レギー先輩編⑮ 潰えた希望



 『貴方は、最後まで気づいてくれなかった』


 物語のクライマックス。ノラが最後に出した難題はとうとう解かれなかった。


 『ただ一つ、好きだと言ってくれたら』


 ノラが胸を押さえて、背景の夜空に浮かぶ満月を見ながら言う。


 『それが最後の答えだったのに──』


 そしてノラを迎えに来た車のエンジン音が聞こえてきたと同時にノラが舞台からはける。そして車が走り去ると、メガネをかけた男子学生が舞台に現れた。


 『ノラ! 俺は諦めないからな! お前がいなくなっても──何度でも、何度でも挑んでやる!

  俺が、お前の一番として輝くために!』


 うん。確かにエレオノラ・シャルロワのバッドエンドの一つのまんまだなこれ。

 メガネの男子学生が舞台袖へ駆け抜けていくと、力強い曲調の音楽が流れ始める。すると舞台袖からレギー先輩を始めとした俳優達がぞろぞろと出てきた。

 もう最後の挨拶か……って、あれ?


 何事もなく終わった、だと……!?


 「うあうぅっ、えあぐぁっ、れぎいぃぢゃあんんん……!」


 あれ!? クライマックスを迎える直前に突然客席から怒号だか罵声が聞こえてくるはずだったんだけど何事もなく平和に終わってる!?


 「めぢゃぐぢゃよがっだよおおぉん……!」


 それより隣でエモさのあまり顔面が凄いことになってる人がいるんですけど、どうすればいいのこれ。そういや初代ネブスペのコガネさんってとびきり涙もろいっていう設定もあったな、多分演技とかじゃなくて素でこれなのか。


 「ぎみもぞうおぼわない? おぼうでしょ!?」

 「そ、そうですね」


 ほら、何か泣いてる姿が異様過ぎて周りの人達も舞台で挨拶してるレギー先輩達じゃなくてこっちをチラチラ見てるもん。今だけでも他人のフリしたい。


 「れぎいじゃあん、ごんなびじんさんになっでええぇ……ぐすっ」

 「いや僕の肩で涙と鼻水拭わないでくださいよ!?」

 「ぎょうハンカチ忘れたから許じでぇ……」


 畜生、コガネさんの可愛さに免じて許してやるよ。

 いやしかし、もしかして本当にコガネさんが来てくれたおかげであのイベントが起こらなかったのか? もしかしたら大星視点で起きるはずのレギー先輩のイベントが俺視点で起きるんじゃないかって不安だったんだが杞憂だったか。


 本来なら上演中に人殺しと言われたレギー先輩は演技どころではなく力なく舞台に座り込んでしまい、心が崩壊したように泣き始めてしまう。ネブスペ2のレギー先輩ルートなら、主人公である大星がレギー先輩を家まで送り届けて、情緒が不安定になってしまった先輩を慰め、そして……八年前の事件での出来事を知らされるのだ。


 八年前、自分の弟であるカールとその想い人の梨亜を見殺しにしてしまったことをずっと後悔しているレギー先輩だが、大星の説得で前を向けるようになり、来月に上演されるレギー先輩が脚本と主演を担当する舞台が大成功を収め、七夕の日に大団円という風に終わる。それがレギー先輩ルートの流れなのだが、やはり大星が美空ルートに入っているから起きなかったのだろうか。


 これで綺麗に終わったと信じたい。信じたいのだが……この妙な胸騒ぎはなんだろう?

 

 

 劇団の人達の挨拶も終わり、俺とコガネさんも人波に流されて会場から出てロビーへと移動していた。


 「うん。今日はレギーちゃんの成長を見て感じ取れたわね。最高の舞台だったわ」


 いや、今更キリッと決めたところで無駄だからなアンタ。

 でも確かに、例のイベントが不安で集中できていなかった俺でも十分に楽しめた舞台だった。レギー先輩の演技には見惚れるものもあったし、何事もなくちゃんと成功してくれてよかったと思う。


 「実はこの後、レギー先輩の祝賀会をする予定なんですけど来ますか?」

 「ホントに!? どこでどこで!?」

 「海岸通り沿いの『それい湯』っていうペンションです」

 「あぁ知ってる! あそこの女将さんとっても可愛いんだよね~」


 ペンション『それい湯』は美空の両親が運営していて、その敷地内に大星達が住んでいる。そこで祝賀会もとい打ち上げをする予定自体は作中でも言われていたことだが、例のイベントがあったために開催されなかった。

 今日は日曜だからペンションは忙しいだろうが、そこに行けば美空と大星はいるし、スピカとムギも体調が良くなったら祝賀会に来るという。


 「じゃあ早速レギーちゃんを迎えに行きましょ。確か楽屋ってあっちよねー」

 「いや、勝手に入っていいんですか?」

 「だいじょーぶだいじょーぶ。私なら顔パスで入れるから」


 俺はコガネさんの後をついていって劇場の奥へと進んでいき、明らかに関係者以外入っちゃいけなさそうな場所まで来ていた。度々係員に声をかけられたがコガネさんがちらっとサングラスをずらして素顔を見せるだけで本当に顔パスだった。


 「ここだね。レギーちゃん喜んでくれるかな~」

 

 そう言ってコガネさんはウキウキで楽屋へと入ろうとしたが、その瞬間彼女の腕を後ろから誰かがガシッと掴んだ。

 俺が驚いてコガネさんの後ろを見ると、そこにはスーツ姿の女性が般若のような怒りの形相で佇んでいた。多分コガネさんのマネージャーだろうか。もう体全体から怒気が放たれているように感じる。


 「もう戻る時間ですよ、コガネ」


 ヤバい。この人なんかわからんけどメチャクチャ怒ってる。


 「け、ケレちゃん? 私さ、今晴れ舞台を終えた可愛い後輩に一目会おうとしてるところなんだけど?」

 「ダメです。先方にどれだけ無理を言ってスケジュールを調整してもらったと思うんですか。今すぐ出ないと予定に間に合わないんです。ほら帰りますよ」


 そういや多忙なスケジュールの合間を縫って月ノ宮まで来たんだよなコガネさんって。大体東京で仕事があるだろうから、遅くまではいられないか。


 「いやーレギーちゃーん!」

 「お、お疲れ様ですコガネさん……」

 「レギーちゃんによろしく言っといて! 最高だったよって!」


 コガネさんはマネージャーにズルズルと引きずられて行ってしまった。

 ……なんだか面白い人だったな。また会えるかわからないけど出会えてよかった。あ、サイン貰い損ねたわ。


 とまぁ残念ながらコガネさんは退場となってしまったが、俺は恐る恐る楽屋のドアを開こうとした──。



 『──この人殺し!』



 ……えっ?


 ドアを開ける直前、楽屋の中から怒りのこもった女性の叫び声が聞こえてきた。思わず俺はドアノブから手を離す。


 『──なんでアンタが生きてるのよ!』


 このセリフ、妙に聞き覚えがある。


 『──アンタが代わりに死ねば良かったのに!』


 そうか。これはあのイベントの────まさか、どうしてなんだ!?

 

 

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