起きるはずのないイベント



 レギー先輩はここら辺じゃ結構有名な人で、月ノ宮学園の文化祭で披露される演劇部の演目でもレギー先輩目当てでやってくる人も多いとか。俺も烏夜朧として何度か見たことがあるから、レギー先輩の演技の凄さを知っている。


 「貴方は、最後まで気づいてくれなかった」


 レギー先輩は胸に手を当てて、そして顔を俯かせながら言う。


 「ただ一つ、好きだと言ってくれたら」


 風で先輩の髪が揺れ、そして俺の方を向き……物悲しそうな表情を見せた。


 「それが最後の答えだったのに──」


 普段のレギー先輩とは対照的に、目を離した一瞬の間にどこかに消えてしまいそうな儚さが醸し出されていた。なんか急に泣きゲーの世界に迷い込んでしまったのか俺は。

 ……同時に俺の頭のどこかで、嫌な記憶が蘇る。


 「どうだ? オレの演技は?」


 だが薄幸美人から急にいつものレギー先輩に戻ってニカッと笑う。

 そう、気づいていたと思うが、これは先輩が今度主演を務める舞台のラストシーンである。


 「なんか、グッと来ました」

 「もっと感想ないのか?」

 「僕にそんなこと求めないでください」


 それもそっか、と先輩は俺から離れてケラケラと笑っていた。

 レギー先輩が今度主演を務める舞台『光の姫』は、かぐや姫をモチーフにした悲恋物語である。先輩が演じるヒロインの女学生はまさに高嶺の花という存在で、そんな彼女は毎日のように異性同性からラブコールを受けるのだが、人間関係に嫌気が差して相手に無理難題を課していく。そんな中、彼女の無理難題を次々に解いていく一人の奇才が現れ……というストーリーだ。


 「でも、やっぱりいつもの先輩とは全然雰囲気が違いますね。なんというか、目の前にいるはずなのに、遠くにいるみたいで……」

 「おいおい、オレを高嶺の花みたいに言うんじゃないよ。ま、見ててくれてありがとな。やっぱり一度は誰かに見せとかないと落ち着かないんだ」


 レギー先輩の夢は、自分が監督・主演を務めた映画で賞を取ることだ。元々父親が有名な映画監督で、母親の方は脚本家だったという。月ノ宮学園を卒業後のレギー先輩の進路も映像関係の専門学校である。幼い頃から劇団に所属して精力的に活動しているレギー先輩だが、着実にステップアップしているだろう。


 「『光の姫』って、先輩が初めて主演を務める舞台なんですよね?」

 「あぁ、そうなんだ。どれだけ見てもらえるか不安だな……」


 と、初めての大役に先輩は不安を抱えているようだ。気の強い先輩にしては珍しい。


 ……俺は知っている。帚木大星編でレギー先輩ルートに入ると、まずレギー先輩主演の舞台『光の姫』を見ることになる。舞台は途中まで上手くいくのだが、やはりピンチが訪れるのは恋愛ゲームの鉄則であり……とある事件が起きてしまうのだ。


 「いや、これだけの演技が出来るなら成功間違いなしですよ」


 と、俺は率直な感想を伝えた。

 俺は堂々と論評できるほど映画やドラマを見たことがないのだが、レギー先輩の演技を間近で見て素直に感動していた。まぁ、前世で画面越しでしか見れなかったヒロインを間近で見ることが出来ているっていう補正がかかっているのかもしれないけど。


 ただ、舞台『光の姫』で起きる事件をきっかけにレギー先輩は大きなショックを受けて精神的に衰弱してしまう。衰弱した先輩を俺……烏夜朧ではなく、主人公である大星が支え、次の舞台こそ成功させるというのがレギー先輩ルートの大まかな流れだ。


 そう、解決するのは俺じゃない。このネブスペ2第一部の主人公である帚木大星だ。しかし大星はもう美空ルートに入っている。その場合、レギー先輩のイベントはどうなるんだ?


 いや待て、そもそもこのイベントが起きていること自体がおかしいのだ。ネブスペ2では、ヒロインの誰かの個別ルートに入ると、他のヒロインのルートで起きる問題は基本的に発生しない。

 もしかして作中で描写されていないところで朧が暗躍していたのか? それとも俺が転生したことによって何かイレギュラーが起きている……?


 「なぁ、朧」


 俺が腰掛けていたベンチの前に先輩はやって来ると、しゃがんで俺と目線を合わせた。香水の香りが鼻をくすぐり、その美しい顔立ちと青い瞳が目の前にあって息が止まりそうになる。


 「……何か言いたいことがあるなら、正直に言ってくれよ」


 オレっ娘というまあまあデカめの属性がついているが故に男勝りな性格だと思われがちなレギー先輩だが、こうして時折弱気な一面を見せてくることがある。こういうのに男は弱い。

 先輩自身も、きっと漠然とした不安に襲われているに違いない。自分が主演を務める舞台が成功するか、うまくいくのか……ネブスペ2のストーリー通りに進んでしまうなら、レギー先輩の身に不幸が訪れることになる。


 「なぁ、お願いだから……」


 先輩に両肩を掴まれて俺はギョッとする。俺を直視する先輩の力強い瞳から逃げ出したくなったが、もう逃げられない。


 『──この人殺し!』


 言えない。

 

 『──なんでアンタが生きてるの!?』


 言えない。


 『──アンタが代わりに死ねば良かったのに!』


 ……言えるわけがない。


 「すいません、先輩。俺も、心の何処かに漠然とした不安があるんです」


 前世でレギー先輩ルートを攻略した時の懐かしい記憶が蘇る。だが今、本人を目の前にしてそんな未来を告げられなかった。


 「でも、俺は──」


 すると、先輩は俺の開いた口を人差し指でピタッと止めた。そして先輩は立ち上がると、ニカッと笑いながら言う。


 「お前が何を言おうとしているのか、オレはわかっていたんだ。でも……それをお前の口から言われると、立ち直れそうになかったから。

  オレは……出来る限りのことをするさ」


 そう言ってレギー先輩は首から下げていたペンダント、その先で煌めく金色のイルカのペンダントをギュッと大事そうに握りしめた。

 そうか、レギー先輩も持っているんだよなそのペンダント。お守りのようなものなのだろう。



 本当に、レギー先輩は俺が言いたかったことに気づいていたのか? 先輩は誰にも、親しい人間にでさえそれについて教えていないはずだ。だから本来、烏夜朧も知っていないことなのだ。

 今俺が先輩に何かを言えたら、先輩は不幸にならずに済むのだろうか? 残念ながら、今の俺が先輩との間にそれだけの信頼関係を築けているようには思えなかった。


 「んじゃ、ちょっと寝るから見張っててくれ」

 「え? 今から寝るんですか? ここで?」

 「あぁ、稽古は昼からなんだよ。十二時ぐらいに起こしてくれれば良い。んじゃ、おやすみ」


 すると先輩はコテッと俺の肩に首を乗っけてきて、すぐにスゥスゥと寝息を立てていた。


 「れ、レギー先輩?」


 ……そういえばどこぞの国民的アニメの主人公みたく、三秒ぐらいで眠ることが出来るっている特技あったな、レギー先輩って。寝てるっていうか電源を落とされたアンドロイドみたいな眠り方だ。

 ていうか先輩、無防備過ぎませんか。確かに朧と貴方はまあまあ長い付き合いかもしれませんが、よく俺の肩に頭を預けて眠れますね。俺、烏夜朧はお調子者の三枚目キャラなんで余裕で勘違いしますけど?


 ……と、思い上がれる程俺に余裕は残っていなかった。こうして先輩の枕になることに俺は喜びを感じているが、そもそもこのイベントは帚木大星編でレギー先輩ルートに突入した時に起きるものだ、しかも本来のタイミングは一週間後ぐらい先である。

 

 だが先輩の行動、そして言動は確かにネブスペ2をプレイしていた時に見覚えがある。俺の返答こそ大星とは違うが、もしかして俺、レギー先輩ルートに入ってる?

 ……なんで?


 

 この世界だと大星は美空ルートに入っているから、このイベントは本来起きないはずだ。だがもし何らかの原因で……ネブスペ2のプレイヤーだった俺が転生してしまったことでバタフライエフェクトが起きているとすればどうなってしまうのだろうか。


 最悪の場合、美空やレギー先輩だけでなく、同じく帚木大星編のヒロインであるスピカ、ムギのイベントも同時進行で起きる可能性がある。大星が解決してくれるのなら問題ないのだが、今回みたく俺が関わってしまった場合は? もし大星の預かり知らぬところで他のヒロインのイベントが発生し、彼女達が抱える問題を解決する必要性が生じてしまうなら?


 その場合、俺が美空以外の三人のヒロインと慎重に接しなければ、気づかぬ内にバッドエンドを迎える可能性が出てくる。帚木大星編の最終日である七月七日、大星が美空とグッドエンドを向かえている裏で俺がスピカ、ムギ、レギー先輩の三人の手によって殺されてしまうかもしれないのだ。


 それもぶっちゃけアリじゃね? いやいやナシだナシ、血迷うんじゃない俺。ヒロイン達の問題を放置してバッドエンドなんて論外だ。俺は美空ルートに入った大星がバッドエンドを向かえないようにケアすればいいだけかと思っていたが、想定外の事態が起きているかもしれない。


 出来れば乙女の行方を追ってトゥルーエンドへの僅かな望みを繋ぎたいのだが、俺が動いて三人分のイベントを回収しなければならない可能性が浮上した以上、これからは慎重に動くべきか……?


 「んぅ……」


 と、俺の肩を枕にして寝ていたレギー先輩が体勢を崩しかけたため、俺は思わず先輩の肩を掴んで体を支えた。


 「だいせい……」


 ……。

 ……この状況で他の男の名前呼ばれるの、すっっっごい複雑。レギー先輩ルートに入れたかもと調子に乗ってたけど、やっぱり気のせいだったかもしれない。

 まぁ今は先輩の寝顔をじっくり観察させてもらいながら、この問題の解決策を練るとしよう。


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