レギー先輩編➉ 転生したが故の不安



 俺達は総出で展望台の周辺を探したが、どれだけ呼びかけても美空は見つからなかった。スピカや大星が電話しても美空の携帯の電源が切れているようで、月研に残る望さんにも連絡して夜勤の職員にも捜索を手伝ってもらった。


 「どこに行ったんでしょうね、美空ちゃん」


 俺は展望台から少し山を登ったところにある月研の天文台の周囲を懐中電灯で照らしながらレギー先輩と一緒に捜索していた。


 「空腹で倒れてるだけとかだったらいいんだが……」


 俺は焦っていた。

 なぜなら、ネブスペ2にこんなイベントは無いからだ。美空が作中で発生しなかった事件に巻き込まれた可能性だってある。ネブスペ2のストーリーには多少きな臭い話もあるから、何か見てはいけないものを見てしまったのかもしれない。


 ネブスペ2のバッドエンドではヒロインが死ぬことは殆ど無いが、半ば死にゲーとも呼べるネブスペ2なら何が起こるかわからない。何かの拍子で俺が死ぬ可能性だってある。いや、俺の命に代えて美空が助かるのなら喜んで投げ捨てるが……お願いだ、この山に潜む宇宙生物に捕らわれてエロい目に遭ってるだけであってくれ……。


 「なぁ朧、この月見山の神隠し伝説って知ってるか?」

 「あぁ……そんなのもありましたね」

 

 月研の天文台や各種観測施設が設置されている月見山は月ノ宮町で一番大きな山、といえど小高い丘ぐらいのサイズだ。この内半分が月研の敷地で、もう半分は月ノ宮神社というこの月ノ宮で一番大きな神社の敷地になっている。夏場には多くの人が集まる七夕祭も催される月ノ宮神社の敷地内には謎の洞窟があって、月見山に住む神が幼い子どもを攫って閉じ込めてしまう、という神隠し伝説がある。


 しかし、神隠し伝説の作中での扱いはただの与太話という程度で、確かにネブスペ2のヒロインの一人がその月ノ宮神社の娘だったりもするが、そんなホラーな展開はなかった。少なくとも、一部のヒロインを除いては。

 まさか……!?


 「確か現国の紬ちゃんって月ノ宮神社の人ですよね? 連絡してみます?」

 「いや、まだそうと決まったわけじゃない。大体、敷地の境目には注連縄が張ってあるらしいから、美空でも流石に入りはしないだろ」

 「神隠しではないと信じたいですね……」


 本当に何なんだ、このイベント。なんでもないイベントなのか? 誰のルートにも関係のないイベントか?

 じゃあ何なんだ、この妙な胸騒ぎは。この世界は俺に一体どうさせようって言うんだ?


 「朧……」


 想定外の事態に焦っている俺の手を、レギー先輩が優しく掴んだ。

 

 「大丈夫か? 辛かったら言えよ?」


 ……。

 ……やめてくれ。

 衰弱した俺の心が揺らぎそうになる。いや、そもそも俺がレギー先輩と付き合っちゃいけない理由ってなんだ? 俺は前世で散々遊び尽くしたエロゲの世界に転生したんだ。モブキャラの烏夜朧に転生してしまったとはいえ、チャンスがあるなら掴んでも良いんじゃないか?

 

 ……いや、違う。

 俺は、ネブスペ2の登場人物で好きなのはレギー先輩だけじゃない。美空も、スピカも、ムギも、望さんも、テミスさんも、主人公の大星も、そして……幼馴染の乙女も。俺は全員の幸せを願っている。

 俺が目指すのは、その究極の形であるトゥルーエンドだ。そのために俺は乙女を月ノ宮に戻さないといけないし……それまでは俺だけが幸せになるつもりはない。トゥルーエンドでも、相変わらず烏夜朧は叶うことのないハーレムを夢見るお調子者だからだ。

 

 「……ありがとうございます」


 俺の心が動揺しているのは確かだ。それはもう乙女との突然の別れからずっと。常に死が近い場所にあるという緊張感、たまらなくヤバい。


 「先輩こそ、僕の前でぐらい強がらなくても良いんですよ?」

 「バカ言え。お前に泣きつくぐらいなら月学の理事長像に泣きつく」

 「やっぱりあれ以下なんですね、僕は」


 レギー先輩と話していると、突然俺の携帯が鳴る。大星からの電話だ。


 「はいもしもし。そっちで何かあった?」

 『いや、美空いたわ。普通に迷ってた』


 ……はい?

 マジで?


 「本当に!? ここってそんな迷うところだっけ!?」

 『まぁ美空だしな……』

 『うるさーい!』


 電話の向こうで美空の元気な声が聞こえてきた。

 良かっだああああ……マジで作中にないイベントだったから焦ったわ。


 「先輩! 美空ちゃん見つかりましたって!」

 「本当か!? 早く帰ろうぜ」


 俺達はバンガローに再び集まった。先にスピカとムギが着いていて、後から大星と美空が展望台の方からやって来た。見た感じ美空に怪我もなさそうだ。


 「皆ごめん! 展望台から鞄落としちゃって、それを拾いに下にジャンプして降りれたのは良かったんだけど、崖下に降りちゃったからどうやって戻ろうか困ってたんだ」


 何言ってんの君。


 「頑張って崖を登ってたら時間かかっちゃってさ~最後は大星に引っ張り上げてもらって助かったよ~」

 

 ……何言ってんの君?


 まぁ無事で良かった。そういや美空のフィジカルってネブスペ2の登場人物随一だから、本当に冗談とかじゃなくて崖を登ってた可能性がある。エロゲ世界って割とメチャクチャなことあるし。


 「どうして電話が繋がらなかったんですか?」

 「実は……充電が切れてて……」

 

 エヘヘ、と笑う美空を大星が小突いた。うん、いつ何時も携帯の充電って大事だなって思い知ったよ。

 

 美空が無事に見つかったことを望さんに連絡すると、向こうからも安堵の声が聞こえてきた。明日の朝一で月研の人達に謝っとかないとな。

 しかし心臓に悪いイベントだった。これって誰かの好感度に上下に関係するイベントだったのか? 俺はレギー先輩と重要な話をしたつもりはないし、裏で何か起きてたりしていたのだろうか。美空のピンチに大星が駆けつけたことによって好感度の調整でもしていたのかもしれない。


 そんなことを考えながら再びバンガローの寝室の二段ベッドで横になっていると、同じ部屋で寝ている大星が口を開いた。


 「朧。お前、八年前の事故の後に流れてた殺人事件の噂、知ってるか?」


 八年前の、ビッグバン事件の直後に殺人事件? ネブスペ2でそんな話は聞いたことないが……しかし烏夜朧の記憶を辿ってみると、確かに連続殺人鬼が現れたみたいな物騒な噂が一時期流れていた。あの時はネブラ人の陰謀だとか変な噂がたくさん流れていたから、その一つというところか。


 「あぁ、あれね。確かあれってただの火事場泥棒だったんでしょ? どうしていきなりそれを?」

 「いや、美空がいなくなった時に少し頭によぎっただけだ。そんなこともあったなって思い返していた」


 ……大星が八年前の事件のことを考えているのも珍しい。美空とのイベントの進展もあって心に余裕が出てきたのだろうか。

 いや、ネブスペ2は普通の選択肢選んでたら平和なゲームだったけど、エンディングによっては簡単に人が死ぬからな。俺が年末に死ぬのはほぼ確定的だとしても、その前に登場人物の誰かが死ぬような事態は避けたい。


 色々と起きた一日だったが、ようやく心が落ち着いた俺は眠りについていた。

 明日もまた、忙しない一日になることも忘れ……。


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