終わり、始まり

とにかく今はスキルなんてどうでもいい。フィリウスが告げた、千魔夜行ってのがこの魔物の群れでいいんだよな?てことはもう魔物は襲って来ないんだな?そんなもの、誰に聞いたとしても答えなんて返ってくるはずが無い。そもそもここには俺以外誰も居ないんだから。そう、魔物さえも。


 何かから逃げるように、俺は駆け出した。ただただ走った、あの赤い門を目指して。何だか急に足取りが重い。あぁそうか、【災禍襲来】の効果が切れているのか。

 息切れがする。鼓動が異様に速い。うまく呼吸が出来ず整えられない。それでも、それでも走るんだ。もう24時間前に戻る訳には行かない。ポケットの懐中時計を出す余裕すら無い。

 

 早く、速く、もっと。


 遂に赤い門の真下まで来た。もうまともに息が出来ない。何回だ、何回死んだ?何回やり直した?それが今終わる。

 赤い門の真下を通り過ぎる時、何か目に見えない薄い膜の様な物をすり抜けた気がした。

 そして走り抜けた。ずっと目指し続けた赤い門を。


 足がもつれ豪快に地面を転がった。膝を擦りむく事も、手に小石が刺さる事も気にならない。仰向けに寝転がり顔だけ起こして足の先を見る。確かにその先には赤い門が。


「やった……やっと出られた……」


 ハッとなりポケットの懐中時計を取り出す。裏返しで取り出した懐中時計を恐る恐るひっくり返す。


「はは……ははは……はははははは……」


 17時22分。とめどなく涙が溢れた。



 それから30分程、笑いながら涙を流し続けた。俺を現実に引き戻したのは腹の虫だった。


「腹……減ったなぁ。そういやもうずっと食べ物なんて食べてなかったな。もう何年も食べて無い気分だ」


 繰り返す1日の回数を足したなら、あながち間違いでは無いかも知れない。

 俺はゆっくりと立ち上がった。


「腹は減ったが体力はあるな?もしかして最後の貪食の咎人とかいう奴を倒した時にランクアップしたのか?いやそりゃ属性ゴーレム5体とあのとんでもない魔物を倒したんだ、ランクアップぐらいしてるだろ」


 つまりノウスの福音のお陰で体力もマガも全開したと言う訳だ。


「にしてももう18時か。もうすぐ日が暮れるな。確かこの先1時間ぐらい歩いた所に狩りの時期に使う小屋があったはずだな。寝泊まりも出来るし何か保存食ぐらいあるだろう」


 開放感、それが今俺の全身を駆け巡っている。そしてこんな所、今すぐにでも離れたい。母さんとの思い出も、村の人との思い出も、そしてその遺体もこの村に残してあるが、その想いよりも今はここから逃れたい。もう繰り返す事は無いんだと頭では理解していても心がそれを飲み込めていない。一刻も早く、出来るだけ遠くへ。


 山道を1時間ほど歩いただろうか。目印の立て看板が指す方、山道を外れ少し森に入った所に見えた小さな山小屋。


「着いたな……。確かベッドぐらいはあったはずだ」


 睡眠を取るのなんて何回ぶりだろう?いや、この何回って言う数え方はやめた方がいいな。これからは日が落ち、そしてまた次の日の太陽が登るんだ。同じ日なんて1日だって無いはずなんだから。


 山小屋のドアを開ける。獣や魔物が入り込まない様に、特に鍵は無いが頑丈に閉められていたドアを開けた。前に何度か狩人のおじさんとここを訪れていて良かった。ドアを破壊して入るよりは快適に過ごせるだろう。

 中に入るとそこには簡素なベッドとテーブルとイスが2脚、そして奥には暖炉が見えた。もちろん広くは無く、一夜を明かすには丁度いいぐらいだ。

 暖炉の横にはこれまた簡素な食器棚があった。


 確かここだな。


 遠い記憶を頼りに食器棚の下の引き出しを開ける。

 やっぱりあった。保存食の干し肉だ。この小屋は狩人が時期が来れば毎年使っている小屋なので、保存食もちゃんと新しい物と交換されている。だかもうそれも交換する人は居ないのだけれども。


 俺は干し肉をありったけ取り出すとテーブルをベッドの横まで引きずり干し肉をその上に無造作に置いた。そこからひとつを口に加え、靴を脱いでベッドに寝転がる。

 ただただ呆然と、何も考えずに干し肉を食べ進める。保存食の干し肉なんて美味くも何ともない、そう思っていたが、こんなに長い事食べ物なんて口にして居なければこんな物でも美味くてしょうがない。そうか、思えば何も食べて来なかったなぁ。食べ物の食べ方を忘れていなくて本当に良かった。

 そこそこな数があったはずの干し肉も、半分ほど食べてしまった様だ。何となく腹も膨れた気がする。体は疲れてはいない。でも何となく倦怠感が酷い。不思議と頭痛は治まっている。体調が良いんだか悪いんだが、俺の体と精神がどうなっているのか、その答えを持っている奴は1人も居ない。




 雨の音がした。そうか、俺は寝ていたのか。窓から聞こえるささやかな雨音が、夢も見ないで死んだように寝ていた俺を優しく起こした。


 俺はハッとなり焦ってポケットから懐中時計を取り出す。


 7時40分。ちゃんと次の日が訪れている様だ。


 一息ついて、気持ちも落ち着き俺はベッドの上で体を起こす。そしてテーブルの上の干し肉に手を伸ばす。ただ寝ているだけでも腹は減るんだなぁ。


 雨か。何か急いでいる訳でも無い。少しゆっくりするか。


 そう言えば俺はどれだけランクアップしたんだ?考えてみれば貪食の咎人とか言う魔物を倒してそのまま歩き続けて、この山小屋で寝落ちしただけだからな。どれどれ、ステータスはどうなっている?


 ランクはマゼンタ、おお凄いな。ATKとDEFとAGIがマゼンタ、INTとDEXとRESはグリーンか。INTとDEX、RESが他より2ランクも下という事は、やはり脳筋戦士寄りのステータスに成長した訳だ。まぁ手に入るスキルを考えたらこれが1番効率が良かったからな。予定通りと言えば予定通りだ。つまり俺は魔法や属性に弱い攻撃全振りの戦士って事になる。ただ普通の戦士と違うのは【混合】のスキルだ。これを上手く使えば魔法を代用する事が出来そうだ。そして何より普通じゃないのが、あの1日で手に入れた大量のスキルだ。


 じゃあそのスキルの方は?


 そうそう、最後に手に入れた【千魔を討つ者】ってなんだ?後【貪食の法衣】と【咎人の憐れみ】だったか?


 スキル:【千魔主討】

 取得条件:己の力で千魔夜行を退けヌシを討伐す

  る。

 効果:全ての能力を僅かに上昇させる。


 全ての能力?なんか良く分からないな?ステータスが少し上がってるって事なのかな?じゃあさっき見たステータスはこのスキルの恩恵を受けた後なのかな?分からないな……。


 スキル:【貪食の法衣】

 取得条件:貪食の咎人を倒しそのマガを吸収す

  る。

 効果:どんな物でも噛み砕き己の血肉と成す。


 んー……どんな物でも?そもそも好き嫌いは無い方なんだけどなぁ。そして己の血肉と成す……。これはあれだろ?貪食の咎人が腕とか足に鉄やら石やらを纏わせたやつだろ?後で試してみるか。


 スキル:【咎人の憐れみ】

 取得条件:貪食の咎人を倒しそのマガを吸収す

  る。

 効果:あらゆる物を嗅ぎ分ける嗅覚を持つ。


 いや効果がざっくりしてるな……。あらゆる物って……。とにかく鼻が良くなるってだけでは無いだろう。


 その他のスキルは、まずは原初のスキル【混合】、そして【災禍襲来】。変わった所はそんな物か。それ以外にも結構な数のスキルが手に入った。

 

【呪殺無効】【即死無効】【魅了無効】【洗脳無効】【スキルバインド無効】【忘却無効】【睡眠無効】

 ここまでがアマニスキルと呼ばれるスキルだ。こんなにアマニスキルを持っている人間なんているのだろうか?


【雷耐性】【炎耐性】【水耐性】【氷耐性】【風耐性】【土耐性】【木耐性】【毒耐性】【麻痺耐性】

 耐性についてはほぼ網羅してるな。それだけ多種多様な攻撃を受けた訳だ。


【鑑定眼】【解体術】【身体強化】【水泳強化】【隠蔽】【鷹の目】【気合い発声】【毒見】【フィンガーショット】【スリングショット】【ウィンドスロー】【オーラクロー】【オーラファング】【吸血】【裂空閃】【烈風裂渦斬】【ピクシードラゴンスラッシュ】【地震激】【裂旋爪】【ガイザージャンプ】【スリップサーフェス】【隠密行動】【サイレントステップ】【レーザーマーカー】【サラウンドスクエア】【アースウォール】【リゼントスクリーム】【アースニードル】【死合いの氷鎖】


 改めて見ると数だけで言ったら中々な物だな。とにかくこれが今の俺が持つ能力の全てだ。

 後は遺物の中身か?遺物の中にはそこそこな量の素材やマガ石、魔物の死体そのものなんかが入っている。そもそもこの遺物、入れられる量に制限があるんだろうか?何も考えずに放り込んでいたけど……。それと手を突っ込んだだけでその大量な物の中から欲しいものをすぐに掴み出せるっていうのもどうなんだ?どうなってるんだこの遺物は?まぁ考えたって仕方がない。便利な物を拾ったのは間違い無いな。


 それで、これからどうする?目的は母さんを不幸にした親父殿を殺しに行くのだが、そもそも居場所が分からない。母さんも奴隷の時の話はしたがらなかったけど、ちゃんと知っておく必要があると言って1度だけ話してくれた事がある。そして親父殿の名前もその時に1度だけ聞いた。ソウグ・シキ・プレジスだ。名のある名家の様だったから、名前さえ分かれば何とかなるだろう。

 とは言えここは、今は人ひとりいない山奥、さらに俺は文無しだ。


「まずは大きな街に行くか。ここから1番近いのは……フォルガンか」


 商業国家フォルガン、その首都フォルガン。ここから5日も歩けば着くはずだ。そう村に来る行商人に聞いた事がある。商業の盛んな街なら色々な所から来た人間がたくさんいるはずだ。きっと情報も手に入るだろう。


 気が付くと雨が上がっていた。


「行くか……」


 俺は残りの干し肉を全て遺物に入れて小屋を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る