レギー先輩編⑰ 頭をよぎる大三角
明日以降の舞台、そして来月に控えるレギー先輩脚本の舞台に関しては、レギー先輩の状態も考えると中止もあり得ると座長の新一さんは言っていた。
作中でもレギー先輩はこのイベントをきっかけに精神的に不安定になってしまうのだが、大星の支えもあって次の舞台に向けて前を向くのだ。
ならば、俺がレギー先輩の背中を押すしかないだろう。
……いや待って。本当に俺に出来るの? ちょっとでもミスったらバッドエンド確定なんだけど。
レギー先輩が落ち着き次第、先輩は新一さんの車で家まで送ってもらうことになり、家も近いからとついでに俺も一緒に送ってもらうことになった。
しかしどんな顔でレギー先輩と会えばいいものか。どんな風に声をかければ良いものか……朧なら下手に真面目な態度をとるよりも多少はふざけてた方が良いって判断しそうだな。
そんなことを考えながら夜空を見上げると、満月に雲がかかってすっかり見えなくなってしまった。
なんだか雨が降りそうな空になってきたな。こういう時に雨が降るとシリアスな雰囲気が出すぎるからやめてくれ。
俺はこの後の打ち上げのため劇場から出ていく劇団員の人達を見送りながら(時折何故か感謝されながら)劇場の関係者入口の外でレギー先輩と新一さんを待っていると、通りの方からこちらへ向かってくる人影が見えた。
「あら、こんなところで何をしているの?」
「……え?」
俺はその人影が誰か気づいた時、思わず声を上げて驚いてしまった。
「シャルロワ、会長……!?」
エレオノラ・シャルロワ。ネブスペ2第三部のメインヒロインであり、そしてラスボス。そういえばこの人、レギー先輩の親友だ。
「貴方、前にどこかで会った気がするわね。この前のパーティに来てた?」
「いや、今日の昼間に展望台でお会いしたと思うんですが」
「あぁ、そういえば貴方レギーの後輩らしいわね」
つい今日のことなのにどうして忘れられてるんだろう、俺は。少し悲しくなってくる。
「あの、どうして会長がここに? 何か予定があったんじゃ?」
「レギーの晴れ舞台を祝うために早めに切り上げてきたの。レギーはまだ楽屋にいる?」
「え、えっとですね……」
どうする? さっきのことを会長に話すか? ていうか、作中だとこの場面で会長が出てくるはずがないのだが、どうして来たんだこの人。
「何かあったの?」
……いや。
ここは親友である会長にレギー先輩を託すか?
「成程。レギーのことだから緊張して大事なセリフが飛んじゃって、今もメソメソしているのね?」
「いえ……会長はレギー先輩の弟の話はご存知ですか?」
「えぇ、知ってるわ。貴方が知っているのは意外だけど」
「その、実はですね……」
俺はさっきの出来事を会長に説明した。舞台自体は成功に終わったこと、しかし上演後に楽屋に八年前に亡くなった梨亜という少女の母親がやって来たこと、彼女の言葉に先輩が傷ついてしまったこと……改めて口にするだけで心が痛んだ。
「……そんなことがあったのね」
会長はフゥンと息をついて、口に手を当てて考え込んでいる様子だ。何かその仕草がやけに妖艶なんだけど。
「もしかして、貴方がレギーを守ってくれたの?」
「いや、僕はレギー先輩を守ったっていうか、カッとなって梨亜のお母さんと揉めただけですけど……」
「じゃあ、レギーの味方をしてくれたのね?」
「まぁ、はい。そうなるかもしれませんね」
会長のあまりのオーラに圧倒されて回答があやふやになっていたが、会長はニコッと微笑んで俺の手をいきなり掴んで言った。
「ありがとう。レギーを守ってくれて」
自分の咄嗟の行動が後の展開にどう影響を与えるか、大きな不安を感じていた俺の手が温もりに包まれる。
……っぶねぇ。心臓止まるかと思った。
何だ今の破壊力。レギー先輩や美空達より殺人的なスマイルだ。ダメだ、俺ってば一途を心がけてるのに移り気が過ぎる。
「べ、別にそんなこともないですよ」
「いいえ。きっと、レギーは嬉しかったと思うわ」
そう思ってくれてるだろうか……もしあの時俺が楽屋に向かうのが遅れていたら、俺が怖気づいて何も出来ていなかったら、レギー先輩はどうなっていただろう。
作中では、あのイベントが起きるタイミングは違うが、舞台上で怯えるレギー先輩を見たプレイヤー側は『今すぐ先輩を守らねば!』と『あのお客さんは誰だ?』と『これも舞台の演出か?』の中から選択肢を選ぶことになる。まぁ正解は言わずもがななのだが、こうやって冷静に考えればどの選択肢が正しいか判断がつくが、いざそれを目の前にすると頭が空っぽになってしまう。
本当にあれが、良い結果を招いたのだろうか……。
会長はやっと俺の手を離してくれた。もう心臓が凄い勢いでバクバクしてて恥ずかしかったな。
そして俺は、自分で考えた最適解を会長に提案することにした。
「会長、今すぐレギー先輩の元に向かってあげてください。会長がいれば先輩も心強いはずです」
レギー先輩と新一さんが劇場を出てくる気配はない。もしかしたら、まだレギー先輩の心が落ち着いていないのかもしれない。
「貴方は良いの?」
「僕に泣き顔を見られるのはレギー先輩も恥ずかしいと思うので……もし時間が許すのなら、先輩を家まで送っていただけませんか?」
「えぇ、私は構わないけれど」
会長は当然のように高級車で送り迎えされてるし、そっちに送ってもらった方が都合が良いはずだ。
確かレギー先輩と会長って幼馴染って設定だし、先輩も会長が相手なら心置きなく全てを吐き出せるだろう。やはり異性よりも同性の方が良いだろうし。
……これで良いだろ、朧。烏夜朧ならそう判断するはずだ。
「でも、貴方はそれで良いの?」
しかし会長はすぐに劇場の中に入ろうとせずに俺に聞いてきた。
「どういう意味ですか?」
すると会長はいきなり俺の方へズイッと前のめりになると、俺の顎を掴んでクイッと引いた。
「へ?」
こ、これは顎クイってやつか!? なんで俺が顎クイされてんの!?
「これは、貴方にとってチャンスなのよ?」
「はい?」
「今、レギーは精神的に深く傷ついて不安定になっている。そんな時に側にいて優しく寄り添ってあげればイチコロだと思うけど? 貴方がレギーを庇ってくれたのなら尚更効果は抜群のはずよ」
……。
……??
何を言ってるんだ、この人。
俺、この状況でレギー先輩との恋を応援されてるの?
「いや、僕はそういうつもりはなくてですね」
「あら? あんなに可愛い子なのにどこが不満なの? みかんの皮の向き方が下手なところとか?」
「いや知らないですけど」
「それとも……他に好きな人がいる?」
他に好きな人……?
『──さよなら、朧』
会長にそう問われて、何故かアイツの顔が頭に思い浮かんだ。どうしてだ……いや、アイツは関係ない。
でも言えるわけがない、俺は年末に死ぬ可能性が高いって。俺はストーリー展開の都合でもうすぐ死ぬので恋人を悲しませたくないんですって。流石の会長でも混乱するだろ。
「俺は、今のレギー先輩の側に会長がいてほしいと思っているだけなんです」
確かに、自分が弱っている時に優しくされるとときめいてしまうかもしれない。
今回のイベントでは、結果的に俺がそう立ち回ることになった。でもそれは俺だから出来たわけじゃない。たまたま……もし大星が美空ルートに入っていなかったら、代わりに大星がやっていただけだ。俺はその二番手に過ぎない。
「なぁんだ、つまらないわね」
会長はそう言ってため息をつくと、ようやく顎クイをやめてくれた。
いかんいかん。もう少しで恋に落ちてしまいそうだった。
「そういうことなら任されたわ」
つくづく怖い人だと思う。レギー先輩が俺をある程度信頼してくれているからか思いの外フレンドリーに接してくれてるけど、確か作中で会長は朧を「気色悪い」だとか「社会のゴミね」とか散々言ってたはずだよな。朧は新たな性癖に目覚めて気持ちよく感じてたっぽいけど。
「改めて、貴方には感謝しないとね。烏夜朧……少しだけ、見直したわ」
会長は「それじゃ」と笑顔で俺に手を振って劇場の中へと入っていった。
……これで、良いんだよな?
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