お願いだから上手くいってほしい二人



 海岸沿いに建つ月ノ宮宇宙研究所から国道と線路を跨ぐ歩道橋を渡ると月見山への登山道の入口があり、その先に天体望遠鏡や展望台がある。

 展望台からは月ノ宮町だけでなく隣町である葉室市の市街地や太平洋を望むことが出来る絶景スポットだ。


 少し山道を登らないといけないがそれ程体力が必要なわけではなく、青々とした木々の間を抜けると落下防止の柵に囲まれた広い展望台に辿り着く。小さなトイレや小さな望遠鏡が設置されているだけの寂しい場所だが、月ノ宮随一の天体観測スポットとして人気の場所である。


 「大星のバカヤロー!」


 穏やかな太平洋に向かって美空の叫び声が響く。


 「私が今までどんだけ好きだったと思ってるのよー!」


 側にいるだけで耳が痛むぐらい美空の心の叫びが響いてくる。


 「バーカバーカ! 大星のど◯てーい!」


 それは可哀想だからやめてやれ。近いうちに卒業するんだし。


 「絶対夢中にさせてやるんだからー!」

 「もっと言ってやれー」


 いや望さん、何でしれっと混ざってるんだよ。


 「私のことを好きになってくれるまでとことんアピールしてやるんだからー! 私の部屋に閉じ込めて延々と私の愛を聞かせてやるんだからー!」


 ちょっとお前のバッドエンドを醸し出すのやめろ。何故か俺が死ぬことになるんだから。


 「ふぅ……何言ってるんだろ私」


 なんで急に賢者タイム入ったんだよ。


 「あ~あ。私、大星に振られちゃった」


 柵にもたれかかり、海を眺めながら美空は言った。海風に揺れる長い青髪、爽やかな笑顔──とても失恋したようには見えない雰囲気だ。散々叫んで少しは気分が晴れたのだろうか。


 「やっぱり私、大星に嫌われちゃったのかな。いつも些細なことで喧嘩ばっかりしているし……あのときも、大星を助けてあげられなかったし……」


 大星と美空は幼い頃からの付き合いだが、八年前のビッグバン事件で大星は両親を失ったため、今は犬飼家に、美空の両親が経営するペンションに居候させてもらっている。

 エロゲじゃ主人公がヒロインと一つ屋根の下で生活していることは珍しくない。まぁご都合主義みたいなものだが、それも諸事情あってのことだ。


 「いや、それは違うよ美空ちゃん」


 俺は美空の隣で軽く笑いながら言う。


 「大星は今、身の回りで色々なことが立て続けに起きているから心の整理が出来ていないだけだよ。時にはじっくりと考える時間も必要さ。

  美空ちゃんは今まで通り、大星の側にいて助けてやれば良い。大星を一人にさせちゃいけない」


 うん。

 良いこと言ったぞ、俺。多分。作中の朧でもこう言ってるはず。


 「なんか差し障りなさそうなつまらないことを言うわね、朧」


 しかし美空の反対側に立つ望さんからの言葉が俺の胸に刺さる。まぁ、俺もそう思わないことはない。


 「確かに、大星君の気持ちはわからないでもない。でもいつまでもウジウジして逃げてばっかりじゃ何も変わらないでしょ。だから発破をかけてやるべきよ」

 「例えば、どんな風に?」

 「夜這いとか」


 いや、発想がぶっ飛びすぎだろ。


 「そそそそんなこと、いくらなんでも出来るわけないでしょっ!?」


 と、顔を赤らめて慌てる美空も可愛い。まぁ手段は別として、大星も美空も奥手なところはあるから発破をかけるってのは確かに必要だと俺も思う。流石に夜這いはどうかと思うけど。


 「それにさ、朧っちの言ういつも通りって例えばどんなことなの?」

 「え? そりゃもう、ねぼすけの大星を甲斐甲斐しく起こしてやったり、毎食美味しいご飯を作ってあげたり、大星の部屋をピカピカに掃除してあげたり、夜のお世話も──ごふぅっ」


 つい流れで下世話なことを言いそうになった俺の首に、美空を挟んで向こうにいたはずの望さんの容赦ないチョップが飛んでくる。アンタの方がよっぽど下世話なこと言ってただろ。


 「さ、流石にそんなことはしてないよ!?」

 「でもアリだとは思う」

 「望さん!?」

 「大星君だって男なんだし、美空ちゃんが体で迫ったらイチコロよ」


 すげぇ。エロゲ世界ってこんな倫理観メチャクチャなことがまかり通るのか。


 「例えば、大事な話があるって大星君を満月の夜にここに呼び出すでしょ?」

 「うん」

 「そこであらかじめ大星君に媚薬でも仕込んどけば、あとは力づくで押し倒しておっ始めるだけよ」

 

 ダメだ、この人と一緒にいると健全な青少年が育成されないぞ。

 ちなみにだが、この展望台はネブスペ2によく登場する場所で、何なら全主人公とヒロイン達が訪れる場所だ。ここで告白したり振られたり、何なら渦中の大星と美空は本当にここで行為に至ることだってある。


 「ほら、ここの展望台で告白すると絶対に成功するって伝説もあるでしょ」

 「それって月ノ宮神社の裏山の話じゃないっけ?」

 「ううん、どっちもだよ。私、大星をここまで無理やり引っ張ってくればよかったのかなぁ」


 美空ルートが順調に進んでいれば、確か来週ぐらいに美空がこの展望台で大星に告白して正式に交際を始めることになる。順調に行ってくれたらの話だが。


 「流石に無理やり大星を襲うってのは良くないよ。でも、確かに大星にはパートナーが必要だろうね」

 「そうね。あんなにウジウジしている人間が一人で生きていけるわけないもの。だから美空ちゃん、アンタも腹を括りなさい」

 「え、えぇ……?」


 うん。美空、君は相談相手を間違えたと思う。

 しかし、美空ルートでは慰霊塔前でのイベントをきっかけに大星に対してやや消極的になってしまった美空の背中を朧やレギー先輩、スピカにムギがドンッと叩いてやり、彼女達の恋が成就するように応援するのである。

 美空にとっても大星は必要な存在だが、大星にとっても美空は必要な存在なのだ。


 

 俺の隣で美空は何やら考え事をしながら海を眺めているようだったが、時折急に顔を沸騰したように赤らめては首を横にブンブン振っているのを見るに、大星とのそういう行為を想像しているらしい。

 再び海風が吹くと、それで落ち着きを取り戻したのか美空は息を整えて口を開いた。


 「大星ってさ、私のことどう思ってるんだろ」

 「幼馴染」

 「それだけ?」

 「同居人ね」

 「他には?」

 「……メイド」

 「大星がそう答えたら引っ叩くかも」


 ちなみに、作中でも同じ選択肢がある。その時は美空が大星に直接聞くのだが、『幼馴染』、『同居人』、『メイド』、そして『家族』という選択肢が与えられる。一応正解は幼馴染と家族の二つなのだが、家族の方を選ぶと後々厄介なことになるフラグが立つため、幼馴染と答える方が無難である。

 ちなみに大星がメイドと答えると本当に引っ叩かれるし、簡単なはずの美空ルートでバッドエンドへ直行してしまう選択肢である。


 「僕の目から見るに、大星は美空ちゃんのことを特別だと思ってるはずだよ。大星はさ、中々の頑固者で意地っ張りだからあまり本心を言わないけど……それを美空ちゃんには包み隠さず言うってことは、信頼されている証なんじゃないかな」


 しかしまぁ、大星が八方美人なせいで美空はこうして不安を抱えているわけだ。態度をはっきりさせない大星も大星だが、彼もあえて美空を恋愛対象から外してきたのだ。大星は、彼の境遇を哀れんだ美空が自分に対して気を遣っているのだと考えているからだ。

 と、俺は美空をフォローしたつもりだったのだが、納得いかないという表情で美空は俺の方を向いた。


 「じゃあさ、朧っち。改めて聞くけど、朧っちはおとちゃんのことどう思ってるの?」

 

 どうしてまたそんなわかりきった質問を、と俺は不思議に思ったが、いつものように答える。


 「何度も言ってるでしょ? 僕は別に乙女のことは好きじゃないよ」


 ただの幼馴染さ、と付け加えようとしたところで先に美空が口を開いた。


 「じゃあさ、大星が私に対してそう思っていたら……」


 朧と乙女は昔からの付き合いで、今更特別な感情なんて生まれないと思っていた。朧が夢見るハーレムの中に乙女はいなくて、そして……乙女も別の人間に恋をしていたのだ。


 「今のは失言だったわね、バカおぼろ」

 

 いや、俺だって頑張って気の利いたこと言おうとしてるんだよ。多分烏夜朧だったら完璧なフォローを入れてただろうけど、例え朧の頭脳を手に入れていても俺の思考はバカなんだよ!


 「大星にとって、私が特別じゃなかったら……」


 大星と美空も幼い頃からの付き合いで、今は訳あって一つ屋根の下で生活している。もし大星も俺と同じようなスタンスだったらと、美空は不安に感じているわけだ。大星の周りには美空に負けず劣らずの美少女達が集まってるからね……流石エロゲ主人公なだけはあるよ。


 「違うよ、美空ちゃん」


 美空の核心を突いた言葉に俺は結構動揺していたが、平静を装って否定する。


 「僕はね、確かに乙女と幼馴染だったさ。長い付き合いだった。でも……僕達はお互いに、別の方向を向いていることを知っていた。お互いが好いている人間が違うってことをね。

  確かに美空ちゃん達からすれば僕と乙女は仲良く見えていたかもしれないけど、どこかに……越えないようにしていたラインがあったんだよ」


 乙女は転校の話も直前まで相談すらしてくれなかった。どれだけ急な話だったとしても、転校の話自体は乙女が月ノ宮を去る前日の体育祭、それよりも前からあったはずだ。

 乙女の中で整理ができていなかったのかもしれないが、それでも……彼女が抱える悩みを共有してくれなかったのは少しショックだった。まぁ、最後にお別れの挨拶はしてくれたけど。


 「確かに大星もガードは固い。美空ちゃんと一緒に生活していながら今まで一切手を出してないだなんて信じられないからね。

  でも美空ちゃんは大星を救うことが出来る。ずっと大星の側にいて、その境遇を知っていて、愚かに思えるほど善良な性格の大星のことを大切に思ってるんだろう? なら、今の大星がどうして苦しんでいるのかもわかるはずさ」


 今の大星の苦悩は、朧の幼馴染である乙女が原因の一つとなっているという事実が心苦しい。俺がもう少し転生したことに早く気づいて、前世の記憶を取り戻していれば……大星や美空も、そして乙女も助けられたかもしれないのに。

 俺の隣で美空は難しそうな表情をしていたが、俺の顔を見ると途端に笑いだしていた。


 「なんか、朧っちっていつもふざけてるのに、こういう時は真面目になるんだね」


 なんかすげぇ酷いこと言われた。


 「そりゃ、真面目な相談をされてるからね」

 「でもありがと。そうだよね……まだ諦めちゃダメだね」


 俺はどうなるかと内心怖くてしょうがなかったが、どうにか美空の相談にのることが出来たようだ。ミッションコンプリートだぜ。

 作中にないシリアスなイベントが起きると、一歩間違えると取り返しがつかないことになるんじゃないかと不安になってしまう。なぜならバッドエンドを迎えるともれなく俺は死んでしまうからだ。


 美空が少し自信を取り戻して前を向こうとしたところで、望さんが口を開く。


 「美空、青春は当たって砕けてなんぼのもんよ。何かの間違いで大星君に胸でも触らせてやればイチコロよ」

 「あの……私の、そんなに大きくないんですけど……」

 「大丈夫よ、揉ませてりゃ勝手に大きくなるから」

 「あの、僕の目の前で下世話な話やめてもらえる?」

 

 ダメだ、一番大人のはずの望さんが完全にギャグ要員になってる。そもそも恋愛未経験のはずの望さんが何のアドバイス出来るんだよ。まぁ朧や前世の俺だって正式にお付き合いした相手はいないわけだけども。


 と、話が一段落して展望台から帰ろうとした時──。


 「ひゃっ!?」


 と、美空が可愛い悲鳴を上げた。何かと思って美空の足元を見ると──スライム状の物体が彼女の足に纏わりついていた。


 「スラァァー!」

 「あ、ネブラスライムね、これ」


 ね、ねぶらすらいむ? ねぶらすらいむ……ネブラスライム!?


 「スーラスーラ~」

 「ひゃああああーっ!?」


 美空は一瞬でスライム状の生物に拘束され、必死に解こうとするもヌメヌメして滑るだけであった。

 

 説明しよう!ネブラスライムとはネブスペ2に登場するその名の通りスライム状の生物で、体から分泌する体液には衣服を溶かし、相手の性感帯を刺激するというエロゲに都合が良すぎる生態を持っているのだ!

 元々ネブラ人が宇宙船で連れてきた宇宙生物で現在は月ノ宮宇宙研究所で飼育されており、多分脱走してきたのだろう。


 「ちょ、望さん!? どうしてネブラスライムがこんなところに!?」

 「あー、あれかも。ウチの研究所で飼ってるのが何か逃げ出しちゃったのかもねー」

 「かももアヒルもないでしょ! このっ、美空ちゃんを離せー!」


 美空を性的に襲う気マンマンのネブラスライムに俺は掴みかかったが、ネブラスライムは腕のような造形物を生み出して俺をバシンッと力強く叩いた。


 「スラァッ!」

 「ぐふぅっ!?」

 「無駄ね。宇宙生物は例え核爆弾が直撃してもノーダメージよ」


 そういや宇宙生物って防御力カンストしてるっていう謎の設定までついてるんだった! だからこっちから力づくで引きはがすことが出来ない!


 「じゃああれだ、確か好物を与えたら大人しくなるはずだよ! ネブラスライムの好物って何!?」

 「えーっとね、確かアレよアレ。えっとね、アレは……えっと……アレなのよ、うん」

 「どれのこと!?」

 

 ダメだ、宇宙生物の生態に詳しいはずの望さんでさえ当てにならないなんて。


 「スーラス~ラ♪」

 「や、やぁ……んぅっ、そこはダメ……!」


 思い出すんだ、俺。今目の前ですっごいイベント起きてるけど前世でプレイしたネブスペ2の描写を思い出せ。作中でも誰かがネブラスライムに襲われていたはずだ……そうだ! 確かムギがネブラスライムに襲われてて、それをじっくりと堪能した後……いや何も出来ずにしどろもどろした後に大星がコーヒーを与えると大人しくなったはず!


 俺はすぐに近くの自販機に缶コーヒーを買いに行き、ダッシュで展望台まで戻る。


 「スーラー♪」

 「はぁ、はぁんっ!?」

 

 ヤバい、スライムに襲われてる美空を見てるだけでイケナイ気持ちになってしまう。

 

 「いやー眼福」


 いや望さん、アンタ傍観してないでどうにかしてやれよ。

 そんなことを望さんに言ってもしょうがないため、俺はネブラスライムに向かって叫んだ。


 「ほら、ネブラスライム! お前が大好きなコーヒーだ!」

 「スラー?」


 俺は缶コーヒーの蓋を開けてネブラスライムに与えた。


 「スラー♪」


 すると表情は全く見えないがスライムは缶コーヒーを掴んで嬉しそうに森の方へ去っていった。


 「はぁっ、はぁっ……」


 衣服を溶かすとかいうエロゲ御用達の体液を分泌するネブラスライムに襲われていた美空は、俺の対応が迅速だったこともあり割と布面積が残っていた。下着もちゃんと隠れている。すごい疲労感と羞恥心に襲われてそうだけど。

 ……もうちょっと手間取っても良かったか。いやいやいやいや、いかんいかん。こういう時に迷わず冷静に迅速な対応で助けてこそ漢だ。


 「美空ちゃん。これを羽織っておきなさい。あれはあとで捕まえとくから」


 望さんは自分が着ていた白衣を美空に着せてやっていた。いや、元はと言えばアンタの管理不足が原因じゃね?


 「うぅ……どうしていつもこうなるの……」


 まぁ美空がいつもと言うように、ネブスペ2のヒロイン達はこうして度々宇宙生物に襲われることになる。しかしまぁ、好物を与えて大人しくさせるしかないとなると、各生物の好物をリストアップする必要もあるな。

 


 研究所から美空の自宅は近く、白衣を着せたまま早めに帰らせることにした。何だかエロゲ世界の良さと怖さを同時に感じた出来事だったなぁ。


 「青春って良いわね。大星君にも早く超新星爆発でもしてもらわないと」

 「……それこそ砕け散ってるんじゃないですか?」

 「何言ってるの、超新星爆発は新しい星を生み出すことにも役立つのよ。ま、発生したガンマ線が直撃すると私達は死んじゃうけどね」


 そういや元々は美空の相談にのってたんだった。スライムに襲われて衰弱してたけど大丈夫かな。


 「それに、朧だって気張らないといけないのよ。ほら、発破をかけてあげるから研究室まで来なさい」

 

 そうだ、俺がこの月ノ宮宇宙研究所に足を運んだ当初の目的は、大星と美空のイベントを確認するためと(その後のイベントは想定外だったが)、望さんが乙女から預かったという品を受け取るためでもあったのだ。

 俺は望さんと共に展望台を去って登山道を下り、望さんの研究室がある月ノ宮宇宙研究所の本棟まで向かった。


 

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