アストレア姉妹編③ 幻の花、ローズダイヤモンド


 

 なんだかんだ紅茶とコーヒーを頂いた後、俺は期末考査が近いということでスピカとムギに勉強を教えることになった。

 この二人に勉強を教えることが出来るだなんて……と俺は烏夜朧に転生出来たことに感動していたが、ぶっちゃけ二人に教えることは殆どない。


 「朧、この純正九蓮宝燈を五巡目以内にテンパイしてリーチをかけた後、一発でツモ出来る確率って何?」

 「どれどれ……って、これ何の問題!?」

 「天体物理学」

 「一体どこが!?」


 そもそもスピカは普通に頭が良いし、ムギは科目の好き嫌いは激しいが平均点以上は取れる頭を持っている。むしろ最近はイベント回収に忙しい俺が不安なくらいだったから、二人の勉強を見ながらついでに復習していた。


 「烏夜さん。現国の問題なんですが、この現在交際している彼女がいる主人公が彼女の姉や親友、学校の先生、同級生やバイト先の後輩との恋路を迷っているときの心情とは何でしょう?」

 「すっごい浮気性じゃんその主人公」

 「一夫多妻制で解決してはダメでしょうか?」

 「力押しすぎるよそれは」


 なんだか頭が良い人と一緒に勉強してるだけで頭が良くなる気がするぜ。でも俺が転生したとはいえ朧の頭脳も残ってるから、意外とテスト自体はどうにかなりそうだな。

 今も死と隣り合わせにあるんだから学業に割ける時間は限られている。赤点を取ったら補習に無駄な時間を取られるから助かるぜ。



 二時間程で勉強会を終えると、息抜きにと俺はスピカに庭園を案内してもらうことになった。

 アストレア邸の庭園には花壇や植木鉢に様々な品種の花々が咲いていて、しかもどれもこまめに手入れされているのか整った形をしている。ガーデニング用の色んな道具もあるし温室もあるんだから本格的だなぁ。


 「烏夜さん、見てくださいこのお花さん。何の品種かわかりますか?」

 

 ス庭園の片隅に並んだ植木鉢に咲く樹高一メートル程の、八重咲きの白い花々を笑顔で指差しながらスピカが言う。


 「これはクチナシの花だね。この優しい色合い、そして周囲に漂う甘い香りがたまらないね」

 「はい、そうなんですよ。つい最近花を開いたばかりで……ちなみにクチナシの花言葉はご存知ですか?」

 「『とても幸せ』とか『喜びを運ぶ』だね。アメリカとかじゃダンスパーティの時に男性側が誘った女性に送る習慣もあるみたいだね。この花言葉通り、僕はスピカちゃんに喜びを運んでもらえたね!」


 何故俺がこんなにクチナシの花について詳しいか。答えは簡単だ、作中でそっくりそのまま朧が解説してくれるからだ。ここら辺は作中では大星視点で進み朧はその場に居合わせないのだが、コンフィグ画面を開いて用語集を見ると朧が丁寧に解説してくれる。無駄な一言も添えて。

 だがお花が大好きなスピカに対してこの答えは完璧だ!


 「そ、そうですね」


 あれ、若干引かれてる!? ちょっと押しすぎたか!?

 あまり調子に乗るのも良くないなと思いつつ、引き続き俺はスピカに庭園を案内してもらう。他にもこの時期に咲き誇るアジサイやラベンダー、カーネーションにハナショウブなど、なんだかもう植物園かと思うぐらい沢山の種類の花々が咲いていた。


 スピカの趣味はガーデニングだ。ネブスペ2に登場するキャラは基本宇宙のことが好きなのだが(大星を除いて)、スピカはそれと共にお花が好きな女の子だ。

 その好きのレベルが高すぎて圧倒される。この庭園の手入れに庭師だとか業者を呼ぶことは殆どないらしく、ここに引っ越してきてから全てスピカが作り上げたのだという。


 美しく咲き誇る花々もそうだが、それを引き立たせるスピカのガーデニング技術にも俺は感服する。こんなに熱中できる趣味を持っているってのは素直に尊敬出来る。烏夜朧なんて趣味はナンパだぞ。それを仕事にしていても俺は尊敬できそうにない。


 「あ、そうだ。烏夜さんはローズダイヤモンドをご存知ですか?」


 うん、知ってる。


 「いや、聞いたことないけどどんな品種なんだい?」

 「近くに生えているので、一緒に行きましょうか」


 だが俺はローズダイヤモンドという花を知らないフリをした。だって烏夜朧はそれを知らないはずだからだ。


 アストレア邸を出て人気のない小道を進んでいくと、木々が鬱蒼と生い茂る道端に古びたレンガに囲まれた花壇があった。その花壇だけ不思議と綺麗に手入れされているようで、そこには一メートル程の樹高の低木が一本だけ生えており、その先には真っ赤な蕾がついていた。


 「これがローズダイヤモンド? 一体どういう花なんだい?」

 

 俺は前世でネブスペ2をプレイしたから全部知っているが、あえてスピカに聞いた。


 「ローズダイヤモンドは私達ネブラ人に伝わる伝説のお花なんです」


 ネブラ人達の故郷、アイオーン星系を構成する惑星の一つである金剛星は花の星という異名を持ち、様々な種類の花々が咲き誇る楽園のような場所だったという。

 そんな花の星に暮らしていたとあるお姫様は、大好きな王子様へ贈るために愛情込めて花々を育てていた。それらを束にしていざ王子様の元へ向かおうとした時、王子様は不運な事故で死んでしまったという知らせが入る。

 お姫様は王子様の死を悲しみ三日三晩、彼の墓の前で泣いたという。愛する人と離れ離れになった悲しみの涙はやがて王子様の墓に宇宙で一番美しい花を咲かせた。それがローズダイヤモンドだという。


 「ローズダイヤモンドは自分に注がれた愛情を栄養分にして咲くという不思議なお花です。少しでも邪な感情が入ってしまうとすぐに枯れてしまうので、育てるのがとても大変なんですよ」


 何か綺麗なお話だなぁと浅い感想を俺は思っていた。少しでも邪な感情が入ったら枯れるって、俺が育てたら一瞬で種は滅亡してしまいそうだな。


 「今頃がシーズンのお花なの?」

 「いえ、ローズダイヤモンドはどれだけ愛情を込めて育てても数年に一度しか咲かないんです」


 善性の塊みたいなスピカだからこそ育てられる花だろう。いや、大星とかレギー先輩も結構善性の塊みたいなところはあるか。美空には無理そうだな。


 「八年前、あのビッグバン事故の直前に私は一度、この場所で咲いたローズダイヤモンドをこの目で見たんです。まるで星空のように色鮮やかに輝いていて、いつかは自分で育ててみたいと思ってたんです。

  でもローズダイヤモンドはとても数が少なくて、株や種を買おうにもすごく高いんです。高級車を何台も購入できるぐらいの金額ですから……いくら好きでもそれを母にねだるわけにはいきません」


 じゃあ軽く一株で億はくだらないってことか? 大昔にヨーロッパの方であったとかいうチューリップバブルよりヤバそうじゃんそれ。

 ってかねだれば手に入るってことはスピカ達の母親のテミスさんってそれぐらいの財力は持ってるってこと? 何それ怖いんだけど。


 「ですが、八年前と変わらずこの場所にローズダイヤモンドは残っていたんです。私が月ノ宮に戻ってきた時は少し枯れかけていたんですが、すぐに元通りになりました」


 そりゃ何の穢れもないスピカから真っ当な愛情を受けたらローズダイヤモンドも育たずにはいられなかっただろうね。


 「そして……おそらくこのローズダイヤモンドは、近いうちに花を咲かせるはずなんです。伝説によれば満月の夜、八年前のあの日も満月でした。早ければ次の満月の夜に咲くでしょう」


 そう言ってローズダイヤモンドを見つめるスピカの目は愛情に満ち溢れていた。

 善性の塊であるスピカだからこそ育てられる幻の花、か。


 「確か次の満月って二十一日の日曜日ぐらいだよね? 僕も見に来て良いかな?」

 「はい、勿論です。本当に咲くかはわからないですけど……」

 「きっと綺麗な花が咲くだろうね。まるでスピカちゃんのように……」

 「そ、そうですね」


 あれ? 気の利いたセリフを言ったつもりだったんだけど何か引かれちゃったぞ?

 うん、わかった。スピカ相手にこういう攻めは良くないな。


 「本当に、楽しみなんです……」


 アストレア姉妹ルートからさらに分岐するスピカルートでも、大星はスピカに連れられてこの花壇へとやって来る。

 二十一日の日曜が最短ってことは一週間とちょっとぐらい先か。レギー先輩ルートはかなり駆け足でイベントが進んでいたが、ローズダイヤモンドが咲くイベントは多分原作通りの日程だ。じゃああと一週間ちょっとで咲くことは咲くだろう。



 ……いや、待ってくれ。

 なんでこんなにスッとアストレア姉妹ルートが始まろうとしているんだ?

 俺はついこの間、レギー先輩と一緒に死の淵を乗り越えたばかりなんだが? 俺がどれだけバッドエンドを迎える恐怖に怯えながらレギー先輩とコミュニケーションを取ってたと思うんだ。

 やっぱり俺が最初に予想した通り、大星が美空とイチャイチャしてる裏で俺が他ヒロインのイベントを回収しないといけないってことじゃん!


 どうして!? 俺は最推しの乙女を復活させるために頑張ろうとしてるのに、どうして他ヒロインのイベントがこんな立て続けに起こるんだ!? 結局レギー先輩ルートを良いところまで進んでもレギー先輩の中で俺は良い奴止まりだったじゃねぇか!


 ……やはり大星と美空の恋路を後押ししてしまったことが尾を引いているのだろうか。それで僅かな希望さえ潰えたか。

 いや、もしかしたらスピカやムギのイベントも無事に終えることが出来たらご褒美があるかもしれない!

 今はそう前向きに捉えて頑張るしか無いんだよ、俺は……。


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