レギー先輩編④ 転生のパラドックス
レギー先輩は映画が大好きだ。
劇団で舞台俳優として活動していて、月ノ宮学園の演劇部で脚本も担当しているため研究目的というのもあるが、先輩自身はベッタベタの恋愛映画が好み、という設定である。
だから俺はレギー先輩のコレクションの中から、見たことはないが先輩が好きそうな洋画をチョイスして、先輩と一緒に見ることにした。
「先輩は見たことあるんですか?」
「実は買ってから見てないんだ。結構積んでるのが多くてな」
タイトルは『インデペンデンス24』。ある日突然アメリカを始めとした世界中の大都市上空に巨大な宇宙船が出現し、宇宙人による攻撃によって都市が廃墟と化す中、果たして人類は彼らにどう立ち向かうのか……というストーリーだ。
いや、完全に『インデペンデンス・◯イ』だろこれ。俺だって前世で多少は映画を嗜んでたから見たことあるよこれ! こんな作品を発情してる宇宙人と見てどうしろってんだよ! しかも平然と宇宙人と共存してる世界でも宇宙人が攻めてくるフィクションはあるのかよ!
「良いよな、こういう宇宙戦争ものって」
「え、先輩ってこういうのもいけるんですか?」
「いやいや、流石に地球を侵略したいって思ってるわけじゃないぞ? ただこういう戦争映画で描写される人間ドラマも好きってだけだ」
そういえばネブラ人って戦争で荒廃した母星から脱出して地球に辿り着いたんだもんな。ネブラ人の殆どは不気味なぐらい友好的だし。
「何かお菓子でも食べるか? コーヒーもおかわりがあるから、欲しかったら言ってくれ」
「いえいえ、お構いなく」
さて、俺はこれからレギー先輩と映画鑑賞をするわけだが。
レギー先輩の部屋は割と狭いため、ちゃぶ台を挟んでテレビを見るとなると隣に座ることになるのだが……メチャクチャ距離が近い。もう完全に密着してるもん。まだ先輩の息が荒くて色白の肌が火照ってるから見てるだけでエロい。
「どうかしたか?」
「いや、なんでも」
いかんいかん。俺はレギー先輩の身にもしものことがないように、先輩が落ち着くまで様子を見るだけだ。俺がチョイスした映画も完全に戦争映画っぽいし、洋画特有の突然のベッドシーンだってないだろう。
とにかく、俺は映画に集中して邪悪な心を捨てることにした。
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……。
……非常にまずいことになった。
何が戦争映画だよ!? 何か急に宇宙人が攻めてきた導入に反して急に宇宙人と恋に落ちるベッタベタの恋愛映画になったんだけど!?
しかも今から宇宙人とのベッドシーンが始まりそうなんだけど!? どういう趣向なんだよこの映画はよぉ!?
俺はBDのパッケージの裏を確認する。成程、確かに宇宙人が攻めてきててんやわんやするけど、そんな中とある兵士が敵方である宇宙人と恋に落ち、多分愛の力とかでなんやかんや乗り切るんだと思う。ぶっ飛んだ映画だなこれ。
しかも相手は宇宙人とはいえ人型、完全にネブラ人と容姿が似ている。とても発情しているネブラ人と一緒に見る映画じゃないなこれ。
そして中々に官能的なベッドシーンが始まってしまう中、俺は恐る恐る先輩の様子を伺った。
「スゥ……スゥ……」
……。
……寝てるー!?
寝てますよこの人!? なんで寝てるの!? 最初あんなにウッキウキで見てたのに!?
いや、確かにレギー先輩って忙しい毎日を送ってるから疲れが溜まってたのかもしれない。映画を見るために部屋も暗くしていたから眠気を誘ったのだろうか。いやよくムラムラしてる中眠れたな。
「んぅ……だいせい……」
また大星の夢見てるー!? そういえば前にも公園であったなこういうこと!
畜生やっぱりレギー先輩の本命は大星かよ! 俺なんかじゃエロゲ主人公には勝てないかー!
「だいせい……おぼろをしゅれっだーにかけるんじゃない……」
どんな夢見てるのー!?
とまぁついさっきまで発情していたレギー先輩が眠ってくれたことによって、俺はなんとか最大の難所であるベッドシーンを乗り切った。
いやぁ結構描写がリアルっていうかエグかったな。先輩が起きてたらどうなってたことやら。
……いや、それを見てしまった俺が逆に少し変な気分になってるんですが?
悶々としながらなおも映画に集中していると、突然俺の肩を枕にしていた先輩の体がビクンッと震えた。何かと思って見てみると、どうやら目を覚ましたようだ。
「んおっ……ってあれ!? もしかしてオレ寝てたのか!?」
「はい。おはようございます」
先輩はキョロキョロと部屋の中を見回した。部屋が暗くて見えにくいが、どうやら体の火照りも取れたようで気分も落ち着いているようだ。
「あ、もうクレジット流れてるじゃねーか!? 結末はどうなったんだ!?」
「なんやかんやあって世界に平和が訪れましたよ」
「端折りすぎだろー!?」
本家の『インデペンデンス・◯イ』は俺は名作だと思っているが、こっちは何かB級感溢れる映画だったなぁと思う。どうやらレギー先輩の体の火照りもとれたようで、元に戻って良かった。
「先輩、もう体調は大丈夫そうですか?」
「あぁ、何だか寝たら良くなったよ。ごめんな、忙しいだろうに付き合ってもらって」
「いえいえ、先輩の寝顔、中々良かったですよ」
そんな呑気な感想を言った俺の頭にゴンッとチョップが喰らわされた。役得ではあったが、一線を越えてしまうのではという多少の期待感と突然バッドエンドを迎えて死ぬのではという恐怖もあって中々のスリルだったなぁ。
……お願いだから二度と味わいたくない!
レギー先輩も落ち着き、これ以上先輩の部屋にいると逆に俺がムラムラしてしまいそうなので、俺はそそくさと先輩の部屋から去ろうとした──が、そういえばと先輩が俺を呼び止めた。
「朧、お前って明日暇か?」
「予定っていう予定はないですよ」
「じゃあ、良かったら見に来てくれないか、オレの舞台」
……え?
「先輩の舞台って明日でしたっけ?」
「あぁそうだ。明日から三日間やるからよろしくな」
おかしい。今日は六月六日の土曜日。本来、ネブスペ2でレギー先輩の最初の舞台が始まるのは来週の六月十四日のはずだ。どうして明日になってるんだ?
「わかりました。何時からですか?」
「夕方の六時半からだな。劇場には六時から入れるはずだ。ほらよ、これチケット」
「ありがとうございます。先輩初の主演舞台、じっくり堪能させてもらいますよ」
「……なんだか目が不純だな」
そもそも公演でレギー先輩の練習に付き合うイベントだって、本来は今日か明日に起きるイベントのはずなのだ。だって俺と違って大星は無駄に学校をサボるような奴じゃないし。
何か、歯車が確実に狂い始めている。
だとすれば……あのイベントが起きない可能性もあるのか?
しかしレギー先輩にそれを言うわけにもいかず、俺は玄関の方へ向かおうとしたのだが──不注意で床に置かれたダンボール箱に足を引っ掛けてしまう。
「おわああっ!?」
「お、朧!?」
俺の正面にはレギー先輩が──まずい、避けられない!
「げふっ」
目の前が真っ暗になると同時に、俺の顔は柔らかいものに包まれた。
なんだ、この感触。何だかずっと顔を埋めていたいと思えるほどの心地よい感触と匂い、抜け出せない吸収力──これは噂に聞くOPPAIか!?
「は・な・れ・ろ!」
と、俺はレギー先輩に頭をガッシリ掴まれ先輩の体から引き剥がされた。どうやら俺が先輩の体の上に被さっていたようで、先輩は再び俺の頭に力強くチョップを入れると顔を真っ赤にしながら言った。
「全く、もしわざとだったらただじゃすまないからな!」
「すいません、ほんの出来心だったんです」
そんな冗談を言うとさらにもう一発、俺の頭に軽くチョップが入れられた。流石に先輩も俺がわざとやったと本気で思っているわけではなく、あまり怒ってなさそうだ。
……うん。レギー先輩のアストルギーが収まった後に起きて本当に良かったと思う。最高の感触だったが、あまりここで考えるべきではないか。俺の理性がそう伝えている。
「まぁ……確かに狭いのに物が多いからな。オレも少しは部屋の片付けをするよ」
「いえ、僕もボーッとしてたので……っと?」
起き上がると、先輩の顔の近くに青い小箱が転がっていて、中から歪な形をした三センチぐらいの大きさの金属製の物体が畳の上に落ちていた。少し焦げたのか汚れなのか黒く変色していて、塗装も剥がれているが……目を凝らして見てみると、元々の形が頭に思い浮かんだ。
「これは……イルカのペンダント、ですか?」
ネブスペ2のヒロイン達が持っている、金色のイルカのペンダント。少し溶けて金メッキも剥がれているが、今レギー先輩が首にかけているものと同じだ。
「そ、それは……!」
レギー先輩は慌てて起き上がるとそれを手に取った。さっきこけた時に体が棚に当たって箱が落ちてきたのか。
「よ、良かった……気をつけないと……」
レギー先輩は大事そうに、その小さな歪なペンダントを優しく擦っていた。
先輩がこの一部が溶けてしまった、最早ガラクタ同然のイルカのペンダントを大事に持っている理由……そうか、そういうことか。
「それは、弟さんのですか?」
俺がそう尋ねると、レギー先輩はビクッと体を震わせる。
「……あぁ、そうだ」
それはいつもの先輩らしくない、弱々しい答えだった。
レギー先輩は八年前のビッグバン事件の際、大爆発を起こした宇宙船の近くの住宅街に家族四人で暮らしていた。しかし在宅中に爆風で自宅が倒壊し、先輩は瓦礫の下から命からがら脱出できたが……両親は瓦礫に潰され即死、そして弟も瓦礫の下敷きになっていたものの僅かな隙間に挟まって生存していた。
しかしまだ子どもだったレギー先輩一人で瓦礫を一つ一つ取り除くのは難しく、周囲も混乱状態で助けも得られず、そして宇宙船の爆発によって生じた火災によって火の手が迫り……先輩は弟を助けることが出来なかった。
歪な形のイルカのペンダントはその弟がつけていたもので、火災の際に熱で少し溶けてしまったのだろう。
この話はレギー先輩ルートで明かされ、とあるイベントをきっかけにレギー先輩はほぼ廃人同然の状態に陥ってしまう。八年前の事件がトラウマになっている先輩は朧を含めた後輩達にこの話を明かさなかったのだが、主人公の大星にだけは話してくれるのだ。
今でも、弟の叫びを忘れることが出来ない、と。
「……大事なものなんだ、今でも。オレの戒めでもあるから……」
俺はレギー先輩にかける気の利いた言葉を必死に探した。
あの時、大星は……『それは、本当に先輩の弟さんが望んでいることですか』と言っていたか。
それを俺が言うべきなのか?
それを俺が言わなかったら、主人公である大星が美空を攻略している今、一体誰がレギー先輩を助けられるんだ?
「……そういえば、朧」
俺が口を開く前に、歪な形のイルカのペンダントを大事そうに青い小箱にしまいながら先輩が言った。
「どうして、お前がオレの弟のことを知ってるんだ……?」
……。
……はい?
だってレギー先輩のルートを前世で攻略したからですが……。
あぁそっか!?
レギー先輩は大星に明かすまで俺達にこの話をしていないんだったっけ!? 現時点でもそれを知ってるの二人ぐらいしかいなかったはずだ!
じゃあ俺がこの時点で知ってるのおかしいじゃん!? とんでもないパラドックス起きてるよこれ!?
俺が言い訳に困っていると、レギー先輩は俺から顔を背けて、小箱を棚の上に置いて言った。
「いや……答えなくていい。明日の舞台、来てくれよな」
レギー先輩の背中がとても小さく見える。俺は……この人を助けることが出来るのか?
「はい。楽しみにしてます」
俺は出来る限り明るく振る舞ってレギー先輩に別れを告げて、先輩の部屋を後にする。俺が不注意で余計なことを言ってしまったせいで空気は最悪だったが、俺は駐輪場に停めていた自転車に跨り帰途についた。
……危なかった。そうか、ネブスペ2をプレイしていた俺は当然のように知っているけど、烏夜朧が知っているはずがない情報もあるんだ。迂闊だった。弟の話はレギー先輩にとってトラウマなのに……。
そして、俺は知っている。
明日のレギー先輩の舞台で、とあるイベントにより先輩の心は深く傷つくことになるのだ……。
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