見えたるは最後の関門

ゆっくりと、そして規則的に轟音を轟かせ、地面を揺らしながら最後の1体、風属性ゴーレムが薄れる煙の中から出てくる。鉱物で出来た木偶には元より感情は無い。眼前のそれも他と違わず、仲間が崩れ去っていくのには興味も無い様だ。元より仲間ですら無かったか。


 俺は遺物から『呪樹僧の花弁』を取り出し錆びた剣に【混合】する。『呪樹僧の花弁』は呪いの樹僧と呼ばれる魔物の素材だ。木のくせに根を器用にウネウネさせて移動する魔物だ。その姿は下半身こそただの動く大木だが、上半身は細身の人間の様な姿をしており、首から下は大きな花弁で覆われ、それが見る人によっては僧侶に見えたのだろう。俺が【鑑定眼】で見る事が出来るのは名前までで、名前の由来までは見る事が出来ないから何とも言えないが。そもそも全ての魔物の名前を統一して決めた奴が居るんだろうか?スキルなんてどれもあやふやな物だと改めて思う。


 風属性ゴーレムは一定のリズムで距離を縮めて来る。恐怖心も警戒心も無いのだろう。さてどうしたものか?属性持ちゴーレムを4体倒せたのは今回が初めてだ。何としても今回で終わりにしたい、と言うか毎回そう思っているのだが。

 そしてなぜ5体目に風属性ゴーレムを残したのか?それは鉱物の塊のゴーレムと風属性ってどんな相性なのか想像がつかないからだ。そもそも相性いいのか?どっちに転ぶか分からない不安要素は最後に回して、邪魔の入らない状況で戦おうという訳だ。


「ヴォォォォォォオオオオオオオ!!!」


 奴の間合いに入ったのだろう。雄叫びを上げると両腕に竜巻の様な突風を纏わせ頭上に振り上げる。もしかしてこの雄叫びの声が風属性独特のものなんだろうか?


 【死合いの氷鎖】


 俺の左手首とゴーレムの右脇腹を繋ぎ止める。


 【ガイザージャンプ】【スリップサーフェス】


 斜め前に地面スレスレを滑空する様にジャンプ。足には摩擦抵抗はほぼ無く、氷の上を滑る様に地面の上を滑る。

 氷鎖の長さが限界に達した所でビンッと張り、そのままゴーレムを中心に俺は円を描いて滑る。丁度ゴーレムの真後ろまで来た所で突風を纏った両腕が地面に振り降ろされる。地面を叩く轟音の後、地面を抉り吹き飛ばす突風の音が響く。

 その間も俺の勢いは止まらず1回転、そのまま2回転目に入ると振り降ろされた両腕を氷鎖が巻き込んだ。

 ゴーレムの体を巻き込んだ氷鎖の長さは2回転するには少し足りず、左側面まで来た所で俺とゴーレムの距離はゼロになった。俺は氷鎖を手繰り寄せゴーレムの左太ももに乗り、右手に持つ剣で左から右へ薙ぎ払う。その一撃はゴーレムの胸に大きな溝を作った。

 少しよろめいたゴーレムの無機質な目は俺を捉え、顔の下部に一筋の線が刻まれたかと思うと一気にバカッと開き口が開いた。そしてその口の中にマガが集まっていく。


「くっ……!」


 俺は咄嗟に【死合いの氷鎖】を解除した。その瞬間、ゴーレムの口から突風が吹き出し俺を数メートル吹っ飛ばした。


「危なかったな……あのままにしてたら下手したら左腕を持っていかれる所だった」


 しかしここで手を休める訳には行かない。ランク差が相当ある相手だ、こちらのペースで畳み掛けないと確実にジリ貧だ。一気に決める。


 【アースニードル】


 ゴーレムの足下から5本の土の杭が襲いかかる。

 しかしゴーレムは身動き1つすること無く体に突風を纏い全ての杭を粉砕した。


「これが属性の相性か!」


 だがアースニードルでどうにかしようと思うほどバカじゃない。そいつはただの時間稼ぎだ。遺物から槍を2本取り出す。スケルトンから拝借したボロボロの槍もこの2本で最後だ。そして『呪樹僧の花弁』を【混合】。一瞬足を止めたゴーレムのその両足目掛けて【ウィンドスロー】で槍を投擲する。放たれた槍は狙い通りにゴーレムの両膝にヒットし一瞬で蔦を足に絡ませる。

 その隙を逃さず俺は遺物に手を突っ込みながら走り出す。それに気がついたゴーレムだが足が動かない事を認識し即座にその場で迎撃の体制を整える。まずは遠距離攻撃、口が開きマガが集中する。


「分かりやすいな!」


 俺は【スリングショット】で手に持っていたはじけクルミを投げる。投げたはじけクルミは突風が放たれる前にゴーレムの顔面に着弾、弾けてベッタリと『蜘蛛の鋼糸』を顔全体に粘着させた。

 ゴーレムには何が起こったか理解出来ないのだろう。貼り付いた糸を掻きむしる事もせず、キョロキョロと見えるはずも無い辺りを見回していた。

 俺はそのまま走りオロオロしているゴーレムの股の下をスライディングで滑り抜け背後に回った。


 【ピクシードラゴンスラッシュ】


 スキル発動と同時に体内の大量のマガが剣に吸い寄せられる。今のスキルランクですらこのマガの量を持っていかれるのなら、【災禍襲来】の効果が無ければマガ枯渇で気絶している所だろう。

 キンッという甲高い乾いた音がすると剣は青白い光を帯びる。俺は剣を左斜め上に構えそこから時計回りに剣を回す。真上、右斜め上、真横、右斜め下、真下、左斜め下と7ヶ所に光を残して行く。この7ヶ所は俺オリジナルだ。【ピクシードラゴンスラッシュ】は元々ピクシードラゴンが使っていたスキルだ。あいつらはドラゴンと名が付いているが大きさはとても小さく、鳥で言うとカラス程度の大きさしかない。しかしマガの量は桁違いに多く、そして素早い。獲物の周りを集団で取り囲み、その周囲に光るマガを無数に残し、最後に一斉に刃と化して獲物に降り注ぐ。今思い出しても痛みが蘇る様だ。

 それと同じ事が出来るスキルだが、俺にはそんなにたくさん刃は作れない。そこで昔ちょっとだけ剣術をかじっていたおじさんに聞いた、基本中の基本って話に出てきた剣の構え8つに習って7ヶ所に刃を作る。そして8ヶ所目は左から右へと薙ぎ払う右薙ぎだ。

 俺は少し腰を落とし剣を水平、左後方に構える。


「ふっ!!!」


 気合い一閃、俺の右薙ぎの光に呼応するかの様に7ヶ所の光全てが一斉に右薙ぎと同じ斬撃となってゴーレムの背中に迫る。もちろん全ての斬撃には『呪樹僧の花弁』の属性が付与されている。


 8つの斬撃は8つの傷を作り、1つの轟音を轟かせた。


 ゴーレムの背中は8ヶ所から大きく抉られ、その大半を失っていた。そしてその中に赤く光る玉、魔核に最後の一撃を入れると風属性ゴーレムは立ったまま崩れて行った。


 土埃が舞う中、『傀儡の魔核〔風〕』を拾い上げた。


「お…………おおお……うおおおお!!!終わったっ!終わった!やっと!!!遂に!!!終わったのか!!!」


 魔核を握りしめ天を仰ぐ。長かった。本当に、これで終わりか。なんと言う……言葉にならない……。

 後はあの赤い門をくぐれば......。


 視線の先には村の入口、赤い門が。俺は遺物に拾った魔核を入れつつ1歩踏み出す。もはや何も考えられない。視線はずっと門の向こうだ。門の向こうは細く曲がりくねった山道。それは山の向こうにつながっている。逸る気持ちが抑えられず走り出そうとしたまさにその時、門の向こうで何かが動いた。


「なん……え……?そんな……嘘だろ......?」


 山道から、門をくぐり、静かに村の中へ。


 それは見たことも無い、ゴーレムよりもふた周りはデカい魔物が悠然と歩いて来た。


「クソが......クソ……クソ……クソクソクソクソクソ!!!」


 そして自分で自分の頬を思い切り叩いた。痛みが俺を引き戻してくれる。


「これで最後だ、絶対に」


 そう信じる他無かった。

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