レギー先輩編⑤ 箒星を探して
月ノ宮学園、そして月ノ宮宇宙研究所が掲げる重要なプロジェクト。
それは、ネブラ人達の故郷──幻のアイオーン星系の発見だ。
俺達人類が住んでいる地球という惑星は、太陽という恒星を中心とした惑星系である太陽系に属している。
それと同じように、ネブラ人達の母星は地球から見てこと座方向に5~10光年程の位置にある、神星アイオーンを中心としたアイオーン星系だ。アイオーンというのはアイオーン星系に属する金剛星、水晶星、真珠星、瑠璃星、翠玉星、紅玉星、黄玉星、藍玉星、碧玉星の9つの惑星の総称で、それぞれの星にネブラ人は居住していたらしい。
しかし百年以上続いた星間戦争によってアイオーン星系は荒廃し、新たな居住地を求めて星系を脱出した、というのがネブラ人が地球へ飛来した経緯なのだが、人類は未だにこのアイオーン星系を発見できていないのだ。
アイオーン星系の位置はある程度絞られているのだが、現代の観測技術を持ってしてもその存在は幻のままだ。そもそも太陽系外惑星は恒星のように光っているわけではないため観測が難しく、それにアイオーン星系の中心である神星アイオーンという恒星すら見つかっていないのだ。
アイオーン星系は戦争によって荒廃しているためネブラ人達は帰還するつもりこそないものの、星系に残る同胞達の救出を望んでいる。とはいえネブラ人達の技術を借りても星間航行船なんていう未来の乗り物の実用化は成功しておらず、他の一団が地球へ飛来するのを待っているという状態だ。
さて、日本で唯一ネブラ人の宇宙船が着陸したこの月ノ宮町にある月ノ宮学園と月ノ宮宇宙研究所は、ネブラ人達の願いであるアイオーン星系の観測に取り組んでいる。
まず、ネブラ人の飛来とほぼ同時に観測されたネブラ彗星の再観測。ネブラ人達はこの彗星に導かれるように太陽系へやって来たらしいのだが、ネブラ彗星もまた行方不明であり、次にいつ太陽系の側を通過するかわからない。
とはいえアイオーン星系を探すより難易度は低い。月ノ宮学園独特のカリキュラムである天体観測レポートが存在するのも、このネブラ彗星とアイオーン星系の観測を目的としているからだ。
「……それが、この天体観測の本来の意義というわけ。わかった?」
俺は月研の展望台で天体望遠鏡をセットしながら言った。
「改めて聞くと、なんか先行きの見えない実験って感じだな」
俺の隣に立つ、どこかのロックバンドのバンドTシャツにジーパンを着た男、帚木大星は夜空を見上げながら言う。まぁ俺もそう思うよ、面倒くさそうだなって。
現在夜の九時過ぎ。俺達は久々に観測グループで集まってレポートを書くために集合していた。しかし集合時間自体は十時であるため、まだ俺と大星、美空しか来ていないし、美空は望さんのところに駄弁りに行ったため、展望台には俺と大星の二人しかいない。
「一応聞くが、本当に俺達がネブラ彗星とかアイオーン星系ってのを見つけられるのか?」
「ぶっちゃけアイオーン星系は無理だね。だって僕達より遥かに優れた技術を持っている各国の天文台が発見できていないものをど素人の僕達が見つけられるわけないじゃないか。
せいぜいネブラ彗星ぐらいだろうね。次はいつ来るかわからないけど」
大体、本気で新しい星を発見しようって熱心にやっている生徒は殆どいないし、それが現実的な目標じゃないことを知っている。だからこの観測レポートは、観測グループの仲間と集まってワイワイするだけのクラブ活動のようなものに過ぎないのだ。まぁそれを通じた地球人とネブラ人の交流の促進という意味合いの方が強い。
「しかし今になってわざわざ僕に教えを請うだなんて、大星もようやく本気で天体観測を始める気?」
「一応今までも真面目にやっていたつもりだ。俺なりに、な」
観測レポートはこうして夜中に望遠鏡だの双眼鏡を覗き込んで天体観測に励む必要があるが、まぁ星を綺麗と思えるならそこまで苦にはならない課題だ。とはいえ流石に同じ星ばっかりを書くのはダメだが、比較的観測しやすい天体でも問題ない。何なら月でも大丈夫だ。
まぁ、大星は美空やスピカ達のをほぼ丸パクリしていただけだったけども。
「大体、朧が真面目に取り組んでいること自体が俺にとっては驚きだ」
「ロマンチックだからね、それに尽きるよ。女の子と話す良いネタになるじゃないか」
「お前らしい理由だな」
前世の俺は田舎生まれで夜に空を見上げれば綺麗な星空を見ることが出来たから、天体観測にも興味はあった。でもわざわざ天体望遠鏡を買ったり、プラネタリウムを見に行こうと思うほど意欲的だったわけじゃない
でもこうしていざやってみると意外と心がワクワクしている。なんかもうピントとか角度を調節してるだけで心が踊るようだ。
「やっほ~朧っち~」
望さんの研究室から展望台へと戻ってきた美空が、いつも通り元気そうに俺に手を振っていた。何か前世の俺が画面越しで見ていた頃は、まぁこういうゲームにありがちなのだが大抵の登場人物は皆同じ格好だった。イラストとかキャラクターモデルの兼ね合いもあっただろう。
しかし今の美空はいつもの白地のTシャツの上にデニムのショートパンツに加え、青地に黄色いラインが入った薄手のジャンパーを羽織っている。何か差分で見たことがある気がする格好だ。
「こんばんは美空ちゃん。今日もこの夜空の星々に負けないぐらい可愛いね」
「一方で朧っちはこの夜空の星々が目を背けるぐらい白々しいね」
何その尖った返し。
「望さんは何か言ってた?」
「最近は宇宙生物が山をうろついてるから気をつけろだってさ~」
いや、ついこの前美空がネブラスライムに襲われたばっかりなんだからちゃんと管理してくれよ。一応宇宙生物は人間に危害を加えないって設定だけど、ヒロイン達をことごとく凌辱していく生物を野放しにしてるのはどういう倫理観なの。
「それで、今日は何の星を見るの?」
「今日は北アメリカ星雲にしようかなって思う。はくちょう座もよく見えてるし、綺麗に映るんじゃないかな」
夏の大三角の一角でもあるはくちょう座のデネブの直ぐ側に広がる星雲NGC7000は、形が北アメリカ大陸に似ていることから北アメリカ星雲と呼ばれている。発見したのは天王星の発見など偉大な業績を残した天文学者ウィリアム・ハーシェルだ。
星雲というのは宇宙に広がるガスや塵が光の反射等によって雲のように見える天体で、北アメリカ星雲は肉眼では見えづらいが写真で移すと赤く輝いて見える。星雲自体の広さが百光年、一光年が大体九兆五千億キロメートルぐらいだから、宇宙のとんでもないスケールを思い知らされる。
まぁ大マゼラン雲とかになると広さが十五、六万光年とかいう意味の分からないスケールになってくるけど。
「なんだか最近は星雲ばっかりだな。もっとど派手なもの見られないのか?」
「大星、君は贅沢なやつだね。星雲だってあんなに壮大で綺麗なのに、それ以上何を望むんだい?」
「ブラックホールとか」
「そんなの簡単に観測できてたら、もっと色んな理論が解明されているだろうよ」
ネブラ人は遠く離れた星系からはるばる地球までやって来れたように、地球人より優れた技術を持っている。しかしネブラ人とてこの宇宙の謎を解明するには至らず、彼らの力を借りても最近になって天の川銀河の中心にあるブラックホールの観測に至ったぐらいだ。
「有名な惑星とか一等星は去年で殆ど見ちゃったからねー。でも夏が過ぎたらさ、何か大きな銀河とか星雲を見られるんでしょ? それが今の楽しみかなー」
「お前はすぐに寝るけどな」
「美空ちゃんは今も早寝早起きだからね」
「もーっ、子どもみたいに言わないでよっ」
確かに今までこうして集まって天体観測をした時、真っ先に寝てるのは美空だ。その度大星が研究所に併設されている宿舎までおんぶして送っている。確かに日付超えてからが本番だし、美空はそれまで一番楽しみにしているんだけども。
ていうか大星は早起きした美空が作ったお弁当を食べてるんだから感謝しとけよ。
「朧、セッティングに時間がかかりそうなら手伝うが」
「いや、あと焦点を合わせるだけだから大丈夫だよ、ありがとう」
「あ、朧っち。あのお星様ってもしかしてベガ?」
美空が指をさす東北東の空に、ひときわ輝いて見える星が見える。
はくちょう座のデネブ、わし座のアルタイルと結ぶことで夏の大三角を形成し、七夕伝説における織姫として織女星とも呼ばれる一等星、ベガ。大きさは太陽の二、三倍もある。
「そうだね。この時期でもよく見えるよ」
「どれだ? ってかベガってそんな有名な星なのか?」
「いや、大星。去年の七月に一緒にレポートを書いたはずなんだけど? 夏休みに皆で夏の大三角を全力で探したじゃないか」
「そうだったか……?」
大星は宇宙嫌いとはいえ律儀に観望会に参加していたが、内容は殆ど覚えていないようだ。太陽系の惑星を全部言えるかも怪しいぐらいだな、これは。
「ほら、たまにウチに遊びに来るベガちゃんっているじゃん。大星も知ってるでしょ?」
「すまん、知らない人だな」
「えー!? たまにお手伝いに来るアルタ君と付き合ってる女の子だよ!? あんなに可愛いのに何も覚えてないの!?」
「そんな子いたか?」
「大星、早い内に病院に行った方が良いんじゃないかな?」
ネブスペ2の登場人物は名前が宇宙モチーフだったり天体そのものだったりするが、第二部のヒロインであるベガもその一人だ。美空同様にメインヒロイン的ポジションにある。第一部では直接登場しないが、こうして美空が口に出して存在が醸し出されている。
そして彼女と付き合っていると言われたアルタという男子が第二部の主人公だ。実際にはベガとまだ正式に付き合っていないのだが。
「そもそもアルタって誰だ……?」
だから第二部の主人公だっつってんだろ。
アルタは第一部の登場人物の中だと美空と知り合いのはずだ。どうしてか何度か顔を合わせているはずの大星とアルタはお互いの存在が頭にないが。
ちなみに俺、いや烏夜朧とアルタは面識がある。そのため第二部においてもお助けキャラとして登場し、それ故にエンディングによっては巻き添えを食らって死の危険性があるのだ……。
「ベガちゃんってまるでお姫様みたいな女の子なんだけどね、毎晩流れ星を探してお星様にお願いごとをしてるんだって。七夕祭もすっごい楽しみにしてるし」
「へぇ、彼女は一体どんなお願い事をしてるんだい?」
「うーん、それだけは私にも教えてくれないんだよね~」
ベガのお願い事か……まだこの世界の朧とベガはお互いに面識はないが、前世でネブスペ2をプレイしていた俺はその内容を知っている。なんというか……とても愛に飢えていた子だったよ、うん。
「お星様にお願いするってさ、なんだかとてもロマンチックだと思わない? 大星は今度の七夕、どんなお願い事する?」
なんかすごいど直球な質問をぶつけてきたな。
「まぁ、その時考える」
少し考えてから大星はそう答えた。確か去年の七夕は、作中の描写だと大星は『世界平和』、美空は『これからも楽しい毎日が続きますように』、と短冊に書いていたはずだ。宇宙嫌いの大星がそんな行事に真剣に取り組むわけもないのだが、去年の朧のお願いだって『ハーレムを作り上げること』だから人のこと言えないか。しかも最近忙しくてその夢から遠のきつつあるし。
「じゃあ~私も当日まで内緒にしとこうかな~」
……ていうか、お二人さん。
「どうせ皆が見るんだから意味ないだろ」
「ほら、なんだかサプライズみたいじゃん?」
「そんなびっくりするようなお願いをするわけでもないだろうが」
……俺を間に挟んでイチャイチャするのやめてもらえませんかね?
「どーせ大星は『お金持ちになりたーい』とか『イケメンになりたーい』みたいな、未だに子どもみたいなこと短冊に書くんでしょ?」
「バカ言え。俺はもっとこの……社会の役に立つようなことを願う」
「例えば?」
「そうだな……土曜授業の廃止とか」
「あ、それいいね。名案だよ!」
いや、それは君らがサボりたいだけだろ。ていうか月ノ宮学園に土曜授業はないし……って、そうじゃないそうじゃない。
俺、明らかに二人の緩衝材にさせられている。最近の大星と美空は、先日の慰霊塔での件があってから妙にギクシャクしている。振られた側の美空はまるで全然気にしていないように振る舞っているため険悪になっているわけではないが、今までと違って二人の関係がぎこちないのはひしひしと感じられる。
だからってなんで俺を間に挟んで緩衝材にしてるんだよ。作中でも朧が心の中でツッコんでたけど。
本当に大星は美空と上手くやっていけるのか不安になる。二人の関係に転機が訪れるのは今日のはずなのだが……一週間後にも大きなイベントがある。一応俺、烏夜朧がそこで重要な役割を果たさないといけないから責任重大だ。ある意味で自分の命運がかかっていることになる。
いざこうして作中世界で生きていると、本当にイベントが順調に進んでいくのか怖いな……そう怯えながら俺は望遠鏡のセッティングを進め、スピカ達残りのメンバーの到着を待っていた。
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