レギー先輩編① ミはミニスカポリスのミ
大星と美空の関係がギクシャクしてから数日、俺はこの世界の情報収集も兼ねて月ノ宮学園に通いながら情報収集にあたっていた。
現状、この世界は概ねネブスペ2の展開通りに進んでいる。この数日、放課後も大星と美空を尾行してどんなイベントが起きているか観察していたが、やはり大星は美空ルートを順調に進んでいるようだ。
傍から見るに大星は間違った選択肢を選んでいないはずだが、まだ美空バッドエンドを迎える可能性も十分残っているため、俺は今も七夕に死んでしまうんじゃないかという恐怖を抱えている。
なお、自分が好きなエロゲとヒロイン達と親睦を深めていく中で犠牲になったものもある。それは俺が転生した烏夜朧が構築していた広い女性関係である。
最初の内はそれこそ烏夜朧の願望であるハーレムを築けるのではと思える程、予想以上に朧は多くの女性を口説いては連絡先をゲットし、それなりの関係を続けていたのだが、俺が美空達を追っかけるのに熱中していたために疎遠になりつつある。
乙女に関する情報を手に入れられないかとも期待したが、何一つとして情報を得られていない。すまないが朧、俺は狭く深く人間関係を築いていくタイプなんだ。
さて、そんな不安と恐怖に怯えながら俺は六月六日の土曜日、この世界に転生して初めての休日を迎えた。今夜は元々大星達と月研の展望台で天体観測をする予定で、乙女の転校という予期せぬ出来事もあったが、一番天体観測を嫌っていた大星の発案によって乙女を除いた六人で集まることになった。
夜までは暇なため、俺はこの休日を利用して転校した乙女の情報を探ることにしていた。乙女が望さん伝いで朧に預けた金イルカのペンダントを絶対に返してやる、と俺は意気込んだが……どうも手詰まり感が否めない。だってヒントが少なすぎるからだ。
情報通の知り合いには聞いて回ったし、ビッグバン事件を引き起こした犯人としてどこかへ連れて行かれた乙女の父親、秀畝おじさんの同僚である月学の先生達にも聞いてみたが、本当に体を悪くして休職していたと思っていたらしい。
最近まで乙女の母親、穂葉さんが入院していた病院にも聞いてみたが、知り合いの看護師さん達からもそれらしい情報を得られなかった。
まるで箝口令が敷かれて情報が統制されているような感覚だ。ここまで徹底的だと、最早この世界の運命が乙女の再登場を拒んでいるかのようだ。
そんな絶望感に包まれながら部屋の天井を仰いでいると、俺の携帯に着信が入った。どうやら月研にいる望さんが電話をかけてきたらしい。
「もしもし? 何かあったの?」
『あ、朧~? 私の部屋のどっかにさ、『ネブラスパイス』が入った瓶があると思うんだけど、探してくれる?』
「どんな瓶?」
『なんかねー、七味唐辛子が入ってそうな見た目』
俺は電話を保留にして、俺の部屋の隣にある望さんの部屋へと入る。まぁ望さんの部屋は言わずもがな……月研にある彼女の研究室と同様に、とても人が住んでいるような空間ではない。辛うじてベッドの上で寝るスペースが確保されているぐらいで、謎の資料や器具が散らかっているのだ。
七味唐辛子が入ってそうな見た目の瓶ってどういうことかと思いながら探していると、部屋の隅にある望さんの机の上に、赤い蓋の小瓶が無造作に置かれていた。
ふむ。確かに七味唐辛子が入ってそうな瓶だ。ていうか中に入ってる粉末の見た目も完全に七味じゃん。
「望さん? 七味唐辛子っぽい赤い粉末が入った小瓶があったんだけど、これであってる?」
『あー、そうそうそれそれ。牛丼にかけたら美味そうなやつね』
それは本当にただの七味唐辛子じゃね?
『それさ、これから実験に使うから月研まで持ってきてくれない?』
「夜に大星達と展望台行くんだけど、その時じゃダメ?」
『いやー、早く持ってきてくれないと部下達に変な道具を使って拷問されそうだからさ~どこぞのエロ同人みたいに~』
「……わかった。今すぐ行くよ」
多分忘れん坊の望さんに月研の人達も日頃の鬱憤が爆発しそうなのだろう。ネブスペ2の作中でも望さんが月研の職員達にひたすら言葉責めされてるイベントもあったし。
すぐに支度して月研へ向かおうと電話を切ろうとした時、ちょっと待ってと望さんが俺を呼び止める。
『そのスパイスね、匂いを嗅ぐだけでも劇物だから気をつけてね』
「ただ辛いだけじゃなくて?」
『んー、まぁ吸ってみたかったら吸ってみてもいいよ。多分合法だし。んじゃ、なるはやでよろしくー』
多分合法って言葉で俺は急に怖くなったが、これ以上時間を無駄に潰して望さんが月研の部下達にエロ同人みたいに凌辱される姿を見たくはない……いや、あくまでネブスペ2のイベントとして画面越しで見れるなら見てみたいが、今となっては身内になった人のそんな姿なんて見てられないため、パパッと服を着替えて自転車に乗り月研へと急いだ。
望さんが急に持って来いと言ってきたこの『ネブラスパイス』、まぁ七味唐辛子みたいなただの香辛料なのだが、場合によっては媚薬のような効果を発揮することがある。ネブスペ2では作中きっての辛い物が大好きなヒロインが大量に摂取してしまい、興奮状態となって主人公を地の果てまで追いかけるというイベントも用意されているぐらいだ。
「ド~はど~◯てい~のド~」
ネブラ人は宇宙船の中で宇宙生物だけでなく彼らの星原産である様々な食物も育てており、それは地球人が摂取しても問題ない物質で出来ているはずなのだ。しかし人によっては一部の食物にアレルギーのような症状を出すことがあり……まぁ、エロゲにとっては非常に都合の良い性的興奮を促す媚薬のような効果があるのだ。
「レ~はレオ~タードのレ~」
これは逆も然りで、ネブラ人も一部の地球の食物を摂取するとこれまたアレルギー反応を出すのである。そのためネブスペ2のヒロインにはこのアレルギー反応を起こす食物が設定されており、選択肢を選ぶことによってヒロインにわざと食べさせる、ということもできる。
「ミ~はミニスカポリスのミ~」
作中ではアレルギーとアストロを繋げた造語であるアストルギー、そしてアストラシーショックという名称で呼ばれているが、一応地球人もネブラ人もこのアストルギー反応が出る食物を食べても命に関わる程重篤化することはなく、ただただエロい気分になるだけだ。
じゃあどうやって治療するかなのだが……作中ではもっぱら自慰行為あるいは本番行為で解決されていた。個別ルートに入って主人公とヒロインの関係がある程度進展していたなら、野外だろうが公衆の面前だろうが関係なくおっぱじめることだってある。
「ファ~はファン~タジーのファ~」
そんな劇物を俺はショルダーバッグの中に入れて自転車に乗っている。まぁエロゲ特有のご都合主義で、主人公や朧を始めとした男性キャラはアストルギー反応を起こさないため大丈夫だろう。
「ソ~はソ~プのソ~」
しかし、ネブスペ2をプレイした俺は知っている。
作中では土曜日の今日、街を歩いていた美空に朧がぶつかりそうになり、それを避けようとした朧が自転車に乗ったままずっこけるのだ。その時朧のショルダーバッグから落ちたネブラスパイスの小瓶の蓋が開き、美空がその匂いを嗅いでしまう。
「ラ~はラ~ンジェリーのラ~」
匂いを嗅ぐだけでも効果抜群のネブラスパイスでアストラシーショックを起こした美空は、朧に対しては悲しいことになんともないのだが、大星を見るとまぁその衝動が抑えられなくなってしまう状態になってしまう。家に帰った美空は同居している大星を何かと避け続け、そしてその興奮冷めやらぬまま今夜の天体観測を迎える。
「シ~はし◯ふきよ~」
そして月研の展望台での天体観測でとあるイベントが発生し……要は美空が大星に襲いかかるのだが、美空編のメインイベントは一週間先の話だ。今夜起きるのは、そのきっかけに過ぎない。
「さぁう~たい~ま~しょ────」
と、作中で朧がよく口ずさむドレミの歌のサイテーな替え歌を呑気に歌いながら人通りの少ない市街地の裏道を自転車で走っていると、見通しの悪い交差点から突然人影が現れた。
勿論、その人物……今、大星が攻略しているはずの美空の登場を予知していた俺は彼女を華麗に躱して、そして丁度良い具合にずっこけようとした──俺の計算は完璧だったはずなのだが、ここで一つ想定外の事態が起きていた。
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