早くも死というバッドエンドの危機



 スピカやムギ達ヒロイン勢は、毎日のようにネブスペ2の主人公である大星と仲良く登下校している。俺は学生時代に可愛い女の子と登下校なんてしたことないけど、エロゲ世界では珍しくないことだ。エロゲ世界だから、というよりは単に主人公がそれだけイイ男だからだろう……ウゥッ、なんか悲しくなってくるぜ。


 幼馴染の美空という存在がありながら、大星はスピカとムギによく連れ回されているが……このタイミングで、いや大星編の全編を通しても朧とアストレア姉妹が一緒に出かけているという描写を思い出せない。


 「今日は白波が太陽によく映えますね。まるで浮世絵や水墨画の世界みたいです」


 喫茶店の店内から見える月ノ宮海岸を眺めながら、スピカはオレンジジュースを一口。


 「浮世絵や水墨画を真っ先に連想するなんて、スピカちゃんもすっかり日本人だね」

 「何をおっしゃるんですか。私、生まれも育ちも日本ですよ?」

 「そうだったね、これは失礼」


 ネブスペ2の舞台となる地域は、房総半島の太平洋岸にある月ノ宮町という町だ。東京都心へ快速あるいは特急一本で行けるという立地からある程度場所は特定出来る。やっぱ恋愛ゲームの舞台は海に面してナンボよ。


 月ノ宮町は人口一万人ぐらいのそれ程大きくない町だが、数十年前にネブラ人の宇宙船が月ノ宮海岸に着陸したことをきっかけに一気に開発が進み、宇宙船は八年前の爆発によって見る影もないが跡地に月ノ宮宇宙研究所や博物館など様々な施設が建設され、海岸沿いには多くのリゾートホテルが立ち並ぶ立派な観光地となっている。


 「こういう景色を見て風流を感じられるなんて、やっぱりスピカちゃんは大人の女性って感じがするよ」


 月ノ宮海岸沿いを通る海岸通りには観光客向けの飲食店や宿泊施設が多数居を構えているが、俺達が今利用している喫茶店『ノーザンクロス』はネブスペ2の作中でも多くのキャラが訪れている……いや、三人の主人公がデート場所によく利用している。店内からの景色が良く値段設定も良心的で、そしてスタッフの制服が可愛い(これ重要)。

 実際に作中のヒロインがこのカフェでバイトをするイベントもあるし、今日はいないみたいだが後輩がここでバイトしているはずだ。


 「でも、スピカはコーヒーを飲めないからまだまだ子ども」


 スピカの隣でアイスコーヒーを飲むムギが、からかうように笑いながら言った。


 「む、ムギ! 別にコーヒーは大人とか子どもとか関係ないでしょっ。烏夜さんもそう思いませんか?」

 「……僕はコーヒーを飲めなくても素敵だと思うよ!」

 「大人とは言ってくれないじゃないですかー!」


 このやり取り、何だかすごい既視感がある。多分大星視点でもアストレア姉妹を相手にやってたわ、これ。プンプンと子どもみたいに怒るスピカと、そんなスピカをからかって楽しそうなムギがただただ可愛いだけのイベント。

 アストレア姉妹は一応スピカの方が姉という扱いで、スピカもおしとやかで大人びた雰囲気を出しているが、中身はまだまだ年相応、という印象だ。ムギの手玉に取られていることが多い。


 「私が大人とか子どもとかはどうでもいいんですっ。烏夜さん、その……観測レポートについてなんです」


 観測レポートというのは、月ノ宮学園で学期末と夏休み・冬休み明けに提出が義務付けられている、天体観測に関する宿題のようなものだ。


 「あぁ、次の土曜の夜に皆で集まる予定だったね……」


 宇宙人であるネブラ人の生徒が多く通っているという特殊な環境もあり、月ノ宮学園では宇宙や天体を主体としたカリキュラムが多く組まれている。

 その一つが観測レポートという課題で、学期毎と長期休暇毎に複数個の天体を観測しレポートにまとめなければならない。これは個人でも複数人でも取り組むことが可能で、俺達は大星、美空、スピカ、ムギ、レギー先輩、俺、そして乙女の七人でグループを組んで二週間に一回程度集まって天体観測を楽しんでいた。三年生であるレギー先輩はもうレポートを提出する必要はないが、天体観測の先輩として俺達に付き合ってくれていた。


 「私達、乙女がいなくなったまま続けるの?」


 元々、一年生だった時に俺と乙女、大星と美空、そしてレギー先輩の五人でグループを組んで観測レポートに取り組んでいた。その五人で集まったきっかけを作ったのも、そしてこのグループにスピカとムギを引き入れたのも乙女だったのだ。


 「……気が進まないのかい?」

 「ううん、そういうわけじゃないけど……私達がいて、良いのかなって」


 スピカもムギも気づいているのだろう。大星がネブラ人はおろか、宇宙そのものが嫌いだということに。

 大星は観測レポートという課題にかなり消極的だからだ。


 「私達、いつも大星さんに無理をさせちゃってるので……これが丁度良い機会だと思うんです」

 

 ネブスペ2の最初の主人公である箒木大星は宇宙や星が嫌いなのである。その理由は八年前のビッグバン事件に起因するものなのだが、月ノ宮学園に入ってしまったからには観測レポートの提出が必須であるため、嫌々ながら彼はレポートを書いているのだ。


 二週間に一回ぐらいの頻度で開催される七人集まっての天体観望会も、美空が家から大星を引きずり出し、レギー先輩が発破をかけ、そしてスピカとムギの甘い言葉で落とさなければ大星はまともに星を見ようとしないのだ。しかも自分で考えて書こうとはしないから、大体美空のを写しているだけだ。


 「大星、未だに春の大三角を覚えてくれないし……」


 とはいえ宇宙を嫌う大星を無理やり連れ出して天体観測をしたくないというアストレア姉妹の言い分もわかるし、全然乗り気になろうとしない大星の言い分も俺はわかっている。観測レポートを書くのにグループを組む必要もないため、諸々の事情を鑑みれば解散した方がいいかもしれない。


 「いいや」


 だが、そんな未来はあってはならないのだ。


 「僕は、続けるべきだと思うね」


 大星がスピカとムギのために無理をしているというのは確かだ。しかし、それは大星自身が望んでやっているということを、彼も彼なりに自分のトラウマを克服しようとしているということを、ネブスペ2をプレイした前世の俺は知っていた。

 何よりも……俺達の繋がりがなくなると、俺達を繋ぎ止めていた乙女の存在が本当に消えてしまいそうだった。


 「僕は、乙女が作ってくれたこの集まりを壊したくない。確かに乙女はいなくなってしまったけど、いつか乙女が戻ってきた時、その時も僕達と一緒にスピカちゃんとムギちゃんがいないと彼女は悲しむと思うよ」


 乙女がきっかけを作って繋がった俺達の絆が、奇しくも乙女をきっかけに崩壊しようとしている。

 俺は、その未来を絶対に阻止しなければならない。何故ならバッドエンド、つまり俺の死に直結してしまうからだ。


 「烏夜さん……」

 「絶対に乙女は戻ってくるよ。僕はその時まで、いやそれからもずっと、二人に一緒にいてほしい。きっと大星もそう思ってるさ」


 帚木大星編でのバッドエンドの中に、この観測グループの崩壊というものがある。それはヒロインの誰かのバッドエンドという扱いではなく、数あるおまけエンドの一つだ。


 乙女が作り上げた観測グループがなくなったことで大星達はバラバラになってしまい、彼らの関係が完全に途絶えてしまう『離散』エンド。一見朧が死ぬ要素のないこのエンディングでも、気を病み過ぎた朧が自分探しの旅に出るとか言って太平洋を横断するためにヨットで旅立ってしまう。そして数日後に行方不明になり、無人のヨットだけが見つかる……しかし誰も友人だった彼の死を特別悲しまなかった。

 うん、これってわざわざ朧が死ぬ必要あるのかね?


 「乙女がいた証なんだよ。ここが今の僕達の依代になるのさ」


 死という運命から逃れるために観測グループの解散を避けたいというのが前世の俺としての願いだが、乙女が築き上げたものを壊したくないというのが烏夜朧としての願いでもあった。


 「朧。こういう時に真面目なこと言うの、気持ち悪い」 

 「え? 酷くない? こういう時って普段とのギャップにときめく場面じゃないの?」

 「多分、烏夜さんはそういうことを口に出してしまうのが良くないんだと思います……」


 いや、俺だって言いたくはないけど条件反射みたいに出てしまうんだよ。俺だって一応は烏夜朧のキャラを頑張って演じようとしてるんだから。


 「次の観望会も有意義なものにしましょう。夏休みには花火なんかもいいですね」

 「あそこの展望台って花火大丈夫なの?」

 「うん、大丈夫だよ。昔から地元の人達はあそこで花火をやるものなんだ」


 ちなみにだが、俺達の観測グループが天体観測をするために集まる場所、月ノ宮宇宙研究所の敷地内にある月見山の展望台は星空が澄んで見える絶好のスポットで、ネブスペ2で数々の名場面を生み出した聖地でもある。

 ま、主人公の中にはヒロインと二人で天体観測をするという名目で、野外で不埒な行為を致していた奴もいたがな! 綺麗な星空の下でよ!


 ともかく二人が観測グループの解散話をそれ以上持ち出さなかったため一旦は思い留まってくれたようだが、真面目なカリキュラムを利用した不埒な行為に対する憤りを抑えるために、俺は自分の分のアイスココアを飲む。実は俺もコーヒーはあまり好きじゃない。

 落ち着きを取り戻してフゥと一息つくと、その後俺は二人と他愛もない話をして時間を潰し、喫茶店を後にした。


 気のせいだと思いたいが……乙女がいる時と比べると二人の笑顔が減ったように感じられた。

 やっぱり俺なんかには、乙女の代役は務まらないらしい……そう悲観しながらも、俺達は散歩がてら海岸通りを歩くことにした。

 

 

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