第20話

「オマエをランボー体型にする実験だ」

「えっ? なれるのっ?」

「お前たちの種族に対してこの手法を試すのは初めてだから、完全に成功するとは言えない。ただ、方法自体は存在する」

「それって、どうやるんだ?」

「私が、お前の脳や身体に魔法の指令を送り込む。今回の場合は、身体を硬質で筋肉隆々なものに変えるという指令だ。しかし、そのメッセージがお前の脳や身体に実際に受け入れて実行されるかどうかは、今の段階では未知数だ。つまり、試してみなければわかならない」

アリーシャの顔には、真剣さが浮かんでいる。言葉を選びながら、彼女の視線はオレの目を直視している。

「痛みとか、何かデメリットとかは、ないのか?」

「変化の過程で痛みは正直、出ると思う。変化は私の魔法で起こすことになる。その後の体型を維持するための魔法を、デップリはもっていないから、私から魔法を補充する必要がある。定期的に私の母乳を摂取しないと、体型は維持できない」

「あー、あれか。女は精さん。男は母乳、ウ~ン呼び方どうしよう・・・。乳さんにしようか乳君かな?」

「どうでもいいぞ。呼び方なんて」

「まあ、それならオレもアリーシャも同じ立場だな。互いに助け合うってことで、ギブアンドテイクってやつでいいんじゃないか」

「でも、オマエが魔法を使えるようになるわけじゃないぞ。どうする? デップリ次第だ」

ジムに通っていた時期もあるが、思ったほどの効果も感じられず、会費を払うのが惜しくなり、結局やめてしまった。

母乳で体型を維持できるのが、アリーシャがこの世界にいる間だけだとしても、一度はあのランボーのようなたくましい肉体を手に入れてみたかった。

オレは深く溜息をついた。正直、頭に魔法を送り込まれるなんて、おっかない。

しかし舞台は整い、そして運命の鍵は今、オレ自身の手に委ねられていた。選択は自分次第、オレは心の中で固く決めた。

「清水の舞台から飛び降りてみるか? 飛ばねぇ豚は、ただの豚だしな。もう、まな板の上の鯉になってやる。やってくれ。いくぞ。」

覚悟を決め、寝室のベッドにドカドカと向かう。

アリーシャは目を丸くして「舞台? 豚? 鯉?なんの関係があるんだ?」とブツブツ言いながら付いてきた。

さっきと同じように、アリーシャはオレの唇を塞いだ。

脳へのビリビリ感はさっきほどではないが、全身への痛みは想像以上だった。

今回は痛みが強すぎて、気絶もさせてもらえないようだ。

全身に思いっきり力が入り、痛みに耐えようとするが、体の中心から熱く痛みが沸き上がり、激痛から逃げることが出来ない。

全身がプルプルと震えだし、汗が噴き出してきた。

アリーシャは、魔力の注入が終わったのか、唇をはなしていた。

優しく涼し気な赤い瞳で、オレの目をのぞき込んでくる。母性を感じさせる、柔らかく温かい表情だ。

最初会ったときは、おっかない女だと思ったが、こんな優しい顔をするとは。まさに、女神そのものだった。

しかしその思いも束の間、全身を激痛が駆け巡り、声すら出せなくなった。

激痛に呼応すかのように痙攣にも襲われる。自分の身体だというのに思うように力も入れられなくなり、視界までぐにゃりと歪んできた。

それでも、オレは必死にアリーシャを見つめた。彼女の瞳に映るオレは、きっと青白く、弱々しく、情けない姿だっただろう。

その痛みの中で、オレの心を癒やすように、アリーシャの言葉が降り注いだ。

「オマエと私の血液の色は赤だ。赤色同士の中でも最高に相性のいい相手だ。だからきっと成功するぞ」

オレからすると、血液の色に何の関係があるのか、意味がわからずツッコミを入れたくなった。だが、最高にいい相性と言われ、少し元気が戻った。

「頑張れるか?」アリーシャが静かに、しかし確かな眼差しで問うた。

激痛に顔を歪めながらも、必死にアリーシャを見つめる。視界が霞み、焦点が定まらない。それでも、何とか一度だけ、小さく首を縦に振ることができた。

それを見て、アリーシャも微笑みながら、うなずき返してくれる。

そして、翼を広げる様に覆いかぶさり、オレを抱きしめた。アリーシャの温かい体温と柔らかい胸の感触が、オレを包み込む。

アリーシャの唇がオレの左耳に触れ、温かい吐息が耳元を掠める。そして、胸の上で彼女の指がトントンと緩やかなリズムを刻み始めた。

すると、耳元でアリーシャがやさしく歌い始める。

それは、痛みを癒すような美しいウィスパーヴォイスだった。

彼女の世界の歌なのだろう、内容は全く理解できないが、その歌声に引き込まれ、痛みから解放される感覚に包まれた。

今度、カラオケで、いろいろ歌ってもらおうかな?

しばらく、歌に耳を傾けていると、痛みの波が徐々に引いてきた。

全身が緩み、痙攣も収まり、身体の緊張も解けてきた。その安堵感に包まれると、やっぱり意識が遠のいて、気絶してしまった。


意識が朦朧とする中、耳に心地よいメロディーが流れ込む。目を覚ますと、アリーシャの歌声が聞こえた。

「きれいな歌声だな。」

かすれた声でそう呟くと、アリーシャは満面の笑みを浮かべる。

「ありがと。世界一か?」

「ウ~ン、どうだろう? その辺はこれから検討してみないと・・・」

わざとすっとぼけて言葉を濁す。しかし、アリーシャは容赦しない。

「こいつ、世界一だと言え」と、やさしい笑顔で、脅迫してくる。

「世界一好きな歌声だ。君がこの世界で、いいなと思う曲が見つかったら、歌ってくれないか?」

「もちろんだ。オールナイトで歌ってやるぞ」

オールナイト!? カラオケでマイク手放さないタイプか・・。カラオケは、やめておこう。

「君の歌声がなかったら、ギブアップしてたかもしれない」

「よく頑張ったな。オマエなら耐えられたさ」アリーシャは頷いて労ってくれた。

アリーシャと親交を深めていると、あることに気付いて目が点になってしまった。

「なんでオレ全裸なんだ?」

それに対して、彼女はあっけらかんと淡々とした調子で答えた。

「私が服を脱がしたんだ。全身の変化の具合をチェックするために」

アリーシャは、自分の完成作品を眺める芸術家のように、オレの全裸をじっくりと満足げに品定めしている。

これは彼女たちの世界の常識なのか?

他人の前で、ホイホイ素っ裸になったり、他人を勝手に素っ裸にしたりするのが。

それとも、アリーシャに痴女っけがあるのか?

でも、いやらしいことするのが目的じゃないから、痴女じゃないか・・。

ハァ~ッ。オレが慣れればいいんでしょ。男も女も、裸になり放題の文化に。

そういうことなら、風呂上りに全裸でいても、文句言われないってことだな。

それはそれで、いいかも。一人暮らしの時と同じ生活スタイルでいられるから。

「ちょっと、そこに立ってみろ」

オレはベッドを降り、アリーシャが差し示した場所に足を運ぶと、彼女はオレの新しい肉体を舐めるように観察している。

自分でも身体を見下ろした。確かに、俺の身体は以前と明らかに違う。

腹筋は綺麗に割れ、まるで洗濯板のようにシックスパックが浮かび上がっている。

平坦になった腹は、曲線を描くことなく一直線に伸びている。出っ張っていないので、その下に逞しくジョンが鎮座しているのが良~く見える。

大胸筋を意識的に動かすと、筋肉がピクピクと弾む。

肘を曲げると、力こぶがでかいこと、でかいこと。それに固い。

ランボーほど、筋肥大はしなかったが、細マッチョでいいんじゃないか。

服がピチピチにならずにすむし、僕って、脱いだらすごいんです、という感じだ。

アリーシャは目を細め、満足げにうなずいる。

「う~んちょっと細めだが、なかなか、いいんじゃないか? 後ろを向いてみろ」

オレは後ろ向く。すると「ヒュッゥゥゥゥ~」と、アリーシャの口笛が鳴り響いた。

「おおっー! いいじゃないか! 私が全力を注いだだけのことはある。素晴らしい美ケツだ!」

びけつ? ケツ? 尻のことか?

尻に全力を注いだのか?

アリーシャは、尻フェチなのか?

これで、オレの、オッパイマニアをバカにできないな。

「これだよ、これ! 私が求めていたのは。あ~、自分の才能が怖くなる。」

などと一人でうわ言を喋っているアリーシャの両手が、グワシっと、オレの尻を掴んできた。

「力を入れてみろ」

オレは、訳もわからず、尻に力を入れて固くした。

「いいぞ! この形状、この固さ。私たちの世界に来ても自慢できるケツだ。細めの個性がある。戦士はケツが強くないとダメだ」

戦士はケツ? どういう論理だ。

スポーツなら腰とか体幹とかいうところなんだろうが、ケツなのか・・・?

根本的に、オレは戦士じゃないし。

「レイラのケツもなかなかいいが、オマエのも、負けてないぞ」

どういう基準で、ケツを見ているんだ?

男も女も一緒くたんに評価するのか?

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