レギー先輩編⑭ レギー先輩の先輩
月ノ宮の隣町、葉室市にある小さな劇場、スターダストシアターで六月七日から十四日までの一週間に渡って開催される、レギー先輩が所属している劇団アステロイドによる舞台『光の姫』。
前にレギー先輩の練習に少しだけ付き合った時に話のさわりは聞いたが、『光の姫』はかぐや姫をモチーフにした悲恋物語だ。
レギー先輩が演じるヒロインの女学生、『ノラ』は学業成績も優秀で運動神経も抜群、全てにおいてトップクラスという完璧超人だ。しかも親は大企業の社長でまさに高嶺の花という存在なのだ。
そんな完璧女学生ノラは毎日のように異性同性から熱烈なラブコールを受けるのだが、彼女は自分に寄ってくる人間は自分の容姿や家柄目当てばかりだと気づき、人間関係に嫌気が差して友人すらも失っていく。
ノラは表面的な浅い人付き合いしか出来ない日々に退屈していたが、自分を狙ってくる相手に無理難題を課すことを娯楽としていた。そんな中、ノラの無理難題を次々に問いていく一人の奇才が現れ……というストーリーだ。
この話、実はネブスペ2のラスボスと呼ばれているヒロイン、エレオノラ・シャルロワの経歴とほとんど同じなのだ。『ノラ』という名前も『エレオノラ』をそれっぽく短縮したのだろう。
これは開発側のお遊びみたいなものなのだろうが、『光の姫』でノラにラブコールを送る奇才は第三部の主人公がモデルとなっている。一周目ではまず気づかないが、このイベントでキーワードを回収していなければトゥルーエンドにも会長のグッドエンドにも到達できないのだ。
まぁネタバレはおいといて。舞台があるスターダストシアターは収容人数百人ぐらいの小規模な劇場だが、まだ開演三十分前だというのにもうほぼ満員だ。月ノ宮学園の生徒など見知った顔がちらほらと見えるため、大半は今日の舞台に出演する劇団員達の知り合いで埋められているのだろう。
さて。元々レギー先輩は朧だけでなく大星や美空、スピカやムギ、さらには乙女のためにチケットを用意してくれていたわけだが、既に俺の周りには知らない人達が座っている。唯一空いているのは俺の右隣、通路側の席だ。
なぜこうなってしまったのか? 答えは簡単だ。不思議な力によって大星達が来られなくなってしまったからだ。
まず、大星と美空は家の手伝いのため急遽来られなくなったと連絡が入った。
次に、スピカとムギは二人揃って体調不良。絶対午前中に宇宙生物に襲われてたからだろ。いや向こうが乗り気で手伝ってくれてたんだけどそんなことある?
そして乙女は先週に転校してしまい、結局俺だけが残されてしまったのだ。他に知り合いと呼べる人間も見当たらない。
なんでこうなってしまったんだ。確かにレギー先輩ルートだと本来皆で来るはずだったのに急用が入っただとかで来られなくなり、大星がただ一人舞台を見ることになっていた。
……でもなんで俺なんだ? せめて誰か来てくれたらバタフライエフェクトとかでこの後のイベントを回避出来たかもしれないのに。いや大星じゃなくて俺が見に来たことによって乱数調整とかされててくれ。
お願いだ、レギー先輩が傷つく姿は見たくないんだ……!
「お隣、失礼しても良い?」
「え、あぁ、どうぞ」
考え事をしていた俺は突然声をかけられて少し驚いてしまう。どうやら一つだけ空いていた俺の隣の通路側の席にお客さんが来たようだ。俺の隣も元々レギー先輩がチケットを取っていたのだがキャンセルになったため、当日券で取ったのだろう。
俺の隣に座ったのは、室内でしかも流行病もないのにサングラスとマスクを着けていて、いかにも変装してますって風貌の女性だが、なんかとても常人とは思えない凄いオーラを放っているなぁ。
金髪ショートで貝殻の耳飾りを着けていて、スカートにレイヤード風シャツ、全体的に黄色いコーデ……なんか見覚えあるんだよなぁこの人。俺の知り合いにこんなオーラ放ってる人いたっけな。
あ。
成程、と俺は前世の記憶を思い出して納得した。そして俺は隣に座った女性に恐る恐る声をかける。
「あの……もしかしてコガネさんですか?」
すると隣に座っていた女性は俺の方を向いてジッと見つめてきた。
や、やべぇ。このオーラに気圧されてしまいそうだ。ただでさえ胃が痛いのに余計体調が悪くなってしまいそう。
俺がビクビクしていると、女性は突然首を横にブンブンと振りながら言う。
「ちちち違いますけど!? わわわ私は別にコガネじゃないですけど!?」
なんだこの人。
「そそそそれにコガネって誰のことですかねぇ! わわわ私は知りませんよそんな人!」
いや、コガネといえば今大売れのスーパーモデル兼女優だ。ネットでコスメだとかファッション系の動画がバズりにバズって、最近はとうとう歌手としてデビューもしたがそっちも好調とかいう超有名人で、KAWAIIを追求する者達の夢とも言えるだろう。
それを知らないとか無理があるよなぁ。
「そんな否定しなくても……どうしてここに?」
「ちちち違うって言ってるじゃないですか! そそそそんな多忙な人がスケジュールの合間を縫ってこんなところに来るわけないじゃないですか!」
「いや、コガネさんって劇団アステロイドの出身なんですよね? 後輩達の舞台を見に来たんでしょう?」
誤魔化し方が下手くそか。なんかもうサングラス越しでも涙目になってるのが見える。
「あう、あうぅ」
これ以上は流石に可哀想か。なんだか思ってたより可愛いなこの人。
とうとう観念したのか、コガネさんはサングラスをずらして俺にその碧色の瞳を見せつけるとキメ顔で言った。
「バレてしまっては仕方ないわね……そう、私は確かにスーパーカワイイモデルのコガネよ。でも今日はお忍びで来てるから内緒にしてくれるかな? 後でサイン書いてあげるから」
「まぁ言いふらすつもりはありませんけど……お会いできて感動してます」
「フフフ~嬉しい」
この人はスーパーモデル兼女優兼歌手のヴィーナス・コガネ。ネブスペ2の前作、初代ネブスペのヒロインの一人だ。
初代ネブスペの登場人物は太陽系がモチーフになっていて、ヴィーナスというのも金星から来ている。モチーフが一緒だから若干某美少女戦士と被ってるところはあるけど、初代ネブスペも十分面白いんだよな。ネブスペ2みたいな鬱展開はないただただ平和なラブコメだった。
「もしかして、貴方は劇団の誰かと知り合い?」
「はい。レギー先輩の後輩の烏夜朧です。演劇部とかではないですけど」
「えっ、レギーちゃんの後輩? そうなんだ~レギーちゃんってオレっ娘だから勘違いされがちだけどとぉっても可愛いと思わない?」
「思います」
「でしょ~」
そしてコガネさんはヒロインとして登場していた初代ネブスペにおいて、レギー先輩と同じように劇団アステロイドの一員として活動していた。ネブスペ2の作中でもチラッと存在は醸し出されてたけど、そんな凄いスターになっていたとはなぁ……っていうか初代ネブスペとネブスペ2って世界観を共有してるから、もしかして前作の登場人物も皆どこかに存在しているのか?
「今日はレギーちゃんが初めての主演をやる舞台だからね。マネージャーに無理言って来ちゃった」
「レギー先輩も喜ぶと思いますよ」
「さぁ、そろそろ始まるみたいね」
劇場の照明が暗転し、急に周囲が静かになる。
まさか前作のヒロインと出会えるとはものすごい強運だが、この人が来てくれたことによって何か展開が変わってくれるか……そんな未来を信じて、俺は幕が上がり始めた舞台に目をやった。
幕が上がると同時に、繊細なピアノの音色が耳に入った。
この不思議と物悲しくなる曲……あれだ、ベートーヴェンの悲愴か。作中でも他のヒロインが弾いてた気がする。
そして、舞台の上でピアノを弾いている、レギー先輩演じる女学生ノラ。長い金髪のウィッグに黒いリボンを着けていて、シックなワンピース姿だ。何かエレオノラ会長の色違いみたいだな。
『次はどんな問題を出そうっかな~』
重々しい雰囲気の中始まったが、メイドに名前を呼ばれた途端に舞台が明るくなり、そこから少しコメディ調にノラの日常が描かれてゆく。毎日のように繰り返される告白だのお見合いに飽き飽きしていたノラは次はどんな無理難題を出してやろうかと心を踊らせていたが、突然現れた謎のメガネ野郎の登場で彼女の日常は一変する──という流れか。
『俺はどんな難題だって解いて見せる、君の一番になるためなら……!』
舞台を見ることに集中したいが、俺は胃が痛くなってきていた。隣に座るコガネさんは心躍る様子で舞台に見入っているが、この先の未来を知っている俺はとても集中できそうにない。
ネブスペ2のレギー先輩ルートにおいて今日、この上演中に起きるイベント──シーンタイトルは『ネメアーの獅子』。ギリシア神話に登場する、人や家畜を襲ったライオンの呼び名で、しし座のモデルになったと言われている。
八年前のビッグバン事件の際、レギー先輩とその家族は宇宙船の爆発によって家が倒壊し両親は即死、先輩は命からがら助かるも弟のカールが瓦礫の下敷きになってしまう。レギー先輩は必死にカールを助けようとしたが火の手が迫り、彼を置いて逃げてしまった。
瓦礫の下敷きになっていた弟のカールを助けられずに見捨ててしまった過去は、今もレギー先輩のトラウマとして刻み込まれている。
しかし、実はその場にもう一人犠牲者がいたのだ。ビッグバン事件の当日、近所に住んでいたカールの友人、いや彼が好きだった
事件後、梨亜の両親は大事な一人娘を失い、やり場のない怒りの矛先をレギー先へとに向けた。そもそもビッグバン事件の原因がネブラ人の宇宙船の爆発が原因でレギー先輩もネブラ人だったというのもあり、余計に鬱憤が溜まっていたのだろう。
ただでさえ家族全員を失い傷ついていたレギー先輩は散々罵倒され……死んでしまった家族の元へ旅立とうとするが、それを止めたのが親友だったエレオノラ・シャルロワだったのだ。
会長のおかげで元気を取り戻したレギー先輩は弟のカールのために稽古に励み、こうして舞台の主演を演じるまでになったが……今日、梨亜の両親が舞台を見に来ているのだ。
そして──。
『この人殺し!』
演目がクライマックスを迎える中、舞台の中心に立つレギー先輩は突然客席から罵声を浴びせられる。
『なんでアンタが生きてるのよ!』
前世でプレイしていたネブスペ2のイベントシーンを思い出すだけで過呼吸気味になってくる。
『アンタが代わりに死ねば良かったのに!』
彼らの怒りはわからなくもない。わからなくもないが……目の前しか見えなくなることがどれだけ危険かを教えてくれる。
俺は出来ればこのイベントを起こしたくない。先輩が傷つく姿なんて見たくないからだ。今までの俺の行動でバタフライエフェクトが起きていて、しかも今日コガネさんが舞台を見に来たことで何かが変わってくれたと信じたいが……。
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