第9話

石造りの建物の日当たりのよいテラス、なのだが周りに景色は何も見えない。白い空間があるだけであった。

それは彼が創り出した仮想のテリトリーであり、彼はその中で自由に暮らしていた。

そのテラスには丸テーブルが一つだけあり、品のよい老人が紅茶をすすっている。

彼は人間の姿をしていたが、その目は深い知恵と権力を秘めていた。

彼は怒りを抑えるために紅茶を飲んだが、それも効果がない。

悠然とした所作だが、イラつきを抑えきれていなかった。

カップがガチャリと音立て、ソーサーにおさまる。

彼は人間に興味があった。彼は人間の文化や思想や感情に魅了されていたのだ。

ソドムの所業により、娯楽観測していた人間たちが、絶滅させられたことにイラだっていた。


ソドムのアホめ。この世界の人間を絶滅させおったわ。

ワシの娯楽の邪魔ばかりしおってからに。

どうしてくれようか?

核ミサイル一発くらいじゃ、奴の根城は、破壊出来ておらんじゃろな?

あのバカは、飽きると何でもかんでも絶滅させおって、楽しみが減るじゃろうが。

この世界の楽しみも、のうなったわ。

別の時代に転移して、他の楽しみを見つけるかの?

それとも猿の奴らを育てて、文明を作らせてみるか?

あ奴らは、人間より無器用じゃから、何万年くらいかかるかの。

今は、チャチャッと楽しみたい気分なんじゃが・・。

老人の前に、ジャケットにタイトミニそしてハイヒールという秘書然とした女性が、端末を片手に現れた。

「ルカ様、調査報告が上がりました。ヨーロッパ、アメリカには魔獣の侵入が確認されました。

廃人となった人間が多数いることから、エサに困ることはなく、旺盛に繁殖することが考えられます」

「魔獣か。猿どもでは、今後は荷が重いか」

「それと想定外のことがもう一つございます。影の一族の娘が、魔法にやられました」

「なんじゃと。あの娘の魔法シールドは鉄壁のはずじゃ、何が起こった?」

「自分を犠牲にして、将軍の娘を助けたようです」

「将軍の娘? 上官の暴君娘をか? 影の一族を我らの陣営に取り込む方法を、また考えねばならないな。」

影の一族の娘がやられるとは、完全に予想外じゃった。

まぁ、物語は予想外のことが起きなければ、楽しくないからのぉ。

「それと生存者ですが、」

「生き残ったのは、どうせ魔女一人なんじゃろ?」

「想定通り、魔女は余裕で生き残っております。それと、もう一人」

「もう一人じゃと、魔女以外にもシールド魔法を使える者がいたのか?」

「どのようにして生き残ったのかは、不明ですが。日本人の男性が一名、生存しております」

「日本人じゃと? どんな奴なんじゃ?」

「それが、あの・・。まったくノーマークの人物でして、こちらにもデータが何もございません。ですが、その人物は現在、暴君娘と接触したようです」

「ほぉ・・・・、面白い展開ではないか・・・」

ルカと呼ばれた老人は、人差し指で顎をこすりながら、思案顔だ。

日本人の男? ナニモンなんじゃ? なぜ今頃、物語に登場する? 

「その男の生存地点は、どこじゃ?」

「日本の長野県。第十六観測地点、近隣です」

「観測隊のAIは、誰じゃ?」

「フライデーです」

「よりによって、ポンコツフライデーじゃと?」

「お言葉ですが、フライデーはポンコツなどではありません。感性が人間に近いだけなのです」

「わかった。フライデーにその男を観測するように通達。男の体内もじゃ。気づかれるな、よいな。・・・それとな、前世も」

「お待ちください。そこまで、調査をする必要性があるとお考えですか?」

「何か、匂うんんじゃ。他の時代への引っ越しは、一時中断じゃ。も少しこの世界を観測するぞ」

「承知いたしました」

女性は一礼して、ルカの前から、颯爽と歩き去っていく。

暴君娘ことじゃから、日本人の男をボコボコにして、精液を奪い取るじゃろな。

かわいそうな、男よ。同情するぞ。

魔女もいたな。魔女とて魔力は無限ではない。となると、男の精液が必要となる。

魔女と暴君娘の対決になるのかの。これは、ちょっと見ものじゃ。

本来なら、絶対出会わないような人物が出会うとき。

運命の転換や奇跡が、物語を動かすのじゃ。

この荒廃した世界で、お前たちは物語を紡げるのか?

ワシは、この物語の作者であり、観客であり、神でもある。

ワシは、お前たちの選択や行動に干渉しない。・・・つもりじゃ。イタズラはするかもしれん・・・。

ワシは、お前たちの運命や結末に関心がある。

ワシは、お前たちの物語に感動したり、驚いたり、笑ったり、泣いたりしたい。

ワシは、お前たちの物語に満足できるのか?

ワシがワクワクドキドキするような、物語をみせてくれ。楽しませてくれ。

ワシの肉人形どもよ。ワシは、お前たちの物語に期待しておるぞ。




「オマエ、これからどうするんだ? 周りに人影もみえないぞ」

「どうしたもんかな~。問題が多すぎて、何から手を付ければいいのかわからない。これから、じっくり考えるよ」

頭が痛い問題だ。いまだに人ひとり通らず、車も見かけない。

ライフラインとか、どうなるんだろう?

電気は、いつまで使えるんだ?

食料は? これから一生缶詰だけ喰う生活か? 缶詰って何年位もつんだろ?

公共の設備を当てにできない。

となると、自分個人で何とかしなければならない。

何とかなるのだろうか?

1日、1日の食事や飲み水など、生きるための基本的なことを計画的に考えなければならない。

昔の人達はすごいな、と今更ながらに尊敬してしまう。

すぐに答えなんか出せない。落ち着いて座って考えたい。

「君らは、魔法で自分たちの世界に帰れるのか?」

「私の魔法では無理だ」

「帰り方とかトンネルがいつ開くかとか、わかるのか?」

「・・・わからない・・・」

彼女もオレと一緒で答えが見つけられず、頭の中がグルグル状態のようだ。

彼女の場合は、自分の知らない世界だから、余計に答えなんか見つけられないだろうな。

「あのような現象を研究していた魔法士がいたのだが、200年くらい前に、行方不明になってしまっていて、だから私たちの世界でもあまり知られていない現象なんだ」

「それじゃ、この世界に閉じ込められたってこと? 超大変じゃん、これからどうすんだ?」

彼女は突然うつむいて、言いにくそうにしていた。

「・・・・・・・・・できれば、オマエのそばにいたい・・・」

えっ! ナニ!? 突然、愛の告白? そんなこと突然言われてもなんだけど~。

「現状だと、いつ元の世界に戻れるかわからんし、長期滞在になるかもしれない。その場合、定期的に精液の提供をしてほしいんだ」

オレに惚れたんじゃなく、精液の方だったか。ぬか喜びして損した。

彼女とオレの力関係だと、オレをブン殴って、言うこと聞かせる事も可能なはずなのに、頼んでくるとはな・・。

脳ミソをいじくってるのを見た時は、サディスティックな奴なのかと思ったけど、結構真面目な奴なのかな?

こんな美女にだったら、殺されてもいいか。どうせ戦争で終わったなと、思った命だしな。

「オレのことをキズつけたり、殺したりしないと信じていいのか?」

「もちろんだ! 私たちは魔力が枯渇してしまうと死んでしまうんだ。今この世界で、効能のある精液を持っているのは、オマエだけだ。

効能の高い精液は、健康な男からでないと、得られない。だから、危害を加えないと約束する。戦士の誇りに賭けて」

わざわざ、自分の弱点を教えてくれるのか。バカか正直者か、どっちなんだろう。

それとも、誠意を見せてくれているんだろうか?

これからの生活は、厳しくなる。彼女の魔法も役に立つかもしれない。

生き残れる可能性が高くなるかもしれない。手を組むのもありだな。

それに、死んじゃうなんて言われたら、断れないじゃんか~。

「・・・腹は?」

「ハラ?」

「腹減ってないか? メシ喰わないか?」

「喰いたい。実はパコパコなんだ」

満面の笑顔で答えてくれた。笑うとクールな美人の表情に可愛いさがプラスされる。

けど、「おしぃー、それ言うなら、ペコペコだな。」

「くそー、そっちだったか。」とやけに悔しがっていた。

「オレん家でメシ喰いながら、これからのこと話し合わないか? 寝る場所も必要だろうし」

「分かった、そうしよう。世話をかけるな」

「いいってことよ。旅は道連れ世は情けってね」

「よくわからないな。どういう意味だ?」

「気にしないで」

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