 そしてテミスさんの占いが始まることになった。部屋の照明を消して、テーブルの燭台に火が突いた。仄かに灯るロウソクに照らされた水晶玉を優しく撫でながらテミスさんは口を開く。


 「最近ね、ボロー君の死相が段々と濃くなっているの。何か思い当たる節はある?」


 メチャクチャあるんだけど。思い当たる節が多すぎて怖い。

 そんなにテミスさんって凄腕占い師だったの? 俺はただ作中で大星やスピカ達にへんてこなアドバイスをしたり、バッドエンドを迎えた後に望さんとコンビを出てきてどこの選択肢で失敗したかを教えてくれるお助けキャラぐらいにしか思ってなかったぞ。


 「確かに僕は、結構危ない橋を渡ってます。でも、そうしないと助けられない人がいるんです」


 例えレギー先輩を助けるためにやってきた今までの俺の行動が死に直結していようが、俺は決してそれを後悔しない。それはスピカやムギ達に対しても一緒だ。彼女達に降りかかる災難を助けるために俺の命日が早まるとしても、俺は止めようとしないだろう。俺は乙女のことも大事だが、かといって彼女達を見捨てる訳にはいかない。

 俺がそう決意すると、テミスさんはなおも水晶玉を撫でながら言う。


 「ボロー君がそこまでして助けたい人っていうは乙女トメーちゃんのこと?」


 やはりテミスさんにはそこまでお見通しってところか。


 「はい。僕は乙女を月ノ宮に連れ戻したいんです。スピカちゃんとムギちゃんのためにも」


 あと俺の命のためにも。


 「そう。それは嬉しいことだけど……あまり良い未来は見えないわね」


 俺が乙女を連れ戻そうとすればする程俺の死期が早まる、というカラクリが俺にはなんとなく理解出来た。それは乙女の父親、秀畝さんとビッグバン事件の真相が関わってくるからだ。


 「ふむ……ちょっとより奥底まで占うために道具を準備するわね」


 そう言ってテミスさんは席を立つ。思ったより俺は本格的に占われるのか? こんな凄腕占い師が使う技術はどういうものなのだろうと少しワクワクしていると、テミスさんは棚からスーツケースぐらいの大きさの木箱を持ってきて、水晶玉が置かれているテーブルの側に置いた。


 そして蓋を開き、テミスさんは中から──紳士達の優雅な玩具である豊満なOPPAI、いや違う違う。そういう形に見えるネブラヘチマというアイオーン星系原産の野菜を右手と左手それぞれで掴んで俺に見せてきた。色合いも完全にOPPAIなんだけど、いくらなんでもやりすぎだろ。


 「さて、ボロー君。どっちのネブラヘチマが好み?」


 何この心理テスト。これを答えることによってわかるのは俺の性癖ぐらいだろ。


 「右です」

 「どうして右を選んだの?」

 「えっと……大きさはそこまでじゃないですけど、形が美しいと思ったので」

 「なるほど、よくわかったわ」


 俺は一体何を答えさせられてるんだ?


 「あの、これで何がわかるんですか?」

 「ボロー君の行動の傾向かしら」


 OPPAIの形の好みで決まるの? どのヒロインのOPPAIが好きかっていうちょっとゲスい話してます?


 俺がそんな疑問を抱いている間にもテミスさんは次の道具を用意する。木箱の中から取り出されたのは……うん、完全にディ◯ド。これは完全にデ◯ルドだぁ。


 まぁ作中での表現に則して言うのならこれはネブラヤマイモというアイオーン星系原産の根菜である。テミスさんが右手で持っているのは普通に挿して入れる……いやいやいやいや、まぁ普通に棒の形をしたヤマイモだ。うん、ただのヤマイモだな。これで低俗な発想をする輩は心が汚れているんだ。

 んでテミスさんが左手で持っているのはまるで十手のように枝分かれしていて……より刺激的な快感を求める方向け。俺が使うものじゃないからちょっと触れづらいんだが、実際どんな感覚なんだろうなぁ。


 「さて、ボロー君。使う……じゃなくて食べるならどっちが良い?」

 

 いやもう使うって言っちゃってるじゃん。いやどっちもそういう玩具って想像すると食べたくないんだが……。


 「まぁ、より大きい左の方で」

 「なるほど、よくわかったわ」


 本当に何がわかるっていうんだ?


 「あの、これで僕の何がわかるんですか?」

 「ボロー君の深層心理に潜む欲求ね」


 絶対エロい欲求だろそれ。

 

 その後もテミスさんは木箱から様々なアダルティなグッズ……に見える宇宙の食物を次々に俺に見せてきて質問してきたのだが、本当にこれで大丈夫なのだろうかと思いながら俺は正直に答えていた。

 テミスさんは自分の店に来た有名人達にも同じようなことをしているのだろうか、そう思うと少し面白いが当事者にはなりたくない。


 

 「ふぅ、ありがとうボロー君。これでボロー君のことがよくわかったわ」


 テミスさんは俺に散々見せつけてきた卑猥なもの達を木箱の中にしまい、姿勢を整えて椅子に座り直した。


 「ボロー君。貴方が死という運命を回避するためには──」


 そしてテミスさんは俺に向けてビシィッと指を差して言い放つ。


 「スピーちゃんとムギーちゃんと結婚するべきだわ」

 「ええええええええええええええええっ!?」

 「というのは冗談よ」


 いや冗談かーい。

 大星視点でもアストレア姉妹ルートを進んでいた時にテミスさんが同じようなボケをかましてたからそう言われるんだろうなって気はしてた。相談の内容は全く違うが。


 「最近、ボロー君は確かに変わったように感じていたのよね。少し大人になっちゃったというか、なんだか落ち着いちゃってつまらなくなったわねって感じ」

 

 なんかすげぇ酷いこと言われた。


 「やっぱり時期も時期だったから、トメーちゃんが転校したことが余程ショックだったのかもって思ってたんだけど……今占ったことでようやくわかったわ、ボロー君のこと」


 するとテミスさんは俺の顔を覗き込むようにズイッと身を乗り出してきた。俺は思わず少し身を引いたが──テミスさんはその赤い瞳を煌めかせながら微笑んで言った。


 「──貴方、本当のボロー君じゃないわね?」



 

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