第8話

「・・・で、どうなんだ? キズは治せるようになったのか?」

「これだけ、魔力が満ち溢れている状態なら余裕だ。オマエのおかげだ」

彼女は、装甲車まで歩いていき、タイヤを背もたれにして、

両足を前方に投げ出すようにして地面に座り、両手で左足の膝のあたりを掴んだ。

そして、スゥーハァ―、スゥーハァーと深呼吸を数回繰り返し、(フンゥ!)と気合を入れて踏ん張った。

クッゥ、ウウゥー、ウアァ~、声を漏らしながら、苦痛のためか顔が歪んでいく。

左足の火傷部分の肉が、プクプクと盛り上がり始める。

オレは、大きな勘違いをしていた。

魔法が、パァーと光って、キズがスーと消えてなくなるもんだと考えていたからだ。

こんなに苦痛が、伴うものだとは予想していなかった。

声はとうとう叫び声にかわり、彼女は右に左にのたうち回りはじめた。

思いもよらない、修羅場になってきた。

叫び声は、10秒ほど続いただろうか。

左足の火傷は、きれいな皮膚に再生されていた。

オレは、茫然と立ち尽くすことしかできない自分に、大きな無力感を感じた。

彼女は今、ハァーハァーと息を荒げながら、地面に寝転がり、動かない。

オレは、全速力で車まで走った。

コンビニのカゴを引っつかみ、急いで彼女の元まで戻ると、横になっている彼女の上体をそっと起こした。

オレは両足を広げ、地面に座り込み、彼女の背中を支え、抱きかかえる。

「大丈夫か?」

「ああ、チョット身体に力が入らないだけだ。すぐ直る」

オレは、カゴに手をつっこみペットボトルをとりあげる。

「君たちの口に合うかどうかわからないけど、飲むか? 果物のジュースなんだけど」

「ありがたい」

キャップを開けて、彼女に手渡した。

彼女は一口、試し飲みをすると、気に入ったのか、ゴクゴクと飲みだした。

「ハーァ、美味いなこれ!」

「よかった、まだあるから好きなだけ飲んでくれ」

彼女がチロッと流し目で、オレを見つめてきた。

「逃げ出したのかと思ったぞ。どうして戻ってきた?」

「のたうち回って苦しんでる奴がいたら、助けたいと思うのが普通だろ?」

「ほーぉ、そうなのか」

こいつ、逃げたなと疑ってるのか?

「それに、こんな美人を置き去りにして、立ち去れる男なんていないだろ」

「美人? 私がか?」

「そうだな」

「私は、どのくらいの美人なんだ?」

「へっ? えーと・・・、世界一の絶世の美女だな!」

「それでは、しょうがないな」と彼女は、満足そうな顔をしていたので、ご機嫌は取れたようだ。

チョロイ奴だ。と思ったが、そうでもないらしい。

「ちょっと待て。オマエ、私を元気づけようとして、適当に褒めてないか?」

「バレたか」

「こいつめぇ~・・」

「美人と言ったのは、本心だぞ」

「信じられんな」

「この世界には、一目惚れっていうのがあんの」

「どういうものだ? 私達にはよく理解できん」

「今は、深く考えなくてイイヨ」

まだ、右足の治療が残っているが、彼女は、軽口が言い合えるくらいには、落ち着いたようだ。

「魔法で治すのも、大変なんだな」

「お見苦しい所を見せてすまないな」

「なんだ、だんだん日本語、うまくなってるんじゃないか?」

彼女は、ちょっと得意げに笑いながら。

「ハハッ、言語は得意なんだ。でもこいうときは、治療魔法が得意だったら良かったなと思うよ。痛みをうまく殺せないんだ。

治療専門の魔法士にやってもらうと、こんなに痛まないんだがな。

だから、よく男どもにからかわれた。オマエのは治療魔法じゃなくて、拷問魔法だなって。」

オレだったら、おっかなくて彼女をからかったりできないが、彼女をからかった男達は、どうなったのかと思い聞いてみた。

「そのあとは、どうしたんだ? 言われっぱなしか?」

「もちろん、全員ぶっ飛ばして、精液を奪ってやった。お返しの母乳は、無しでだ。なめられたら負けだからな」

彼女は、ごく当然。普通のことをしただけ、といった顔つきで答えていた。

やっぱりね~。男なんかに従属しないぞって、雰囲気感じるもんな~。

彼女の世界では男女のあいだで、頭脳や体力や筋力、魔力、それに社会的な地位の差は、ないらしい。

男女差より、個人差の方が大きく、才能や適性が個人よって、まちまちとのことだ。

まあ、それはこの世界でもどんな職業に適性があるかなんてのと、一緒なんだろうな。

そして女性は、男性の精液を魔法の糧として、男性は、女性の母乳を魔法の糧とするらしい。

大きな魔力を与えられる良質な、精液や母乳を有する者は、異性から人気があるのだそうだ。

男女の関係性については基本的に、男性側は女性側を見下そうとし、女性側はそんな男性達を侮蔑しているようだ。

しかし、いがみ合っている男女だが、魔法の糧としての依存関係があることで、決定的な決裂には至ってないとのこと。

どの世界でも、男女ってむずかしいんだな・・・。


「右足は少し時間をおいてからにすればどうだ? オマエ、ヘロヘロじゃないか」

「オマエの精液のおかげで、絶好調だから、今のうちにやってしまうよ」と言いながら。

彼女が背中をオレに預けてきた。

オレは黙ってそれを受け止める。

「彼女、あの副官の彼女の事なんだが、私の親友なんだ。いつも二人で戦闘に参加していて、ケガをすることなんてしょっちゅうだった。

彼女に治療してもらえば、痛みは少なくキズを治せるんだが、私のためにならないからと言って、彼女は絶対に治療してくれなかった」

遠い目をしながら、彼女は話をすすめていく。

「私が泣こうが喚こうが、自分で治療魔法を上手に行使できるようになれと、厳しく言われたよ。

でも私が治療する時は、今のオマエのように、いつも私を背中から抱きしめて支えてくれたんだ。

いい奴なんだ。私の心の支えでもあったんだ」

彼女は、俯きながら悔しそうな表情をしていた。

「・・・そうか。厳しい優しさを持って接してくれる、いい友達だったんだな。君の成長を考えて、わざと厳しくしていたんだろうな」

「そうなんだ」

「あんな状態になってしまって、その・・・残念だな・・・」

と、彼女に慰めの言葉をかけたが、慰めることなんてできないのは、承知していた。

「・・ああ」

オレは、気分を変えようと思い、努めて明るく言うことにした。

「すまないが、今回、背中を支えるのは、オレで我慢してくれヨ」

それを彼女も感じ取ってくれたのか、明るく答えてくれた。

「ああ、我慢してやる。きつく抱きしめてくれ」

両腕を彼女の前に回し、オレの胸に彼女の背中を抱き寄せた。

彼女の全身に力が入り、こわばった。右足の治療を始めたようだ。

しかし、今度の彼女は、背後から回されているオレの腕にしがみつき、顔や口を押し付けて、叫び声を上げるのをなんとかこらえていた。

強い女性だなと、感心してしまった。

治療は無事成功したようで、火傷は痕も残らずきれいに治っていた。

オレの腕に、頭をもたせ掛けている彼女は、まだ息が上がっており、グッタリしている。

息が落ち着くまで、ずっと抱きしめていた。

カゴの中から、また飲み物を出して、彼女に手渡す。

彼女は、自分でフタを開け一気に飲もうとして、ブフォと吐き出した。

「なんだこれ?、さっきのと違うぞ、泡がいっぱい出てくる」

ボトルをみると炭酸飲料だった。

「ごめ~ん、炭酸入りだった。慣れないとむせるから、一口ずつゆっくり飲むんだ。でも、刺激があって、うまいぞ」

彼女は、恐る恐る一口、二口飲んでいたが。

「ウン、確かに。刺激的だ。これもいいな.」と、気に入ってもらえたようだ。

ゲップが出るから、気を付けてと言うやいなや、彼女は、「ゲッフゥ」とやっていた。

「おい、絶世の美女は、人前でゲップなんかしないんだぞ」

「でもこれ、飲むと勝手に出てくるぞ。ゲップゥー。どうやって止めるんだ?」

彼女は、面白くなってきたのか、1本飲み終わるまで、ゲップ遊びをしていた。

これ以降彼女は、炭酸飲料を好んで飲むようになった。

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