アストレア姉妹編⑤ 不気味な魔女の夜想曲



 レギー先輩ルートはかなり致死性がある、という表現はおかしいが何かの拍子でバッドエンド直行、つまり烏夜朧の死へと繋がるイベントが多かった。実際にこの世界に転生して何度も味わったよ。

 

 そしてスピカとムギルートでもやはりバッドエンドを迎えると烏夜朧はもれなく死んでしまう。一度レギー先輩ルートの山場を乗り越えたからか、なんだかアストレア姉妹ルートが始まっているなぁと感じ始めた俺は、自分に待ち受ける運命に戦々恐々としていた。


 そのため対策を練ろうとアストレア邸を出ていこうとした時、「ただいま~」という声が玄関の方から聞こえてきた。

 この声は……!


 「あ、ママおかえりー」

 「おかりなさい、お母様」


 アストレア邸に住むもう一人の住人、スピカとムギの母親であるテミスさんだ。相変わらず真っ黒なローブを着てフードを深く被ってるから完全に見た目は黒魔道士か魔女って感じだが、スピカとムギが玄関で出迎えると、テミスさんはフードを取って──煌めく長い緑色の髪をはためかせながら、スピカとムギに思いっきり抱きついた!


 「ただいま~今日もスピーちゃんとムギーちゃんが出迎えてくれるてママとっても幸せだわ~」


 テミスさんはスピカとムギをギューッと抱きしめると、二人に泣きつくようにして言う。


 「今日も変なお客さんばっかりだったわ~大人になれない義務を持った学級委員長の口説き方なんてニッチ過ぎるわよ~」


 大人になれない義務を持った学級委員長って誰に伝わるんだよ、字面だけ見ると意味わからねぇだろ。甘いお菓子でもあげとけ。


 「海に落ちちゃった小さな女の子を家に居候させてるけどどうやったら彼女の歌を聞けるかって、そんなの勝手にやってなさいよ~」


 小さな女の子ねぇ。ワンチャン湘南海岸辺りに行けば出会えそうだなぁ。


 「明らかに隠しキャラっぽいけど一周目で攻略できるか不安だなんてわかるわけないじゃない~」


 それはエロゲっていうか色んなギャルゲやってると不安に感じることだ。他ヒロインのエンディング全部回収してから初めて解放される真エンディングとかよくあるからなぁ。

 とまぁ作中のテミスさんはわかる人にはわかるゲームの話をしたりするのだが、そんなメタい話をされてもスピカとムギがわかるわけがない。烏夜朧もさっぱりだろうが、残念ながら俺はわかる。


 「そ、そうですね……アハハ」

 

 ほらあのスピカでさえ愛想笑いしちゃってるじゃん。

 

 「わーわー」


 ムギに至っては死んだような目でされるがままって感じだ。何なの、テミスさんは家に帰ったらいつもこんな感じなの?


 「あ~今日も娘達がとぉっても可愛くて満足……って、あら?」


 スピカとムギの可愛さを堪能して満足したのか二人から離れたテミスさんは、ようやくこの家に存在する異物の存在に気づいたようだ。


 「ぼぼぼーぼぼボロー君!? どうして貴方がここに!?」

 「あ、お邪魔してます」

 「さっき私がネブラタコに襲われているのを助けてくれたので、紅茶をご用意したんです」

 「コーヒーね」


 いやまた紅茶コーヒー論争を始めようとするんじゃない。

 テミスさんは自分の娘達に甘えていた姿を俺に見られたのが余程恥ずかしかったのか顔が真っ赤になっていて、アワアワと慌てながら言う。


 「ままままぁ、今日はとっても疲れてただけなのよボロー君。大人になるとね、こうやってとぉっっても可愛い娘達を抱きしめて甘えたくなる時もあるのよ、たまにだけどね」

 「毎日だよね」

 「毎日、ですね……」


 ムギは呆れたように、そしてスピカは苦笑いしながら言う。大変だね二人共、でもテミスさんが羨ましくもある。

 俺もテミスさんの気持ち、すっごくわかる。俺も辛い時はエロゲだのギャルゲを遊んで可愛い女の子を見て癒やされていたもの。金縛りにあった時は何度もクール系銀髪セーラー服美少女の幽霊でお願いします!って念じてたもの。一度も出会えなかったけど。


 とまぁテミスさんはそんな粗相もなかったかのようにコホン、と咳払いした後で口を開いた。


 「さてボロー君。良かったら一緒に夕食なんてどう? 今日は占い料代わりに美味しい和牛を頂いてきたから豪勢にステーキといきましょ」

 「わ、和牛ですって!?」


 和牛のステーキに一瞬目がくらんだが、俺は一度その提案を断った。いくらなんでもそんなものをいただくのは恐れ多いと思ったのだが、結局俺はテミスさんやアストレア姉妹に勧められて夕食をいただくことになった。


 テミスさんは鼻歌を歌いながらキッチンへと向かい、スピカも夕食の準備を手伝いに行った。一方で俺は客人ということで天井からシャンデリアが吊り下がるダイニングで大人しくさせられている。

 三人家族だからかあまり広くないし席数も少ないが、なんか貴族とか王家の屋敷に迷い込んでしまった気分だ。向かいの席ではムギがスマホをいじっているが。


 「ムギちゃんって結構ゲームとかするの?」

 「私はあまりするのは好きじゃないかな。見てる方が好き」

 「じゃあ実況動画とか配信を見たり?」

 「うん。オリオンって配信者知ってる?」

 

 あぁ……知ってるなぁ。前世でネブスペ2をプレイしていた時によく見た名前だ。


 「動画は見たことないけど名前は知ってるよ。FPSとか対戦ゲームがすごく上手い人だよね」

 「そそ。何か作業してる時にBGM代わりに聞いてる」


 オリオンという配信者は、後の第三部に登場するとあるヒロインのハンドルネームだ。色んな大会で上位に食い込むなどかなりの腕前なのだがかなりのお調子者というか豪胆な性格で、度々その発言で大炎上したりすることも多々、という危なっかしい奴だ。

 ……まぁその中身は真逆の性格だが。


 「あとね、カシオペアとかもいいよ。普段はまったりしたゲームをたくさんやってる人なんだけど、たまにオリオンと一緒に大会に出るとびっくりするぐらい上手いから」


 うん。そいつの中身も知ってるよ俺は。だってネブスペ2に出てくるもん、攻略可能なヒロインではないけど面白い奴だったよ。


 そうだよな……エレオノラ・シャルロワなんかもそうだが、後に出てくるヒロイン達とも会おうと思えば会えるんだよな、俺。ぶっちゃけ今は面識ない人が殆どだが。


 「ムギちゃんって結構クリエイティブなゲームが好きそうだけど、やったりしないの?」

 「スピカのハマり方がヤバいからあまり」

 「ど、どういうこと?」

 「スピカ、一度熱中すると私よりのめり込むんだよ……平気で徹夜したこともあるから、私がスピカを止めないといけない」

 

 何その使命。あれだね、絶対マ◯クラみたいなゲームに時間潰されてるタイプじゃん。FPSとか対戦ゲームをやって激昂してコントローラーをぶん投げるスピカを見てみたい気もするけど。


 「ていうか、ムギちゃんはあまり料理しないの? スピカちゃんは手伝いに行っちゃったけど」

 「やだ、めんどくさい」


 うん、それがムギらしいと思うけども。


 「大体使用人とか雇えばいいのに、ママは自分で家事がしたいからって言ってるし。スピカもウキウキだからね」

 「こんな広い家をテミスさん達で掃除できるの?」

 「週一で使用人が掃除に来てくれるから、それぐらい」


 こんだけ豪華な内装を見ているとメイドさんの一人や二人ぐらいいそうなんだけどなぁ。実際、会長ことエレオノラ・シャルロワの家はもっとお金持ちで本当に執事やメイドさんがいたけど。


 ムギとそんな会話をしていると、テミスさんとスピカが夕食をダイニングへ運んできた。もう匂いだけで一気に食欲がそそられるが、それらがテーブルの前に並べられた途端思わず涎が出てしまいそうだった。

 三百、いや五百グラムはゆうに超えてるんじゃないかという大きさの、まるで山のような堂々とした佇まい……って、デカすぎないかこれ。


 「あのテミスさん、僕のやつだけおかしくないですか」

 「あら? もっと大きいのが良かった?」

 「いやいやいや、僕もスピカちゃんやムギちゃんと同じサイズで良かったんですけど」


 俺は他三人の分のステーキを見る。普通に百グラムぐらいのサイズなのに、俺の分だけエアーズロックウルルみたいなサイズ感なんだけど。


 「男の子は食べてなんぼのもんよ。遠慮なく食べて」


 お金持ちってすげぇと思いながら、俺は特大サイズのステーキを頂いた。テーブルマナーが合ってるか不安だったが、前世の知識もあってどうにかマナー良く食べていたつもりだ。

 スピカがちゃんとテーブルマナーを守って食べているのはわかるが、ムギも一つ一つの所作がきれいた。ムギは結構庶民派っぽいが、やっぱちゃんと育てられてるんだなぁ……。


 さて、特大サイズのステーキを食べ終わった俺はお腹がパンパンでダイニングから動けずにいたが、そんな俺にテミスさんが声をかけてきた。


 「ボロー君。今から一緒に私の部屋に来て」


 夕食の片付けはスピカが率先し、ムギはそれに無理矢理連れ出されていたため二人はいない。


 「な、何か用事が?」

 「それは後のお楽しみ、よ」


 月ノ宮の魔女とも呼ばれるテミスさんの妖艶な笑みを見た俺は、この後一体何をされてしまうのか怯えながら、テミスさんの部屋へとついていった。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る