レギー先輩編⑧ 先輩としての気遣い
お前はこれで良かったのか──先輩の問いがどういう意味なのか俺はわからず、首を傾げていた。
「お前、美空のことが好きじゃなかったのか?」
俺、そんな設定あったっけ? いや設定っていうか、俺は確かに美空のことはメチャクチャ美少女だとは思っているが、第一部のヒロインならやっぱりレギー先輩が一番だ。多分烏夜朧としても美空を特別視していたわけではない。
「何を言っているんですか先輩。僕はこの世界の女性達を等しく愛していますよ」
まぁ朧の設定だのどうだのをレギー先輩に言えるわけがないが、俺は烏夜朧ならこう答えるだろうと考えて口に出した。レギー先輩が一番だと言ったところで何も始まらないのは目に見えている。
「……そうか。確かに、お前はそんなふざけたスタンスだったな」
「ふざけたとは失礼ですね。勿論その中に先輩も入っているんですよ?」
軽く笑い飛ばされるか、美空に比べると可愛げのあるチョップが喰らわされるかと思って身構えていると、先輩は少し顔を俯かせて口を開いた。
「オレは……その中に入れなくていいよ」
俺は一瞬振られたのかと思った。だが、今の先輩のあまりにも哀愁漂う雰囲気を見て、俺は不思議に思って先輩に問いかける。
「先輩は、大星のことが好きだったんですか?」
すると先輩はとうとう足を止めた。そしてすぐには答えずに、俯いたまま口を開いた。
「ちょっと前までは、そうかもしれないって思ってたんだ」
……ちょっと前まで? それって共通ルートから各ヒロインの個別ルートに進む五月三十一日と六月一日の境目みたいなメタい話ですか?
「でも、オレは大星と美空を応援したかったんだ。あの時から大星を支え続けてきたのは、美空なんだからな……」
八年前のビッグバン事件で両親を失った大星が犬飼家に居候を始めた時から、いやそれよりも前から、美空は幼馴染として大星を支えてきたのだ。そんな美空に自分は敵わない、と先輩は恋を諦めてしまったのか……。
ヤバい。
先輩の背中を押してあげたいけど、ここで俺がほんの出来心で先輩の背中を押してドロドロの三角関係が始まると俺の死期が早まるだけだ。心苦しいが……でも、俺はレギー先輩のファンとして応援したい。
「なぁ、朧……」
先輩は一歩俺の方へ近づくと、ようやく顔を上げた。今にも泣きそうな先輩の顔が目の前にあった。
「その……オレの、弟の話なんだけどな」
「えっ?」
それは昼間、レギー先輩の家に行った時に聞きそびれた話だ。いや、きっと先輩も辛いだろうからわざわざ聞こうとはしなかったが……先輩の方から言ってくるだと!?
「実はな、八年前──ひゃああっ!?」
と、真剣に話し始めようとした先輩は突然可愛い悲鳴を上げて、その体がビクンッと波打つように震える。
何事かと俺が驚いていると、先輩の背後に──体長一メートル程の大きなカタツムリが先輩の体に張り付こうとしていた!
「ね、ネブラマイマイ!?」
「マイ~♪」
説明しよう! ネブラマイマイとはアイオーン星系に生息する草食の巨大なカタツムリだ。刺激すると核爆発にも耐えるという殻に閉じこもってしまう臆病な性格なのだが、優しそうな人間を見つけるとじゃれつく習性を持っている!
いや、このサイズのカタツムリが目の前にいるのメチャクチャ怖いんだけど!? でもお目々クリクリで結構可愛いかも……しかしネブラマイマイは今まさにレギー先輩に襲いかかろうとしていた!
「うえぇ……すっげぇヌメヌメするぅ……!」
「マイマイ~♪」
いやカタツムリはマイ~って鳴かねぇだろ。
そんなこと言ってる場合じゃない、宇宙生物は基本的に無敵だから力づくで無理矢理引きはがすことは出来ない。だから好物を与えてご機嫌を取るしかないのだが……ネブラマイマイの好物ってなんだったけ? カタツムリって植物とか菌類を食べるイメージだけど、えぇっとなぁ……。
「お、朧……! ネブラマイマイは確か、七味唐辛子が好物のはずだ!」
「七味唐辛子!? わかりました、すぐに取ってきます!」
七味唐辛子なら月研の食堂に置かれているはずだ。俺はレギー先輩の助言に助けられ大急ぎで月研の方へ走り食堂に入ると、丁度望さんが仕事をサボって深夜アニメを見ているところだった。
「あ、望さん! ネブラマイマイが出てきたんで七味唐辛子貰っていきますね!」
「へー、ネブラマイマイが? あ、でもネブラスパイスが混じってるかもだから気をつけてね」
「なんで!?」
そういえば昼間に食堂の七味にネブラスパイスが混じってたみたいな話をしていたな。畜生! 容器も中身も全部見た目が一緒だからわからねぇ!
「多分匂い嗅いだらわかるっしょ」
「成程、どれどれ……ゲホォッ!? これはネブラスパイス!? こっちは……ブバァッ!? これだ、これが七味唐辛子だ!」
七味唐辛子を思いっきり鼻に吸い込んだ影響で俺の鼻はダメになったが、七味唐辛子を掴んで急いでレギー先輩の元へと戻る。
待っていてくれ先輩、俺はそのイベントを見たくて見たくてたまらないけど、かといって貴方をエロゲ世界の犠牲にはしない……!
「くぅっ、んぅ……うあぁぁ……!」
うん、間に合わなかったわ。
「せんぱーい!?」
俺がレギー先輩のところに戻った頃には、先輩は完全にネブラマイマイに押し倒されているような状況で、ネブラマイマイは地面にうつ伏せになっている先輩の体の上で楽しそうに踊っていた。
「マイ~マイ~♪」
くそっ、羨ましい! じゃないじゃない。俺はレギー先輩を助けるために七味唐辛子が入った小瓶をネブラマイマイに投げつけた。
「マイ!?」
ネブラマイマイは口?で七味唐辛子を器用に掴むと目を輝かせる。今更だけど七味が好物ってどんな生態だよ。
「マイマ~イ♪」
するとネブラマイマイは嬉しそうに器用に体を揺らしながら、七味唐辛子を掴んで森の方へと帰っていった……。
「あ、あの……先輩?」
レギー先輩は地面にうつ伏せで倒れたまま、ゼェゼェと息を切らしていた。そしてゆっくりと起き上がり、先輩は顔を上げて口を開いた。
「最悪……」
先輩は汗だくで、色白の肌もほんのり赤く染まっており、前髪をかきあげてため息をついていた。
ヤバい。なんかメチャクチャ興奮する。すごい扇情的だ……。
しかし今のレギー先輩を直視するのも可哀想だったため、俺は心の中で泣きながら先輩から目を背けつつ、先輩の方へと近づいた。
「た、立てますか?」
「あ、あぁ……あれ?」
先程までネブラマイマイに襲われていた先輩だったが、意外にもスクッと立ち上がって肩をブンブンと回し始めた。
「なんだか体が軽くなったぞ……!?」
……あ、そっか。
ネブラマイマイが出す粘液って浴びるだけで疲労回復効果があるんだっけ。しかも美肌効果もあって心なしかさっきより先輩の肌がツヤツヤしてる。んでその粘液は速乾性がピカイチだから先輩の服も乾いてるし。
……なんてご都合主義な設定なんだ!?
「なんだか明日の舞台も全力でいける気がするぞ!」
「怪我の功名ってやつですか?」
「そうだな。いや……あまり上には乗っかられたくないな……」
まぁそうでしょうね。傍から見れば完全に先輩が捕食されてるみたいだったもん。あっち系のエロゲだったら先輩の体が溶けてるところだった。
なんだかんだ先輩は元気になったものの、元々の原因は俺の叔母である望さんの杜撰な管理によるものだ。今度キツく言っとかないとなぁと思いつつ、俺とレギー先輩は気を取り直して大星と美空がいる展望台へと戻った。
結局、レギー先輩の弟の話は有耶無耶になったまま……。
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