第24話
自然豊かな山間の道を車で駆け下る。エンジンは、機嫌よさげに軽快なリズムを刻んでいる。
アリーシャとのお家ディナーのため、お使いに来ている。
相変わらず、周囲には車も人も見当たらない。この地はよく知っているはずなのに、人の気配がないだけで、まるで未知の世界に迷い込んだような、不思議な感覚だ。
孤独を好むタイプだとは思っていなかった。孤独は辛いもの、そう思っていた。でも、今この瞬間、孤独は意外にも悪くないと思えてきた。
会社のドロドロした人間関係や、取引先へのゴマすり競争はもううんざりだった。
そんな勤続疲労が消えてしまった今、ストレスという重荷から解放され、心が驚くほどが軽くなった。
仕事が嫌いなわけじゃない。でも、仕事に溺れるワーカホリックでもなく、仕事に人生を捧げるつもりもない。
自分の時間を楽しむこと、それこそが最も大切なことだと思っている。仕事に縛られ、自己の時間を犠牲にする世界には、少し違和感を感じる。
自由に楽しく生きるのが、一番の価値だという世界はないものかな?
オレは、組織の枠に縛られるのが苦手で、地位や肩書で自分を飾ることに価値を見いだせない。
そんな自分にとって、孤独は決して恐ろしいものではないような気がしてきた。結構楽しく生きていけるかもしれない。
遊び心を忘れずに、生活を楽しむ。それが理想かな。
しかし、ストレスが減ることばかりではない。逆に上がったこともある。
人間関係や金銭の心配はなくなったが、食べ物の心配は跳ね上がった。
まるで無人島でサバイバル生活をしているような状況だ。
でも、大丈夫。
私は今まで経験したことないほどの、自由を手に入れたんだ。
この広大な自然が、私の食卓だ。
さあ、冒険を始めよう!
ゲームやアニメだったら、こんなセリフが言えるんだろうが、そんなうまくいかないんだろうな・・・。
せいぜい生き延びられよう、必死にあがいてみるしかないな。
生活のためのライフラインについては、ちょっと希望がもてるかもしれない。思い出した場所がある。
それが、これから尋ねる目的地、国道沿いにある、先週オープンしたばかりのショッピングモールだ。
ショッピングモールと言っても、地方のモールだ。
チェーンの食品スーパーとホームセンターがメインで、珈琲店や小さなフードコートがあるくらいだ。
その時、突然身体の調子がおかしくなってきた・・・、「・・・くっ!?・・・な、なんだ?」
オレは突然頭に雷が落ちたような激痛に襲われた。心臓はバクバク跳ね回り、胃袋は逆さまにされそうだ。
「くそっ!」 オレは必死でブレーキを踏み込んで車を路肩に寄せた。顔から汗が滲み出る。
ひどい頭痛がする。いや頭が熱い。脳ミソが熱いんだ、溶けて流れ出しそうだ。
「なんだこれ、魔法の副作用か? それとも乳神水の影響か? 後遺症なのか?」
オレは呟きながら目を閉じた。すると、頭の中・・・意識の中で大爆発が起きた。
オレの身体全体が、思考も動作もフリーズした、一瞬後。
「うわあああ!」オレは頭を抱え叫び声をあげていた。
頭の中には、映像の嵐が吹き荒れていた。意識の海に何百という映像が浮かび上がり、波紋を広げていった。
こんな風景見たことないぞ。これは・・・、きっとアリーシャの記憶だ。レイラもいる。
アリーシャの言った通りだ、レイラは自分を犠牲にしてアリーシャを守ったのか。
その後のあの光は、・・・核爆弾みたいな光だな。
脳内に押し寄せる記憶の波。まるで嵐のように、アリーシャの過去の戦いがオレの眼前で繰り広げられる。
戦士だとは聞いていたが、これほど凄まじい戦闘だとは想像していなかった。
怒涛のように魔獣が襲い掛かってくる。何匹いるんだ? 100や200どころの数じゃない。
次々と倒れていく人たちが、戦場の残酷さを物語る。これが実戦か。
血まみれの死体は言うに及ばず、断ち切られた腕や脚、臓器が散乱し、戦場は地獄絵図と化している。
こんな数の魔獣、機関銃持ってても、殲滅できないんじゃないか?
自衛隊でも、魔獣の数倍規模の兵力と装備がなければ、敵わないだろうな。
それにしてもアリーシャ達の、この戦い方はなんだ? ただの人海戦術じゃないか もっと賢い戦い方があるだろう。
下手に個人の能力が魔法などによって高いから、それにおんぶにだっこで個人戦をしているようだ。
もっと組織的に、戦略的に戦わなきゃダメだろう。オレが文句言ってもしょうがないか。
アリーシャの世界の混浴は魅力的だが、こんな危険な異世界にお邪魔するのはやめておこう。
映像記憶の洪水はようやく収まった。オレの脳ミソは通常状態に戻ってくれた。
「ふぅ・・・」オレは深呼吸した。
一時は、脳内出血と心不全が同時にきたのかとビビッてしまった。
アリーシャもこんな記憶をオレの頭に送り込んだんなら、前もって言っといてくれよ。あ~ビックリした。
しかし、アリーシャの凄まじい戦闘シーンは、オレの目に深く焼き付いて離れない。獅子のように敵に立ち向かうアリーシャの戦闘は圧巻だった。
アリーシャは、何百年もの間、この地獄のような戦いに身を投じてきたのだろうか?
彼女の地位は、見るからに指揮官クラスの高位にあるようだった。周りの部下を奮い立たせる指揮官としての風格が滲み出ていた。
己の命さえ危うく思えるほどの緊迫した状況の中で、自分で考え、決断を下し、他人への依存など一切せず、生死を分ける瞬間にも動じずに戦っている。
なんて凄い女性なんだ。そんなアリーシャに、脱帽するしかなかった。
カレーを平らげているときの、穏やかな笑顔の女性と一緒だとは思えない。まるで別人のようだ。あの血みどろの戦場で命を賭けて闘う彼女と同一人物だとは、信じがたい。
オレなんかがあの戦場に足を踏み入れたら、ただオロオロと震えるだけだろう。その上、みっともなく命を落とすことになるのは間違いない。
アリーシャがあれほどの困難な戦いに挑んでいる姿を目の当たりにすると、せめてこの世界では安らぎと笑顔が訪れることを、思わず祈ってしまう。
そして、彼女にはできるだけ優しく接してあげたいと思う。
彼女が笑ってくれるなら、オレは何でもするよ。
惚れた弱みというやつなのかな。
アリーシャの記憶の中には頻繁にレイラが登場する。オレもその姿をありありと目にすることができた。
やはり、レイラを前にどこかで見たような気がするんだ。どうしてだろう? それは、遠くて曖昧ながらも確かに感じる何かがあるんだ。
今朝、アリーシャと初めて出会った消防署の前を通り過ぎる。
あの時はまだ、今日がこんなにスペシャルな日になるとは夢にも思わなかった。
アリーシャに出会ってから、人生が一変した。いや、一変どころじゃない。
一日で何十年分もの冒険をした気分だ。今日を記念日に登録しなきゃ。
アイアムレジェンドのように一人ぼっちになったり、異世界人の美女と出会ったり、空を飛んだり、筋肉ムキムキになったり。
異世界や魔法が、ホントに存在するんだと思い知らされた。
オレはもうこの世界なんて、どうせ終わりだと思っていた。
アリーシャに出会ってなかったら、そう遠くないうちに生きる意味を見失っていたかもしれない。
異世界人のアリーシャが、オレに生きるための、楽しい刺激や希望を与えてくれた。
ジョンの方は、アリーシャのセクシーなプロポーションに大いに刺激された。ありがたい。
あれっ? そう言えばなんで、こんな地方の消防署に、装甲車が3台もいたんだろ?
戦地でもないのに、不思議だな。後で、装甲車の中を見学させてもらおうかな。
しまった。やっぱり銃は返さずに、持っておくんだった。
これから、人の気配がなくなったら、熊や猪が町まで下りてくるかもしれない。
これからこの世界は、野生の王国だ。
護身用に銃は持っていた方がいい気がする。
帰りに寄って、銃を貰って行こう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます