第10話

「あっちの車で、オレん家まで行くから」

消防署の建物前に止めてある、自分の車を指差した。

あ、そうだ。と思い当たり、車と逆方向にオレは歩き出す。

「おいっ、あっちじゃないのか?」

彼女は、驚いたように、オレの後を追ってきた。

「君の友達も乗せてく。ここに置き去りってわけに、いかないだろ」

小走りに駆けてきて彼女が、オレの横に並んだ。

「いい奴だな、オマエ」

彼女はオレに笑顔を向けた。

見慣れない赤い瞳だが、笑顔と相まって魅力的にみえた。

それでつい、冗談めかして、おねだりをしてしまった。

「お礼なら、ビリビリ無しのキスにしてくれ」

「キスがお礼になるのか? 私たちの世界では、挨拶や情報交換の手段だぞ」

彼女はキスがお礼? 理解できないっと表情をしていた。

オレは改めて相手が、異世界人の女性だと気付かされた。

彼女の中では、キスが男女の特別な意味を持たないことが残念だ。

オレも彼女の世界のことをもっと知らなければと思わされてしまった。

「そうなのか?、君達の世界のことも、おいおい教えてくれ」

「私も、この世界のことを学ばなければならないな。それにはいい方法が・・」

「脳天ビリビリキスのことか?」

「そうだ。手っ取り早いだろ?」

「オレの脳ミソ爆発したりしないんだろうな?」

「大丈夫だ。ちゃんと加減を考えるから」

オレが胡散臭さげに、彼女を見ていると。

「本当だ! オマエを傷つけないと約束しただろ」

疑われたことに、怒ったのか腕をつかまれ、強く言われてしまった。

彼女の日本語の上達ぶりから考えるに、恐ろしいほどの学習スピードだよな。

彼女に羨望の眼を向けてしまう。

オレも、あんな脳ミソが欲しいよ。魔法も使えるし。

他には、どんな魔法が使えるのだろう?

「わかった。飯食ってから、考えよう」

どんなお食事会になるのか、楽しみだね。


彼女の友達を二人で抱え上げ、車の後部座席に寝かせて乗せた。

走行中に、落っこちそうなので、シートベルトを巻いて留めておく。

オレは、助手席側のドアを開け、座席を指差しながら。

「君はこっちだ。このイスに座ってくれ」

彼女は、腰をかがめて車内をキョロキョロと物珍しいそうに眺めている。

オレはその間に、コンビニのカゴをトランクに放り込み、トランクを閉めると、そこに彼女が立っていた。

「どうした、座り方わからないか?」と言おうとすると。

彼女は、オレの服の胸ぐら辺りを両手でつかみ、自分に引き寄せると、キスをしてきた。

ビリビリ無しの、スローなキスだ。「礼だ」と言って助手席に乗り込んだ。

なんだ今のは?

オレにとっては、一目惚れした美人からの、うれしいプレゼントだが、彼女にとっては何なんだろう?

彼女の世界では、男に対して恋愛感情やセックス的な感情を持つことは、ないらしい。

そうすると今のキスは彼女にとって、どんな意味があるのだろう?

ただこの世界の、マネ事でもしたかったのだろうか?

やめやめ。他人の気持ちなんて考えたってわかるわけない。

おまけに、彼女は異世界人だ。余計わかるはずない。

「おーい、まだか? 早くこの乗り物、動かしてみせてくれ~」

「いま、行く」

それに彼女は、いつか自分の世界に戻るんだろう。

そんな異世界人の女性のことを、あれこれ思い悩んでもしょうがない。

これこそほんとの、住む世界が違いすぎるってヤツだな。

せめて戻る日が来るまで、彼女と一緒に過ごす時間を大切にしたい。

彼女はこの世界に、望まぬかたちで迷い込んでしまったのだろう。

でも帰るときには、この世界には二度と来たくないとか、思ってほしくないな。

だから、この世界ではこうなんだとか押し付けずに、彼女のセンスで、自由に楽しく過ごしてもらえればいいのかな。

彼女が笑顔でいてくれるなら、オレはそれで満足だ。

彼女にとってオレは、知らない世界の魔法も使えない種族の一人に過ぎないのかもしれないけど、オレにとって彼女は、この世界で出会った最高の奇跡だよな。

でもカッコイイこと言っても今の状況だと、彼女が戻っちゃったらオレは一生、右手が恋人か。トホホ。

運転席側のドアを開け、車の屋根に左ひじを預け、グルッとあたりを見回す。

空には、青空9割、雲1割。春の清々しい日だ。風は感じない。

公道は貸し切り状態。減点も罰金も免停も心配しなくていい。

絶好のドライブ日和だな。

そして、助手席には、エルフのような美人が座っており、なんとご自宅にお持ち帰り。

もーーーー、最高ぉぉぉぉぉぉぉーーー!

でもない。彼女は、セックスという風習がない世界の住人なのだ。

ウチに連れてっても、全裸パーティーはできない。

SNSで、異世界人の友達できた、と自慢の投稿でもしようにも、見てくれる人々が

いなくなってしまっている。


運転席に乗り込みながら、今更ながら、はたと気付いた事がある。彼女の名前は?

「そういえば、まだ君の名前、聞いてなかったね」

彼女は、苦笑交じりの困った表情になり、

「私は、#$%&&%$#だ」

「えっ! なんて?」

「#$%&&%$#」

「ゴメン、発音できそうにないや」

「いいんだ。そうだろうと思った。私も最初は、オマエ達の言葉は発音しずらくて、オマエが気を失っている間、練習していたからな」

「そうだったんだ。最初から違和感なかったぞ」

「練習したかいが、あったな。他種族の言葉を学ぶのが好きなんだ。知らない場所へ行って、そこで生活しいる種族と話をしたり、見たことのない珍しい景色を見て周りたいと、常々思っているんだ」

彼女がこの世界の人間だったら、バックパックを背負い、一人で世界中を旅するような、女性だったのかもしれないな。

「だが私たちの世界では、他種族とトラブルだの抗争だのが多くてな、なかなかそんなこともできないんだが」

「じゃ、帰るまでの間、この世界を楽しんでってくれ。まー、他種族の人間は、オレしかいないから、その辺はオレで我慢してもらうしかないがな」

「アハハ、別に我慢じゃないぞ。オマエは私の種族の男どもとは、全く違うタイプの男なんだ。

だから、私からすれば、奇妙で珍しくて不思議な男に見えるんだ。珍種だな。

そういうわけで、異常に効果の高い精液のこともあるし、オマエという男に大変興味がある」

「なんだー、それって褒めてるのか、けなしてるのか、どっちなんだ? オレなんかこの世界では、別段何の特徴もない、普通の男なんだけどな」

「それで、その普通の男の名前を教えてもらえるか?」

そうだな・・・。もう役所とか戸籍とか気にしなくていいんだよな・・・。

名前なんか、何でもいいってことだな。

それじゃ、あのセリフを言わせてもらおうかな。

「・・ボンド、ジェームズ・ボンドだ」

一度、言ってみたかった! 

でも、映画のように自然にさり気なく、カッコよくとはいかなかった。結構むずかしい。

「ボンドと呼ばせてもらっていいのか?」

「ああ、かまわない」

本名を名乗らない事は、少し気が引けたが、彼女には分からないし、

身分証なんて役にたたないご時世に突入したから、好きな時に、気に入った名前を名乗らせてもらうことにしよう。

そんなことを考えていたら、彼女が何か閃いたのか、パッとオレの方に振り向いた。

「そーだ、せっかく異世界に来たんだから、この世界風の名前を私につけてくれ」

彼女は、期待の眼差しで、俺の顔を見上げた。

「そんな突然言われても、パッとは出てこないよ」と苦笑しながら答えることしかできない。

ウ~ン・・・困った。

彼女はまだ、キラキラの期待感を出し続けている。

ヤメテ~、命名のセンスないんだから。

彼女の外見からすれば、完全に欧米風の名前だが・・・。

なぜか、はじめゲームキャラのタフで美人系な、ジル・ヴァレンタインを思い出したが、ジル・・・?

ビビッとこないな。もう少し愛嬌のある名前がいいかな。

他人の名前だが、名付けをするとなると、こだわってしまうな。

彼女の名前を呼ぶたびに、適当につけたと思い出したくないしな。

「少し考えさせてくれ。これだっていうのが、すぐに思いつかない」

「フフッ、じゃ、まかせたぞ。楽しみにしてる」

彼女は、この世界用の名前に、期待しているように微笑んでいた。

悩まなきゃならないことが、ひとつ増えてしまった。

俺は、心の中でため息をついた。

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