第19話
「オマエ、私にウソをついていたな?」と言いながら、
アリーシャがいきなりオレの鼻を指で力強く引っつかみ、思いっきり引っ張りやがった。
驚きと痛みで思わず眉を寄せ、オレは抗議する。
「いたたたっ、何のことだ? ちぎれるぅ~てば~」
アリーシャはにっこり笑って指を離す。その笑顔は、ちょっとしたいたずら心が宿っている。
「ジェームズ・ボンドは映画の主人公の名前じゃないか」
アリーシャはオレに向かってニヤリと笑いながら続けた。
「あらら、わかっちゃった? 世間がこんな有様だから、国に登録してある名前なんて、使わなくていいかなって思っちゃってさ。映画の真似したくなちゃった」
オレはバツが悪そうに、肩をすくめる。
その時、キラッとアリーシャの目が輝いた。不吉な予感がする。
オレの予感などには、お構いなしに、アリーシャは楽しそうに話を続けた。
「そこでだ、オマエが気絶している間、私が考えてやったぞ。オマエの名前」
「いや、いいよ。自分で考えるから」
断っているのに、アリーシャは聞く耳をもたずに、発表する気満々だ。
「私が、さっき得た少ない情報の中からではあるが、なおかつジョンとオマエのそのワンパックの腹肉にかけて・・」と語気を強めてくる。
断ってるだろ、「かけなくていいよ」
「ジョニー・デップリというのは、どうだ? ひねりが効いてるだろ?」
「ひねってあるのか? 本人に失礼だろ。オレにお笑い芸人になれとでも?」
冗談めかして返すオレの言葉に、アリーシャの表情は一瞬曇る。しかし、すぐに気を取り直し、ふくれっ面で反論する。
「気に入らないのか・・? 一生懸命考えたんだぞ・・。ひねったんだぞ・・」
アリーシャの目が潤んでいる。
オレはまた演技なんじゃないかと勘繰ったが、名前なんて何でもいいやと思っていたし、アリーシャがせっかく楽しげに、考えてくれたみたいだから、頂きますか。
オレは、ベッドの上で正座し、三つ指をついた。
「その名前、ありがたく頂戴させていただきます。新しい名に恥じぬように精進いたします」
アリーシャは大喜びで手を叩き、声を弾ませた。「うれしいぞ! デップリ。早速報告があるぞ」
ジョニーじゃなくて、デップリの方で呼ぶのか?
「オマエは、健康だ。虫歯と小さな胃潰瘍があったが、治しておいたぞ」
アリーシャの言葉に、オレは思わず目を丸くした。「ホントだ」今朝からムズムズと痛んでいた歯が、嘘のように何ともないのだ。
スゲェー、マジかよ…! 病院で治療したら、いくら万円かかるか分からないのに。
それに、胃潰瘍なんて、自分じゃわからいよな。
病院でたっぷりの待ち時間を我慢して、検査してもらわないと発見できないだろ。
これは、健康保険より遥かに便利だ。
「すごいな、歯なんともないよ。今朝から痛かったのに。ありがとう。治療魔法使ったのか? 全然痛くなったぞ」
「私も、なかなかやるだろ。痛みは気絶してたから感じなかったんじゃないか」
「ついでにさ、このワンパックの腹、何とかならない? 二十歳過ぎから、なんか腹回りにだけ、脂肪がつくんだよ。魔法でシューと吸い取ったりできないかな?」
アリーシャは首をかしげ、困ったように眉をひそめる。「脂肪を吸い取る魔法? 知らないな~」
そんな虫のいい話はないよな。
「アリーシャの、筋肉ムキムキ体型って、どうやってんの?」
日本人は、アスリート並みに必死にトレーニングしないと、筋肉つかないから憧れるんだよな。
アリーシャは軽く肩をすくめ、「どうと言われてもな~。オマエは歩くときどうしてる?」
「どうって、足を交互に前に出してる」
「それ、脳で考えてやってるか? 呼吸は?」
左手で頭を搔きながら、「ウ~ン・・・あれ? 両方とも無意識にやってるな」
「そうだろ。無意識に歩こうとするのと一緒で、無意識にあの体型に移行できるんだ。なんだ? デップリも戦闘体型になりたいのか?」
アリーシャの目には戯れる光が宿っている。
「あんなに、ムキムキのカチンコチンじゃなくていいんだけど、筋肉体型には、憧れちゃうな」
「こんな体型になりたいな~みたいなのが、あるのか?」
アリーシャが興味津々で再び質問してくる。
オレはちょうどよい動画を思いついたので、「来て、パソコンで見せるよ」
オレたちは、ベッドをおりて、ダイニングテーブルに向かった。
二人並んで座り、ノートパソコンを立ち上げる。
「これで、射精の動画も見られるから、使い方を覚えておいて、優秀な脳ミソで」
「まかせろ」
説明しながら画面を見せていると、
「これは魔法より凄んじゃないか? いろいろ、ここが変わるぞ」
と画面を指差している。
「こんなのもあるぞ」とプレデターの動画を見せる。
「これ、さっきの魔獣みたいな奴じゃないか。動いてるぞ」
「これが映画ってヤツだよ」
「ジェームズ・ボンドも出てくるのか?」
「ジェームズ・ボンドは、別の映画に出てくる人だから、これには出てないぞ」
「別の映画? 他にもあるのか?」
「数えきれないほどあるんだ。暇な時に好きなだけ見られるぞ」
アリーシャはこれから、色々な映画を初体験して、ワクワクドキドキできるんだな。
いや、映画だけじゃないな、小説や漫画、音楽もだ。
なんか、羨ましいな~。
子供の頃は、しょっちゅうワクワクドキドキしていたけどな~。
大人になったら、そんな瞬間が少なくなった。なんだかなぁ~て感じだな。
さっきの空飛んだのが、久しぶりのワクワクドキドキだったな。
おっと、ランボーの動画だったな。
「これだよ、スタちゃん。ボディビルダーほどムキムキではなく、ほど良い筋肉。こんな感じが理想かな」
「・・・ウ~ン・・・」
アリーシャは口を尖らせて、納得いかない表情をしている。
「ありゃ? ご趣味に合いませんでしたか?」
「ウ~ン、普通だ」
「なんだって?」
「なんの特徴もない、個性もない、極めて普通だ。私たちの種族の男どもは、皆こんな感じだ」
「君たちの種族って、男も女もスタイルいいんだな。何千年もその体型を維持できるのか?」
アリーシャは、右の人差し指を立てながら、何も知らない子供に教え諭すように、オレに説明をはじめた。
「私たちの種族は、食べ物から得られる栄養だけではなく、細胞や組織に魔法を行使して、脳や身体を最高の状態に保つために、日々努力している」と、彼女は語る。
「脳力と魔力を並行して使うことで、私たちは細胞を活性化させ、組織を修復、再生し、自身の体を維持しているんだ。これは教科書に書いてあったから間違いない」
彼女は得意げに言っていたが、教科書の受売りだったのか。
でも、自分たちの種族に誇りを持ってるのは、感じられるな。
「魔法を体内や脳内で、何かこう、こねくり回したり意識を集中したりして高めることで、魔力の質や量を向上させることが出来るらしい」
こねくり回す? 意識? 瞑想とかヨガみたいなもんなのかな?
「私もどうやるんだか、見当もつかないが、この方法を極めた者は、魔力の限界を超えて、不老不死に近い存在になることができるって言われているんだ」
「ウワ~、不老不死。魅力的な言葉だな。オレもなってみたい」
「魔法の真髄を知り尽くした、何万年も生きてる大魔道士が、世界の歴史に影響を与えいるなんて伝説もあるんだぞ」
「何万年!? そんな奴がホントにいるなら、ご尊顔を拝してみたいね」
「私もだ。所詮おとぎ話だ。私は信じてはいないがな。」
と、アリーシャは話しながらも、指でアゴをつつきながら、何か他のことを考えているようだった。
そんなふとした表情や所作も、容姿端麗で、頭のてっぺんから、足の先まで美しい。
一度目を奪われてしまうと、離せなくなっちゃうんだよね。
そうだ。動画を撮っておかなければ。いつ帰っちゃうかわからないからな。
そんな盗撮の計画を立案しているオレに、アリーシャは向き直り質問をしてきた。
「オマエ、実験台になる気はあるか?」
「なんのだ? 解剖は勘弁してくれよ」
「オマエをランボー体型にする実験だ」
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