持てる力を
懐中時計を見る。時刻は16時30分。残り時間は50分、十分じゃないか。やっとここまで来たんだ、これで決めてやる。もうウンザリなんだよ。
魔物はゆっくりと近寄ってくる。俺も魔物に近づいて行く。今さら隠れる必要も無い。
とりあえず遺物から『土鬼亀の噛歯』を取り出し錆びた剣に【混合】する。相手がどんな魔物なのか分からないのではどうしようもない。最悪、武器が壊れてしまうなんて自体は避けなければならない。
近づくに連れて改めて魔物の大きさに気がつく。ゴーレムよりデカいなんて、反則だろう。そしてその姿は一言で言うなら異様。アンデッドなのか?何かの特殊個体には見えない。なんと言うか、人の手が加えられているのでは無いか、と思ってしまう。その大きな要因は頭部だ。全体的にずた袋を被った様な形で両耳は無く、、硬そうな皮膚は皮膚と呼べるか怪しい程に生を感じさせない。その顔は両目と口がまるで縫い付けられているかの様に太い縄の様な物でジグザグに縫い潰されていた。そしてその真ん中にある鼻がスンスンとしきりに匂いを嗅いでいる。という事は匂いだけを頼りに動いているのか?
首から下も異様な姿だ。サイクロプスとアンデッドを混ぜ合わせた様な姿だが、手足がサイクロプスよりも遥かに太く大きい。何より異様なのが両手、両肘、両足と両膝、そして腹に醜悪な見た目の口が付いている。
何なんだあれは?
すると急に魔物が左を向く。スンスン、と匂いを嗅いだかと思うといきなりそこにあった建物を殴った。その建物は村の入口にあった、昔は監視台として使われていたと言う鉄塔だった。崩れた鉄塔の残骸を左手で持ち上げその先を右手へ。そのまま鉄塔の残骸を右手についている口がガリガリと食べ始めた。
「食ってるのか......?」
あれは食事なのだろうか?その異様な光景にさすがに立ち止まって様子を伺う。鉄塔の残骸を全て飲み込んだ右手の口が満足そうに歪む。すると右腕の一部がガキンッと跳ね上がった。跳ね上がった場所は角張っていて、どうも鉄の塊の様に見える。そこから次々と角張った塊が跳ね上がり、遂には右腕全体が鉄の塊に覆われた。
手足と腹についている全ての口が醜くニンマリと歪む。
「ンモオオオオオオオオオ!!!」
頭についている縫いとめられた口が声にならない音を発する。それから魔物は辺りにある物をめちゃくちゃに破壊し暴れ回った。建物を、木を、石畳を、ある物全てをめちゃくちゃに破壊し、次々と体中の口で貪った。その度食った口の部位が様子を変える。木を食った左腕は木の塊に、石を食った右足は石の塊に変化した。
「食った物を......吸収してるのか......?」
そうとしか考えられない光景に呆然と立ち尽くしてしまった。その時魔物の鼻がスンスン、と何かに気が付き、見えない目が俺を捉えた。
まだかなり距離を取っていたつもりだった。まさかこんなにも速いと思わなかった。いや違う、1歩が異常にデカいのだ。
「クソ……!」
【ガイザージャンプ】
たまらず大きく後ろに飛んだ。クソ、また門が遠のいてしまった。
まずは試しに遺物から『火鼠の牙』をいくつか取り出し石ころを拾って【混合】。炎を纏う石つぶてを【スリングショット】で両手両足に当ててみる。
「効果は薄いな......」
木を纏っていた左腕にはやや効果があった様だ。少し火がついている。他はほぼダメージ無しだ。
「やっぱり接近し……」
俺の独り言が終わるよりも早く魔物が攻撃してきた。まだ十分距離があったつもりだったが、まさかの2歩、そして長い腕を振り下ろせば俺に届いた。
俺は全力で横へ飛び退きスレスレで躱すが、地面を激しく叩く衝撃が地面の土ごと俺の体を吹き飛ばす。
土くれと一緒に地面を転がるがすぐに体制を整え起き上がる。
「まじか......どう……」
またも独り言は遮られ、魔物の鉄塔の様な腕が振り下ろされる。
さらに横へ飛び退くが結果は先ほどと同じく地面を転がるはめに。すぐさま片膝をついて起き上がると魔物は俺を見失っているらしく、鼻を鳴らしながら辺りを見回している。
俺は咄嗟に近くの半壊した壁の裏に隠れた。
「クソ……いっそこのまま門の外へ逃げてしまえば……。いや、それだともし門の外まで追ってこられてから死んだらもうやり直せない。なんとか倒すしか……」
壁を激しく殴る音がまたもや独り言を遮った。俺は瓦礫ごと大きく吹っ飛ぶ。
「ぐっ……何だよ……何で隠れてる場所がバレたんだ……?」
独りごちて気が付いた。匂いか。
見たところあいつには耳すら無い様に見えた。目も口も使い物にならないのなら、後は嗅覚だけだろう。
「めんどくさい、隠れるのは無しだ」
瓦礫の山から起き上がる。ずいぶん吹っ飛ばされたものだ。見ると魔物は見失った俺から興味が移ったらしくまた手当たり次第に破壊して瓦礫を食っている。
【裂空閃】
飛ぶ斬撃が魔物の右肩に当たる。しかし肉を斬り裂く音では無く、ガキンッという硬いものに剣が弾かれた様な音がした。もちろん傷1つ付いていない。
「鉄の部分は硬いか」
それなら恐らく地面の土を食った胴体だろう。所々に大きめな石や草木なんかも見えるが、他よりは硬く無さそうだ。
【烈風裂渦斬】
時計回りに剣を回し、荒れ狂う斬撃の渦を放つ。魔物は躱す事も両腕で防御することも無く、真正面からその渦を胴体で受け止めた。ゴーレムの体に穴を開けたその斬撃の渦は、この魔物には傷1つ付ける事も出来ない様だ。
「無傷かよ......」
どうする?体はどこも硬そうだ。やはり狙うなら頭だろう。少なくとも瓦礫を取り込んで鉄やら石やらに覆われている所よりは弱そうだ。頭部の口が縫われているから、頭だけは変化させられないのだろうか。しかし位置が高い。あいつによじ登るか、もしくは膝を着かせる必要があるな。よじ登るってのは難しいそうだ。何より近付けない。となれば何かしらでダメージを与えて膝を着かせる方が現実的か。
「ダメージったって……」
それが出来ないから頭を狙うって話じゃ無かったか?本末転倒だな。じゃあどこなら攻撃が通るんだ?あいつは瓦礫を食らってどんどん肥大化している。その度体中の口が醜くニンマリ歪むのが腹立たしい。
口……?そうか口か。体の表面が硬いのなら内側を攻めるしかない。今唯一露出してる内側、口の中だ。
攻め手が決まれば話は早い。遺物からはじけクルミとありったけの『爆槌蜥蜴の粘液』を取り出し【混合】。
「刺激の強いやつを食わせてやろう」
【スリングショット】
まずは弱そうな、木を纏った左手の口目掛けてはじけクルミを放つ。今まさに拾った瓦礫を咀嚼しようと大きく開けられた口の中に『爆槌蜥蜴の粘液』付きのはじけクルミが吸い込まれる。
一瞬間を置き、閉じた口からボフンッと言う音と煙が出た。
「ンモオオオオオオオオオ!!!」
開かない頭部の口が声にならない悲鳴を上げる。
「効果ありだな!」
右手は内部の爆発で火がついた、左手に纏う木を何度も叩く。体中の口はアワアワと動揺を最大限に表している。
「丁度いいな!」
だらしなく開きっぱなしの両膝の口に、残る全ての『爆槌蜥蜴の粘液』付きのはじけクルミを叩き込む。
何度もの爆発が両膝を内部から破壊し、遂にはその巨体を支えられなくなり両膝を付いた。
「まだ高いな!」
俺は魔物に向かって走り出しながら遺物に手を突っ込み丸い盾を取り出し『爆槌蜥蜴の粘液』を【混合】。
「食らえ!!!」
俺は体を1回転させ、その勢いを全て乗せ、盾を水平に投げ飛ばす。狙う先は腹にある1番デカい口。
放った丸い盾は吸い込まれる様に腹にある口に入り、その奥に当たり激しく爆発した。
「ンヴオオオオオオオオオ!!!」
頭の口は激しく叫ぶが体は言う事を聞かないらしい。腹から折れ、遂には両手を地面に付いた。
「丁度いいじゃないか」
俺は四つん這いになった魔物肉薄し、その下がってきた頭部の脳天に剣先で触れる。
『構え』
『調和』
『脱力』
そして『壊崩』。
一気に弾けた力とマガが剣先から魔物に伝播し、すり抜ける様に剣が魔物の中へ進んでいく。刃が全て魔物の中へ入ると同時に手に伝わる感触が、刃がいくつかの破片に折れた事を教えてくれた。そして俺は後ろへ下がる。
しばらくの静寂。
「終わってくれ……」
ごふっと言う、おおよそ声とは呼べない音が魔物の縫い潰された頭部の口から漏れ、同時に大量のドス黒い血であろう液体を地面にぶち撒けた。そしてズウゥン……と重苦しい音を立てながら魔物は顔面から地面につんのめった。
「終わったんだよな……?」
俺が近づき【解体術】を使うととんでもなくデカいマガ石が手に入った。
『スキル:貪食の法衣を取得しました』
『スキル:咎人の憐れみ』
「何が法衣だ……」
続けて手に入った『咎人の罪縄』と『咎人の指輪』。指輪とは、素材と言うより戦利品だな。
『ヌシ:貪食の咎人の討伐を確認。これにより千魔夜行、全討伐完了とします』
『スキル:千魔主討(せんまのぬしうち)を取得しました』
千魔夜行?千魔主討???
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