レギー先輩編㉓ 思わぬ出会い
火元のある三階に辿り着くともうかなり煙が充満していて、廊下の向かい側すら見えにくいほど視界が悪くなっていた。俺は濡れたハンカチで口元を押さえつつ、見える範囲の窓を全開にして煙を外へと逃がす。
そして姿勢を低くして廊下を這いずるように進み、火元が近い三年生の教室へと向かった。烏夜朧としての記憶が正しければ、奥の方に一組の教室があるはずだ。確か爆発はそこら辺で起きていたはずだが……二組の教室を通り過ぎても、行方がわからない世良という生徒はおろかレギー先輩の姿すら見つからない。
口と鼻をハンカチで押さえているとはいえ息苦しさを感じるし、煙がダイレクトに入ってきて熱気もあるからか目がかなり痛い。長居すると冗談なしに意識を失ってしまいそうだ。
左手で壁を伝いながら進んでいると、ようやく爆発が起きた一組の教室に差し掛かった。
「レギー先輩! レギー先輩! 僕の声が聞こえますか!?」
すると一組の教室の中から物音が聞こえた。
「朧、そこにいるのか!?」
俺はレギー先輩の声を頼りに教室の中へと入った。するとようやく地面にしゃがみ込むレギー先輩と、床に倒れるセーラー服姿の女子生徒が見えた。彼女の側、粉々に砕けた机からは轟々と炎が燃え上がっている。そこが爆発が起きた現場か。
「だ、れ……?」
女子生徒は破片か何かが当たったのか右足から血を流しており、中毒を起こしているのか意識が朦朧としているようだ。既にレギー先輩が彼女の口元にハンカチを当てているが、このままでは危険だ。
「レギー先輩、僕が彼女をおぶっていきます」
「わかった。じゃあオレが先導するからついてきてくれ」
俺は女子生徒をおぶってレギー先輩の後ろをついていく。延焼のスピードこそ緩やかだが、火災現場ってこんなにも煙が充満するものなのか。目も痛いし息苦しくなってきたし、と多少の恐怖に襲われていると中央階段へと辿り着く。
二階はまだ煙がそこまで広がっておらず、そこからは立って移動しようとしたのだが──突然ドゴォンと重々しい爆発音が響くと同時に校舎が激しく揺れた。
「うおおおっ!?」
俺は体勢を崩しかけたが、近くの柱を支えにしてなんとか踏みとどまった。人を背中におぶってるのに転んだりしたら大変なことになる。
「うわぁっ……!?」
一方でレギー先輩は体をよろめかせると、階段から足を踏み外しかけたが階段の支柱に捕まって事なきを得た。しかしレギー先輩は階段の支柱に体を預けたまま、前に進もうとしない。
「せ、先輩!? 大丈夫ですか!?」
「なんか……ちょっとめまいがしてな」
え、それって一酸化炭素中毒じゃん!? あ、そうか、レギー先輩が俺が背中におぶってる女の子にハンカチ貸したから口元押さえられてないんじゃん! 早く気づいてたら俺のを貸してたのに!
「朧、先に行ってくれ。もう救急車も来たみたいだからよ」
「で、でも」
「オレは後から行くから……」
いや、それ無事に帰ってこれないフラグですよ。
とはいえ俺はこの女子生徒とレギー先輩の二人を抱えて移動できるほど力持ちではない。外からは消防車や救急車のサイレンが聞こえるため、そろそろ到着する頃合いだろう。
「朧、早く行ってその子を助けてやってくれ」
わかりました、と俺はレギー先輩を二階において下へ降りる。出口自体はすぐそこだ。先に重症のこの子を救急車に運んで、その後でレギー先輩の元へ向かおう。
外へ出ると、丁度消防車と救急車が目の前に駆けつけてきた。
「お、おい烏夜! お前本当に校舎の中に入っていたのか!?」
外で待っていた教頭先生が驚いた様子で言う。俺が背中におぶっていた女の子を地面に下ろすと、教頭先生の側で待っていた結実とその友人が彼女の元へと駆け寄った。
「あ、世良! 大丈夫!? ねぇ、世良!?」
「あまり揺さぶらないであげて。症状が軽いなら、新鮮な空気を吸ってるだけで楽にはなるはず」
すぐに救急車から救急隊員もやって来たため、処置は彼らに任せて俺はレギー先輩を迎えに行くために校舎の方へ戻ろうとした。
その時、再び爆発音が辺りに響いた。三回目の爆発、それは──丁度レギー先輩がいた二階の中央階段付近で発生した。階段の窓ガラスが割れ、そこから黒煙がモクモクと上がっている。
「れ、レギー先輩!?」
俺は消防隊員の制止をも振り切って校舎の中に突っ込もうとした──が、校舎の入口に人影が見えた。
「いや~ホントにギリギリだったな」
ヘヘッと笑って校舎から出てきたのはレギー先輩だった。どうやら三回目の爆発に巻き込まれずに済んだようだ。
「だ、大丈夫ですか先輩!? どこかお怪我は!? 具合はどうですか!?」
「バーカ、そんなに慌てんなって」
レギー先輩はいつものように俺の頭に軽くチョップを入れる。俺は思わず泣きそうになっていたが、レギー先輩は俺の前までやって来ると、そっと俺の体に身を委ねてきて、俺の胸に顔を埋めてきた。
「……お前が来てくれて助かった」
レギー先輩は俺の胸の中でモゾモゾと言う。
「ぶっちゃけ、ここで終われるならそれで良いと思ったんだ。誰かを火の中から助けるためなら、そこで死んでも少しは様になるって……カールや梨亜にも顔向けできるかもって、そんなことも考えた。
でも、お前がいてくれたから……」
償い、か。そんな覚悟でレギー先輩は突っ込んだんだ。怖気づいた自分が本当に情けない。
レギー先輩は俺の体から離れると、首からかけていた金イルカのペンダントをギュッと握りしめていた。そしてまたいつものように元気そうに笑ってみせる。
「朧も体調は大丈夫か?」
「もう一度突っ込めって言われたら全然いけますよ」
「じゃあ行って来い」
「何のためにですか!?」
と、ここまで概ねレギー先輩ルート通りの展開である。本来六月の末に起きるイベントのはずだから二週間ぐらい早いが。
自分達の母校で突然爆発が起きたのを見かけ、取り残された生徒を助けるためにレギー先輩は危険も顧みずに火の中へと突っ込んでしまう。作中では本来大星が一緒に向かうのだが、今回は俺が行かされた。本当に怖かったから何かしらのご褒美が欲しいところだ。
梨亜の母親とのイベント後、カールや梨亜達への申し訳無さを改めて感じたレギー先輩は自分が脚本を務める舞台を決行するかどうかを悩むのだが、このイベントを機に覚悟を決めるのだ。
ちなみにこのイベント中には二回選択肢が出てくる。一つ目は自分もレギー先輩を追って校舎の中に入るか。二つ目は中毒を起こしたレギー先輩を置いていくかどうかだ。二つ目は置いていくのが正解というトラップみたいな選択肢である。置いていかずにレギー先輩と一緒に逃げようとモタモタしていると、三度目の爆発に一緒に巻き込まれてしまう。
周囲で消防隊員が慌ただしく動く中、俺はレギー先輩と救出された世良という女子生徒の元へと向かった。
救急隊員らによると大分煙を吸ってしまったが重篤化する心配はないようで、すぐに病院の方へ向かうという。その知らせを聞いてホッとしていると、校門の方から一人の中年ぐらいの女性がこちらへ走ってきた。
「えっ……!?」
やって来たのは梨亜の母親だった。昨日、劇場の楽屋でレギー先輩を口撃した……その人がなぜここに、と驚いていると、梨亜の母親は担架の上に寝かされた世良の元へ駆け寄った。
「世良!? ママよ、私の声が聞こえる?」
「か、母さん……?」
……えっ?
お母様でいらっしゃいますか?
そこの世良っていう女の子の?
……もしかして、世良って梨亜の妹だったりする?
レギー先輩も俺と同じく困惑しているようだったが、世良の側で介抱していた結実が梨亜の母親に言う。
「この人達が世良を助けてくれたの!」
そう言われた梨亜の母親は俺達の方を見る。そして急に怪訝そうな顔になった。
まぁそりゃそうだよな。一方は八年前に自分の娘を殺した(と因縁をつけている)相手だし、もう一方は昨日口論をした相手だし。
「そう、貴方達が……」
また不毛な口論が始まるかと思いきや、梨亜の母親はチラッと世良の方を見た後で俺達の方へ向き直した。
「……昨日はごめんなさい。八年前、あれから色々とあって、私は鬱憤を晴らすために貴方を槍玉に上げて……娘を助けてくれてありがとう」
驚くことに、梨亜の母親は俺とレギー先輩に深々と頭を下げた。
ど、どうして?
「あの、頭を上げてください。オレがこの場に居合わせたのはただの偶然なので……」
レギー先輩の梨亜の母親の行動に驚いているのか、慌てて梨亜の母親に頭を上げるよう促した。そして梨亜の母親は頭を上げてレギー先輩に言う。
「この子は……梨亜の妹。本当に、助けてくれてありがとう。改めてまた感謝させて。そして……今までの非礼を詫びるわ」
「い、いえそんなことしなくても」
「貴方は、それだけのことをしてくれたのよ」
そして梨亜の母親は世良と一緒に救急車に乗り込んで病院へと向かった。教頭先生や結実達は何があったんだという顔をしていたが、まぁ昨日の件は話さずにいた。
その後、レギー先輩も結構煙を吸っていて多少のめまいなどの症状もあったため、教頭先生の車で病院まで送ってもらうことになった。俺の方は全然体調に問題なかったが、今すぐ学校に向かう気になんてならず、学校や大星に連絡だけ入れてもう少しの間休むことにしていた。
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