レギー先輩編⑨ メインヒロインの喪失



 俺とレギー先輩が展望台へ戻ると、丁度スピカとムギも同じタイミングで戻ってきた。

 展望台で二人きりで残り、レジャーシートの上に座っていた大星と美空に一見変化は見られないが……あれ? ちゃんとイベント進んだんだよな?


 「大星、レポートはちゃんと書き終わったかい?」

 「……あぁ、おかげさまでな」


 大星はフッと笑いながら答える。そうか、大星は朧が二人きりになるよう仕向けたことに気づいているからか。作中の大星視点でもテキストにそう書かれてたし。後で何か奢ってくれ。


 「あ、ジュースだ! 早く飲もー!」

 「そんな急かすんじゃない、子どもじゃないんだから」


 うん、元気そうな美空の様子を見るに何とか上手くいってくれたようだ。こういうイベント中に二人の様子を観察できないのは少し不安になるが、会話のパターンも概ね作中通りなのを見るに正しく進んでいるはずだ。


 美空は第一部のメインヒロインであるにも関わらず、人気投票ではスピカやムギ、レギー先輩といった第一部の他ヒロインより下位という可哀想な立場にある。初回プレイではゲームシステムのチュートリアル的立ち位置からかストーリーは普通に進んでいってしまうため、他ヒロインに比べるとインパクトが小さく印象に残りにくくなっている。


 まぁレギー先輩達や第二部、第三部のヒロイン達がおかしいだけだし、美空ルートだって後半は話の中心を妹達に全部持っていかれてしまうから、こうして幸せそうにしているのを見るとこっちも嬉しくなってくる。

 その妹達がヤバいから、まだ油断は出来ないわけだが。


 

 その後も俺達は展望台で天体観測に勤しんだ。次の天体観測は二週間後、六月の二十日を予定している。もう梅雨入りするから予定通りに進むかわからないが、まだスケジュールには余裕もある。

 乙女が繋いでくれたこの集まりは、きっとまだ続いてくれるはずだ。


 午前一時過ぎ、俺達は天体観測を終えて月見山にあるバンガローへと向かった。やはり天体観測は夜遅くまでかかってしまうため、観望会の度にこうして月研の施設を使わせてもらっている。

 このバンガローも画面越しに何度も背景で見たことがあるなぁ。こういうキャンプみたいな気分もいいものだ。

 女性陣と男性陣に別れて別棟で眠るため、俺はネブスペ2の主人公である大星と二人で寝る羽目になる。


 「……あれ? 私、忘れ物しちゃったかも」


 バンガロー前に到着して荷物を整理していた頃、美空がハッと気づいたように言う。


 「そういえば美空さん、ポーチをお持ちでしたよね?」

 「もしかしたら展望台に忘れてきちゃったのかも! ちょっと取りに行ってくるね!」


 すると美空は一人で展望台の方へと走っていった。天体観測のため展望台の周囲にあまり明かりはないが、バンガローから展望台までそれほど距離はなく、美空も懐中電灯を持っているため、大丈夫だろうと思って俺は大星とバンガローの中に入った。


 

 「で、キスはしたの?」


 寝室に二台置かれた二段ベッドに寝ながらそう言うと、反対側のベッドからティッシュ箱が勢いよく飛んできた。

 多分キスはしているはずだ。そこのイベントでCGを回収できるし。本番はここからだけどな!


 「まぁ愚問だったかな。これで家にいても気まずいってことはないでしょ?」

 「あぁおかげさまでな……これもお前の計算通りなのか?」

 「さぁね。僕はお膳立てをしただけで、後は二人の頑張り次第さ」


 第一部の主人公である箒木大星と、その幼馴染である犬飼美空。二人の関係は距離が近すぎたが故に恋からは遠かった。

 八年前のビッグバン事件をきっかけにひとつ屋根の下で生活することになったが、傷ついた心の修復に長い時を要した大星、そんな彼を支え続けた美空。二人の関係は恋愛関係を飛び越えて先に家族に近しいものになってしまったが故に、恋を意識した時に少々こじれてしまった。


 『ねぇ、大星。どうして、お星様は輝いてると思う?』


 展望台でのイベント。ネブスペ2という作品のテーマでもある問いを美空が大星に投げかける。今まで美空がどれだけ説得しても全然宇宙に興味を示さなかった大星の心が、奇しくも朽野乙女という少女の転校をきっかけに揺れ動いた。


 『お星様はね、私達を守るために輝いてるんだよ』


 八年前、両親を失った大星はすぐに立ち直ることが出来ず、それまでとは打って変わって学校でも友達を作らずに引きこもりがちになってしまった。そんな大星を元気づけようと美空は奔走したが、その努力は空回りするばかりであった。

 結局、中学で出会った朧や乙女、そしてレギー先輩らの助力もあったことから、美空自身は自分なんてなんの役にも立たなかったと卑下してしまっている。


 『きっと、大星のお父さんもお母さんも……あのお星様は皆、大星は一人じゃないって言ってるから──』


 その時、空を駆ける箒星が一つ。多分別行動をしてた俺達も見えてたはずだけど、レギー先輩が大変な目に遭っててそれどころじゃなかったと思う。美空ルートでは大分良いシーンのはずなのに、裏ではレギー先輩がネブラマイマイに襲われて朧もてんやわんやしていたのかもしれない。

 

 『大星の側にいても、少しも良いことなんてなかったよ。それでも私は、大星のお星様になりたいな』


 孤独になろうと固執した大星と、そんな彼の心を溶かそうとした美空。八年の時を経て、それがようやく実ったのだ。


 『本当に大切なものはね、目に映らないんだって。

  今、大星の目には何が映ってる?

  やっぱり私が、大星の目に映っててほしいな──』


 大星の両親の言葉を引用したセリフを言った美空が、ここで大星と初めてキスを交わす。

 前に慰霊塔の前で大星の目の前になかった幸せが、ようやく彼の目の前に現れた。


 『大好きだよ、大星』


 二人の歯車が噛み合った告白シーン……今思い出しても良かったな。告白している美空の後ろで輝く星空がすげぇ綺麗だった。そんなイベントCGをよく覚えている。

 そして見事正式に付き合うことになった二人は、この後こっそり空いているバンガローへと向かって行為に至る。家には二人の妹がいるため、ここなら気兼ねなく出来るという算段だ。


 だが、美空ルートはこれで終わりではない。むしろここからが本番で……と、そんなことを考えていると俺と大星が眠る部屋で携帯の着信音が鳴り響いた。このネブスペ2のオープニング曲を着信音にしているのは大星だ。

 

 「もしもし? スピカ、どうしたんだ?」


 どうやら電話をかけてきたのはスピカのようだ。

 え、スピカが? どうしてだ?


 「……どういうことだ? 連絡つかないのか? あぁわかった、探しに行ってみる」


 大星は深刻そうな面持ちでそう言って電話を切ると、慌ててベッドから起き上がって上着を羽織った。


 「大星、どうしたんだい?」

 「……美空がまだ戻ってきてないらしい」

 「へ? 美空ちゃんが?」


 美空が忘れ物を展望台に取りに戻ってから二、三十分ぐらい経っている。このバンガローから展望台までは歩いて五分もかからない距離だ。少し暗いが一本道だし、迷うようなことはないはず……いや、もしかしたら森の中で迷子になっているのか?


 ……え、でもちょっと待って。

 俺、前世でネブスペ2遊んだはずなのに、そんなイベント全然知らないんだけど……!?


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