第2話 先王陛下は暇である

「おい、カークモンド。暇だ。ちょっと裸踊りでもしろ」

「必然性を認めません」

「ヒャハハハ!剣聖サマよぉ、先王陛下のご下命だとよ。早く脱げ」

「スケア、殺す……」


 【カークモンド】が目にも留まらぬ速さで抜刀するものの、刃が【スケア】の身体に届く前に空中で停止する。

「うわっ、コイツ多重障壁を半分以上持っていきやがった」

「……ちっ、殺りそこねたか」

「オマエ、煽り耐性皆無だな……」


 ここは、【ヴァッサー・トーア王国】南方に位置する【ゲルプ候爵】の居城である。 


 城の主は、当年60歳になる長い白ヒゲが特徴の好々爺である。

 だが、その実体は【ヴァッサー・トーア王国】を一代で大陸に覇を唱えるほどの大国に導いた、偉大なる先王【リヒト・フォン・トーア・ゲルプ】その人であった。


 その身が玉座にあった頃には、昼夜を問わずに多忙を極めていたが、こうして退位してみると、今度は暇を持て余していた。


 あれほど休みを熱望していたのに、それを享受できる立場になると、今度は時間を持て余す。

 明らかな仕事ジャンキーである。


 暇を持て余した彼は、かつての盟友で、まだ現役バリバリの【剣聖】カークモンドと【賢者】スケアを居城に呼び出したのだが、いかんせんジジイ3人が集まっても刺激が足りない。


 その結果、先王陛下は盟友にムチャ振りをしたのだが、まさか命のやり取りにまで発展するとは思わず、ちょっと焦っていた。


「ま……まぁ、カークモンドもスケアも落ち着いてな」  

「お断りします。コイツには少し痛い目を見せねばならぬようです」

「ヒャハハハ!今度はこっちの番だ。この脳筋野郎が!」


 暇は潰したいが、居城でドンパチは困る。

 何せ、そんなことをしようものなら後で困るのは自分だからだ……。


「あらあら、まあまあ。剣聖と賢者ともあろう方々が私闘ですか?」


 そこに現れたのは、リヒトの妻である【レティシア】だった。


 とたんにジジイ3人が直立不動になる。


「せっかくだから、私も参加してよろしいかしら?」


 彼女の現役時代の称号は【聖女】だが、二つ名は【撲殺天女】【聖なる鬼女】【永遠の恐怖】というその容貌には不釣り合いな言葉が並ぶ。

 それもそのはず、彼女は戦闘になれば、身の丈もあるメイスを振り回し、敵を蹂躙することを至上としていたのだ。

 しかも、彼女の逆鱗に触れた敵は素直に殺してももらえない。

 死んでもすぐに蘇生せられ、何度も何度も同じように撲殺される。

 ようやく死なせてもらえた敵は、髪の毛も真っ白になり笑顔で死んでいたという。

 


「シア、こっこれはだな……」

「聖女様、いえ決して某は……」

「あっ姉御、俺たちはみんな仲良しです……」


 男どもは、背中まで汗をかいて必死に言い繕う。


「でもぉ〜。皆さん昔を思い出しているようなので、私もまぜてもらおうかと」


 とレティシアはどこからともなく、身の丈ほどもある極太なメイスを取り出す。

 彼女がメイスを床につくだけで、王城が揺れる。


「久しぶりに【滅殺王】が血を吸いたいと騒いでいますの」


 彼女は優しく微笑むが、決してその目は笑っていない。

 ジジイたちはまさに生きた心地がしない。


 今、ピクリとでも動けば殺られるとビビる3人の前に、救世主が現れる。


「じいじ、ばあば。遊びに来たよぉ」


 それは現王の8番目の子供、今年5歳になる娘【オクトー】であった。

 彼女は流れる金の髪とクリっとした瞳が特徴的な、控えめに言っても美少女である。


 歳の離れた末の孫のため、レティシアは特にこの少女を可愛がっていた。

 先程までの殺気が霧消し、頬が緩む。


「あらあら、まあまあ。オクトーちゃん、大きくなって」


 ジジイ3人もここぞとばかりに、少女の抱き込み工作に走る。

 ここで少女に去られることは、レティシアのOHANASHIと言う折檻に繋がることをジジイどもはこれまでの経験から学んできているからだ。


「おおっ、オクトー。お菓子食べるか?」

「オクトー姫、お元気そうで何より」

「姫。よくぞ来てくれたぁ。魔法はいかがかな?」


 もうそこに国の重鎮という肩書はない。

 ただ、生き延びたいという浅はかな計算のもとに媚びる男たちの姿があった。

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


基本、何も考えずに読んでいただけると幸いです。



拙作で『カクヨムWeb小説短編賞2023』に参加します。


みなさまの応援をいただけたら幸いです。


  


 

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