山道にて

小屋を出てから半日、体力の続く限り走ってフォルガンまでの山道を進んだ。急ぐ意味もあったが本来の目的はそこじゃない。体力作りだ。そしてやがて小屋を出てから1日目の陽が落ちようとしている。もちろん今日は野宿だ。

 行き来に徒歩で5日ほどかかる街道、そこを使う人はフォルガンからあの辺鄙な村へ行商に向かう商人ぐらいなもので、行商人はだいたい護衛の冒険者を伴い、途中で野営をしながら村へとやって来ていた。今の俺は護衛の冒険者が居る訳でも無く、ましてや野営の道具すらない。陽が傾き出してから良さげな場所を探しながら走っていた。まだ夜と言うには明るい時間だが、山道の脇に良さげな小さな、洞窟とは呼べない程の岩肌の窪みを見つけた。


「あそこにしよう」


 もちろん独り言だ。窪みに入り手頃な岩に腰を降ろす。うん、冷たいのを除けばいい座り心地だ。後は煙が中に充満しない様に窪みの入口に石を組み焚き火をする事にした。

 石を組み終わり火がつきそうな枯れ木を十分な量集めて積み上げる。そこからひと山を組んだ石の中へ入れる。火属性魔法のスキルを持っている人間なら簡単に枯れ木に火をつける事が出来るのだろうが残念ながら俺は持っていない。だがそこは【混合】が解決してくれる。俺は石ころを拾い、遺物から『火鼠の牙』を取り出し【混合】、炎を纏った石を枯れ木の中へ放り込む。するとあっという間に枯れ木は燃えだした。


 陽もだいぶ落ちて来ているがさすがに寝るにはまだ早い。俺は持ち上げるにはやや重い岩をいくつか窪みの中へ運び込んだ。そしてその中で1番大きな岩を胸の前で抱え、中腰まで膝を折りまた伸ばすという動作を繰り返した。これは村の力自慢が日々やっていた筋力を鍛えるトレーニングだ。スクワットとか言っていたか?それを【身体強化】のスキルを使わずに限界まで繰り返す。こうする事で足の筋肉が鍛えられ、下半身の筋肉が大きくなるそうだ。村の力自慢は、「こんな事するより【身体強化】をより効果を大きく出来るようにした方が効果的なんだがな!まぁ見た目だ見た目!筋骨隆々の方がかっこいいだろう!?」と笑っていた。

 

 確かに一般的にはその考えが正しいとされている。どれだけ貧弱な体であろうと、【身体強化】のスキルランクが高ければ高いほど強い力が出せる。だからこそ細身の女戦士が大男の戦士を叩きのめすなんて事が可能な訳だ。だがそれこそがそもそも間違った認識であると言うことを俺は知った。

 【身体強化】に限らずだが、特にもともとある何かを強化するスキルは乗算なのだ。つまり1の筋力に対して10強化出来るスキルを使うと10、2の筋力に対して5強化出来るスキルを使っても10という事だ。つまり基本となる筋力が2や3になればそれだけ強化後の値は大きくなるという事になる。だからこそ大切なのは基本となる能力値の高さなんだ。それに重きを置いている人間はほぼいない。つまりスキルに対する理解が足りていないんだ。何度もランクアップとランクダウンを繰り返し、能力の違いを何度も経験した俺にしか分からないのかも知れない。

 

 太ももがパンパンになった所で岩を降ろし、座り心地のいい岩に腰掛け、先程の岩のふた周りほど小さな岩を片手で持ち上げる。持ち上げた腕の肘を立てた膝の上に乗せ、肘から先だけを上下させる。これは腕の筋肉を大きくしてくれるそうだ。まさかあの見た目重視の力自慢が言っていた事がこんなにも役に立つとは思わなかったな。


 その後もクタクタになるまで様々な方法で筋肉を鍛えた。陽もどっぷりと暮れ、やけに焚き火が明るく、暖かく見えた。幸いにも今日はもう雨は降らなさそうだ。

 焚き火を眺めながら干し肉をかじる。大した量は無いが、まぁ後4日なら飢える事も無い量はありそうだ。それよりも問題なのはこのまま夜を越さなければならないと言う事だ。寝てる間に魔物はもちろん、ただの獣であっても襲われたら危険だ。かと言って寝ずの番をしてくれる人もいない。どうしたものか、と思い気を張りつめていると、ふと何か匂いがした気がした。


「なんだ……?」


 匂いのする方を見ると、遠くの木々の間から動く2つの影が見えた。


 【鷹の目】


 この単純に遠くを見る事が出来るスキルで見てみると、その影はイノシシの様だ。まぁイノシシにしては大きい方だな。


 俺は手頃な石を拾って【スリングショット】で投げつける。放った石が片方のイノシシに当たりたまらず2匹そろって走っていなくなった。すると先程感じた匂いも消えてなくなった。


「ん?もしかして……あいつらの気配を匂いとして感じたのか?」


 そんな気がする。スキルってのは使ってみるとさらにその理解が深まる。おそらく間違い無い、これは【咎人の憐れみ】の能力だ。これならまぁ、寝てる間も感知出来るんじゃないか?確信は持てないが、かと言って他に頼るものも無いしな。そう信じて夜は寝るしか無いか。



 少しの寒さで気が付いた。いつの間にか寝てしまっていた様だ。焚き火も消えてからずいぶん時間が経っていそうだ。その場で軽く伸びをする。


「いてててて……座ったまま寝たのと筋肉痛の痛みか……」


 軋む体をゆっくりと動かし立ち上がる。洞窟を出るとまだ早朝の様だ。季節はまだ春、夏が訪れるのはもう少し先の今ならそりゃあ肌寒いか。にしても天気が良く心地よい朝だ。何より目覚めたら違う朝が訪れているのが何より嬉しい。

 洞窟の外でゆっくりと体をほぐす。ストレッチと言うらしい。トレーニングに続いてこんな知識が役に立つ日が来るとは思わなかったな。とは言え、本当はトレーニングが終わった後にもするべきらしいが、昨日は疲れて寝落ちしてしまったからな。十分動かしておこう。


「んあ……喉がカラカラだな」


 干し肉なんて水分も無い上に塩分も多い食べ物を食べた後、さらに運動をしたのに水も飲まずに寝たからな。喉がカラカラだ。と言っても辺りに水場なんて無さそうだな。


「よし、それなら……」


 俺は遺物からはじけクルミと『水蛙の水袋』を取り出し【混合】。

 洞窟の外の岩肌の下に、近くに茂っていた大きな植物の葉を数枚並べた。


「よし、軽ーくでいいな」


 俺はひょいっと混合したはじけクルミを岩肌に向かって投げる。水属性のはじけクルミが弾ければ大量の水が手に入る算段だ。

 投げたはじけクルミが岩肌に当たる。予想通りはじけクルミが弾けた。予想以上の威力で。


 派手な炸裂音を響かせ弾けたはじけクルミは辺り一面に水を撒き散らした。もちろん俺の全身にもくまなく水が巻き散らかされた。


「……これは工夫の余地ありだな……」


 とは言え岩肌の下の葉には水が溜まっていた。乾いた喉を潤す事にしよう。『水蛙の水袋』は一体蛙のなんの水なのかは考えないでおこう。


 喉も潤った所で干し肉を取り出し朝食を摂る。よし、空腹も喉の乾きも解消した事だしもう出発するか。


 早朝の山道は心地よく、気分も晴れやか、となると思われたがそうは行かなかった。


「うおお……全身痛いな……」


 筋肉痛か。ただこれが回復する事によって筋肉が大きくなるんだったな?じゃ無かったら困るぞ。でもやり過ぎには注意が必要そうだな。


「ん……?」


 急に変わった臭いを感じた。刺激臭と言うか、鼻を突く様な臭いと言うか、あまりいいとは言えない臭いだ。

 立ち止まり辺りを見回す。この臭いはどこから来てるんだ?何となく感覚的にだが、風に乗って香ってくる臭いでは無い気がする。

 そうか、【咎人の憐れみ】の能力か。


 スキルに意識を集中すると、臭いのする方がどちらなのか分かった。その臭いのする方を向く。そこには黒い虎、サーベルタイガーと呼ばれる魔物が3匹居た。


「あれは俺を狙っているなぁ」


 さっきの臭いは殺気や敵意の臭いなのかな?3匹のサーベルタイガーは低い姿勢でジリジリと距離を詰めて来ている。あれは適度な間合いで飛びかかってくるつもりだな。筋肉痛なんて言ってられないか。


 先頭に居たサーベルタイガーが一気に駆け出して来た。


 【オーラクロー】


 俺はマガで形作られた爪を両手の指に纏う。大きく飛び上がり襲いかかってきたサーベルタイガーの懐をくぐる様に躱し、すれ違いざまに下から腹をオーラクローで切り付けてやる。


「ん?何だか体が軽いな?」


 これは……筋肉痛が無くなっている?


「あ、もしかして【災禍襲来】効果か?」


 戦いが始まったから効果を発揮したのか。戦いの最中は疲れを知らず、って言うのがこういう事なのか?

 いや今はそんな事より。


 【アースウォール】


 都合のいい事に自分から孤立してくれたサーベルタイガーの目の前に【アースウォール】で土壁で目隠しをする。

 その隙に俺は残りの2匹に向かって駆け出す。もちろんあちらも臨戦態勢ではあったが、驚き一瞬動きが固まっている。おそらく人間は一方的に狩るもので、自分達が人間に襲われた事など無いのだろう。まさか獲物から向かってくるとは思いもよらなかった様だ。

 その一瞬の隙があれば十分だ。俺は一気に2匹の目の前まで詰め寄る。


 【裂旋爪】


 爪での攻撃にマガが乗り物理的に攻撃力を上げるスキルだ。爪の攻撃専用のスキルだが【オーラクロー】で作られた爪も効果の対象になるらしい。

 左右の爪がふた周り大きくなる。その爪を同時に2匹の首目掛けて振るう。

 肉と骨が吹き飛ぶ音がして、2匹の首から上が5分割されて吹き飛んで行った。


「む、綺麗に首を撥ねるつもりだったのにな?」


 まぁそれぐらいはいいか。まだスキルの威力に慣れていないな。

 2匹の死体が地面に崩れ落ちる前に振り返ると、土壁を迂回して来たサーベルタイガーと目が合う。走り込んで来たサーベルタイガーだが、地面に倒れ込んだ仲間の死体を見て一瞬止まる。立ち止まったまま低く、小さな唸り声を上げる。しかし何かを振り払ったかの様に地面を蹴り飛びかかってきた。

 獲物に狩られる、そんな不条理は理解出来なかったのかも知れない。

 

【裂旋爪】


 俺は少しだけ身を屈めて飛びかかるサーベルタイガーを躱し、体を捻って左手の爪で下から腹を横薙ぎに払う。

 裂旋爪の威力でやや上向きの勢いを足され、着地地点が少し伸びた。だがサーベルタイガーは足で着地する事無く、頭から地面に衝突した。そしてそのまま動かなくなった。


「まぁ、サーベルタイガーぐらいならこんなものだろう。この辺りでも弱い魔物だからな。マガカも大した物じゃないしこのまま回収しておくか」


 俺は【解体術】も使わず3匹のサーベルタイガーを遺物へとしまう。

 

 マガカは大した事無くても、それ以外の素材が結構高値で売れるって聞いたな。牙や毛皮は装飾品や家具に加工されるって聞いた事がある。でも毛皮は結構傷ものにしてしまったなぁ。値が下がるかも知れないな……。次はそういうのも考えて狩る事にしよう。


 それよりもだ、【災禍襲来】についてはもう少し詳しく知る必要があるな。軽く体を色々動かしてみる。さっきまでの筋肉痛が嘘のように無くなっていた。

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