レギー先輩編⑱ びしょびしょのライオン
家に帰宅して、俺は改めて転生した直後に書いた攻略チャートを見ていた。
本来、大星視点で進むはずのレギー先輩ルートなら、今頃レギー先輩を大星が慰めているところだ。そしてレギー先輩の家のベッドを舞台にして一夜を共に過ごす、という流れになる。あれは良いイベントだったなぁと、今でもイベントCGを思い出せる。
今はそれを思い出して興奮するほど心に余裕は無いが。
「上手くやってくれてるよな、あの人なら……」
俺はレギー先輩を会長に託した。確かにレギー先輩の幼馴染であり親友である会長なら安心してレギー先輩を任せることが出来る、というのも俺がそう判断したかった理由だが……正直なところ、俺は怖かったのだ。
今のレギー先輩と、どう接すればいいかわからなかったからだ。
「逃げちゃったのかなぁ、俺」
俺は頭を掻きながら唸った。あまり後悔はしていない、例え俺とレギー先輩が結ばれるチャンスだったとしても、だ。
これはただ選択肢を選んでテキストを眺めるだけのゲームじゃない。俺にとっては現実なのだ。レギー先輩達も決してゲームの中のキャラではなく一人の人間だ。俺の行動一つで、彼らの運命が左右されるかもしれない。
俺にはただ、一人の人生を背負えるほどの自信がなかったのだ。
しかし、俺のその独りよがりな選択がレギー先輩にとって本当に良かったのか、それが心残りなのだ。
「でも俺が行ったところでバッドエンドに直行しそうだもんなぁ」
レギー先輩のバッドエンドの一つ、『業火』エンド。大星編で舞台上のレギー先輩を助けに行かなかった場合に確定するバッドエンドだ。その後の説得にも失敗し、大星を睡眠薬で眠らせた後に家に火を放ち……カールや梨亜の元へ旅立とうとする。その現場を偶然見かけた朧は、二人を助けようと家の中に突っ込んで死んでしまうという流れだ。
改めて思うけど、俺っていうか烏夜朧が死ぬ必要あるのこれ? 開発側はそんなに朧が嫌いなの? 自分達で作り上げたのに?
「明日学校か……寝れる気がしねぇ」
もし、もしもだ。もし会長がレギー先輩を慰めるのに失敗した場合、あの二人が死んでしまうことになるのか?
そんな未来を想像してしまった俺は余計に落ち着かなくなってきた。今からでも先輩の家に様子を見に行くべきか。幸いにもこの前レギー先輩の家に上がり込んだから場所は知っている。
でも、俺が行ったところでな……。
そうため息をついた瞬間、突然携帯の着信音が鳴り響いた。こんな夜中に誰だろうと思って画面を見ると、知らない携帯の番号からだった。
……こんな夜中に誰だ? 俺はレギー先輩の連絡先を知っているし、あり得るとすれば会長か?
「もしもし」
そう予想して俺は電話に出た。
『こんばんは、レギーちゃんの後輩君』
いや、誰。
俺をこんな呼び方する知り合いいたっけと一瞬不思議に思ったが、その声はつい最近聞いたばかりだった。
「もしかして……コガネさん?」
『イエース。元気してる?』
「まぁ……ぼちぼちですね」
今やスーパースターである初代ネブスペヒロインのコガネさん。今日の舞台で俺の隣の席に座っていた、レギー先輩の劇団のOGであり、彼女のことを可愛がってくれている良いお姉さんだ。
『色々聞いたよ。あの後、大変だったみたいだね?』
「そうですね……やはりご存知ですか」
『さわりぐらいしか聞いてないけどね』
俺はコガネさんにレギー先輩の身に起きたことを説明した。あの時、怒り狂った梨亜のお母さんを思い出すだけでもまだ鳥肌が立つぐらい怖かったし、あの時のレギー先輩の怯えた表情……助けを求める表情を思い出すだけで、心が痛い。
『誰が悪い、と明確に言えないのが辛いところだね』
梨亜のお母さんは確かにレギー先輩に酷い言葉をぶつけたが、そうしたくなる気持ちはわからないでもない。しかしレギー先輩に人殺しのレッテルを貼るのも酷な話だ。
元はと言えば、八年前のビッグバン事件はネブラ人が乗っていた宇宙船の爆発によって起きたものだ。原因はエンジン系統の故障となっているが、決してネブラ人達の管理が杜撰だったわけではない。だからこそネブラ人達が矢面に立っているし、一方でネブラ人達を陥れるための陰謀説まで流れている。
……前世の俺が知る真実は少し違うが、やはりネブラ人が遠因であるのは間違いないのである。かといってレギー先輩が責任を感じる必要はない。
本当に悪人を無理くり選べってなったら、多分このゲームのシナリオを考えた奴じゃないかな。だって俺を意味もなく殺そうとしてるもん、間違いないだろう。
『えっと、朧君だったっけ。レギーを守ってくれたんだよね? ありがとね、そんな体を張ってくれて』
「いえ、僕も冷静でいられなかっただけなので……」
何か会長も似たような感じで感謝してくれてたな。二人共、レギー先輩を本当に大事に思ってくれてるんだな……。
『実はね、ここだけの話なんだけど……私もレギーちゃんと一緒なんだ。八年前に家族を亡くしてるの。パパとママと、弟をね』
そう、コガネさんとレギー先輩の境遇は非常に似ているのだ。瓦礫の下敷きになり、火災に巻き込まれて目の前で弟が死んでしまった、という結末も。というか初代ネブスペのコガネさんをモデルにレギー先輩のキャラが生まれたんだろうけど。
ただレギー先輩と違うのは、彼女の弟カールの想い人である梨亜の存在だろう。
『この世界で一人ぼっちになる、という感覚を私も知ってる。どれだけ友達がいても、親友がいても……頼りになる最後の砦がいなくなるのはね、とっても怖いことだから』
「……僕も、わかります。僕も八年前に、家族を亡くしてるので」
『そっか』
そして今も、俺はときたまその恐怖に苛まれる。なぜなら……叔母の望さんは確かに烏夜朧の親族だが、その中にいる俺は違う。
この世界に、前世の俺を知る人物はいないのだ。誰一人として。
『私は忙しくてあまりレギーちゃんの相手をしてあげられないけど、あの子を支えてあげてほしいの。普段は強がってるけど、本当はそんなに強い子じゃないから。
勿論、朧君が迷惑じゃなければだけど……』
「全然大丈夫ですよ。僕が力になれるかはわからないですけどね」
『そんなことないよ。そういえば、朧君は今レギーちゃんの家にいるの?』
「いえ、いないですけど」
するとコガネさんは電話の向こうで「えぇっ!?」と大声で驚く。
『じゃあ今、誰がレギーちゃんのところにいるの!?』
「エレオノラ・シャルロワ会長ですよ。レギー先輩の幼馴染で、月学の生徒会長の」
『あぁ、あの子ね。え、もしかして見に来てたの?』
「いえ、予定があったみたいで舞台は見てないですけど、後でいらっしゃったんです。それで僕は会長にレギー先輩を託しました」
やっぱりコガネさんも会長のことは知っているか。何か前作の登場人物とこういうところで繋がりがあるのは興味深いな。やっぱり会長とコガネさんがいるんだったら余計に俺は必要ないんじゃないかな。
そう悲観的になっていると、コガネさんが不思議そうな口調で言う。
『どうして朧君もレギーちゃんの側にいないの?』
……あれ?
もしかして俺、怒られるのか?
「いや、会長の方がレギー先輩にとっては良い相談相手かなと思って」
『確かにそうかもしれないけど……レギーちゃんは朧君も側にいてほしかったと思うよ?』
マジ?
本当にそうだったなら凄い罪悪感みたいなのが襲ってくるんだけど。
「……どうしてそう思われるんですか?」
『だって、レギーちゃんは自分の弟の話をあまりしないからさ。それこそ幼馴染のローラちゃんとか、劇団の先輩だった私ぐらい。座長のシンちゃんに少しだけ教えたのも私だし、他にそのことを知ってるのは朧君ぐらいだと思う』
じゃあ実質、レギー先輩が自分の弟のことを話したのは会長とコガネさんと俺だけ、ってことか。
『レギーちゃんは朧君のことをすっごく信頼してくれてるはずだよ。それに実際、朧君は体を張ってレギーちゃんを守ってくれた。私だったらもう頭の中朧君のことでいっぱいになっちゃうぐらいときめくんだけどなぁ』
俺、知らず知らずのうちにレギー先輩とそんなに信頼関係を結ぶことが出来てたのか。会長が言っていた通り、もしかしたら俺がレギー先輩ルートを開拓できていた……?
いいや、違う。
俺は、会長とコガネさんに大きな勘違いをさせてしまっているのだ。
レギー先輩は、俺に直接自分の弟の件を話していない。俺は前世でネブスペ2をプレイしてレギー先輩ルートをクリアしたから知っているだけで、俺が転生した烏夜朧というキャラはそれを知らないのだ。
会長とコガネさんがしきりに付き合っちゃえよと背中を押してくるのはそれを勘違いしているからか。それだけレギー先輩が俺のことを信頼している、と。
二人共ごめん、俺ってばすごいズルをしちゃってる。だが転生してきたんですよなんていう意味のわからないことを言うわけにもいかないため、ここは流すしかない。
『……ごめん。無理を言っちゃってるかな、私』
俺の沈黙を俺が迷っていると受け取ったのか、コガネさんは笑いながらそう言った。
『私も時間が出来たら、またそっちに行くよ。ずっと構ってとは言えないけど、朧君がレギーちゃんのことを気にかけてくれたら私は嬉しいな』
「……僕には荷が重いですね」
『レギーちゃんを守ったヒーローが何を言ってるの。もしかして朧君も結構精神的にしんどかったりする?
だったらさ、日付越えたあたりからギャラスタでライブするから見に来てよ。元気づけてあげるから』
ギャラスタってのは写真共有アプリ、現実で言うイ◯スタだ。ネブスペ2の世界だとギャラクシースターシステムというのが正式名称だ。写真共有アプリにつける名前じゃないよな。
コガネさんとの電話を終えて、俺はフゥと一息ついて天井を仰いだ。
実のところ、レギー先輩は俺のことをどう思ってるんだろうか?
レギー先輩は、俺のことを必要としているのだろうか?
……考え過ぎか。思い上がりもいいところだ。
頭を使い過ぎたからか、疲労感よりも先に空腹が俺を襲う。キッチンに向かい冷蔵庫を見ると夜食に丁度良さそうなものも見当たらなかったため、近くのコンビニまで向かってサンドイッチと明日の朝食用の牛乳とかを買いに行った。
「畜生! ホントに降ってきた!」
舞台が終わってから空模様は怪しかったが、コンビニからの帰りにとうとう降り始めた。ゲリラ豪雨かってぐらいの強さで、わざわざコンビニに戻って傘を買いに行く手間とお金ももったいないため俺は袋を持って慌てて家へと帰る。
俺が居候している望さんのマンションが近づいてくると、人気のない路地で街灯に照らされる人影が見えた。
こんな雨の中、傘も差さずに、合羽も着ずに何をしているのだろうと不思議に思いながら近づいていくと、段々とその姿が鮮明に見えてきた。
金色のメッシュを入れた黒髪がビショビショに濡れ、滴り落ちる雫が街灯に照らされて輝く。上に羽織っているデニムジャケットもずぶ濡れだが、彼女はただ……星一つ見えない、暗黒の雨空を悲しげな表情で眺めていた。
俺はそれが誰か気づくと同時に、驚いてその名を呼んだ。
「レギー先輩……!?」
ザアザアと雨粒が勢いよく地面に打ち付ける中、俺は街灯の下で雨に打たれながら佇むレギー先輩を呼んだ。
「おぼ、ろ……」
雨音にかき消されそうな、か細い、弱々しい涙声でレギー先輩が俺の名前を呼んで俺の方を向く。その瞳は……俺に助けを求めているように見えた。目元から滴る雫は、きっと雨粒ではなく涙なのだろう。
俺は慌ててレギー先輩の元へ駆け寄り、彼女の肩を掴んだ。
「先輩、こんなところで何してるんですか!? 風邪引きますよ!?」
俺がそう訴えても先輩はそうだな、と力なく答えるだけで動こうとしない。
──レギーちゃんは朧君も側にいてほしかったと思うよ?
──貴方はそれで良いの?
一瞬の躊躇い。俺がこの物語を進めて良いのかという迷いは、コガネさんと会長の言葉によってかき消された。
「僕が住んでるアパート、すぐそこなんです。そこで雨宿りしましょう」
俺は覚悟を決めた。
この夜は、とても長くなるかもしれない、と……。
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