今日の天気は晴れ時々ナンパ
「おーっす朧、おはよう」
朽野乙女がいなくなって二日目の朝、月ノ宮駅前で俺は大星と彼を囲うヒロインの三人、美空とスピカ、ムギと出会った。彼らは制服姿で学生鞄を持ち、いかにもこれから学校に行きますという格好だ。
それに対し俺はというと、黒地に笑顔の満月が映るTシャツとジーパンという格好だ。完全に私服である。作中でよく朧のこの格好を見かけたものだ。
「おはよう朧っちー」
「おはよう美空ちゃん。この近くに美味しいスイーツ屋さんがオープンしたらしいんだけど一緒に行かない?」
「ごめ~ん、もう先約が入ってるんだよねー」
美空は大星の腕に抱きつきながら笑顔で言った。まぁ先約というのは言わずもがな、だろう。大星は基本的に受動的だから、そういったデートのお誘いはヒロイン側からというのが多い。
「おはようございます、烏夜さん」
「おはようスピカちゃん。この近くに美味しいスイーツ屋さんがオープンしたらしいんだけど一緒に行かない?」
「わ、私も先約がございまして……」
美空のように抱きつきこそしなかったが、スピカはエヘヘと照れくさそうに笑っていた。まぁ言わずもがな、だな。なんでもう美空ルートに入ってるはずなのにお前は両手に花状態なんだよ。
「おはよー朧」
「おはようムギちゃん。この近くに美味しいスイーツ屋さんが……」
「私も以下同文だから」
うん、知ってた。朧視点だと完全に大星が女を囲っているという状態だが、大星視点だと恐ろしいほどに言い寄られている状態なんだよな。そこら辺の攻防も大星編の見どころだが、それはそれとしてこんなにイチャイチャしているのを現実として見せつけられると、なんというか……良いなぁって素直に羨ましく思う。
「さて、じゃあ僕はこれから用事があるからバイb──」
「おい待てそこの節操なし。俺のことは無視か」
そそくさとこの場から去ろうとした俺の肩は大星にガシッと掴まれた。それに対し俺は両手で耳を押さえて怯える素振りを見せる。
「な、何だ……!? 俺の肩が何者かに、まるで何人もの美少女を侍らかしている恐ろしい色欲の悪魔に掴まれているだと!?」
「お前の方がよっぽど色欲にまみれてるだろ。てかお前何してるんだよ、制服はどうした?」
そう、大星達と同じ月ノ宮学園に通っている俺は今日も登校しなくてはならないはずだ。家も近いためこれからパパッと着替えて行こうと思えばいけるが、そんなつもりはさらさらない。
「よくぞ聞いてくれた大星……実は今朝、神よりお告げがあったのだよ!」
「……は?」
「ど、どうしたの朧っち……?」
「烏夜さん……?」
「お、朧……?」
俺は両手を天高く掲げて、そして高笑いを上げながら歌劇の演目のように言ってみせた。
「あぁ我らが神よ、わかっておりますともわかっておりますとも! 迷える子羊が、この月ノ宮で僕を待っているのですね! ご安心ください我らが神よ、この僕を待ちわびる子羊ちゃんよ! 必ずや君を見つけ出してあげよう!」
締めにハーッハッハッハと俺は笑ってやった。駅前を行き交う通勤通学中の人々が何事かと奇異の目を俺に向けてくるが、そんなもの気にしない。俺はただ作中で朧が言っていたセリフを完コピしただけだ。
「朧……お前、とうとうストレスがマッハに……」
普段は軽くいなしてくるだけの大星が本気で心配そうな面持ちで俺を見ていた。まぁそりゃそうなるよな、突然親友がこんなこと言い始めたら俺もそうなるよ。前世でネブスペ2を俺も大丈夫か朧ぉ!?ってなってたもん。
「朧っち……今度一緒に美味しいスイーツ食べに行こうね……」
俺の右肩をポンポンと叩きながら美空が言う。多分乙女との突然の別れによって俺がおかしくなったのだと思っているのだろう。
残念ながら今の俺自身はシラフだ。確かに未だにショックを引きずっているが、昨日飲んだダークマター☆スペシャルのおかげで体はすこぶる元気だ。
「烏夜さん……私は、いつでも貴方の味方ですから……」
ありがとうスピカ。でもスピカ、前から気になってたんだけどなんで俺だけ名字呼びなの? 若干距離を感じてるんだけどなんだかんだ朧のこと苦手だよね?
「朧……今度開運の高い壺を買わせてあげるね」
ムギ、君に至っては心配せずに面白がってるだけだろ。
担任にはテキトーに誤魔化しといてくれと大星に頼んで、俺は駅前で大星達と別れた。
さて、俺は宣言通り迷える子羊ちゃんを探しに行きますかっと……いやまぁ意訳すると美少女をナンパするってだけなんだけどね。朧ってそういうキャラだから。
ちなみに月ノ宮駅前を行き交う人々をなんとなく観察するに、美少女が、いやそもそも女性の比率が何故か高い。これもエロゲ世界特有か。
「さ~って、じゃあ早速ナンパ大作戦……って出来るかぁ!」
……だが大きな問題がある。烏夜朧というキャラはナンパと告白が趣味で夢はハーレムというイカれた野郎だが、俺が転生してからは徐々に変わりつつある。LIMEの連絡先を見るに朧は複数の女性と関係を持っているのだが、俺が転生してからはあまり連絡を取らなくなったために疎遠になりつつある。
「どうしたものかな……本当にこれで良かったものか」
今日の朝、俺はかなり迷った。
作中通りなら、烏夜朧は急遽学校をズル休みして駅前で節操なく女性を口説きまくるという奇行に走る。大星と美空の関係が狂わないようにするためには、俺は大人しく原作通りに動かなければならない。
しかし今はそれどころではない。レギー先輩やスピカのちょっとした優しさだけで簡単にときめいてしまいそうなほどに俺は乙女の転校に大きなショックを受けているし、余命半年という運命に抗えるのかを検証しなければならない。
「やっぱ行った方が良かったかなぁ……ズル休みなんて罪悪感あるし。しかし俺が登校したことが原因でバッドエンドに直行とか笑えないもんなぁ」
幸いにも今日は学校で特にイベントが起こることはなく、重要なイベントは放課後にある。その場にこっそりと居合わせれば彼らのイベントが上手く進んでいるかわかるはずだ。
とはいえ原作の朧通り女性を口説きまわるなんていう度胸はない。
一応大星達の前では今まで通り振る舞うが、やはり俺も多少はまともな倫理観を持っているつもりだから、せめて一途でありたい……駅前のモニュメント前でそんなことを考えていると、俺の目の前を通りがかった女性が俺の顔を見るやいなや、あぁっと声を上げて立ち止まった。
「朧、お前何してるんだよこんなとこで」
モデルのようなスラッとした体型に黒のTシャツとワイドパンツというファッション、黒髪に金のメッシュを入れた女神……じゃないじゃない。レギー先輩ことレギュラス・デネボラが俺の目の前で立ち止まった。肩に下げたトートバッグにはたくさんの冊子が入っているのが見えた。
「レギー先輩じゃないですか、おはようございます。いやいや、今日も先輩はこの朝日の輝きに負けないぐらい美しく……」
「お前、学校は?」
「ちっちっち。何をおっしゃいますか先輩。僕にはですね、叶えなければならない崇高な夢が……ごふうっ!?」
先輩の質問に答えず、べらべらと喋り続けていた俺の頭にチョップが喰らわされた。威力に容赦がない。
「オレが言うのもなんだけどよ、学校生活は大事にしとけよ」
レギー先輩は地元の劇団に所属しており、稽古だの地方遠征だので度々学校を休んでいることがある。
舞台の稽古と脚本の執筆で多忙な毎日を送る先輩は、学業面の成績は割と壊滅的だが根は真面目な人だ。作中でも道を外しかける主人公達に檄を飛ばしてくれる人だ。
「そう言う先輩は、学校を休んで今日もお稽古ですか?」
「あぁ。これから大詰めってところだからな」
「そんなことより僕とデートなんて……げふうっ!?」
二発目のチョップ。なんかレギー先輩とこういうコミュニケーションをとれるシチュに憧れてたから結構嬉しいけど、それだと俺がマゾ気質みたいになるな。
「遊びも大概にしとくんだな。んじゃ、オレはこれで……」
と、先輩は俺に手を振って駅前から去ろうとしたが、すぐに「いや待てよ」と立ち止まって俺の方を振り返る。
「つまりお前、今日暇なんだな?」
「え? 確かに時間はありますけど」
「じゃあ丁度良い。ちょっとオレと付き合え」
「……え?」
どうやらまた、前世の俺が知らないイベントが発生してしまったようだ。
俺、概ね原作通りに行動してるはずだよな……?
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