レギー先輩編⑥ そして世界は収束する
一時して、スピカとムギ、レギー先輩も展望台へとやって来た。展望台に広げられたレジャーシートの上に荷物を置き、丁度望遠鏡のセッティングも終わったところで各々が持っているスマホやタブレットに星空が映し出された。
「おぉ……綺麗なお星様だね」
「美空はいつも同じ感想」
「いや、本当に心からそう思ってるんだよ!?」
「こいつは語彙力がないだけで感情の起伏は激しい方だ」
「さらっと貶されてる!?」
今どきの天体望遠鏡はスマホやタブレットの画面に映し出すことも可能で、今俺達が使っている望遠鏡は望さんからの借り物だが俺達が使うのはもったいないぐらい高性能だ。俺もどんな星を見ても思うけど、なんか感動より先にまず恐怖を感じてしまう。
「あの、本当にこんな星雲が広がってるんですか? あちらには天の川ぐらいしか見えないですけど……」
「ちょっと肉眼では見えづらいんだよね。これも少し改造したフィルターを使って映してるんだ」
赤く輝く北アメリカ星雲は波長の影響で肉眼では捉えづらいが、カメラのフィルターとか感度をいじって映している。
「ここがメキシコだとして、メキシコ湾、フロリダ半島、んでユカタン半島までくっきり映ってるだろ? だから北アメリカ星雲って呼ばれてるんだ」
「成程。レギー先輩、お詳しいんですね」
「オレも去年ぐらいにレポートを書いた覚えがあるからな」
レギー先輩にとっては殆ど復習のようなものだ。大体の生徒は観測が簡単でメジャーな天体を探すし、太陽系の惑星なんかは絶対に通る道だ。後はメジャーな夏の大三角やオリオン座等だろう。月ノ宮学園には過去に在籍した生徒達が撮影した彗星や流星群の写真なんかもあるが……果たして幻星アイオーンが見つかる日は来るのだろうか。
観測レポートは学期毎に担任から用紙が渡され、観測した天体の名前、写真(スケッチも可)、日時、それに加えて二百字程度の小論文を書く必要がある。小論文と言っても、その天体の名前の由来とか観測の歴史とかで文字数を稼いで、最後にちょっとした自分の感想を入れておけば許される。
わざわざ大真面目に書いている生徒なんて殆どいないが、俺達のグループだとスピカやムギはじっくりと考えて熱心に書いているし、美空は美空なりに真面目に書いているし、レギー先輩はもうレポートを提出する必要はないものの、他の面子に先輩として的確なアドバイスをしている。
そういえば乙女も、学業の成績自体はからっきしだったがちゃんと書いてたな……。
「なぁ、朧」
「どうしたんだい大星」
「……写させてくれないか?」
俺は大星の頼みを無視して、書き終わったレポートを鞄にしまった。ちなみに俺に文才なんてないから愛だとか恋だとかをテキトーに交えながら文字数を稼いでいる。
「大星。この観測レポートを書くのは今年で最後なんだよ。たまには自分の気持ちってものを書いてみたらどうだい?」
「と言われてもな……」
大星は今まで真面目に観測レポートを書いたことがない。ぶっちゃけ夏休みの自由研究ぐらい簡単な内容なのだが……宇宙嫌いな大星にとっては酷な課題だろう。こんなに綺麗な星空を見ても、大星の頭には嫌な想い出しかよぎぎらないはずだ。
「なぁ、スピカ。レポート、写させてくれないか」
レジャーシートの上でペタンと座って熱心にレポートを書いていたスピカは顔を上げて、そしてニコッと微笑んで口を開いた。
「ダメです。大星さん、ご自分でお書きください」
すげぇ、あの天使みてぇなスピカが大星の頼みを断った。明日隕石が地球に降ってきて滅ぶんじゃないか。
大星は今度はスピカの隣に座るムギに言う。
「なぁ、ムギ。レポート……」
「嫌だ」
冷たっ。ムギは結構朧には冷たいけど、大星にこんな冷たいのは珍しい。
大星はレジャーシートの側で、キャンプ椅子に座って双眼鏡で星空を眺めているレギー先輩に言う。
「あの、レギー先輩。何かアドバイスくれませんか?」
「オレのアドバイスを丸写しするつもりだろ? 他を当たれ」
俺もダメ、スピカもムギも、レギー先輩もダメとなると、大星が頼れるのはあと一人しかいない。
スピカとムギと一緒にレジャーシートの上に座る美空に大星は言う。
「な、なぁ美空……レポート、写させてくれないか?」
すると美空は満面の笑みを浮かべて口を開いた。
「うん、いーy……むぐぅっ!?」
今までの流れを一切無視して快諾しようとした美空の口をスピカとムギが慌てて手で塞ぎ、その脇でレギー先輩が呆れるようにため息をついていた。
「ちょちょっと、美空さん!? 私が心を鬼にして大星さんのお願いを断ったのに、それを無駄にするおつもりですか!?」
「むごごご、むごっ!?」
「そうだぞ美空。良いか、ちゃんと今のうちから自分の将来の旦那を教育しとかないとダメだ」
「むごっ!?」
「そうだよ美空。このままだと大星がヒモヒモのプー太郎になっちゃう」
美空が大星に甘いところがあるのは確かだ。だって大星の身の回りの家事は殆ど美空がやっているし、大星は進路とか全然決めてないからこのままだと将来が少し不安だ。
スピカとムギ、レギー先輩が美空の相手をしている一方で、俺は大星の側まで行って彼の肩をポンポンと叩いた。
「観念するんだね、大星。もう君を助けてくれる人間はこの世に存在しないんだから……」
「深刻な感じで言うのやめろ」
「まぁ僕がアドバイスするとしたら……小論文の最後は『それよりも美空の方が綺麗だった』で締めると良いんじゃないかな!」
「お前それを担任に提出するつもりか?」
「理事長賞ものだね」
優秀なレポートを提出した生徒には、秋の学園祭で理事長が直々に表彰するというシステムがある。学園祭が開催される時期は第二部なのだが、表彰されるのが大星なのは決まっており、第一部で攻略したヒロインのセーブデータによって『◯◯の方が綺麗だった』の相手が変わる。
そう、ここまではネブスペ2の第一部、大星編の美空ルートの流れそのままなのだ! この朧のアドバイスを書かざるをえなかった大星はなんと理事長賞を獲ってしまうというわけで……やべぇめっちゃ学園祭でその光景を生で見たい。俺、その時まで生きてれば良いなぁ。
各々が北アメリカ星雲のレポートを書き終えると、俺はその側にあるペリカン星雲を映すためにもう一度セッティングしていた。その間にスピカが自分の鞄の中からスープジャーを取り出す。
「皆さん、そろそろ小腹が空いてきませんか? 今日は卵スープを作ってきたので、是非どうぞ」
天体観測は大体夜中の一時二時ぐらいまでかかるため、どうしても小腹が空いてしまい眠れなくなってしまう。そのためスピカと美空が何かしらヘルシーな夜食を用意してきてくれるのだ。
「あ、私はクッキーを作ってきたよ。豆乳とかおからで作ったからとってもヘルシー! どんだけ食べても大丈夫だよ。あ、大星はさっきつまみ食いしたから食べちゃダメだからね」
「そんなバカな」
スピカが紙コップに卵スープを注いで各々に渡していき、美空がクッキーが入ったタッパーの蓋を開けてレジャーシートの真ん中に置いた。
「朧さんもどうぞ」
「うん、ありがとうスピカちゃん」
俺はスピカから卵スープが入った紙コップを受け取って、早速飲んでみる。
……んまっ。何この体中に染み渡る優しい味。ダークマター☆スペシャルを飲むより絶対健康的だってこれ。
「美味しいね、このスープ。この卵の甘さがたまらない」
「わかりますか? この間近くの牧場で貰ったネブラ鶏の卵を使ってるんです。作ってくれたのは私のお母さんですけど……」
成程、確かにアイオーン星系原産のネブラ鶏は地球の普通の鶏に比べてコクのある旨味が特徴で、卵は大ぶりで卵黄もその分大きいが、味はとても濃厚で甘い。親子丼が大好きな俺は是非とも食してみたいが……何か頭に引っかかる。
あれ? ネブラ鶏って何かなかったっけ? いや、ネブラ鶏の見た目は普通の鶏だし、他の宇宙生物と違って何もしてこないはずなのだが……。
他の面子が卵スープとクッキーで小腹を満たしている間に望遠鏡のセッティングを終え、またスマホとタブレットに星空を映し出す。北アメリカ星雲の直ぐ側にあるペリカン星雲だ。
「ほら、なんだかペリカンの頭みたいに見えるでしょ? 北アメリカ星雲に比べるとサイズが小さいけど、とても綺麗なんだ」
するとスマホ越しにペリカン星雲を見ていたスピカと美空が何故か顔を赤くして、恥ずかしそうに目を手で覆っていた。その異変に気づいた大星が先に口を開く。
「……美空? お前、熱でもあるのか?」
「へ? ううん、全然そんなことないよ?」
「でもお前、顔赤いぞ」
そして美空の熱を測ろうと、お互いのおでこ同士をピタッと付ける定番の仕草を大星がしようとした瞬間、美空が慌てて大星を自分から離した。
「だだだ大丈夫だから! その……温かいスープを飲んだから火照ってきただけだよ!」
そう慌てて否定する美空はどう見ても不自然に思えた。
何かこういうの、つい最近見た気がするな……あぁそうか、昼間にレギー先輩と自転車でぶつかった時、七味唐辛子をばらまいたからレギー先輩がアストラシーを起こしてたんだった。
でもなんで美空が……あっ。
『この間近くの牧場で貰ったネブラ鶏の卵を使ってるんです』
俺はスピカのその一言を思い出し、ようやくこの状況を理解した。
そう、美空がアストルギーを持つ食物はネブラ鶏の卵なのだ!
「ちょ、ちょっと暑いかも~アハハ……」
つまり今の美空は、アストラシーショックを起こしている!?
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