第18話

まぶたをこじ開けると、一瞬真っ白な世界が目前に広がり、次第に女性の顔が浮かび上がってきた。

その繊細な美しさには誰もが一瞬で心奪われるだろう。少なくともオレは、最初から奪われっぱなしだ。

「おまえ、一体誰だよ?」とオレは聞いた。

その言葉に彼女の表情は一瞬で凍りつき、混乱と驚きが彼女の顔を覆い尽くした。

「え!? な、なんで? どうして? 私がわからないのか?」彼女の声は、まるでひどく怯えた子供のようだった。

オレは、彼女を押しのける様に、上体をがばっと起こし、辺りを見回した。

「ここはどこなんだ? なんで・・・、オレはここにいるんだ・・?」

彼女は、目を見開いてオレを見つめている。まるで雷に打たれたかのような驚愕の表情だ。言葉に詰まり、口を開けたり閉じたりしても、何も言葉が出てこない。

「おまえはここで何しているんだ? オレに何かしたのか?」

「私は、オマエに、・・あの・・そのぅ・・・」

アリーシャは、ショックのあまり、言葉を詰まらせた。

この辺にしとくか。

「困った顔もきれいだな、アリーシャ」

と軽い口調で言ってみる。

すると、彼女の驚きと混乱がさらに増し、「えっ!?」と驚きの声を上げるアリーシャ。

に対して、「オレの演技力なかなかじゃなかった?」と悪戯っぽく微笑む。

しかし、その微笑みも束の間、アリーシャの怒りが爆発する。

彼女は、オレの胸ぐらを掴んで、「このヤロォォォォォォー!!!」と叫ぶ。彼女の声は、怒りに震えていた。

オレの頭の上に、隕石のようなげんこつが落ちてきた。

さすが異世界人。女性でも、この世界の女性とはパワーが違う。

クラッと眩暈がし、危うくKOされるところだった。

「いってぇ~、ゴメンゴメン。ちょっと冗談のつもりだったんだ」

謝罪の言葉とともに、アリーシャの怒りを鎮めようとしてみるが、彼女の目にはまだ怒りの炎が燃え盛っていた。

「きっさまーっ、ゆるさん! 八つ裂きにしてやる、表に出ろ!」

「わぁ~ぁ~、すまん、ごめんなさい、お許しください、アリーシャさまーー」オレは、アリーシャの怒号に震えながら、謝罪を繰り返す。

そんなオレに向かって、彼女は激しい感情を真正面からぶつけてくる。「私が、どれだけショックだったかわかるか? どれだけ心をえぐられたかわかるか?

レイラを失い、オマエまで失うことになったら、私は生きていけない。オマエを殺して、私も死ぬ!」とアリーシャは、感情の波に押し流されているように泣きながら叫んだ。

「えっっっー、そんな、ちち、ちょ、ちょっと落ち着いてぇぇぇー!」

アリーシャは、涙を湛えた目で、オレをにらみつける。

その目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

オレは、ふざけ過ぎたかと反省した。

「オレが悪かったよ。やりすぎたよ。お詫びに何でもするから頼むよー。勘弁してよ」

涙を流し続けるアリーシャがオレをきっと睨みつけてくる。

アリーシャは、目元の涙を指で拭い、突然妖しく笑った。

「私の演技も、上手だっただろ? 何でもするって言ったの、聞こえたぞ」

オレは返し技を食らって、仕返しされたとを、ここでやっと悟った。

「えぇ~? 言ったかな? 頭殴られて、よく覚えてないな~」と、おれは笑顔でごまかそうとしたが、彼女の目は再び怒りに燃えはじめた。

「もう一度、きつく殴ったら思い出すか?」

「はい、降参。オレに何をさせたいんだ? 精さんか?」

「精さんは関係ない。私はカレーとナポリタンが食べたいんだ!・・・精さんって誰だ?」

「ほらっ、精液って何か生々しいから、ちょっと省略したんだよ。っていうか、さっき食べた、ばっかりだろう? それなのに夕飯にも同じものが喰いたいのか?」と、おれは呆れた。

「また、食べたい。明日も食べたい」

「他にもうまいものが、あるかもしれないぞ」

「じゃ、それが食べたい。」

なんだよ、駄々っ子かよ? と、オレは思ったが、彼女の無邪気な笑顔には、勝てなかった。

コンビニに、カレーとナポリタンの弁当、もうなかったよな・・。

「オレが作るしかないから、コンビニ弁当と同じ味にはならないけど、それでいいか?」

「オマエ作れるのか? それで構わない」

「後で、まずいとか文句言うなよ」

「まずい時は、まずいと文句を言うに決まってるだろ」

尊宅しろよ。

スーパーに買出しに行かなきゃだな。

「後で買出しに行って、オレが作るよ。じゃ、これで仲直りってことで」

と、ハグしようと両腕を広げるが、アリーシャはオレの広げた両腕を盛大に、はたきお落とした。

そして、「仲直りは、カレーとナポリタンを食べてからだ」と、そっぽを向いた。

はい、すんません。


オレはベッドで胡坐をかきながら、殴られた頭をさすった。

たんこぶができていなくてよかった。

「ビリビリやって、オレの脳ミソ焼け焦げたりしてないだろうな?」

「もちろんだ。安心しろ」

そういうアリーシャは、ベッドで寝転がりながら、さえない表情をしてオレを見上げていた。

「どうしたんだ? その表情。もしかして、まだ怒ってる?」

記憶喪失のフリをしことを、まだ根に持ってるのかなと思った。

アリーシャは、小さな笑顔に戻り、

「いや、そうじゃないんだ。オマエを気絶させておいて、言うのも何なんだが、うまく情報を取り出せなかったんだ」

「もしかして、オレの脳ミソが若年性アルツハイマーだったとか?」

「フフッ、安心しろと言っただろ。今回オマエの脳を精査して分かったんだが、言語や文字の情報は、まとまった領域にあるので普通に取り出すことが出来た」

「文字も読めるようになったのか?」

「ああ、なれたぞ。しかしな、それ以外の情報や知識・記憶などは、ごちゃ混ぜに保存されていて、抽出するのが非常にむずかしい。こんなにゴチャゴチャな種族は、初めてだ」

衝撃が走る。ショックだ。「いろんな種族がいるだろうに、その中でも最低レベルってことなの?」

アリーシャは困ったように眉をひそめていた。

「整理しようか、とも考えたが、まるでゴミ屋敷のようでな、どこから手を付けていいものやら・・・。強引に整理してオマエの脳に負担をかけるのも怖いからな。だから途中で諦めた」

あ~だから、オレが記憶喪失のフリしたら、ビビッてたのかな?

しかし、ああ、なんてこった。俺は思わず天を仰ぎ、深いため息をついた。頭は、いい方ではないと自覚はあったけど、ゴミ屋敷だったとは・・・。

「ゴミ屋敷って……俺の脳みそ、そんなに酷いのか?」

アリーシャは慌ててフォローする。「そういうわけじゃないんだ! ただ、今まで見たどの種族よりも、情報が混沌としているのは確かだな」

「はは……ゴミ屋敷かぁ……。アリーシャは文字まで読めるようになって、優秀な脳をお持ちなことで」

彼氏のYシャツ作戦ファッションのアリーシャも身体を起こし、オレの前で胡坐をかいた。

どことは言わないが、見えそうで見えない。

「私たちは1~2回、見たり聞いたりするだけで、記憶できる脳力があるから、いいずれ読めるようになれた。私たちの脳は優秀なんだ」

彼女の種族は、脳内が整理されていて、高速に情報を処理できるらしい。

やけに、自慢げだ。胸までそらしている。

「えっ? そんなすぐに記憶できるの?」

「そうなんだ。私たちの種族くらいなんだぞ、この記憶力は」

アリーシャの胸は、オレの視線を誘うように更に、そっていく。

「いいな~。オレもほしいな。君達の世界に行ったら、脳ミソ交換サービスとかやってない?」

「さすがに、そんなことはできないな」

「魔法も使えるし、羨ましいな~」

「オマエ達だって、様々な機械を作れるのだから、私からすれば魔法みたいなもんだぞ。私達に車やレンチンや音楽が出てくる機械は作れないぞ」

魔法を主体にする文明か、技術を主体にする文明なのかの違いなのかな~?

「でも、魔法あこがれちゃうよ」

「魔法云々の前にオマエは、脳力の使い方がうまくできていないようだぞ。脳の機能をフルに使いきれていないんだ。せっかくの脳が宝の持ち腐れだ。もっと脳の使い方を学ぶべきだな」

人は脳の数十パーセントしか使えていない、という記事を何度か目にしたことがあるが、そういう事なのだろうか?

「フルに使いこなすには、どうすればいいんだ?」

「私が知るわけないだろう、生まれつきできるんだから。やり方なんていちいち考えた事はない。息するみたいに勝手にできるんだからな」

なんだよ、一番肝心なところが分かんないのかよォォォ!

結局、アリーシャの望んだ、この世界の情報はうまく取り出すことはできなかった。

しかし、冷静になって考えてみると、自分たち二人しかいないこの世界では、自由気ままに生活してもいいんじゃないかな?

「オレたち二人しかいないんだから、文化や風習なんて、オレたちで作っていけばいいんじゃないか?」

オレは、前向きに提案する。

「それに、戻れる方法が偶然見つかることだってあり得るんだから、この世界のことを隅から隅まで知っておく必要もないんじゃないか」

アリーシャは、オレの言葉に納得がいかないのか、考え込む。

「戻れる・・かな? カレーとかナポリタンは、持って帰れるか?」

元の世界に戻れるかどうかの話なのに、真っ先にカレーとナポリタンを心配するアリーシャ。

オレは呆れながらも、思わず笑ってしまう。

「ああ、ルーとかケチャップとか材料を非常持出袋に入れとくから、戻る時は忘れずに持っていけ」

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