レギー先輩編㉑ 朝チュンには好感度が足りなかった
カーテンの隙間から、昨夜の雷雨が信じられないぐらい程の清々しい朝日が差し込んでいた。
目が覚めると同時に、昨日の長い一日を思い出す。色々とあったからか今も少し体に疲れが残っている。主に精神的に。
そして唐突に感じるこの虚無感はなんだろうか。
だって……何もなかったんだもん。フツーに朝を迎えたよ、何が朝チュンだこの野郎。俺だって意味もなくわっふるわっふるとか言いたかったよ。
まぁ、そういう展開を期待していた俺もバカだったか。そこはやはりエロゲ主人公だけが持っている特権なのかもしれない。
隣にはまだレギー先輩がスゥスゥと可愛げな寝息を立てながら寝ていたが、朝食でも作ろうと起き上がると──俺はようやく、このベッドの側で息を潜めていた存在に気づいた。
「昨晩はお楽しみだったようね、朧」
「えっ?」
なんで俺はすぐに気づかなかったのだろう。ベッドの側には、目の下にクマを作った白衣姿の望さんが佇んでいた。
「の、望さん!? どうしてここに!?」
「そりゃここは私の家だからよ。朧は居候でしょ。まさか私の家に自分の女連れ込んでイチャイチャされるとは思ってなかったわ」
俺は同じベッドでスヤスヤと眠るレギー先輩の方を見る。うーん、確かに同衾したような構図に見えるなこれ。
とはいえレギー先輩に迷惑がかかってしまうので、俺は慌てて否定する。
「ちちち違うんです、望さん。これには色々とありましてね」
「ふぅーん」
ヤバい。望さんったらすっごいニヤニヤしてる。絶対俺とレギー先輩の間に何もなかったって気づいてる上でからかおうとしてる顔だ。まともに話を聞いてくれそうにないぞこれ。
「んあぁ……」
そしてこのタイミングでレギー先輩が目覚めてしまう。
「おはよう、朧……昨日は慰めてありがとな。おかげで私も元気をもらえた」
ちょっと誤解を招く言い方やめてもらえます?
「おはようレギーちゃん」
「ん……んあっ!? 望さんがどうしてここに!?」
「それはかくかくしかじか四角いムー◯なんだけど、私はとてもお似合いだと思ってるから応援するわ。私の甥っ子をよろしく」
「え……?」
レギー先輩は俺の方を見た。そして望さんが何を言っているのか理解できたようで、急に顔を赤らめて突然俺の頬を叩いた!
「ち、違うんだこれはー!」
「なんで僕がぶたれるのぉー!?」
レギー先輩の一発のおかげで俺はすっかり目が覚めたが、昨日のことを望さんに洗いざらい話すわけにもいかず、とりあえず否定だけして朝食を摂るためダイニングへと向かった。
望さんはそれ以上俺とレギー先輩をいじってくることもなく、大きなあくびをかきながら自分の部屋に寝に行ってしまった。
……望さんは本当に何も知らなかったのだろうか? 昨日、レギー先輩の舞台があることは望さんも知っているはずだが、それについても一切触れてこなかった。
「うげっ、すげぇ量の連絡来てるわ……」
俺がキッチンで軽く朝食の支度をしていると、ようやく乾いた自分の服に着替えたレギー先輩が顔をしかめながら言う。
そりゃ、昨日あんなことがあったら誰だって心配するよ。まさか俺と一緒にいたとは言えないだろうけど。
「確か今度の日曜まで舞台あるんですよね? しかも出ずっぱりで。
その……大丈夫なんですか?」
昨日の今日だ。俺はまだレギー先輩のことが心配だし、昨日のように梨亜の母親がまたやって来るかもわからない。
しかし俺が朝食のトーストやハムエッグ、サラダをテーブルに並べていると、レギー先輩はそんな悩みなど一切感じられない笑顔で言う。
「あぁ、今日も完璧にやってやるよ。あ、お前は学校行くんだぞ?」
「わかってますよ。ただ、無理はしないでくださいね」
「わぁーってるって」
うん、レギー先輩はすっかり元気を取り戻してくれたようだ。俺の勘違いじゃなければ空元気でもないはずだ。多少の不安は残るが、もうバッドエンドへ直行するようなイベントはないだろう。
しかし、一時はどうなることかと思った。やっぱり死と隣り合わせにあるとわかっていると緊張感が段違いだ。
なんとかレギー先輩のことは解決できたが、本当にどうして本来は起こらないはずのレギー先輩のイベントが俺視点で起きてしまっているのか謎のままだ。最悪の場合スピカとムギのイベントだって起きる可能性もある。
今日、学校で二人の様子を見てみるか……。
「うげっ。このサラダ、俺の嫌いなトマトが入ってる……おい朧、黙って口開けろ」
「せっかく僕が用意したのに食べてくれないんですか?」
「つべこべ言うな。おらっ」
「ごふっ」
そういや先輩って野菜の好き嫌いが激しいんだった。しかし俺はそんな先輩の子どもみたいなわがままも愛おしく思いながら口にトマトを突っ込まれていた。
レギー先輩は今日も舞台は続くため、劇団の人達へのお詫びのために朝から劇場へ向かうという。少し心配だったから俺も学校を休んで先輩に付き添っていこうかとも思ったが、ちゃんと学校には行けと言われてしまったため大人しく登校することにした。
とはいえ途中まで道は一緒だから二人で並んで歩いていた。
「そういや、朧はコガネって知ってるか? なんか女優とか歌手とか色々やってるよくわからねぇ人」
「はい、勿論ですよ。超有名人じゃないですか」
昨日劇団の可愛い後輩の主演舞台を忙しいスケジュールの合間を縫って見に来ていた人だ。ってかレギー先輩視点だとよくわからねぇ人って扱いなんかい。
「あの人、昨日見に来てたってマジ? しかもお前の名前出してたんだけど知り合いだったのか?」
「あぁ、偶然隣の席だったので。何か凄いオーラを放ってる人がいるなぁと思ったらコガネさんだったんですよ」
「よく話しかけられるな、あの人に……んで、何か言ってたか?」
俺はあの時、レギー先輩のイベントがいつ起こるかハラハラしていたからあまりそれらしい記憶がない。舞台終わった後にびっくりするぐらい感動して泣いてたことぐらいか。
あと……。
「レギー先輩の舞台は最高だったよ~って、マネージャーさんに引きずられながら言ってましたよ」
「そ、そうか……そうか」
コガネさんの感想を聞くと、レギー先輩はフフッと控えめだが嬉しそうに笑っていた。多分あのままレギー先輩に会ってたら凄い力で抱きしめてそうだったしなぁ。
いや、違うか。あのままコガネさんも楽屋に入ってたらあの場面に居合わせてしまっていたってことか。あの人のことだから身を挺してレギー先輩のことを守ってそうだが、だったら絶対俺よりコガネさんの方が良かったじゃん。
「今でもレギー先輩ってコガネさんと連絡を取り合ったりするんですか?」
「んまぁ、向こうも忙しいだろうからオレからはあまり連絡をしないけど、コガネさんが出てる映画とかドラマの感想を伝えることはあるよ。
直に会うと……何か凄い力で抱きしめられるから困っちまうけどな」
愛情表現がどストレートな人だな。でも、家族のいないレギー先輩を気遣ってくれる人がいてくれるってだけで安心する。コガネさんはネブスペ2のストーリーに一切関わってこないから、あの人がきっかけでバッドエンドのフラグなんて立たないだろうし。
「そういや、昨日は大星や美空達が来れなかったが、千秋楽のチケットもあるんだよ。ちゃんと人数分あるぜ」
「じゃあまた僕も行って良いんですか?」
「いや……そう何度も見たいものじゃないだろ」
「いえいえ、何度でも見たいと思いましたよ!?」
だが、レギー先輩ルートはこれで終わりではない。何とか寂しい夜を越えたレギー先輩は『光の姫』の公演こそ千秋楽まで完走するが、問題は来月に控えている、レギー先輩が初めて監督や脚本を担当する舞台だ。
ゲーム的な話になるが個別ルートの期間が六月一日から七月七日までのおよそ一ヶ月ぐらいしかないため、二つの舞台の準備期間はかなり短いものになっている。しかしレギー先輩脚本の舞台のキャストは『光の姫』の演者ではなく、レギー先輩自身が呼んだ選りすぐりのメンバーなのだ。
勿論レギー先輩が所属する劇団アステロイドの劇団員もいるが、月学の演劇部の部員だったり他校の演劇部からも演者を呼んだという。学生も多く加わるためスケジュールの調整が難しく、結果として公演日は一日だけとなっているが、その舞台は興行を目的にしているわけではない。
劇団アステロイドの座長、新一さんの知り合いのとある映画監督が近くを訪れる予定があり、丁度それが来月の頭なのだ。去年、月学の文化祭である星河祭で披露されたレギー先輩脚本の演劇に興味を持っているそうで、その目で確かめたいという。むしろそれに合わせて急遽スケジュールが無理矢理調整された感じである。
いや、一ヶ月の間にそんな重要な舞台が立て続けにあるって大変過ぎるだろ。
しかし初日の舞台であんなことがあったため、またいつか梨亜の母親がやって来るんじゃないかという恐怖がレギー先輩には残っている。しかも次の舞台に向けた準備で機材トラブルだとか演者の急病だとか様々なトラブルが襲うことになるのだ。
そこでミスをしてしまえば今までの苦労が全て無駄となってバッドエンドを迎えかねない。だがその前にもう一つ、レギー先輩ルートには大きなイベントが残っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます