コスプレ博士



 月ノ宮町の面積の殆どを占める月ノ宮宇宙研究所、通称月研つきけんは、役割こそ現実の国立天文台とほぼ同じだが、本来は政府が日本人とネブラ人の文化交流のために開設された複数の施設の一つで、ネブラ人の学者らと進める天文学の研究なども文化交流の一環とされている。


 立ち位置的には天文学を研究する国立天文学研究所(国立天文台のネブスペ2での名称)が保有する施設の一つなのだが、敷地内には日本の宇宙開発を担うNASXAナスクサ(現実で言うJA◯A。各方面に気を遣ったのか、J◯XAとNA◯DAが悪魔合体した)や国立大学も研究拠点を置いている。


 「あ、のぞみんだ。ちゃーっす」

 「はーいお疲れお疲れー」


 本部棟の廊下で白衣姿の研究員らしき女性とすれ違う。目の色から察するにネブラ人の学者だろう。

 やはり遥か彼方の宇宙から地球まで辿り着く宇宙船の建造技術や深宇宙の観測技術など、地球人より優れた腕を持つネブラ人の技術者や学者達は世界中の研究機関から引っ張りだこで、月研にも多くの天文学者が集まっている。


 「のぞみーん。さっき南米の方の天文台からメール来てたからチェックよろー」

 「うん。お疲れお疲れー」


 月研には各研究室が入る本部棟(研究棟)、各種実験を行う実験棟、天体望遠鏡が設置された観測棟など複数の建物が連なっており、月研の所長である望さん個人の研究室は本部棟最上階である五階にある。


 「のぞみん所長、職員食堂にケーキバイキングを追加して欲しいという強い要望が集まっているのですが……」

 「まぁ採用しても良いんじゃないかなー。お疲れお疲れー」


 ……。

 ……のぞみん?


 「あの、望さん?」

 「どしたの」

 「のぞみんって呼ばれてるの?」

 「うん、そだよ」


 何かあまり上司らしくない呼び名だけど、まぁ愛称で呼ばれてるぐらい慕われてるって前向きに捉えたらいいのかな。まぁ望さんって若いし……いや、若いけど一応世界的に有名なすごい天文学者のはずなんだよな、この人。


 「にしても、相変わらず広いね月研って」

 「そりゃー、結構世界中から色んな学者がわざわざ来るぐらいだからねー。別にこれといった実験器具があるわけじゃないんだけど、まぁ殆どネブラ人目当てでしょ」


 そして本部棟の五階まで上がると……四階まで綺麗に清掃されていたはずなのに、急に廊下に大量の段ボール箱が所狭しと積み上がっていた。引っ越し直後とか文化祭の準備前でもこんなに散らからないぞ。


 「あの、のぞみん所長?」

 「次その名前で呼んだらダークマターね」

 「……望さん、片付けぐらい手伝ってもらったら?」

 「やだ。私のものを勝手に動かしてほしくないもん」


 わがままな人だ。ネブスペ2をプレイしていた時にも主人公達が望さんの研究室を訪れた際にありえないぐらい散らかった廊下と部屋が背景に映るのだが、そのまんまの光景である。


 積み重なったダンボールに埋め尽くされた廊下を進んでいくと、望さんの研究室に辿り着いた。

 中に入ると、研究室の壁際には分厚い本がびっしりと詰まった本棚が並び、おそらく客人をもてなすためのソファの上には無造作に研究資料が積まれて座るスペースもなく、そして部屋の中央に置かれた望さんの机の上は、辛うじて本を広げるためのスペースが残っている。

 ……なんか、大地震とか空爆に遭ったのかって思うぐらいの散らかりようだ。


 「いやー、朧がここに来るのって久々ね」

 「用が無いなら来たくないよ、こんなところ」

 「まぁまぁ。今回は大事なもの受け取りに来たんでしょうが」


 望さんはズカズカと床一面に散らばるファイルや段ボール箱を避けながら自分の机へと向かい、立派なチェアに腰掛けた。


 「それで……乙女から預かったものはどこに?」

 

 俺がそう聞くと、望さんは机の周りをキョロキョロと見渡し、積み重なったファイルや本をどかして探し出した。

 しかし一時経っても、望さんはガサゴソと自分の机の周囲の資料を漁っているだけだった。


 「あの、望さん?」

 「ごめん朧、どこにあると思う?」

 「……まさか、失くしたんですか?」

 「いやいや、そんなことないって。今思い出すから」


 うん。絶対失くしてる人の言い草じゃん。

 え? こんなにとっ散らかった部屋の中から探せっての?


 「……多分ね、この部屋のどこかだと思う。だから朧も探して」

 

 てへっ☆と望さんは自分の頭を軽く小突いた。


 ……いや、俺の幼馴染から預かった代物をそんな簡単に失くさないでくれよ!?

 と憤ってもしょうがないため、俺は望さんと一緒にとっ散らかった研究室の中を漁る。一、二週間前に乙女はこの研究室まで来たらしいから、望さんは預かってすぐテキトーな場所に置いたはずだ。だから本やダンボールの下敷きになってはいないはず……と信じたい。


 「あ、前にパロマーから送られてきてたデータ、ここにあるじゃーん。あ、探査機の観測データも!」


 何か望さんは自分の失くした物を次々に見つけているようだが、乙女から預かったという封筒は一向に見つからない。俺は望さんがテキトーにポンッと置きそうな場所をしらみつぶしに探したが、本当にどこに置いたんだよ!?


 この部屋にある、という確証があってもこんなに散らかっていては骨が折れる。しかも、仮に望さんがこの部屋に保管していなかったら……そう思うだけでもう全身の骨が粉々になってしまいそうだ。

 とはいえ俺は粉骨砕身するしかない。その封筒に、もしかしたら何か重要なことが……俺はどうして、こんなにも必死になっているのだろう?



 少しずつ部屋を掃除しながら探すも、封筒らしき品物は見つからない。望さんに至っては何かの観測データに目を輝かさせていて探すのもやめていたが。

 これはダンボールの中も探すしかないかと観念した俺は、テキトーに目についたダンボール箱の蓋を開いた。


 「……な、なんだこれ?」

 

 俺はダンボールの中に入っていたものを取り出した。

 うん、どう見てもビニールに包まれた……新品同様のセーラー服だ。ブレザーの月ノ宮学園とは違う、紺色の冬服だ。


 「あ、やべっ」


 俺がそれを取り出したことに気づいた望さんは慌てて俺の方へ駆け出そうとしていたが、自分が散らかした研究室の中を思うように進むことが出来ずに、俺はその間にダンボールの中のものを次々に取り出していた。


 「夏服のセーラー服に、ナース服、CAに軍服に……」

 「ちょちょっ、朧! ストップ! ストーップ!」

 「こっちの箱にはメイド服に巫女服に婦警の制服まで!?」

 「朧ー!」


 俺は望さんに後ろから分厚いファイルで頭を叩かれた。いって~っと頭を擦りながら後ろを振り返ると、望さんは珍しく恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。


 「あの、望さん。これはいったい……」


 まぁわざわざ聞かずとも何のためのものか、前世でその文化に触れてきた俺はすぐわかるが……望さんはまごまごと明らかに狼狽えながら、俺から目線を逸らして話し始めた。


 「い、いや~私も知らないかな~それが何なのか~。べ、別に私は~こ、コスプレとか~そういうのやってるわけじゃなななないし~?」


 まぁ可愛いからもう少し眺めとくか。


 「あ、ほら、私の研究室って世界中から色んなものが届くからさ、どっかでミスが起きて、どっかのコスプレイヤーの荷物が混ざっちゃったのかも~? もしくはウチの職員の誰かの私物かも~?」


 望さん。どんだけ誤魔化しても無駄です。いや誤魔化すの下手か。

 前世でネブスペ2をプレイしていた俺は知っている。望さんの趣味はコスプレだ。作中でもこの研究室を訪れた主人公やヒロインが謎のコスプレグッズを見つけて、望さんが慌てるイベントが何回も発生する。


 終いには開き直って、月ノ宮学園の制服を着て文化祭にやって来るというイベントがある。ちなみにしれっとスピカとムギの母親であるテミスさんとかも娘の制服を着てやって来る。まぁエロゲに出てくる母親キャラって見た目がありえないぐらい若いから、似合いすぎてて逆に怖いってぐらいだ……望さんもコスプレは似合うだろうが、身内の大人が学生のコスプレをしているのを見るのは少し複雑かもしれない。


 「望さん。僕は望さんを応援してますんで」

 「せんでいい、早くしまいなさい。後でAクラスの記憶処理しとくから」

 「どこの財団の話だよ」


 と、望さんの隠された趣味が明らかになったタイミングで、研究室のドアをコンコンとノックする音が聞こえた。望さんが「どうぞー」と答えると、白衣姿の男性がドアを開いた。

 男性はメガネをかけた白髪交じりの老紳士っぽい高貴な雰囲気で、手にジュラルミンケースを握っていた。


 「のぞみん所長に……あぁ、やっぱり朧君だね。ようこそ、月ノ宮研究所へ」


 あ。

 俺、この人知ってる。

 いや、烏夜朧としても会ったことはあるはずだが……ネブスペ2をプレイしてた時に出てた人だ!


 「と、トニーさん……?」

 「やっほートニーちゃん。お疲れお疲れー」


 この老紳士の名前はアントニオ・シャルロワ。月研に勤めるネブラ人の天文学者、そして副所長である。

 ネブラ人は数十年前に宇宙船で地球へやって来たのだが、スピカやムギ、レギー先輩、さらにはテミスさんなども、ネブラ人が地球に移民してから生まれた世代だ。

 しかしトニーさんは、宇宙船に元々乗っていた世代の人である。一応還暦手前ぐらいのはずだが。


 「いやぁ、すまないねぇ。いつものぞみん所長に口を酸っぱくして部屋を片付けるように言っているんだけど、中々言うことを聞いてくれないんだよ」

 「だって私の方が上司だもーん」

 

 ていうかこの人も望さんのことをのぞみんって呼んでるのかよ。いや確かに作中でも呼んでた気がするけど。

 すげぇ……本物だ。こんなイケオジっぽい人なのに、作中での扱いがあれだからあまり関わりたくないな……。


 「で、どうしたのトニーちゃん。何かあった?」

 「いや所長、前に言っていたでしょう? 朧君にこれを渡してくれって」

 

 するとトニーさんは望さんの机の上にジュラルミンケースを置くとケースを開いた。中には色々な書類が入っているようだったが……その一番上に、輝く星空のイラストが施された小さな封筒が入っていた。

 それを見た望さんは「あぁっ」と声を上げて言う。


 「それだ、乙女ちゃんから預かったやつ」

 「え、なんでトニーさんが?」

 「ほら、のぞみん所長ってすぐ物を失くすでしょう? だから所長はそれを乙女さんから貰った時に私に預けて、近々朧君を呼ぶからその時に渡してくれ、と。まぁ、所長は私に預けたこともお忘れのようですがね」


 望さんはてへっ☆とまた自分の頭を軽く小突いていた。

 ……よく出来た部下を持ってよかったね、望さん。


 俺はトニーさんからその封筒を受け取った。多分手紙と……雑貨か何かが入っているのか、少し膨らみがある。

 その場では封筒を開かずに、俺はそれを持って研究所を出た。望さん達の前で開けるのは少し恥ずかしかったし、あんな汚い場所だと雰囲気もへったくれもない。


 ……乙女は一体、烏夜朧に何を伝えようとしたのだろう?

 俺はソワソワしながら海岸通りを駆け、家へと急いだ。


 

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