第12話
車はまるで九十九の曲線が折り重なる山道を踏破していくかのように、優雅に登っていった。
運転席からの眺めは、窓の外に広がる山々の深い緑と、澄み渡る青空が、まるで自然の絵画のようだった。
オレの別荘は、中腹の森を抜けて切り開かれた別荘地に佇んでいる。
だが今はせっかく美人を載せているので、寄り道をすることにした。
彼女を連れて行く先は、この道でもっとも高台に位置する見晴らしの良い場所だ。
山道なので、ハンドルやシフト操作が忙しい。
オレは、カーブや上り坂を慣れた手つきで、車を操っていく。
ハンドルとシフトの繊細な操作は、まるで音楽のリズムにのっているようだ。
助手席に座る彼女は、その手の動きに心を奪われ、興味津々の視線でオレの手元を見つめていた。
「どうした? 車の運転したくなったか?」とオレが尋ねると、彼女は微笑みながら答えた。
「運転もしてみたいが、オマエのそのいろいろ操作している、滑らかな手の動きに、つい見とれてしまうんだ」
「あ~、それはな、車好きの習性だな。君も車好きの仲間入りだな。明日にでも、どっか広い場所で運転の練習してみるか?」
オレが彼女に提案してみると、彼女はオレの言葉に、目を輝かせる。
「ああ、やってみたい。楽しみだ」
彼女の表情から、ワクワクオーラがにじみ出ていた。
そして、ヘアピンカーブを2つくぐり抜けた先に広がるのは、まるで絶景のような場所。
オレは車を止めながら、
「ここは、遠くまできれいな景色が見えるんだ。さっきいた街も見下ろせるぞ」
彼女は車を飛び降り、柵から身を乗り出すようにして、辺りを見回している。
オレも車を降り、彼女の後を追った。
景色より、風になびく彼女の銀髪、その美しさに見とれてしまった。
「すごいな、遠くまでよく見える。緑がきれいな世界だな」
「季節が進めば、もっと濃い緑になるぞ」
「あの上の方にある白いのは何だ?」
「あれは雪だな。寒いと雨が水じゃなくて、小さい粒子のような氷の結晶が降り積もるんだ。冬になると町にも積もることがあるんだ。真っ白な世界になってきれいだぞ」
「雪か。見てみたいな」
「見れるさ」
オレも彼女の脇まで歩いていき、辺りを見回した。
ここからの景色は、オレにとっては、見慣れた景色だ。
だが、こういう高所の眺めの良い場所に来ると、空を飛びたいという妄想に駆られてしまうな。
オレは空を見上げ、目をつむった。
両腕を翼のように、水平に広げた。タイタニックポーズだ。
「どうした? 何してるんだ?」
隣にいた彼女が、不思議そうにオレに聞いてきた。
「空を飛んでみたいな~と思ってな。夢なんだ」
「ふ~ン」
興味なさそうな返事だった。
眼を開けると脇にいた彼女が、見当たらない。
あれっ? と思い、辺りを見回そうとすると、背後から抱きしめられた。
そのとたん、オレの身体が垂直上昇を始めた。
「ひゃ~ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ~!!!!」
オレは恐怖に絶叫した。
オレの車が、みるみるうちに小さくなっていく~~ぅ。
まるで、おもちゃの車のように見える。
背後から彼女の声が聞こえた。
「どうだ? 飛んだ気分は? 夢がかなったな」
どうやら、オレの夢を叶えようとしてくれたようだ。
「落とすなよ、落とすなよ! フリじゃないぞ! 絶対落とすなよ~!」
とオレは叫んでいた。
「オマエなんか、軽いもんだ。心配するな。空を飛ぶ感覚を楽しめ」
彼女は立った状態のまま、水平飛行を始めた。
高度や速度といった要素からくる緊張感はあるが、それが心地よいものに変わってくる。
オレも何とか平静を保つことができるようになり、空からの眺めを楽しめる余裕がでてきた。
自分がよく知っている場所なのだが、上空から見ると、また違う景色に見える。
新しい視点から世界を見る興奮と、これまでにない冒険に対するワクワク感に心が躍る。
街や川の流れ、山のシルエットなど、地上からでは見過ごしてしまう美しさに見とれてしまった。
彼女はオレを抱えて、空中で様々なアクロバットを披露してくれた。
上昇下降を繰り返したり、大きな弧を描いたり、オレたち自身が回転しながら飛んだり、後ろ向きに飛んだり、いろいろサービスてんこ盛りだった。
立った姿勢のまま飛んでいるので、さながら大空で、社交ダンスやアイスダンスをしながら、ジェットコースターを楽しんでいるような感じだ。
「オレも飛べたらな~、2人でスカイダンスなんて競技、作れちゃうかもしれないな~」
オレは夢見るようにつぶやくと、彼女はオレの耳元で囁いた
「いいアイディアだな。実現できるといいな」
オレはいつの間にか、フォーーッとかヒューーゥとか笑い声とかを上げながら飛んでいた。
背後から彼女の笑い声も聞こえてくる。彼女も楽しんでいるようだ。
空中を飛ぶことで、地上では味わえない重力を超えた浮遊感は、人生で一度も感じたことない感覚だ。
飛行機の遊覧飛行では、経験できない空中散歩を味合わせてもらった。
楽しい事には、終わりが付き物だ。彼女はゆっくりと車の横に着地した。
「どうだった?」
オレは、眼をウルウルさせながら、彼女を見つめた。
「やり過ぎたか? そんなに怖かったか?」
オレは全身で、感謝の気持ちを伝えることにした。
「ちがう! 超ー楽しかったーーッ! 今まで経験したことのない、人生最高の思い出になるよ」と絶叫し、全力で彼女をハグし、背中をバシバシ叩いていた。
彼女が小声で「痛い、痛い」と呟いてるのに気が付いて、身体を離した。
今度は両手で彼女の手を握り、「ありがとう、ありがとう。最高だったよ!! 夢がかなったよ。素晴らしい経験だった、心から感謝してる」
オレは、かなり興奮しすぎてしまった。
「そんなに喜んでもらえるとは、イタズラを仕掛けた甲斐があったぞ。私にとっても、他人を楽しませるために飛ぶのなんて初めてだったから、喜んでもらえてうれしいよ」
「こんなイタズラならいつでも歓迎だよ。オレも飛べるようになりたいな~」
「魔法が使えないと無理だな。また私が抱いて飛んでやる。でもな、飛行魔法って結構、魔力を消費するんだよな~」と、オレを流し目で見つめてきた。
オレを見つめていた目が、オレの身体に沿ってゆっくりと下降する。そしてジョンをロックオン。
目線はジョンに固定したまま、意味深に首をかしげると、目線がオレの顔に戻ってきた。
オレは彼女の視線に、ため息をつきつつも、顔に笑顔が広がってしまう。
「あれれれ~ェ? それって、精液のおねだりですか?」
「さすが、できる男は女ごころが、分かってらっしゃる!」と、流し目のまま、すました顔で答えていた。
オレたちは、互いの顔を見合わせ、二人同時に噴き出し、心からの大笑いをしていた。
彼女の目には、涙まで溢れている。
「アハハ!なんだよ、ジョーダンとかも普通に話せるようになってんじゃん」
とオレが言うと、彼女は更に大きな笑い声を上げた。
彼女はオレの肩に手を置いて、仲良くなった友達のように言った。
「ジョーダンだと分かってもらえたか。笑ってもらえなかったら、どうしようかとドキドキしたぞ」
「まさか、今日あんな形で出会ったばかりの君と、爆笑しているなんて想像もしていなかったよ」
友達のように肩に手を置かれ、距離感が一気に縮まった感じがした。
「私もだ。オマエは変な奴だな、異種族だというのに、全く警戒心を持たないのか?」
人生で出会う相手なんて、気が合わない、そりが合わない、性格が合わない、態度が気に入らない。
なんて奴らがほとんどだが、たまに初対面から妙に気の合う奴に出会うことがある。
出会って数秒で、何年も付き合いがあり、お互いをよく知っているような感覚になってしまう相手だ。
気安く話しかけることができ、気安くジョーダンが言え、気安く突っ込みを入れられる。
2人で同じ一つの空間にいても、何故か落ち着くことでき、無言でいても気まずくならない。それでいて相手に依存しない。
お互いに、それらを全く不快に感じることなく、初対面からお互いを受け入れることができる。
そんな不思議な他人に、人生の中でごくまれに出会うことがある。
相手が美人なので、オレの願望もあるかもしれないが、それに近い関係を彼女に対して、勝手に感じてしまっていた。
「警戒どころか、気持ちが勝手にフルオープンになっちゃってるよ。生身で飛びたいなんて夢、他人に話したことなかったのに」
「それは私のことを、少しは信頼してもらえていると考えていいのか?」
「今日出会ったばかりだし、君は異世界人だし、君たちの風習とか習慣とかもよくわからないから、全幅の信頼をしてるとは言わないけど、オレのことを殺さないうちは、信頼しとくよ」
と、冗談めかして答えると、彼女も、
「じゃぁ、精々努力することにする。半殺し位は、かまわないか?」
彼女は、イタズラ小僧のような茶目っ気たっぷりの笑顔で答えてくる。
こんな他愛もない冗談が言い合える関係が、大好きだ。
「おいおい、冗談じゃないぞ。やめてくれよ」
「了~解。フフッ」
「まったく。でっ、そういう君はどうなんだ? オレのこと信用できるのか?」
「私は・・・、男どもは信頼しない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます