レギー先輩編⑪ 負けフラグ姉妹とスライム責め



 日曜日の朝。バンガローで起床した俺は、まだ夢の中にいる大星を放ってサッと着替え、先に月研に行っているとメモ書きを残して月研へと向かった。

 月研には展望台を始めとした観測施設が多数置かれているため、一日中誰かしらが働いている。望さんは最早月研に住んでいると言ってもいいレベルで、食堂に向かうと望さんと他に何人かの職員が朝食を摂っているところだった。


 「おはよう望さん。昨日は本当に助かりました」


 昨日一時的に行方不明になった美空の捜索に協力してくれた職員の人達に感謝した後、俺は望さんの席の前に座った。望さんは食堂なのにゼリー飲料をチュウチュウと飲んでいるところで、ふあぁとあくびをした後で言う。


 「ま、結果良ければ全て良しってところよ。んで朧って今日は暇?」

 「んーっと……」


 午前中は勉強したりゲームしたりして、少し昼寝した後に夕方からレギー先輩の舞台を見に行くつもりだ。


 「昼間は暇と言えば暇だけど。六時からレギー先輩の舞台を見に行くぐらいかな」

 「何それ私も行きたんだけど」

 「サボったらそろそろ月研の人達にクーデター起こされるよ。何かあったの?」

 「あぁ、実は月見山で彷徨う宇宙生物を捕まえてほしくてさ」

 

 成程。すっごい面倒くさそうな仕事じゃん。


 「えっとね、確かネブラスライムとネブラアゲハが逃げてるんだよねー」

 「昨日はネブラマイマイを見かけたよ」

 「マジ? じゃあそれもお願い」


 本当にこの研究所の管理どうなってるんですか? いつかバ◯オハザードみたいなこと起きるでしょこれ。いくら宇宙生物が人間には無害な生物とはいえ……いやネブスペ2のヒロイン達がことごとく何かしらを失っているけども。


 

 というわけで、俺は貴重な休日を望さんの杜撰な管理によって研究所から逃げ出した宇宙生物の捕獲に割かれることとなった。

 昨夜一緒に天体観測に勤しんだ大星と美空は家の手伝いのため、そしてレギー先輩は今日の舞台の準備のため月研の食堂で朝食を摂った後で別れた。

 そして俺も装備を整えるため一旦家に戻り、捕獲作戦のため再び月研へとやって来ていた。


 「楽しみですね、烏夜さん」


 月見山の登山道の入口で、虫取り網を片手にジャージ姿のスピカが言う。


 「我ら月見山探検隊」

 

 そして同じく虫取り網を片手にジャージ姿のムギが言う。

 ……どうしてこの姉妹がいるのだろう。今朝、月研の食堂で一緒に朝食を摂っている時に宇宙生物捕獲作戦の話をしたら、何故かこの二人が参加することになった。


 「あの……本当にやる気かい? 確かに宇宙生物って基本的に温厚な性格だけど、結構大変なことになるよ?」

 「はい、知ってます。私だってこの身で経験していますから」


 そうだね。スピカはネブスペ2第一部のプロローグで早速ネブラタコに襲われて辱めを受けていたからね。その記憶は確かに残ってるはずだよな?


 「でも私は知ってるんです。私達と彼らはわかり合えることを……あの子達が私達に危害を加えるようなことはありませんよ」


 うん。なんだかすっごいフラグが建った気がする。一時間以内に宇宙生物に襲われているスピカの姿が簡単に頭に思い浮かぶもん。結構スピカって何度も襲われてるのによくそんなこと言えるな。


 「えっと……ムギちゃんはどう?」

 「大丈夫。私は負けない」


 だからそれがフラグになるって言ってんだろうが。

 これはなんとしてでも俺がスピカとムギを守らねば……いやでも二人が宇宙生物に襲われてるシーンもメチャクチャ見たいけど……ダメだダメだ、そんな邪な感情を抱くとろくな目に遭わないはずだ。

 俺は自分の欲望を押し殺して、スピカとムギと一緒に月見山へと入った。



 昨夜の美空の失踪もそうだが、この宇宙生物捕獲作戦も作中のアストレア姉妹ルートにはないイベントだ。大体、美空ルートだと今日のレギー先輩の舞台だってスルーされてるし。

 レギー先輩の舞台自体は、都合が合えば大星と美空も見に来るって言ってはいたが……まぁスピカとムギが大変な目に遭わないことを祈ろう。


 「月見山って広いですよね。私も子どもの頃に結構来てたんですけど、道を外れちゃうとすぐに迷っちゃいそうです」


 結構スピカってアウトドア派なんだよな。一番大好きなのはお花ってなってるが、何にでも興味を示すから多趣味というイメージがある。


 「美空なら元気に帰ってきそうだね」

 「まぁ現に帰ってきてたけどね」

 「どうやって崖を登ってたんでしょう……?」


 一方でムギはまぁまぁインドア派だが、スピカが連れ出せばどこへでも一緒に出かけている。何かと登場するときは二人セットだし、だからか個別ルートも途中まではアストレア姉妹ルートとして進み、途中からスピカかムギに分かれていく。

 それだけ姉妹仲が良いってことか。


 「月見山の案内なら僕に任せるといいよ! こう見えても僕は子どもの頃に月見山を駆け回ってたからね! 色んな裏道とか抜け穴とか知ってるよ!」

 「へぇ、意外です」

 「朧って子どもの時から女の子を追いかけ回してそう」

 「何そのイメージ!? 確かにやってたけども!」

 「む、昔からだったんですね……」


 烏夜朧は何かをきっかけに女好きになったというわけでもなく、昔からマセたガキンチョだっただけだ。そこに大真面目な理由なんてありやしない。まぁ学校での異様な朧の明るさは、家での家庭内暴力をひた隠しにするための演技のようにも思えるけど、もう昔の話だ。


 「それにしても中々見つからないですね。やはり森の中に隠れているのでしょうか」


 宇宙生物は、基本的な生態はモデルになった生物に基づいている。そのためこうしてただ道を歩いているだけでは中々見つからないだろう。

 だが今は絶好の『餌』がある。いや、餌と呼ぶのは忍びないが……多分スピカとムギに自然と寄ってくるはずだ。すまない二人共、こんな方法を思いついた俺を許してくれ。


 「スピカが呼びかけたら来てくれるんじゃない?」

 「そ、そんなことある?」

 「いや、スピカちゃんのまるで聖母のような包容力は宇宙生物も落とせるはずだよ。試しにやってみたら?」

 

 と、少しいたずらなことを言ってみる。


 「わ、わかりました」


 と、簡単に乗せられてしまうのがスピカだ。


 「ついでにママっぽく言って」

 「な、なんで!?」

 「その方が効くと思う」


 ムギの謎の助言を受けて、スピカはスゥッと息を吸うと、森の中に向かって囁いた。


 「ね、ネブラスライムさ~ん? ま、ママでちゅよ~? ほら、こっち来て~」


 顔を赤らめて慣れない言葉を口にしたスピカは、恥ずかしさからかすぐに両手で顔を覆ってしまった。


 「ゴフッ」

 「ゲフッ」


 その両隣にいた俺とムギは、スピカの破壊力にやられてしまっていた。スピカママ……その慣れない仕草が最高だ! この聖母のような包容力と天使のような神秘さ、そして宇宙一の可愛さには宇宙生物をも陥落するだろう……。


 「スラァァァァ!」


 すると森の中から突然ネブラスライムが飛び出し、スピカの前に現れた。

 いや、マジで来ちゃったよ。


 「あ、ネブラスライム」

 「ほ、ホントに来た!?」


 ネブラスライムはスライム状の体を持ち、その体を自由自在に変化させることが出来る。ネブラスライムは目線をスピカに合わせると腕のようなものを生やしてスピカの方へと伸ばした。


 「スラ~♪」

 「ひゃ、ひゃああっ!?」


 ネブラスライムはなんとスライム状の腕をスピカが着ていたジャージの中に入れて弄り始めた。

 

 「す、スピカちゃーん!?」


 なんて羨ましい……じゃないじゃない。ネブラスライムが出す粘液は衣服だけを溶かす謎の作用がある、このままだとスピカがあられもない姿になってしまう。


 「ス~ラス~ラ♪」

 「や、だ、ダメだって……!」


 なんかスピカがマセたガキンチョにいたずらされてるみたいになってる。くそっ、どうせなら宇宙生物に転生したかった……!


 「スライム責め……イイ」


 俺の横でムギが、今まさにスライム責めに遭っているスピカを見ながら言う。お前自分の姉がスライムに襲われている時に何言ってるの。俺だってもう少し興奮していたかったけど、ムギまで同じくこの状況を楽しんでいたら逆に俺が冷静になってしまう。

 この後の処理が大変なのもあるため、俺は鞄の中からネブラスライムの好物である缶コーヒーを取り出してスライムに見せた。


 「おーい、スライム! 君の大好きなコーヒーだぞ~」

 「スラー?」


 するとネブラスライムは俺の方へとやって来て、缶コーヒーを手に取った。すると器用に缶コーヒーの蓋を開け、クピクピと飲み始める。

 

 「スラスラ~♪」


 こうして見てみると結構可愛い生き物なんだけどな。もうエロゲのためだけに生み出された可哀想な生物ではあるが、割とサイズがデカイから怖い。


 「ネブラスライム。勝手に研究所から出ちゃダメだよ?」

 「スラー?」

 「ほら、望さん達が待ってるから戻らないと」

 「スラ!」

 「よし、良い子だ」


 朧は頻繁に望さんの手伝いをさせられているから、宇宙生物の扱いにはある程度慣れている。俺とスピカとムギはネブラスライムを連れて、月見山の登山道を降りる。


 「スラ!」

 「ん?」

 「スーラ!」

 「どうかしたんですか?」


 嬉しそうに缶コーヒーを飲んでいたネブラスライムが突然歩みを止めると、スピカの肩を叩いて缶コーヒーをスピカに差し出した。


 「スーラ」

 「……もしかして、スピカちゃんに一緒に飲もうって言ってるんじゃない?」

 「スラ!」

 「え、えぇ!?」


 スピカはネブラスライムに缶コーヒーを渡されたが、スライムと缶コーヒーを交互に見ながら戸惑っているようだ。

 そう、なぜならスピカはコーヒーが苦手だからだ。別にコーヒー独特の苦味が嫌いなわけではない。スピカはコーヒーを飲むとアストラシーショックを起こしてしまうのだ。


 「スピカ。覚悟決めるんだよ」

 「む、ムギが飲めばいいでしょ?」

 「どうなの、ネブラスライム」

 「スラ……」


 見るからにネブラスライムはしょぼんとしてしまった。どうやらどうしてもスピカにコーヒーを飲んでもらいたいらしい。さてはこいつわかっててやってるのか?


 「わ、わかりました。飲みましょう」

 「スラ!」


 ネブラスライムのお願いを無下に出来ない優しいスピカは、とうとう缶コーヒーを口につけた。


 「んぅ……んんっ、はぁんっ……」


 なんでコーヒー飲んでるだけでそんなエロい声でてるの。


 「スラ~♪」

 「これでようやくスピカも大人になれるね」

 「ど、どういう意味……?」


 スピカもコーヒーを飲んでくれたことでネブラスライムも機嫌が良くなり、登山道の入口で見かけた月研の職員にネブラスライムを引き渡して俺達は残りの宇宙生物を探しに戻った。

 ……いつもは大人しいスピカがアストラシーショックを起こしてしまったことを犠牲にして。


 

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