乙女が残したもの
──ねぇ、朧。お星様は、どうして輝いてると思う?
──私はね、皆を繋ぐためだと思うんだ。
──ほら……あそこに輝く三つのお星様を繋ぐと春の大三角が出来るんだよ。
──それは昔の偉い人達が決めたことだけど、ここに大星君やみーちゃん、それに……朧を繋いでも良いんだよ。
──たくさん繋いでいけば、それだけ……私達が、強い絆で結ばれているように思えるんだ……。
---
--
-
封筒の中からまず出てきたのは、折り畳まれた紙だった。どうやら手紙のようで、開いてみると──こう書かれていた。
『お星様は、どうして輝いてると思う?』
それだけだ。
誰かへの宛名もなく。別れの挨拶もなく。追伸もなく……俺はその謎の一言に戸惑ったが、すぐに気づいた。
「あぁ……そういうことか。ヒロイン達の個別ルートで聞くやつか、これ」
ヒロイン達の個別ルートに入ると、どこかのタイミングで、大体は夜に天体観測をしている時だが、ヒロイン達が主人公に同じ質問をするのだ。そして、ヒロイン達は自分なりの答えを口にする。
例えば美空なら『皆を守るため』、スピカなら『美しくあるため』、ムギなら『夜を明るくするため』、レギー先輩なら『ここにいると伝えるため』……すげぇ、俺ネブスペ2のヒロイン全員分覚えてるかも。
だが乙女の答えは思い出せない。いや、そもそもネブスペ2で乙女は攻略可能なヒロインではない。しかし──。
──私はね、皆を繋ぐためだと思うんだ。
前世でネブスペ2をプレイした俺の記憶にはないが、乙女と幼馴染だった烏夜朧の想い出の中で、乙女はそう答えていた。
ネブスペ2は宇宙をモチーフにした作品であるため、天体や宇宙に関する用語が度々登場する。登場人物の名前もそうで、第一部の主人公である箒木大星は彗星の和名である『箒星』から、美空の名字である犬飼はアルタイルの和名『犬飼星』、スピカはおとめ座の一等星『スピカ』、ムギはうしかい座の一等星アークトゥルスの和名『麦星』、レギー先輩はしし座の恒星である『レギュラス』、『デネボラ』がモチーフになっている。
乙女はその名の通りおとめ座がモチーフで、おとめ座の一等星スピカ、うしかい座の一等星アークトゥルス(麦星)、しし座の二等星デネボラ(あるいは一等星レギュラス)を繋いで春の大三角と呼ばれるアステリズムを形成する。
「皆を繋ぐため、か……」
乙女は親友達との絆を、星と星を繋いだ星座に例えていた。春の大三角に含まれない大星や美空も含めた俺達の仲良しグループは、いわば乙女が作り上げた星座だったのだ。
「要のお前がいなくなっちゃ、元も子もないだろうに……」
乙女が抜けたとしても、俺達の絆はそう簡単に崩れはしないはずだ。しかし、やはり乙女が抜けた穴は大きい。現に俺も、未だに乙女の転校によるショックを引きずったままだ。
どうして……こんなにも寂しいのだろう?
そして、開ける前から気になっていた封筒の膨らみ。雑貨か何だろうか、固いものが入っているのだが……何かと思って封筒をトントンと揺すって取り出した。
「これは……!?」
出てきたのは、金色のイルカのペンダント。
美空やスピカ、ムギ、レギー先輩、そして乙女が八年前に誰かから貰ったという謎のアクセサリーだ。
俺はペンダントを手のひらに乗せて、それを観察した。こうして間近で見るのは初めてだ。少し塗装が剥がれているが、今もイルカは金色に輝いている。
「……どうしてこれを、俺に?」
ネブスペ2の登場人物達がこれを今も大事にしているのは、八年前のほんの短い夏を彩った想い出を輝かせるため、そして……人と人とを繋ぐという言い伝えを持つこのペンダントにすがって生きているからだ。
それは恋愛だけでなく、友人関係においてもだ。俺もペンダントを持っている美空、スピカ、ムギ、レギー先輩、乙女を見て、何だかお揃いで良いなぁと少しだけ羨ましがったこともある。大星とお揃いのアクセサリーが欲しいかと聞かれれば、そうでもないが。
これは、乙女達の友情、絆を表すものだったはずだ。どうしてそれを俺に授けたのか──そう疑問に思っていると、空だと思っていた封筒の中からもう一枚手紙が出てきた。
『このペンダントは、もう私には必要ないからあげる』
……それは乙女の固く、悲しい決意の現れだと俺は受け取った。
乙女は美空やスピカ達との絆を断ち切る、という決意をしたからペンダントを俺に寄越してきたのだ。
俺に代わりになれ、と?
無理だ。俺は乙女の代わりになんてなれないよ。
烏夜朧。お前ならどうする。乙女の分も頑張るのか? 乙女がいなくても頑張れるのか?
「……いいや」
俺は金色のイルカのペンダントを封筒の中に戻した。手紙も一緒に。
「これは、君が持っているべきなんだよ。乙女……君の絆を途絶えさせはしない」
君の覚悟は素晴らしいものだと僕は思うよ、乙女。
でも……美空やスピカ達に断りも入れずに、この絆を捨てようとしないでくれ。
だから僕は、絶対にこれを乙女に返す。
君が大星のことが好きだと言うなら。
前世でネブスペ2を完全攻略した俺が、あらゆる手段を講じて最押しの恋を実らせてやろうじゃないか。
突然、机の上に置いていた携帯の着信音が鳴り響いた。ネブスペ2の作中でもよく聞いた劇中歌のメロディーだ。
発信元は、帚木大星。
「はーいもしもーし。わざわざ電話なんてどうしたんだい? まさか美空ちゃんやスピカちゃん達じゃ飽き足らず、とうとう野郎までその毒牙にかけようって魂胆?」
『生憎、俺は野郎に興味が無いのでな』
それは残念。第二部の主人公はショタ好きという変な趣味を持っているのに。
とまぁ、四方山話はここまでだ。多少の簡単な相談ならLIMEで済むのに、わざわざ電話をかけてきたのは……その用件は想像に容易い。
「あぁ、もしかして美空ちゃんと何かあったの? 例えば美空ちゃんに告白されたけど答えをはぐらかしちゃって微妙な雰囲気になってたり? いつも通りに振る舞おうとしても、どんな顔をしてどんな言葉をかけて良いかチンプンカンプンって感じになってたり? でも一方の美空ちゃんも明るく振る舞ってるけど微妙にぎこちなかったり? 途方に暮れて恋愛マスターのこの僕にやむなく相談するしかなかったり?」
『お前は超能力者か?』
このタイミングだ。
今日の夕方、慰霊塔の前で大星と美空の会話を聞いたが、美空の告白を半ば断ってしまった大星は早速美空とぎこちない関係になっている。
大星と美空は一つ屋根の下で生活しているため、家にいればほぼ強制的に顔を合わせることになる。きっと美空は着丈に振る舞っていることだろう……作中でも、そんな美空に対し大星はどこかぎこちなく接していた。
それに困り果てた大星は、俺、烏夜朧に相談してくるのである。確かに作中でも何故か朧には大星と美空の恋愛事情が筒抜けだったが、もしかして朧もあの森で覗き見してたのかな。
「美空ちゃんみたいなこの世の奇跡のような美少女に想いをぶつけられて、それを弾き返せるのは大星ぐらいだろうねぇ。
まぁ事情は大方お察しするよ。今、大星の心中が複雑なのはわかる……その原因が僕の幼馴染にあるってのが、申し訳ないけどね」
『それはお前が謝ることじゃない。それに乙女だって……乙女自身に罪はないし、あの先生は無実だと俺は信じてるさ』
「じゃあどうして断ったんだい?」
大星からの返答はない。
何を迷う必要があるのか、傍から見ればあんな美少女と結ばれるチャンスがすぐそこにあるっていうのに贅沢な悩みを抱えているように見えるだろう、この消極的主人公は。
大星とて鈍感ではなく、美空からの好意に気づいていないことはない。大星自身も美空に対して少なからず特別な感情を抱いている。断る理由などどこにあろうか?
『……俺はただ、考える時間が欲しかったんだ』
大星は多くのことを経験し過ぎていた。特にここ最近は……体育祭まで平穏、いや今の学校生活に幸せを感じ始めていた時に、突然として蘇った八年前のビッグバン事件の記憶。
親友の父親が、仲の良かった学校の先生がその犯人かもしれない……そう信じたくはないが、拭いきれない不安がある。今の交友関係が何かをきっかけに一気に崩壊して再び孤独になるかもしれないという恐怖もだるだろう。
何より、あの事件のことを忘れようとしていた大星は、それを思い出しただけで憔悴しきっているのだ。
『俺は日頃から美空の気持ちに気づいていたつもりだった。でもそれをいざ言葉にされると……勢いで答えられるほど俺は子どもじゃないし、瞬時に、冷静に判断して答えられるほど大人でもない』
考えすぎだ。あと一歩を踏み出すだけなのに、大星は前に進むことが出来ずにいる。
まぁ、俺も人のことを言えた義理じゃないが。
「難しいことを考えるね、大星は。君は美空ちゃんのことが好きなの? 嫌いなの?」
大星視点で朧からこの質問をされた時、『……(何も答えない)』と『まだ決められない』という選択肢が出てくる。正解は前者で、後者を選ぶとバッドエンド直行で即座に大星……ではなく烏夜朧が、つまり俺が美空に殺される。なんで?
大星がどう出るかと様子をうかがっていたが、何の反応もなかったため「まだ決められない」というバッドエンド直行の恐ろしい答えが出てくる前に俺が先手を打つ。
「まぁ、それは僕が知ったところでどうしようもないけどね。僕は大星が誰を選ぼうが構わないけど、美空ちゃんのことは応援していたんだ。
君を……昔からずっと側で支え続けてきたことを知っているからね」
美空の大星への献身っぷりは半ば病的と言える程だ。もう幼馴染系ヒロインとして完璧。それが悪い方向に働かなければ良いんだけど。
大星自身も美空に感謝している。大星は中々の恥ずかしがり屋で素直に感謝の言葉を美空に伝えられないが、美空が献身的過ぎるが故に負い目を感じている部分もあるのだ。自分の存在が美空の自由を奪っているのではないか、と。作中での大星視点で彼の心情はそう表現されている。
「大星、君が美空ちゃんの自由を奪っていると思っているのならその考えは改めた方が良い。美空ちゃんは……あの日から、君の幸せだけを願って生きているんだ。
あんな幸せそうな表情で惚気話を垂れ流す美空ちゃんが、大星以外を好きになるとは思えないね」
今頃大星の頭の中には、美空とのイベントCGが何枚も映っていることだろう。大半は美空が宇宙生物に襲われてエロい感じになっているCGだけども……お前これだけ攻略フラグ建てといて折るんじゃないぞ?
「まぁ、すぐに答えを出す必要はないよ。僕が急かしたってしょうがないからね。
ただ一つ助言するとすれば……大星は今までの人生の中で、色んな人に対して感謝しているはず。勿論、美空ちゃんに対してもね。せめて、その感謝の気持ちだけは素直に伝えてやりなよ」
と、俺はここまで作中での烏夜朧のセリフを完コピしているだけであった。そんな正確には覚えていないけど、スラスラとセリフを言えるのはやはり大いなる力的なものが働いているのか。
『なぁ、朧』
「なんだい?」
『こっちが相談している身なのにこんなことを言うのもなんだが、お前がそんな真面目なことを言っているの、なんだか気持ち悪いな』
「え? 酷くない?」
それ、俺が転生してからムギとスピカにも言われたぞ。朧ってそんなふざけた奴だと思われてるの? こっちはちゃんと真面目に相談にのってあげてるのに、それはそれで心外なんだけど?
それはさておき、大星も少しは元気を取り戻したようだ。作中ではこの後他愛もない話をして時間を潰すところなのだが……。
「なぁ、大星」
これまで概ね烏夜朧というキャラになりきって生きている(つもりの)俺は、作中の彼とは違う行動を起こした。
「さっき、僕は美空ちゃんのことを応援していると言ったけど……僕が応援しているのは美空ちゃんだけじゃない。
スピカちゃんにムギちゃんにレギー先輩に……乙女もなんだよ」
作中にこんな展開はない。だが……このまま黙って、大星の物語が進んでいくのを見ているわけにはいかないのだ。
俺が願うのは、ネブスペ2の登場人物全員の幸せ。その中には勿論、朧の幼馴染であり、俺が前世から大好きだった最押しの乙女も含まれている。
「君を想う人間の中に、乙女がいたことも忘れないであげてほしい」
乙女を好きになってくれとは言えない。そういう風に根回しすることも出来ない。だってもう乙女は手に届くところにいないんだから。
『……お前は、意外と幼馴染思いなんだな』
「一体どの口が言えるのかね、大星君は」
今はこれだけでいい。大星の青春の一ページに乙女の存在が前向きに刻み込まれたらいい。
だが……俺は諦めないぞ、乙女。俺が、乙女をネブスペ2のヒロインにするのだ。
俺は椅子から立ち上がり、ベランダのガラス窓を開いた。無数の星々が輝く夜空には天の川がかかっている。
「なぁ、大星」
大星は夜空を見ることが少ない。だが見てほしい、見上げてほしい……願わくば、乙女と一緒に。
「お星様は、どうして輝いてると思う?」
ネブスペ2で、全ヒロインが朧に投げかける質問。作中で朧と、乙女が言うことはなかったセリフだ。
「僕はね……皆を繋ぐためだと思うよ」
もう六月だが、この美しい夜空の南西の方角には、しし座のレギュラスとデネボラ、うしかい座のアークトゥルス、おとめ座のスピカが輝いていた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます