大したことない人間で悔しい

甘木 銭

大したことない人間で悔しい

 あー、えーと。


 この映像を観ているあなたが何者かは知らないけれど、まぁ、僕が知っている人間だというつもりで話すことにする。


 もし知らない誰かに見られたりしたら赤っ恥だけれど……。

 うん、まあそういう恥をかくっていうことも今の僕には必要なことだと思うから、甘んじて受け入れることにする。


 さて、まずは現時点での僕の話からしようか。

 そんなこと聞きたくもないと思うけど、これは必要なことだから聞いていてほしい。


 あー、とはいえ、何から話そうか。

 うーん……そうだな、まぁ。


 えーと、僕は小学校中学校といじめられていた、そんな漫画に出てくるようなひどいもんじゃないけど、なんとなく。

 仲間外れとか、鬱陶しく絡まれたりとか。

 クラスの隅っこで本読んでるだけなんだから、ほっといてくれたらいいのに。


 授業中に机に雑巾を投げられたこともあったっけ。

 当時の僕は人間が出来ていなかったから……まあ今も出来てないけれど……そういうのに毎度毎度怒って、取っ組み合いの喧嘩も珍しくなかった。


 コミュニケーションも上手く取れないし、気に入らないことばっかりでさ。

 なんだか自分が社会の異物みたいな気がしてしまって。

 色々本を読んでいたのもあって、自分を客観視したり、まあちょっと悟ったようなことを考えたりしてて。


 ちょっと大人ぶってて、今から考えれば小賢しい感じではあるんだけど。

 でもまあ、そんな段階からでも思うことはあって。


 ああ、自分は普通の人間になり損ねたんだなぁって思っていたよ。

 で、なんだろうね、自分の中にくすぶっていたものがあったような、そんなような。


 その後、高校デビューってわけじゃないけど。

 高校進学を機に、自分の中で意識改革みたいなものがあったんだろうね。

 なんとなくキャラが変わったような、そんなような気がする。


 表面上取り繕ったりだとか、表向きだけは上手くやる、みたいな技術が身についていったよ。

 相手の話を何一つ聴いていなくても相槌だけでいかにも聞いている風を装えたり。


 でも、心の中では色んなものが渦巻いていた。

 人間の根っこはそうすぐには変わらなくて、小中学校の頃の僕と完全に地続きだったんだろう。


 例えば、まぁ俺はこんなもんじゃないだとか、誰にでもあるような尊大な自意識なんだけれども。

 僕の場合は小中での体験が余計にそれを助長させていたんじゃないかって気がする。


 だって普通の人間になれなかったし、僕はずっと異物だったし、それってつまり普通以下ってことじゃないか。

 そんなのは嫌だったし、まぁそれならそれでいいなんて思えるほど悟ってもいなかったし。


 他のみんなが成長と共に当たり前に獲得している当たり前を得損ねたので、自分は普通以下ではないと証明するために。

 ただの異物ではないと証明するために。

 自分は普通でなく、特別であると示さなければならなかった。

 少なくとも僕の中では。


 幸いにも勉強はできる方だったし、本もよく読んだ。

 他の人間には分かっていないことが分かっていると思っていたし、見えていないものが見えていると思っていた。

 周りのヤツは馬鹿だと思っていた。

 それは余計に僕の孤独を深めたけれど、他人から自分を守る壁としても機能してくれた。


 あとはえーと、うん、そうだな、僕は自己紹介が苦手だ。

 自分がどんな人間ですっていうのを定義づけることが本当に苦手なんだ。


 何か他人に誇れるものがあるわけでもないし、何者でもないし。

 自分が好きなものの話だって突き詰めていくと、自分は本当にこれが好きなのかって悩んでしまって。


 まあ、そういう風に、何て言うか、自分のアイデンティティみたいなものが確立できていない。

 人間として軸がぶれている状態。

 そして何も突出した所のないまま、なり損なったがために心から嫌悪していた平凡に落ち込みそうになりながら、どうにかもがいて生きている。


 そんなこんなでもう大学を卒業する年だけれど、いやほんと就活には参ったね。

 ほら、自己分析とかさせられるだろう、あれ。


 いや、ほんとびっくりしたね、自分にあんまりにも何にもなくってさ、こんなに自分は空っぽなのかって思い知らされたよ。


 いや、そりゃあさ、部活でやってた演劇とかあるよ。

 でも大活躍なんてしてないし。

 自分の可能性を広げたくて、小説やら漫画やら動画やら、クリエイティブで自己表現的な、色んなものに手を出してきたけど、人に言えるほど何かがあったわけでもない。

 そもそも僕はそういうものを必死で頑張っていたのか。


 残ったのは、今こうやって回しているこのカメラとか、そういう使い所を失ってなんとか有効活用の方法を模索しているモノたちぐらい。


 まぁ、昔からちょっとだけ要領が良くて勉強とかはできたけどさ。

 それで自分は優秀な人間だと思っていたし、当たり前を獲得し損ねて普通以下になることを殊更に恐れていたりしたんだけど。


 新しいことを始めても、人より身につくのが早かったりとか、でもその分他の人より壁にぶち当たるのも早かった。

 成長過程で何か壁にぶつかって、それを越えていくっていうのが当たり前なのにね。


 何か頑張ってそういう壁を越えていくのが、なんて言うんだろう。

 まぁ世の中舐めてるって思われても仕方ないけど、面倒くさかったんだろうなぁ。


 だから頑張ることはしなかったし、頑張れなくても手っ取り早く自分が何者かになれるものが欲しかったのか。

 まあ多分こういう思考がマルチとかを生み出すんだろうけど、そういうのはまあ今は一旦置いといてだ。


 いやー、自分はなんて空っぽなんだって思ったよね。

 表現活動っていうもんに向いてない。

 あるいは、だからこそ表現活動みたいなものにすがってたのか。

「空っぽな奴ほど詩を書きたがる」って歌詞があったけど、いやあれを最初に聞いた時は図星すぎてもう愕然としたっつうか、しばらく虚無だったよ。


 とは言いつつ、目先のごまかしだけはうまかったから、まあ適当にやってただけのことをいいように話を盛って、内定をもぎ取った。

 仕事は休みの多さで選んだ。

 必死で仕事をする気なんてなかったし。

 まあそれすらも職場なんか自分のアイデンティティーではないっていう言い訳をするための逃げだったのかもしんないけど。


 そういう仕事以外の時間を増やすことによって、自分を磨く時間を確保したかった的なことを言うよ。こんな風に大学生のうちの時間を無駄に過ごしている自分が、休みを確保できたからと言って、どう自己研鑽をするのかっていう話ではあるんだけど。


 えーと、まあごちゃごちゃ言っててまとまらなかったけれど、とりあえずこれが今んところの僕の素直な気持ちです、誰にも話したことのない、頭の中でずっとグルグル回ってただけのものをどうにかこうにか今アウトプットしてみました。


 アレだな、自分の思っていることを言語化するのって意外と難しいな。

 だから表現とか創作があるし、その道のプロがいるもんなんだな。


 色々かじったくせに、今更こんなことに気がついてるなんて。

 やっぱり僕にはその辺の才能がなかったんだなぁ。

 ネットに公開した作品たちも、ほとんど誰の目にもとまっていない訳だし。


 ……あ。

 あぁぁぁ……。

 そうか、そうか!


 あ、いや、うん。

 今気づいた、ん、だけど。


 そうか、僕は。

 誰かに認めてもらったり、褒めて欲しかったんだ。

 愛されたりとか……抱きしめられたりとか。


 ……うわぁ、恥ずかし。


 ……んー、あー。

 まあ、出してみるとなんかまぁ意外とっていう感じもあるけれど、まあこいつらが胃腸にもたれかかってたんだなぁと思うと、うん、今吐き出しといて良かったかもしれない。


 とんでもなく恥ずかしいけど。

 うん、もうこれで終わりにしよう。二度とやらない。


 えーと、あ、そうそう。

 最近はデエビゴに頼らないと眠れなくなってきてるけど、まぁ、少しでも安眠に近づくことを願って。


 こういう風に人間として軸がぶれているっていうか、アイデンティティーを確立しようとするような事っていうのはまあ生きていく上で、僕くらいの年代で誰もが通る道らしいので、まぁ、今のところ僕は僕なりに足掻きながら、そう遠くない未来にはこういう色んなものが解決していることを願って。


 今のあなたが、何者になっているかは分からない。

 でもきっと、僕の知っている、僕であることを。

 今の僕と地続きの先にいるのだと信じて。

 とりあえず今の僕のこれを、未来の僕に託します。



 〇



 再生し終わった動画を見終え、私は椅子に深くもたれかかった。

 仕事を終えたディスプレイは動画の最後のカットを暗く表示して次の操作を求めているが、肘置きに置いたままの手はなかなかマウスに伸ばす気が起こらない。


 引越しのために部屋の整理をしていたら出てきたSDカード。

 その中に入っていた動画には、確かに憶えがある。

 今の今まで忘れてはいたが、最初に若き日の自分が映し出された時に、当時の感情の全てが心の中に蘇ってきた。

 その為に身動きひとつ出来ず、動画を止めることもできないまま最後まで見続けてしまった。


 そうだ、確かに「僕」はあの時そんなことを考えていた。

 人間として軸がぶれていて、自分というものを見つけられずにいた。


 今は、多少マシになった、とは思う。

 そしてそれは動画の最後に言っていた通り、時間の経過とともに得られたものだと思う。


 その時間の中には、私が私として得てきた知識や経験があるのだから、全てが時間の手柄みたいに言ってしまうのは癪だけれど。

 それでも時間を経なければ得られなかったものも確かにあって。


 でも確かこの頃の僕は、即効性のあるものが欲しくてたまらなくて、この動画もそんな小さな足掻きの痕跡で。


 ……しかし、まあなんとも恥ずかしい。

 最後の方には頬の奥がムズムズとして、涙が出そうになり、ほとんど目を開けていることも出来なかった。


 今の私がこの頃の自分を助けてやることはできないけれど。

 今の自分が、この頃の僕が望んでいたような何者かになっているかは分からないけれど。


 とにかく無事に、今生きているよと。

 君がそうやってもがいて来たことは、決して無駄にはならなかったよと。


 それだけは、届かないながらもメッセージを送っておいて。

 さらに未来の自分はどうなっているかと思いを巡らせながら、どこかにしまっているはずのビデオカメラを探すことにした。


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