月の女王(占い師あるいは魔女)、テミス・アストレア



 お昼頃、公園でレギー先輩を起こして別れた後、俺は予定通り駅前でナンパを……なんていう余裕はなく、駅前のベンチに座って考え込んでいた。

 現在、大星は美空ルートに入っているはずだ。ならば他ヒロインに関係する大きなイベントなんて起きないはず。しかし俺は、どういうわけか大星視点でしか見ることの出来ない、レギー先輩のイベントを見た。いや、この身で経験したのだ。

 

 てっきりネブスペ2のストーリー通りの展開で世界は進んでいくものだと思っていたのだが、もしかしたらそうではないのかもしれない。


 「あら、ボロー君?」

 

 声をかけられて顔を上げると、駅前のベンチに座っている俺の目の前に、黒いローブを羽織り、顔を隠すように深く被ったフードから緑色の巻き髪が垂れている、いかにも怪しい格好の女性が立っていた。


 「……テミスさん、ですか?」

 「そうよ、久しぶりねボロー君。こんな真っ昼間から項垂れちゃってどうしたの?」


 この人の名前はテミス・アストレア。スピカとムギの母親だ。職業は占い師で、駅前の市街地の裏路地に怪しい占い屋を開いている。

 何か画面の向こうで見ていた時より怪しく感じるなぁこの人。


 「いえ……実は悩みのタネがありまして。気分転換に駅前で美しい女性達を口説こうと思ってたところです」

 「あら残念。今日のボロー君、恋愛運が絶望的なぐらい低いわ。貴方が次に口説こうとした女性は、貴方に有無を言わさず暴力を振るってくるという未来が視える……」


 何その恐ろしい予言。いや、テミスさんの占いの腕前は超一流だ。田舎町である月ノ宮町のひっそりとした裏路地に居を構えているのにも関わらず、テミスさんは『月の女王』という異名を持つ全国的な有名人であり、予約待ちはなんと数年先という超人気占い師なのだ。

 テミスさんの占いの的中率はかなり高確率で、著名人もわざわざ足を運んでくるという。烏夜朧はそんなテミスさんと一応知り合いで、四月に大星達とアストレア邸にお邪魔した時に顔を合わせている。


 「テミスさんはこれからお仕事ですか?」

 「いいえ、占いに必要な道具の買い出しに葉室まで行こうとしてたところよ。

  それよりボロー君。私には視えるわ。貴方が私の買い出しを手伝えば、きっと幸運が訪れる……そう、今の貴方が抱える難題を解決するための糸口がきっと見つかるわ……」

 「それ、テミスさんの私情がメチャクチャ入ってませんか?」

 「そそそそんなことないわよ」

 

 でもまぁ、今はテミスさんにもすがりたいぐらいだ。何だかテミスさんと一緒にいると幸運を貰えそうだし……まぁ一つ懸念点があるが。


 「テミスさんとご一緒できるなら喜んでというところなんですけど……失礼なのは承知で言いますが、その格好で行くんですか?」

 「何か変かしら?」


 いや、貴方は家を出る時に鏡を見ましたか? 黒いローブを羽織って頭をフードで隠してるの、完全に見た目は闇の魔導師なんですよ。だから月ノ宮町には魔女が住んでいるっていうファンタジーみたいな都市伝説が流れるんですよ。


 「私はちゃんと顔を隠しているし、身体的特徴が出にくい服を着ているわ。何か問題でも?」

 「……まぁ、テミスさんがそれで良いなら、僕は何も言いません」


 普段はこうやって素顔を隠して生活しているテミスさんだが、スピカやムギのルートを進んでいるとそのご尊顔を拝むことが出来る。

 テミスさんは俺の叔母である望さんと並ぶ程の美人さんである。本当に子持ちなの?と疑問に思うほど若々しく、攻略可能ヒロインではないことが本当に悔やまれる人だ。

 ……確か主人公の誰かの夢の中で一緒にお風呂に入っていた気がするけども。まぁ夢の中だったし。



 俺はテミスさんと一緒に月ノ宮駅から電車で一駅先の葉室駅へと向かった。

 月ノ宮町の隣町である葉室市は人口二十万人程の大きめの都市で、月ノ宮町は人口規模の割に買い物や娯楽にあまり困らないのだが、大規模なアミューズメント施設や映画館、オタク向けショップなど、ネブスペ2の登場人物達が作中でよく足を運ぶ街だ。葉室市から月ノ宮学園に通う生徒も多く、葉室市に住んでいるヒロインもいる。


 そんな葉室市の大通りから外れに外れた、人気が全く感じられない、昼間でも怪奇現象が置きそうな雰囲気の薄暗い路地に居を構える怪しい店に俺はテミスさんと足を踏み入れていた。


 「うげっ、これ何ですか?」


 何故か赤く光るランプに照らされた怪しげな雰囲気の店内に置かれた棚には、おそらく植物や鉱石と思われる物品が大量に並んでいて、俺は籠の中に積まれていた何かの干物を手に取ってテミスさんに見せた。


 「あぁ、それね。それはネブラサルのチ◯コ」

 「ぬおおっ!?」


 俺は思わず干からびたイチモツを籠の中にぶん投げた。


 「こら、お店の商品なんだからぞんざいに扱っちゃダメよ」

 「あ、すいません。でもこれ、一体何に使うんですか?」

 「それはね、初夜を迎える時に粉末状にしてお酒に混ぜて殿方に飲ませるものなの」

 「つ、つまり……精力剤?」

 「うん。もう三日三晩元気になるから」


 何その生々しいアイテム。スッポンとか白子の比じゃないだろ。


 「えっと……あぁ、そのネブラスライムの目玉の瓶詰めを五つ取って」

 「……こ、これをですか……?」


 お店の一角に大量に山積みにされている瓶を手に取ると、中には何かの液体に浸されている目玉が大量に入っていた。

 うえぇ……結構エログロ系のエロゲも嗜んできた俺でも生理的にキツイ見た目をしているぞ。


 「あとね、ネブラダイコンを十個ね」

 「……ネブラダイコンってこれですか?」

 「そうそう、それそれ」


 まるで八百屋のように並べられているネブラダイコンは、完全に男性のイチモツを模した見た目をしている。

 いや、何かただのアダルティなグッズにしか見えないんだけど。もうしわしわ感がリアル過ぎるもん。


 「それ、強く握りすぎると中から白濁色の汁が出てくるから気をつけてね」


 ちょっと表現が生々しくないか? なんでよりにもよって白濁色なんだよ。


 「あと、ネブライモを五個」

 「は、はい」


 そして同じく八百屋のように並べられているネブライモは、その名の通りイモのはずなのだが……今度は女性の局部を模した見た目をしている。


 「それ、表面をこすると汁が出てくるから気をつけてね」


 やっぱりただのアダルティなグッズだ。イモのはずなのに質感が完全にシリコンだもんこれ。


 「さて、こんなものかしら」


 店の奥にあるカウンターには、テミスさんと同じようにフードを深く被った怪しい人、多分老婆なのだろうが、もう雰囲気が完全に魔女。大釜でやべぇ薬作ってそうだもん。


 会計を済ませてお店を出る。荷物持ちの俺は両手に大きな風呂敷包みを持ってテミスさんの後ろをついていく。


 「あの、これって何に使うんですか?」


 するとテミスさんはどこからか取り出した一輪の花を手にしながら言う。


 「何って、勿論占いよ?」

 「どういう風に使うんですか?」

 「それはな・い・しょ。企業秘密ね」


 俺から目線だとただただアダルトグッズを買い漁ってる人だよアンタ。もうテミスさんの風貌と相まってやっぱり大釜でやべぇ薬を煮込んでそうだもん。もしくはポーションだろ。


 「今日はボロー君が手伝ってくれてるからとっても楽だわ~。ボロー君、きっと今日は良いことがあるわよ」

 「……そうだといいですね」


 まぁ今日は朝からレギー先輩と出会えたし、ネブスペ2の人気キャラであるテミスさんとも出会えてわりかし俺は感動している。


 テミスさんのネブスペ2での立ち位置は、主人公やヒロイン達の相談相手である。偶然テミスさんと出会った主人公やヒロインは彼女に占ってもらい助言してもらうのだ。

 ……まぁ、何故かテミスさんが買い込む占いのアイテムは見た目がアダルトグッズだから、テミスさんの占い屋もそういうお店にしか見えないんだよな。『未来が視えたわ!』って水晶玉を覗くと絶賛行為中の大星とスピカが見えたことあったからね。


 だからテミスさんの助言も相当倫理観がぶっ飛んでいたりする。『スピカを裸にして首輪とリードを着けて、夜の街を散歩させると良いわ!』って、自分の娘に言ってたからなこの人。



 その後、俺はテミスさんと共に月ノ宮行きの電車に乗り込んだ。


 「ありがとねーボロー君。おばちゃん、すっかり助かったわ~」

 「いえいえ、テミスさんも全然お若いでしょう」

 「あらま、まさか未亡人の私を狙っているのね……!? 大人顔負けの口説き方ねボロー君」

 「いや違いますけど……」


 まぁ何だかすっかりアダルティな世界に入り込んでしまったなぁと実感するが、これはこれで新鮮で楽しいものだ。


 「早くスピーちゃんとムギーちゃんにも大人になってもらわないとな~そう思わない、ボロー君?」

 「別に、僕はスピカちゃんもムギちゃんもそんなに子どもっぽく思いませんけど?」

 「違うわ。私は早くスピーちゃんとムギーちゃんが産んだ孫が見たいの。一刻も早く」

 

 何だか圧が強くて怖い。そういや作中でもしきりに大星にうちの娘はどうかだとか孫の顔が早く見たいだとか言い寄ってたなこの人。


 「普通は、子どもが自分から離れていくのって寂しいものじゃないんですか?」

 「それは多少あるけどね、私は……スピーちゃんとムギーちゃんにはもっともっと幸せになってほしいの。二人共、一人で生きていくための強さを持っていないから……孫はともかくとして、早く良い人を見つけてもらいたいわね」


 隣でフフッと笑いながらテミスさんは言った。

 実はアストレア家の家族関係は複雑だ。そもそもスピカとムギは血の繋がった姉妹ではない。


 元々スピカとムギは別々の家族だったが、八年前のビッグバン事件でスピカは母親を、ムギは父親を失い、事件後にスピカの父親とムギの母親であるテミスさんが再婚したことによって家族になったのだ。しかし後にスピカの父親が病死したことによって、今は三人家族である。

 見ての通りテミスさんは占いに狂った魔女みたいな人だが、実の娘であるムギと、新しい家族となったスピカをこよなく愛する母親なのだ。好きすぎてちょっと怖いぐらい。

 

 「私は、スピーちゃんとムギーちゃんが選ぶのなら、乙女トメーちゃんを新しい家族として迎えるのにも賛成だったんだけどね」

 「……はい? 乙女を新しい家族に? どういう意味ですか?」

 「どういう意味って、スピーちゃんとムギーちゃんの相手にってことだけど?」


 あぁ成程、百合にも理解がある方でしたか。スピカ×乙女、ムギ×乙女……いや乙女×スピカ、乙女×ムギか? いやいや、何を考えてるんだ俺は。


 「でもトメーちゃん、急にいなくなっちゃったのよね……お父さんって確か月学の先生よね? まさかあの人があのビッグバン事故の犯人だなんて信じられないけど、本当かしら」


 もうテミスさんの耳にもその噂は届いていたか。不思議とニュースでは報道されないが……まだ容疑が固まっているわけではなく事情聴取の段階か? だとしても一ヶ月以上拘束されているのはどうしてだろうか。


 「いえ……乙女のお父さんは犯人じゃないですよ。僕はそう信じています」

 「あらごめんなさい、別に疑っているつもりじゃないのよ。ただ……今更真犯人とかどうとか言われても、ね……」


 テミスさんも八年前の事件で旦那さんを失っているから、その心境は複雑だろう。


 「それよりボロー君は大丈夫? 今日学校をサボってブラブラしていたのは、トメーちゃんがいなくなったことが原因?」

 「いえ、僕は……神のお告げがあったからです。今日は駅前で美少女達をナンパしなさいとのお達しだったので」

 「ふぅん。私にはそう見えないけどね~」


 すると隣に座っていたテミスさんが俺の顔を覗き込むように顔を近づけてきた。深く被ったフードの中に、怪しく煌めく赤色の瞳が見えた。


 「……視えるわ。ボロー君、貴方は……何かを知ってしまったのね?」


 ……。

 ……視えている、のか?

 烏夜朧の中に別人格が入り込んだことに、この人は気づいているのか? 俺は恐ろしくなってテミスさんから目を背けていた。


 「私はね、ボロー君。乙女ちゃんは必ず帰ってくると信じているわ。それがいつになるかわからないけど……そうね、貴方が道を切り開くことが出来れば、そう遠くない未来に会うことが出来る」

 

 怖い。何だか差し障りのないようなことを言っているような気もするが、今の俺の状況を見透かされているようで不気味に思えてきた。


 「……道を切り開くって、どうやってですか?」

 「あ、これ以上はお金を払ってね♪」

 「じゃあ大丈夫です……」


 テミスさんは姿勢を正すと、俺の隣でフフフと不気味に笑っていた。

 数万つぎ込んでもこの世界の攻略のヒントを聞きたいぐらいだが、流石にテミスさんの占い料はポンッと簡単に出せるような額じゃない。テミスさんの占いを信じるのなら、また乙女に会えるのか……?

 

 いや、俺は乙女にあって何をするんだ? 

 戻ってこいと言うのか? 

 どうして?

 

 俺は、乙女がただ一人不幸になるのが許せないのだ。それは前世でネブスペ2をプレイし、攻略できなくても乙女のことが好きだった俺だって嘆いたことだ。だからこそ乙女も含めた全キャラの幸せの形であるトゥルーエンドが好きなのだが、現状そのフラグは折れてしまっている。乙女が転校してしまった時点で、もうその未来へは辿り着けないのだ。


 だがテミスさんの占いによれば、俺が道を切り開くことが出来れば……トゥルーエンドかは定かではないが、少なくとも乙女と再会できる。

 まずはそこだ。方法はまだ導き出せないが、一先ず今日の用事を終えて家に帰ってから考えるとしよう。



 月ノ宮駅に到着すると、駅前で俺はテミスさんと別れた。もう夕方に差し掛かる時間だったが、俺は昨日の出来事を思い出し、望さんが乙女から預かったものを取りに、そしてとあるイベントを見るために月ノ宮宇宙研究所へと向かった。



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 「……おかしいわね、ボロー君」

 「彼の死相、あんなに濃かったかしら……?」


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