レギー先輩編㉔ 思わぬ障害



 校舎の正面、少し離れたところにある花壇の縁に座って、俺は消火活動の邪魔にならないよう消防士さん達を眺めていた。

 なんだか一気に体中から力が抜けたような感覚だ。これまで散々、バッドエンドがどうだとか俺はストーリー上で何度も迎えかねない死への恐怖に怯えていたが、別にバッドエンドじゃなくてもこうやって体を張らないといけないこともあるのだ。意外といけるものだな、でも二度とやりたくない。

 改めて消防士ってすげぇなぁ。いくら防火服を着ているとはいえ、本能的に火って怖く感じるはずなのに。


 とまぁ、イベント自体は無事終わってくれてよかったのだが……想定外、というか作中では起きなかった出来事が一つ。

 それは、レギー先輩と俺が救出した女子生徒が、八年前のビッグバン事件で死んだ梨亜という少女の妹だったということだ。


 おかしい。俺の記憶違いでなければ、このイベントに梨亜の母親は出てこなかったし、そもそも梨亜は一人娘という設定だったはずだ。何かレギー先輩と梨亜の母親の関係が丸く収まったのは結果的に良かったが、前世でネブスペ2をプレイしていた時に見たことがなかったイベントなだけに少し怖い。

 ……まぁ、神様が気まぐれでくれたご褒美だと思っておこう。


 「あら、こんなところで何をしているの?」


 花壇の縁に座って消火活動を見物していると、突然女性に声をかけられた。声がした方を見ると──雪のように輝く長い銀髪に黒いリボンを着け、そしてブレザーの月学の制服を着た女性が佇んでいた。


 「しゃ、シャルロワ会長!?」


 会長とはつい昨日、『光の姫』の舞台が終わりレギー先輩のイベントが発生した後、劇場の外で出会った。そして俺は臆病なことにレギー先輩を会長に託したのだ。

 

 「か、会長がどうしてこんなところに!?」

 「登校途中に母校が火事になっているのが見えたから寄ってみただけだけど、そんなに不思議?」


 まぁもう始業してる時間だが、そういえば会長も俺やレギー先輩と同じ中学出身だ。その頃からずっと生徒会長やってる気がするけど。


 「それにしても酷い汚れようね。その年になって泥遊びでもしていたの?」


 俺は月学の制服を着ているが、白シャツは煤だらけでほぼ真っ黒だ。一旦家に帰って着替えなければならない。


 「まぁ実はですね、久々に僕の中に眠る少年心がくすぐられてしまいまして。ついさっきまで泥を投げ合っていたところです」

 「そう。随分と幼稚なことをしていたのね」


 俺がテキトーに答えをはぐらかすと、会長はフフフと俺の方を見ながら笑っていた。俺とレギー先輩の感動的な救出劇を見ていなかったのか、この人は……。


 「そういえば昨日、あの後色々とあったんでしょ?」

 「どの話ですか?」

 「真夜中のことね。レギーは私に何度か連絡をくれてたんだけど、丁度忙しくて出られなかったの。心配になってレギーの元に向かってみたら、貴方がレギーを家に連れ込んでいくのが見えたから……その後、一体何があったのかと思って」


 ……。

 ……いや、全部見られてるじゃん。

 え、見られてたの!? あの時、大雨の中傘も差さずにずぶ濡れで路上に立ち尽くしていたレギー先輩を俺が家の中に入れたのを見てたのか会長は!? 全然気づかなかった!


 「私としては、やっとレギーに運命の相手が出来て嬉しいわ。あの子ったら最近は貴方に夢中みたいだったし」

 「そ、そうなんですか?」

 「えぇ。何かと貴方の話ばかりしてくるのよ、あの子は。私は貴方のことなんて何も興味ないのに」


 もしかしてレギー先輩の中で俺への好感度、着実に上がっていってる? ヤバい、今すぐコンフィグ開いて好感度のたまり具合を確認しに行きたいんだけど。異世界転生ものだったら何か勝手にシステム画面とか出てくるのにどうして出てこないんだよ!


 「そう……昨日、私がレギーを家まで送った後も、あの子は貴方にしきりに感謝していたわ。貴方って意外と男らしいところもあるのね」


 もしかしてもしかしてだけど会長の俺への好感度も上がってたり──。


 「でも、私は貴方をレギーの相手には認めない」


 あれ?


 「ど、どういう意味ですか?」

 「レギーは貴方のことを好きかもしれない。でも私はレギーが貴方と付き合うことには反対ね。貴方みたいな男にレギーは任せられない」


 なんで俺は第三部のヒロインに第一部のヒロインとの恋路を全否定されてるんだ。俺は一連のイベントで俺なりに良いところを見せてきたはずなんだけど、もしかして会長との好感度も上げないといけないのか?


 「……シャルロワ会長は勘違いをされてますね。僕は特定の誰かを愛することはありません。僕の夢はハーレム、全ての女性を等しく愛することです」

 「あら、随分と低俗な欲にまみれた理想だこと。私もその中に含まれているの?」

 「はい、勿論です」


 俺は確かにネブスペ2の中では朽野乙女に匹敵するぐらいエレオノラ・シャルロワのことも好きだが、ぶっちゃけ会長と付き合いたいかと言われたらあまり乗り気ではない。だって会長ルート怖いんだもん、本当に。


 「じゃあ、もしレギーと正式に交際したいのならまず私をときめかせて」


 出た。出たよ、エレオノラ・シャルロワの無理難題。

 いや、ネブスペ2を全クリした俺は会長の攻略方法はなんとなくわかってるけど……本当にあまり関わりたくないんだよ。だって貴方、平気で主人公を殺してくるじゃん。


 「……僕がシャルロワ会長をときめかせたら、僕とレギー先輩が付き合うのを許してくれるということですか?」

 「そうかもしれないわね。そんな未来は来そうにないけれど……本当に私が貴方にときめいたら、レギーの代わりに私が貴方をいただいちゃうかもしれないわ」


 やめろ、人の恋路をややこしくするな。確かに前世の俺は会長のことも好きだったけど、この世界に転生して当事者となると話は変わってくる。


 「……考えておきます。ですが会長がレギー先輩のことを大事に思ってくれているようで何よりです。

  もしかしてお好きだったりするんですか?」


 と、俺は会長にちょっとばかしいたずらな質問をしてみる。すると会長はフフフ、と上品に笑いながら俺に背を向けた。


 「さぁ、どうだと思う?」


 そう言って会長は俺の前から去っていった。

 ……畜生、ちょっとした仕草で俺がときめいてしまいそうだ。やっぱり敵わねぇなぁ、流石はネブスペ2のラスボスだぜ。


 

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