アストレア姉妹編④ 遠くに消えた絆



 アストレア邸に戻ると、スピカは庭園の手入れをするらしいので俺も手伝ってみようかと思ったのだが。


 「とても難しいので大丈夫ですよ(意訳:素人は邪魔すんじゃねぇ)」


 とやんわりと断られてしまったので、俺はムギの様子でも見に行こうかと思って家の中へと入った。

 すると丁度廊下で天体望遠鏡を担いでいるムギと鉢合わせた。結構重そうでムギがフラフラしていたから俺は声をかけた。


 「運ぼうか?」

 「ぐぐっ……お、お願い」


 ムギはぶっきらぼうなところもあるが何かと一人で解決しようとしてしまうから、やっぱりこまめに様子を見ておきたい。それがムギルートを左右するし……。


 俺は天体望遠鏡を担いでムギに連れられ、二階の奥にある部屋に到着した。ドアを開いて中に入ると、部屋の中心には真っ白なキャンバスが置かれたイーゼルが立っていて、側の机には画材が散らばっていた。さらには日曜大工でもするのかというような工具が置かれた作業台なんかもあり、部屋の一角には星座をかたどった型紙が積まれている。


 今の俺が住んでいる部屋よりも広いはずなのだが宇宙や星に関係する本が並ぶ本棚や大量の画材や工具に圧迫されていて、歩けるスペースはかなり狭くなっていた。


 「ここは私のアトリエ」


 俺はムギに指示されて、ドライバーとかレンズだとか色んな工具が置かれた作業台の上に天体望遠鏡を乗せた。


 「へぇ、凄いね……この絵とかも全部ムギちゃんが?」

 「あ、それは見ちゃダメ!」


 俺がキャンバスの側に置かれている数枚の絵を見ようとすると、ムギは慌てて俺から絵を隠してしまった。


 「こ、これは失敗作だから……」

 「そんなに凄い絵なのに?」

 「自分で納得がいってないんだもん」


 俺は改めてムギのアトリエの中を見渡した。

 確かに環境としてはとても恵まれているように見えるが、何故かムギが作ったであろう作品が中々見当たらない。絵筆やパレット、チューブなんかはかなり使用感があるのだが。


 「そういえばムギちゃんは星が好きなんだよね? それを絵に表現しようとしてるの?」

 「うん。この感動を、色んな人に味わってもらいたいから……でもやっぱり、本物には敵わない」


 ネブスペ2に登場するキャラは基本的に宇宙のことが好きだが(大星を除いて)、おそらく最も星を愛しているのがムギだろう。

 ムギは自分が好きな星を他の人にも好きになってもらいたいから、その素晴らしさを伝えようと試行錯誤している。


 「あ、これから望遠鏡を修理したいから手伝ってもらっていい?」

 「うん、ムギちゃんのお願いならなんでもウェルカム!」

 「……そのテンション、ちょっと鬱陶しい」


 ムギ本人は芸術に興味があるわけではなく、手先が器用なのだ。だからこうやって故障した天体望遠鏡の修理なんかも出来てしまう。プラネタリウムを自分で作ったりするのだから凄い。

 しかしムギには完璧主義のような部分があるため、自分の作品を中々他の人に見せようとしないのだ。だから彼女の凄さは学校の誰にも伝わっていないのだが、とあるイベントをきっかけに一躍ムギは有名になってしまうのだ。

 ……それがきっかけで、ムギは悲惨な目に遭ってしまうのだが。


 「朧はどうして星が好きなの?」

 

 望遠鏡の調節ネジをいじりながらムギが言う。俺はレンズを布で拭きながら答えた。


 「そりゃあ宇宙ほどロマン溢れるものはないからね。あんなに美しく輝く星々を引き合いに出せば、とてもロマンチックに女性を口説けるだろう?」


 と、俺は烏夜朧っぽい答えを出した。


 「朧に聞いた私がバカだったね」


 ムギは俺に呆れたようにハァとため息をついていた。ちなみに俺は星というか宇宙の壮大さが好きだ。だって地球と同じ太陽系にある土星や木星でさえバカでかい。望遠鏡でその姿を見ることが出来るが、あんなものが宇宙の彼方でグルグル回っているっていう事実が未だに信じられない。


 「ちなみにだけど、ムギちゃんはどうしてそんなに星が好きなんだい?」

 

 前世でネブスペ2をプレイしていた俺はなんとなく知っているが、ムギ本人から聞いてみたかった。ムギは望遠鏡の鏡筒を覗き込みながら、少し微笑んで言う。


 「どんなに暗い夜でも、私達を照らしてくれるから……かな」


 前世で画面越しに見ていたテキストとムギのボイスを思い出す。


 『──どうして星は輝くと思う?』

 『きっとね、夜を明るくするためなんだと思う』

 『どんなに辛くて、心まで闇に染まりそうな夜でも……何も見えない明日に、この星空は希望の光を与えてくれるの──』


 ……それを生で聞けて俺は感動している。バッドエンドの悲惨さで言えばレギー先輩と並ぶムギのシナリオも中々良かったなぁ。宇宙が大嫌いな大星と星を愛するムギ、この対照的な二人のコンビで繰り広げられるムギルートも印象に残っている。

 当事者としては、正直関わりたくないが。


 「ムギちゃんは中々詩的だね。僕はずっと月ノ宮に暮らしてるから夜空って綺麗なものだと思ってるけど、光源の多い都会じゃあまり星は見えないらしいからね」

 「うん……ここにまた引っ越してくる前までは都心の方に住んでたけど、いつも真っ暗な空だったね」


 あ、やべ。ムギに都会の話は地雷だったわ。急いで話題を変えなくては。


 「ムギちゃんって日頃から絵とか描くの?」

 「うん。休みの日は大体そんな感じ」

 「じゃあ月学の美術部なんかはどう? ムギみたいに宇宙が好きな子が集まってて色んな画風で宇宙を表現しているんだ。有名な展示会とかコンクールにも出展してるみたいだし」

 

 俺が何の気なしにそう提案すると、さっきまで機嫌が良さそうだったムギは表情を曇らせてしまった。


 「……私は、あまり誰かに自分の絵を見せたくないから」


 あ、やべ。ムギの過去とか今後の展開考えるともっと大きな地雷を踏んでしまった。急いで話題を変えなくては。


 「最近はどういうのを描いてるの?」

 

 するとムギはイーゼルに置かれた真っ白なキャンバスの方をチラッと見た後、俺に顔を背けたまま答えた。


 「……最近は、乙女の似顔絵ばっかりかな」


 うん。俺ってば三つ連続で選択肢外しちゃったわ。この世界に転生してこんなに失敗したの初めてなんだけど。ただでさえ低かったムギの好感度が地の底まで落ちてしまった気がするぞ。


 やべぇ、せっかくムギのアトリエにいるのにムギの芸術性を評価してしまうとその分だけムギの好感度が下がっていくっていう意味の分からないスパイラルに陥る。ムギはこんなに凄いセンスを持ってるのに、それ故に色々とあるからなぁ……。


 「ねぇ、朧」


 ようやく天体望遠鏡の修理を終え、ムギはフゥと一息ついてから俺の方を見ると口を開いた。


 「乙女は、月ノ宮に帰ってくると思う?」


 俺はムギを見るのが怖くなって思わず視線を逸らしてしまった。

 なんて難しい質問だ。俺は乙女をこの街に戻すために努力しているつもりだが……残念ながら原作では一度ストーリーから退場した乙女が戻ってくることはない。唯一エンディングまで皆勤するのはトゥルーエンドのみだ。そのトゥルーエンドも、今となってはフラグが行方不明である。


 「必ず帰ってくるよ。いつかは、ね……」


 あまりにも頼りない答えだ。乙女が転校により月ノ宮を去ってから一週間、未だに手がかりは見つかっていない。

 俺の情けない答えを聞いたムギは、小さくため息をついていた。


 「私はね、乙女のお父さんが八年前の事件の犯人じゃないと思う。だから……真犯人を見つけたい」


 おいおいそこまで行くか。無実を証明するとかじゃなくて真の悪人を探すつもりか。


 「朧は……あの事件は誰が起こしたと思う?」


 俺は知っている、ビッグバン事件の真相を。でも今、ムギに話すわけにはいかない。きっと今の彼女に真犯人を教えてしまうと、その調査に向かってしまうだろう。それは危険過ぎる。

 

 「正直な話、僕はあの事件の犯人探しはしたくない」


 烏夜朧が八年前の事件で両親を失っていることはムギも知っているだろう。だからこそ朧もあの事件の犯人探しに興味があると期待して聞いてきたのだ。

 しかし、それと乙女の話は別だ。ムギの命が関わってくるとなると余計に。


 「でも、乙女は必ず月ノ宮に連れ戻す。きっと何か方法があるはずだよ」


 『──きっと、きっと何か方法があるはずよ』


 そういえばネブスペ2に登場する誰かもそんなことを言っていた。誰だったっけ? お前そんなことを言うんだとか意外に思ったはずなんだが……。


 「ごめん、朧。朧は何も悪くないのに、なんだか責めちゃったみたいで」

 「ううん、そんなことないよ。やっぱり……それだけ、ムギちゃんにとって乙女は大切な存在だったんだろう?」


 するとムギは服の下に隠れていた金イルカのペンダントを取り出して、それをギュッと握りしめた。


 「……乙女は、私達を繋いでくれたから」


 俺は制服のポケットの中から巾着袋を取り出した。そして乙女から預かったムギ達が着けているものと同じ金イルカのペンダントを取り出してムギに見せると、彼女は目を丸くして驚いたような表情をしていた。


 「これは、転校する前に乙女が僕にくれたものなんだ。このペンダントはムギちゃんが預かっているべきだと思うよ」


 俺は手の上にペンダントを乗せてムギに差し出したが、ムギはそれをジッと悲しそうに見つめた後、首を横に振った。


 「ううん。乙女が朧に渡したなら、朧が持ってるべきだと思う。なんなら首にかけておけば?」

 「いや、乙女が着けてたのをかけるのは恥ずかしいじゃないか」

 「朧もそんな風に思うことがあるんだね、なんだか意外」

 「僕にだって多少の恥じらいぐらいあるんだけど……?」


 正直な話、こんな大事なものを失くすのが怖いから誰かに預けていたいだけだ。冒険RPGみたいにだいじなもの枠で固定されてるわけじゃないんだよ、この装備品は。家に置きっぱなしなのも悪いし、ポケットとか鞄に入れているのも失くしそうで怖いし、これを着けるのも恥ずかしい。


 絆、か。

 俺達の絆は、いつまで繋がっていられるだろうか……。


 

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