アストレア姉妹編② 選ばれたのは日本茶



 前世の俺はスピカとムギが月見山の麓の高級住宅街に住んでいるということは作中の描写で知っていたが、正確な場所までは知らなかった。だがスピカとムギが月学に転校してきた直後に一度行ったことがあったため、烏夜朧の記憶を頼りにスピカに教えてもらいつつ向かった。


 青々とした森の中に静かに佇む、黒を基調とした色合いの立派な洋館が目の前にある。門も落ち着いた雰囲気のシックな装飾だが、ちゃんと手入れされた庭園が中に見えるし、素人目だが凄い豪邸という印象だ。

 スピカとムギの母親である魔女……じゃなくて占い師、テミスさんは数年先まで予約が取れないという人気ぶりで、しかも色んな本を出しているから結構なお金持ちなのである。


 だがこの家、森の中という立地と真っ黒な洋館の若干不気味な佇まいから月ノ宮では昔から魔女の家と噂されていたのである。そこにアストレア家が引っ越してきたというわけだが、テミスさんのいかにも黒魔道士というか魔女っぽい風貌も相まって、魔女の家という噂に拍車がかかってしまっている。


 そんな家の前までスピカをお姫様抱っこしながら辿り着くと、丁度ムギが軒先に出ていて俺達の存在に気づいた。

 

 「え……?」


 ムギは驚きのあまりいつもよりかなり低い声で困惑していた。おそらく俺がスピカをお姫様抱っこしているという光景が現実のものとは思えなかったのだろう。スピカも顔を赤くして恥ずかしそうにしているし、そろそろ降ろしてあげても大丈夫かな。

 そう考えていた時、ムギは戸惑いながらも家の門を開くと──突然俺達の前でひざまずいて敬礼のポーズをしながら口を開いた。


 「お帰りなさいませ、スピカお嬢様。今日は男爵様とお戯れだったのですね」


 うん。ムギってスピカが相手ならこういう悪ノリを嬉々としてやるタイプだったわ。


 「ちょ、ちょっとスピカ! 何を言ってるの!?」

 

 スピカはムギの悪ノリにプンプンと怒っていたが、面白そうなので俺もそれに乗っかってみる。


 「君は確かこの家のメイド長だったね。では皆に伝えてくれ、この僕がスピカ・アストレアを頂いた、とね」

 「なんと! スピカお嬢様、帚木家のご子息との婚約はいかがなさるおつもりですかー!」

 「そんな約束、大星さんとしてません!」

  

 するとムギはサイドテールを留めていた黒いリボンを解くと、どこからか取り出した黄色いカチューシャを頭にセットして口を開いた。


 「大星っ……!? 私という婚約者がいながらあの忌々しきアストレア家の女と夜伽を!?」


 なんかムギが美空のモノマネを始めた。しかもまぁまぁ上手いし。本当にどこから取り出したんだよそのカチューシャは。


 「ハッ。そんなことも知らなかったのかい、犬飼家のご令嬢は。変なプライドだけ持ってその地位にすがりついているだけの人間はいずれ落ちぶれていく運命にあるのさ!」

 「な、なんてこと! 私は大星にあんなに尽くしてきたのに……! 許さない許さない許さない……!」


 ムギが無駄に渾身の演技で、どこからか取り出したハンカチを口で噛んでグギギィと悔しそうにしていた。

 美空を悪役令嬢っぽくするんじゃない。あとしれっと大星と美空を別れさないでくれ、それは冗談じゃなく死人が出ることになるぞ。

 てゆーか男爵って結構下の爵位じゃねぇか。


 「あの、烏夜さん。私はもう大丈夫ですので、降ろしていただけますか?」

 「あ、うん。ごめん」


 スピカの冷静なツッコミでこの寸劇は終演した。レギー先輩関連のイベントで舞台のキャストが足りなくなったらムギでも呼んでみるか。



 寸劇を終えたところで俺は帰ろうとしたのだが、せめてお茶だけでもとスピカに誘われてアストレア邸にお邪魔することになった。

 なんだか趣のある絵画や壺、銅像といった美術品が飾られており、ロイヤルなデザインで統一された家具やインテリアを見て、俺は緊張しながらもリビングのソファに腰掛けた。


 なんかスピカとムギってお嬢様なんだなって初めて実感した。俺は望さんの家に居候させてもらってまぁまぁ良い生活させてもらってるが、なんだか……ヒエラルキーの差を感じさせられる。

 確かにスピカって育ちの良いお嬢様っぽいけど、ムギはそうでもないんだよなぁ。まぁ作中のイベントでおしとやかなお嬢様みたいに振る舞うムギは破壊力あったけど、それを拝められる機会は来るのだろうか。


 「改めて、先程はありがとうございました。この前、月見山でもそうでしたが烏夜さんには助けられてばかりですね」


 スピカは紅茶を一口飲むと、俺に笑顔を向けてそう言った。もうその笑顔だけで全部チャラに出来るよ。


 「スピカちゃんは何故か宇宙生物に好かれてしまうみたいだからね。もうそろそろ宇宙生物のことが嫌いになってくるんじゃない?」

 「いえ、そんなことはありません。あの子達は私のことを信頼して遊びに来てくれてるんです。それを反故にするわけにはいきません」


 もうここまで善性の塊だと、逆にどうやったら怒らせることが出来るのか気になってくるぐらいだ。もう全種類の宇宙生物の好物を日頃から持ち歩いていた方がいいレベルだぞ。


 「こうなると、スピカがツルの恩返しみたいに朧に恩を返さないとね」

 「ど、どうやって?」

 「そりゃスピカが朧の家に上がり込んで、朧にご奉仕するんだよ」


 ムギはニヤニヤしながらそう言ってコーヒーを飲んでいた。


 「えっと、ムギ? 私はツルじゃないから機を織れないんだけどどうすればいいの?」

 「だからさ、夜に朧のベッドに忍び込んで──」

 「ちょ、ちょっとムギ! そんなことしたらダメでしょ!」


 そこで結構強めの下ネタトークをされると俺が入る隙が無いんだけど。俺はスピカと会話できているだけで十分満足しているよ、それだけでこんなに死と隣り合わせにあるエロゲ世界に転生してきてよかったと思えるもの。


 「か、烏夜さんの布団の中で……私が……ふ、ふふふふふ……」


 ちょっとスピカさんや。両頬に手を添えて顔を赤らめながらどうして笑っているんだい。

 そういやスピカは誰かの下ネタにはツッコミを入れることもあるけど、元々下ネタ大好きお嬢様だったな。


 「ほら、朧。今夜は覚悟しとくんだね」

 「どういうこと!?」

 「これがスピカの恩返しだよ。布団の中にスピカがいても絶対に捲っちゃダメだからね」

 「その制限大分キツくない?」


 ……こんな感じでネブスペ2第一部、アストレア姉妹編は始まる。プロローグと同じようにネブラタコに襲われているスピカを大星が助け、なんやかんやで家にお邪魔してこんなトークを繰り広げる。門前での寸劇は少し違ったが。


 美空ルートやレギー先輩ルートと少し違って、スピカとムギは最初アストレア姉妹ルートとして途中までは共通のシナリオを進む。そこからある段階まで来て、その時点で好感度が高い方のルートに分岐していのだく。

 そして今、俺の目の前には早速アストレア姉妹ルート最初の選択肢がある。


 「烏夜さん、紅茶を飲まれないんですか?」


 俺の目の前にはスピカが入れてくれた紅茶がある。角砂糖も添えられて。

 そして──。


 「いや、朧は断然コーヒー派だね」


 その隣にはムギが入れてくれたコーヒーがある。こっちも砂糖が添えられている。


 ……なんだこれ。なんで俺は紅茶とコーヒーを用意されたの?


 「烏夜さんは紅茶のこの上品な香りと味わいがお好きに決まってます」

 「いいや、朧はコーヒーのこの大人な風味が好きに決まってるね」


 やめろ、こんなことで姉妹喧嘩を始めようとするんじゃない。

 ネブスペ2の作中では、ここで『紅茶を飲む』と『コーヒーを飲む』という二択が提示される。無論紅茶を選べばスピカ寄りに、コーヒーを選べばムギ寄りに話が進んでいく。

 しかし、この選択肢には隠された三つ目が存在する。それはトゥルーエンドへ繋がるシナリオへ突入した時に初めて出てくる幻の選択肢──『両方飲む』だ!


 「えぇっ!?」

 「おぉー」


 紅茶が入ったカップを右手に、そしてコーヒーが入ったカップを左手に持ち、俺は器用に両方のカップに口をつけて一気に飲んだ。

 両方とも飲み干してカップを戻して俺は口を開く。


 「僕にどちらかなんか選べないね。だってどっちも好きだからだよ」


 ちなみに俺は紅茶もコーヒーも苦手だ。コーヒーの苦味があまり好きじゃないし、紅茶のあの独特な香りもあまり好きじゃない。というわけで俺は日本茶派である。


 「スピカ。今回の戦いは引き分けだね。良い勝負だったよ」

 「そうね、ムギ……次は負けないわ」


 この勝負に勝って何が始まるのだろうか。きっとお互いに譲れないものがあるのだろう、紅茶とコーヒーなんかに……。


 「でもどっちつかずってあまり面白くないね」

 「そうですね」

 

 なんかすげぇ酷いこと言われたんだけど。

 とまぁ、こうして姉妹のご機嫌を伺いながらアストレア姉妹ルートは進んでいくのである。レギー先輩ルートの山場を乗り越えても、俺の死と隣り合わせの日々は続いていくらしい……。

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