攻略不可能ヒロイン、叔母



 ネブラ人は今から数十年前、月ノ宮町のアマチュア天文家が発見した新たな彗星に町が盛り上がっている最中……七夕の夜、地球の空に突然現れた宇宙船に乗ってやって来た。


 日本、カナダ、オーストラリア、南極など地球の数カ所に宇宙船が着陸し世間は大騒ぎとなったが、戦争で故郷を追われたネブラ人達が地球人に対して非常に友好的だったということもあり、ネブラ人は地球文明にすぐに浸透していった。


 日本では、房総半島に位置する月ノ宮町にネブラ人が集住している。元々は何の変哲もない田舎町だった月ノ宮町は、海岸に保管されているネブラ人の宇宙船の周囲に研究施設や博物館等が整備され、宇宙人が住む町として次第に観光地化していった。

 月ノ宮町にある月ノ宮学園も元々はネブラ人に対して地球文明の教育を施す場だったのだが、月日が経つにつれ地球生まれのネブラ人が殆どを占めるようになり、いつしか地球人も加わって宇宙に関する学問を学べる教育機関へとなっていたのだ。


 だが八年前、月ノ宮海岸に保管されていたネブラ人の宇宙船が突如として大爆発を起こしてしまあう。原因は宇宙船に設置されていたエンジン系統の故障ということになっていたが、その爆発は月ノ宮海岸沿いの住宅地を壊滅させ、数百人もの犠牲者が出る悲惨な事故となった。

 元々宇宙から飛来した、人間によく似た生命体であるネブラ人に対して多少の不信感を抱いていた人々はいたものの、後に『ビッグバン事故』と呼ばれるこの事故をきっかけに、月ノ宮町に住むネブラ人と地球人との間に見えない溝が生まれたのであった。



 そして、そんな世界を舞台としているネブスペ2のエロゲ主人公達三人は、ビッグバン事故、いや今は事件と呼ぶべきだろうか、その時に家族を失っているという設定が共通している。だから親の目なんて気にせずにヒロイン達とイチャイチャ出来るのだろうが、とはいえ彼らも大変な境遇にあるのだ。


 ──朧。


 そんなことを呑気に語っている俺、正確には俺が転生した烏夜朧というキャラもビッグバン事件で両親を失っている。元々実家は海岸沿いにあったのだが、爆発によって飛び散った宇宙船の巨大な破片がピンポイントで直撃、両親は即死して烏夜朧は命からがら生還している。


 ──おぼろー。


 大星もそうであるように、烏夜朧に転生した俺もビッグバン事件については複雑な心情だ。だが大星と同じようにネブラ人を嫌っているかというとそうではない。烏夜朧自身はどれだけネブラ人に事件の責任があったとしても、スピカやレギー先輩達を愛そうとしていた。


 ──まるぼーろー。


 作中の朧はビッグバン事件の真相は知らなかったはずだが、もしかしたら彼は何か勘づいていたのかもしれない。きっと乙女の父親、秀畝さんが犯人ではないと信じていたはずだ。

 ま、前世でネブスペ2を完全攻略した俺は全部知っているけどね!


 「朧ー!」

 「ぬおおおっ!?」


 俺の名前を呼ぶ声が聞こえて慌てて飛び起きた。どうやら俺は帰宅してすぐにソファで居眠りしていたようだ。俺、夢の中で変なこと語ってたような気がするけど気のせいか?

 起き上がると、ソファの後ろ側に黒いニットに黄色のロングスカート、その上に白衣を着た女性がムスッとした表情で佇んでいた。


 「朧。お腹空いたからご飯作って」

 「はいはい、お安い御用ですよ」


 俺はソファから起き上がりキッチンへと向かう。心なしか妙に体が元気だな……あぁ、そういやムギとダークマター☆スペシャル勝負したからか。一応栄養剤としての効果はあるんだな、あれ。

 

 「朧ー。今日はトムヤムクンが良いなー」


 メチャクチャな注文をしてきたこの人の名前は烏夜のぞみ。ビッグバン事件で死んだ母親は父の再婚相手で、望さんは最初の母親の妹、つまり叔母だ。ビッグバン事件で両親を失った俺は、今は望さんにお世話になっている。

 第一印象としては、かなりズボラな人という感じだ。ネブスペ2をプレイしていた時と一緒である。仕事が忙しく手入れが面倒だと言って、元々長かった黄色の髪をバッサリと切り、今はメチャクチャボサボサだ。

 でもやはり、前世で画面越しに見ていた時よりも別嬪さんだと思う。普通にドタイプ。今は親戚だけど。


 「材料が何一つないんだけど?」

 「それっぽいのでいいからー」


 望さんはさっきまで俺が寝ていたソファを占領し、ダラダラとテレビを見ながら答えた。

 そして、望さんはビッグバン事件で大爆発を起こした宇宙船の跡地に建つ、月ノ宮宇宙研究所の『所長』だ。つまりトップである。

 食事は作ってもらえなければ全部カロリーメ◯トで済ませ、洗濯物は家のどこかしこに脱ぎっぱなしで、ゴミも自分で捨てようとしない、もう生活力なんて宇宙に捨ててきたような人が組織のトップで大丈夫なのか、と思う人もいるかもしれない。

 しかし家ではだらしない人が実はメチャクチャ仕事の出来るエリート……みたいなこともあるが、残念ながら望さんは仕事場でもこうなのだ。


 「朧ー。この前話した論文の資料、どこにいったか知らない?」


 じゃあ何故こんなにもだらしない望さんが、天体物理学・天文学分野において日本国内最高峰と言われる研究所のトップなのかというと、その分野で数々の著しい功績を残しているからだ。国際学会でも世界一だらしない天文学者として知られている。

 知名度があり、顔も良い望さんは広告塔として適任だろうとお偉方が判断したのか、定期的に研究の成果を発表することを条件に望さんは予算を好き勝手使って日々研究に励んでいる。


 「全然知らないけど、海鮮系が全くないからお肉で代用して良い?」

 「良いよー」


 そんな望さんのネブスペ2における役割は、エッチなイベントを起こすために主人公達と手助けする便利な博士枠だ。

 月ノ宮宇宙研究所には、ネブラ人が母星から宇宙船に乗せて地球に連れてきた宇宙生物が多数飼育され、さらには宇宙植物や宇宙野菜なんかも栽培されているのだが、望さんはそれらを勝手に(一応望さんが責任者ではあるが)宇宙生物を研究所の外に持ち出して、色んなイベントを引き起こすお騒がせお姉さんなのである。


 「朧ー。宇宙っていつ終わりが来ると思う?」


 例えば、ネブラタコという宇宙生物がいる。この生物は地球人がイメージするタコとは違って陸棲生物であり、ダンゴムシなんかと同じように暗くてジメジメした場所を好む、体の大きさは人と同じぐらいだが温厚な生物である。

 だがネブラタコを刺激してしまうと、その大きな触手で相手に襲いかかり、触手から分泌された粘液で段々と弱らせて無力化するという生態を持っている。


 「全然知らないけど、スパイスが全然無いからカレールーで代用して良い?」

 「良いよー」


 一見、ネブラタコは危険な生物のように思えるが、ざっくり説明するとエロめの異世界漫画とかエロゲRPGなんかに登場する触手生物と何ら変わりない、触手攻撃要員なのだ。選択肢次第で全ヒロインが触手に襲われるイベントCGを回収することが出来る。

 しかもネブラタコを始めとした宇宙生物は人間を殺害するための能力を持っていないというご都合主義。ただただヒロイン達を凌辱し絶頂させるだけの変態生物という扱いである。ちなみにネブスペ2の箒木大星編のプロローグでネブラタコに襲われているスピカが第一被害者だ。



 そんなこんなしている内にトムヤムクン……ではなくカレーが出来上がった。いや、いきなりトムヤムクンを作れって言われたって食材がなければ無理だ。ライスと一緒に更に盛り付けてダイニングテーブルの上に置くと、ソファからのっそりと望さんは起き上がり、俺が席につくのを待たずに早速一口頬張っていた。


 「うん、美味い。このまさにマハラジャな感じが最高」


 このカレーにタイ要素なんてまったくないはずだが……いやマハラジャってサンスクリット語じゃねぇか。最早タイでもない。まぁ望さんは満足してるみたいだしいっか。


 「最近、研究所の方は忙しいの?」


 俺は望さんが住んでいるマンションの一室に居候させてもらっているのだが、家主の望さんは滅多に家に帰らない。ほぼほぼ研究所に住み込みで天体観測や研究に忙しく、そしていつも目の下にクマを作っている。


 「なんかさー、もしかしたら未発見の惑星見つけちゃったかもしれないってテンションアゲアゲだったんだけどねぇ……ただの望遠鏡の故障だったんだよ。朧は何か見つけられない?」

 「いや、研究所のでっかい望遠鏡と僕が持ってる望遠鏡の性能なんて比べるまでもないでしょ」


 学期毎、そして夏休みや冬休みごとに観測レポートを提出する必要がある月ノ宮学園の生徒は天体望遠鏡の所持が必須だ。俺は望さんのお下がりである結構高めの望遠鏡を使わせてもらってるけど、宝の持ち腐れという感じだ。

 まぁ、望さんが手助けしてくれるおかげで俺達のグループは良いレポートを書けているんだけど。


 「ところでさー、朧。乙女ちゃんがいなくなったって話は知ってる?」

 「いや、同じ学校通ってるんだから知ってるに決まってるでしょ」

 「それもそっか」


 研究所に引きこもってばかりの望さんも知っているのかと俺は驚いたが、そもそも乙女の父親である秀畝さんは元々旧研究所に勤めていた人で、望さんとは元同僚だ。なら例の噂も知っているだろう。


 「ねぇ、望さん。秀畝さんが……八年前の事故の犯人っていう噂は本当なの?」


 前世でネブスペ2をプレイしていた俺は真相を知っているが、烏夜朧がそれを知っていてはいけない。だから俺は知らないふりをして望さんの反応を伺った。

 望さんはスプーンを置いてう~んと唸っていたが、俺が注いだコップの水を一口飲んでから口を開いた。


 「ぶっちゃけ違うと思う」

 「どうして?」

 「そうだねぇ……女の勘ってやつ」


 フフン、と望さんはドヤ顔をして胸を張った。一応学者のはずなのに、なんて曖昧な証拠に基づいて証明しようとしてるんだこの人は。


 「まぁ、僕もそう信じてるけどさ……」


 俺は溜息をついてカレーライスを口に運ぶ。望さんは辛いのは苦手だからメチャクチャ甘ったるい味付けだ。

 ネタバレすると、望さんはビッグバン事件の真相を知っている。後の明星一番編、そしてトゥルーエンドで明かされることなのだが、望さんは八年前の事件の爆心地にいたのだ。


 「ま、私の周りでも色んな噂が流れてるけどね。ぶっちゃけ私は犯人探しに興味無いけど、それが乙女ちゃん家ってなると話は別よねー」


 先に夕食を食べ終えた望さんが見事なゲップを鳴らす。そして正面に座る俺のことをジッと見つめて、まるで俺を試すように不敵に微笑んで口を開いた。


 「ねぇ、朧。実はね……私、八年前の事故の犯人を知ってるの」


 俺は思わず持っていたスプーンをテーブルに落とし、そしてゴホゴホとむせて咳き込んだ。


 「知りたい?」


 ……そう、望さんは真相を知っている。だが今、望さんが俺を試しているのだと気づいた。

 望さんが事件の真相を知っている、というのは真だ。しかしあの事件に犯人がいるというのは偽だ。

 あの事件に犯人なんて存在しない。仮に俺がこの場で知りたいと答えても、きっと望さんはテキトーにはぐらかすか洞話をするつもりだろう。


 「いや、いいよ」


 俺はカレーライスの最後の一口を口に運んだ。


 「乙女達がそうじゃないなら、それだけで十分だから」


 俺の返答を聞いた望さんは、「ふーん」と言って嬉しそうに……いや楽しそうに笑っていた。可愛い所あるんだよな、この人。叔母と言ってもまだ二十代……そういや何歳なんだこの人って。乙女と並んでなんでこの人は攻略不可能なのかと、前世でネブスペ2をプレイしていた俺がときめいていたヒロインだ。

 ま、俺は乙女の方が好きだけどな!



 「そういや、乙女ちゃんって結局どこに転校したの?」

 

 俺がキッチンで食器を洗っていると、再びソファの上で寝転んで今度は駄菓子を食べ始めた望さんが言う。


 「それがわからないんだよ。都心の方の学校に転校するとは言ってたんだけど、それ以上は教えてくれなくてね」


 未だに乙女と連絡はつかない。もう極力俺達との接触を絶とうとしているのかもしれない。もう俺も烏夜朧も未練たらたらという感じだが、何故こんなにも落ち着かないのか……。


 「ねぇ、朧」


 なおもバリバリと駄菓子を食べながら望さんは言う。


 「ちょっと前にね、乙女ちゃんが私のとこに来たんだよ。研究室に」


 俺は驚いて、思わず布巾で拭いていた食器を落としてしまい、それが俺の足の甲に直撃した。


 「おうっ!?」

 「何してんの」


 望さんは呆れたように笑いながら言うが、アンタが突然びっくりするようなことを言うからだろ!?


 「でさ、とある物を預かったんだよ。だから取りに来て」

 「……いや、なんでここまで持って帰ってこなかったの?」

 「面倒だったから」


 アンタ、人からの預かりものをなんだと思ってるんだ。


 「乙女から何を預かったの? 手紙とか?」

 「さぁ、私は封筒を貰っただけで中身は見てないもん」


 いや、封筒ってそれ絶対手紙じゃん。もう考えるだけで心が痛くなってくるんだけど。

 

 ……ネブスペ2でこんな場面の描写はない。今、大星は美空ルートに入っているはずだから俺がアストレア姉妹から相談を受けていた裏で呑気に二人で放課後デートをしていたはずだ。

 いや、明らかにこっち側が光の当たらない裏側なのだ。前世の俺が画面越しに観測できなかった、烏夜朧視点の物語──自分が知らないネブスペ2の裏側に、戸惑いつつも俺はワクワクしてしまっていた。

 

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