レギー先輩編② アストラシーショック
「いって~」
自転車でわざとこけるのって大変だなぁと、軽く擦りむいてしまった膝やふくらはぎを擦りながら俺は、突然現れた美空の方を向く。
が──そこにいたのは美空ではなかった。
「いったた……」
ペタンと道路の上に座り込む、ライオンが描かれた白いTシャツに青いジーンズという格好の女性。金色のメッシュが入った短い黒髪、そしてその澄んだ青い瞳……ネブスペ2第一部のヒロインであるレギー先輩だ。
「れ、レギー先輩!? だだだ大丈夫ですか!?」
「あー、いや悪い悪い。ボーッとしながら歩いてたからさぁ……」
あれ? なんでレギー先輩がいるんです? 俺はここで美空に媚薬を盛って大星を襲わせないといけないんですけど? じゃないと美空バッドエンドを迎えて俺が死んでしまう可能性があるんですが!?
「どこかお怪我は? 立ち上がれます?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。お前の方こそ平気か? 何か急いでたみたいだけど」
「あぁ、望さんに届け物があって──」
道路の上に転がる自転車の方を見る。その側には、俺の体から飛んでいったショルダーバッグと、地面にぶちまけられたネブラスパイスがあった。もう小瓶は空っぽだ。
「……なんだこの強烈な匂い、七味か?」
「いや、これはネブラスパイスですよ。何か実験に使うみたいで」
すげぇ、俺の計算通り綺麗にネブラスパイスが地面にぶちまけられてる。でもネブラ人のレギー先輩が匂いを嗅いだとしても全く意味がないんだよこれ! だってレギー先輩のアストルギーじゃないもん! 美空編のイベントどうなっちゃうの!?
「ご、ごめん朧……そんな大事なもの……」
「いやいやいやいや、所詮ネブラスパイスですよ! そもそもこれを家に忘れてるズボラな望さんが悪いんですし、レギー先輩は気にしないでください!」
レギー先輩は道路の上にペタンと座り込んだまま、目に見えて落ち込んでいるようで途端に俺は申し訳ない気持ちになった。
だって言えないじゃん。美空のイベントを起こすためにわざとこんなことしたって言えないじゃん。しかも肝心の美空はいないし。
「ひとまず先輩、手をお貸ししますよ。汚れちゃうんで」
そう言いながら俺がレギー先輩の右手に触れた途端、先輩の体がビクンッと大きく震えた。
「ひゃあっ!」
レギー先輩が突然可愛らしい悲鳴を上げたため、俺は驚いて先輩の手を離した。なんかすげぇドキッとしたけど……こんなあざとい反応する人だったっけ、レギー先輩って。
「せ、先輩?」
レギー先輩は道路の上にペタンと座り込んだままで立ち上がろうとしない。見た感じ外傷は見えないが、もしかしてどこかの骨を、と俺が不安に感じていると先輩が口を開いた。
「そ、その、オレはだだだ大丈夫だから、な、ちょっと……なんか、ちょっと、落ち着かないんだ……」
そう言ってレギー先輩は俺から顔を背けてしまう。が、先輩は耳まで明らかに真っ赤になっていて、心なしか鼻息も荒くなっており、手で胸を抑えていた。
……烏夜朧が持つ優れた頭脳が無駄に働き、俺はこの状況を察することが出来た。
もしかして先輩、その……興奮してるんですか?
なんで?
ネブラ人達が持ってきた宇宙の食物で彼らがアストルギー反応を起こすことはない。確かに俺は美空ルートを進めるためにネブラスパイスをぶちまけたが、どうしてネブラ人のレギー先輩に効果てきめんなんだ? 確か設定だとレギー先輩のアストルギーって栗だったはずなんだけどなぁ。
と、俺が疑問に思っていると俺の携帯に着信があった。見ると望さんから電話のようで、俺は電話に出た。
『あ、朧ー? 今どこら辺?』
「まだ駅前近くだけど、ごめん望さん。ちょっとこけちゃって……ネブラスパイスを落としてしまったんだ』
それが原因でレギー先輩の様子がおかしくなってるんですけど、と聞こうとしたのだが先に望さんが言う。
『いやーごめんごめん、実は月研の食堂の七味の中に紛れててさー。だからもう大丈夫』
「え? じゃあ望さんの部屋にあったのは何なの?」
『それね、間違えて私が持って帰った食堂の七味かも』
成程。
多分ズボラな望さんは、実験に使う大切なネブラスパイスを持ったまま食事を摂るため月研の食堂に向かい、多分牛丼を注文し、テーブルの上に置いてあった七味をかけて、その時にネブラスパイスと七味が入れ替わり……つまり今、俺がここでぶちまけたのはネブラスパイスではなく、ただの七味唐辛子ということか。
紛らわし過ぎるだろぉ!!!!
『ってわけでー、また夜になったらおいでよ~』
と、望さんは一方的に電話を切った。
とどのつまり、レギー先輩は七味唐辛子の匂いを嗅いでしまい、それがたまたまレギー先輩の体にアストルギー反応を起こし……結果的に俺がレギー先輩に媚薬を持ってしまったということになったのか。
……どうすればいいの、俺。
「あの、先輩。大丈夫ですか?」
「う、うん……」
いや先輩、全然立ち上がろうとしないんだけど。俺もそんな薄情じゃないからこの場から先輩を置いて去るに去れないんだけど、すごい気まずい。
「れ、レギー先輩?」
「だ、大丈夫だ……オレは大丈夫だ……」
いや全然大丈夫じゃなさそうなんですけど。
まずい……レギー先輩って家族がいないから呼べないんだよな。一応レギー先輩の知り合いは知ってるけど、こんな姿を見せて良いものか……。
「な、なぁ朧?」
「はい、なんですか?」
「その……迷惑じゃなかったら、家まで送ってくれないか? ちょっと、落ち着かなくてだな……」
はい?
俺が、今の、媚薬を盛られて興奮状態にあるレギー先輩を家まで送って良いんですか?
今のレギー先輩を見てるだけでもすごいドキドキしてるんですけど、俺は性根がネガティブだからそのままバッドエンド直行の可能性だって考えてるんですが?
「先輩、自転車の荷台に乗れますか?」
「あ、あぁ……ごめん、手を貸してくれ」
しかし先輩の頼みを断るわけにもいかず、俺は先輩の手を引っ張って立ち上がらせた。それだけで先輩が「ひゃっ」とか反応するから俺の心臓が発作でも起こしてしまいそうだ。
俺が自転車を起こしてショルダーバッグを肩にかけると、先輩は俺から目を逸らしたまま荷台に座った。
「先輩の家って、駅から北の方ですよね?」
「あ、あぁ……踏切脇のコンビニまでとりあえず行ってくれ。そこからは案内するから……」
そしてレギー先輩は俺の体にしがみついてきた。意外と大胆に先輩は柔らかい体を俺の背中に密着させている。それだけでも俺のときめきが止まらないのに、先輩の荒い鼻息が俺の首筋に当たるのだ。
……何か俺まで変な気分になってきたが、俺は心の中で南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と念仏を一心で唱えながらレギー先輩の家まで向かった。
これが大事にならないよう祈って……。
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